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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-11 星姫のステージ(2)――家族の記録、待ち続ける歌

ラウロ視点が続きます。

 気づけば、あれほど明るくきらめいていたステージが、また静かに暗くなっていた。

 ついさっきまで、星姫ちゃんが歌って踊って、観客の歓声が画面越しにまで押し寄せてきていたのに、その全部がまるで夢みたいに遠ざかっていく。


 テレビの画面の向こうでは、照明スタッフの息づかいまで聞こえてきそうなくらいの静寂が訪れ……やがて一点だけ、ゆっくりとライトが灯った。


 その光の中に立っていたのは、銀色の衣装をまとった年配の女性だった。


 衣装は派手ではないのに、光に照らされると、銀が柔らかく波打つように煌めいて見えた。

 まるで、宇宙のどこか深い場所で、いつまでも消えずに光り続ける星の欠片みたいだった。

 彼女の立ち姿は飾り気がないのに、どこか厳かな雰囲気をまとっている。

 両手を静かに体の前で揃え、うつむきがちに目を伏せていて、それだけで“何か大事なことを話す人”だとわかるような気がした。


 スポットライトの中、彼女の顔を見た瞬間、僕は思い出した。

 ――あの人、歌謡祭の前にあった記者会見で見た人だ。


 名前も、画面の下に出ていた。

 「ナタリー・エルナン」


 “3区の会”の代表で、あの宇宙軍が突入してきた時に式典を開いていた人。

 ニュースで話題になっていたから、たぶんクーロイの人ならみんな、一度は顔を見たことがあるはずだ。


 会場のざわめきが、映像を通しても伝わってきた。

 星姫ちゃんのステージのあとの沈黙。

 ほんとうは、あれで終わりなんだろうとみんな思っていたんだろう。

 僕も、お母さんと見ながら「もう終わりかな」と言いかけていたところだった。


 でも今、再び照明がゆっくりと戻り、そこにナタリーがハンドマイクを持って立っている。


 彼女の立ち姿は、どこか“語り手”のようだった。

 昔話や神話を語ってくれる、町の古い図書館にいる語り部のおばあさん……そんな人物を思わせた。静かなのに、なぜだか目が離せない。


 ナタリーは、マイクをゆっくりと口元に寄せた。

 その動作だけで、会場全体が息をひそめたのが映像越しでも伝わってきた。

 やがて、穏やかで、かすかに震える声が流れ出した。


「一方……クーロイの事故以来、行方知れずとなった家族を探しに、クーロイにやってきた家族は」


 その声は、本当に静かだった。

 ひと言ひと言、胸にそっと触れてくるようで、でも、どこか深いところで震えているのがわかる。

 僕は反射的に息を呑んだ。


 星姫ちゃんが出てくる前まで華やかな空気とはまるで違う。

 言葉を聞いているだけで、胸の奥がきゅっと苦しくなる。


「政府にも、軍にも、全く取り合ってもらえず。『あれでは生存者はいないだろう』――そう言われて、終わりでした。

 自治政府で働き始めていた末娘を探しに来ていた私は、隣のコロニー、1区にまでたどり着きながら……諦めざるを得ませんでした」


 会場は息を潜めたままだった。

 テレビの画面越しなのに、誰かの咳払いの音がやけに大きくマイクに拾われる。

 それだけ会場が静かだということなのだろう。


 僕も、画面の前で息を止めていた。

 なぜだろう。大人たちが話している難しいニュースよりも、ずっと胸が締めつけられる。


 ナタリーは、ほんの少し笑ったように見えた。

 でも、それはきっと悲しみを隠すための笑みで、見ているだけで胸の奥がじんわり痛んだ。


「でも、遺体も何もない状況で。

 家族が死んだことにするのは……自分の心が、それを許しませんでした。

 3区で事故に遭い、行方の分からなくなった末娘を思いながら……ほんの僅かの望みを抱きながら、生きてきました」


 ゆっくりとマイクを下ろしたナタリーは、ステージ脇に置かれたグランドピアノへ歩き出した。

 その歩き方には、迷いがなかった。何度も何度もこの道を歩いた人のように。

 椅子に腰を下ろすと、短く息を吸った。


 次の瞬間――。


 彼女の指が鍵盤に触れると、会場全体がふっと息を吐いたように、やわらかな音が広がった。

 最初の和音は、とても静かで、まるで夜明け前の薄い風みたい。

 まだ何かが目を覚ます前の、あの青白い空気。


 そして、ナタリーの声が流れ出した。


 低く、温かく、少し掠れていて、まるで母親が眠る子どもに語りかけるような声だった。



  ほんの小さなひとかけら ただそれだけを手掛かりに

  幼い貴方は旅立った 遥か宇宙の果てへと


  ほんの小さなひと紡ぎ 心の歌を餞に

  老いた私は只祈る 遠く星の瞬きに


  幾千の星を 過ぎ来たる 幸せの便り

  杳々なる地は 透き通り 手は届かない


  遠く遠く 姿は見えず 声は聞こえず

  多くの星たちが 瞬いて消えた



 彼女の指先は震えていた。

 でも、その震えさえ、音になっていた。


 ピアノの音がすこし揺れて、どこか懐かしかった。

 昔、お母さんが眠る前に小さく歌ってくれた子守歌みたいに。


 ステージ奥のスクリーンが、そっと明るくなる。

 映し出されたのは、五歳くらいの小さな女の子。


 画面の切り替えと共に、その子が少しずつ成長していく。

 服も髪型も変わるけれど、笑ったときの目の形はずっと同じで。

 やがて、大人の女性となった。


 その顔立ちは、ステージで歌うナタリーとどことなく似ていて、ああ、この人が――と僕にもわかった。

 ナタリーの話していた、行方不明になった末娘。

 あれはきっと、彼女の成長記録だ。


 僕は画面に見入った。

 何度も見返したくなるような優しい写真なのに、同時に胸がしめつけられる。

 それらはきっと、本当は“戻ってこないかもしれない時間”なんだと思った。


 多分この歌は……3区で事故に遭って行方不明になった末娘を思って歌われたもの。


 ラジオで一度聴いたとき、星姫ちゃんの歌に対する返事みたいだと、皆が話していた。

 生きている、と信じたいという気持ちを歌にした――そんな意味だと。


 だから――。


 遠くに行ってしまって、もう二度と会えないかもしれない。

 それでも、生きていると信じて、待ち続けている。

 その気持ちが、歌のすべての言葉に染み込んでいた。


 “3区の会”――3区行方不明者家族の会という名前も思い出した。

 あれは、きっと“家族がきっと生きている”という希望を、捨てきれない人たちが集まった場所なんだ。


 ナタリーさんひとりだけじゃない。

 あの日、大切な人を失ったままにされてしまった、たくさんの人たちがいるんだ。


 ナタリーはふと、顔を上げた。

 ほんの少しだけ視線が上を向く。

 まるで、ステージの天井よりもっと遠い、星の向こう側に誰かを探しているかのようだった。


 曲は、静かに次の節へとつながっていく。



  ほんの些細なひとかけら 遥か遠くより辿り着く

  幾年経った遠い記憶 あの背を思い出す


  ほんの微かな一筋の 光が真っ直ぐに胸をうつ

  仄かに灯る新たな炎 安息の地はまだ遠く


  幾千の時を 乗り越えて 残された形見

  誰も知らないまま そこにあれど 手は届かない


  遠く近く 声は聞こえ 姿は微かに

  私はその星に 手を差し伸べる



 歌が終わると、ピアノの余韻だけがしばらく会場に漂った。

 ナタリーは鍵盤の上で両手を重ねたまま、ゆっくりと頭を垂れた。

 髪が頬をかすめ、その動きひとつひとつが静かだった。


 客席は静まり返ったままだった。

 拍手の音すらない。

 でも、その沈黙には、何かが満ちていた。


 それは、言葉ではない“祈り”のようだった。

 もしかしたら、会場のみんながそれぞれの大切な誰かのことを思い出していたのかもしれない。


 画面の前の僕は、息を詰めたまま動けなかった。

 胸の中が温かくなって、でも痛くて、どこに置いたらいいのかわからない気持ちが詰まっていた。


 彼女自身も、誰かを待ち続けている。

 その人が、生きて帰ってくることを信じて。



 画面の中で、ナタリーが静かに顔を上げた。

 照明の光が涙に反射して、頬を伝う光の筋が一瞬だけきらめいた。


 でも、彼女は笑っていた。

 その笑顔は、悲し気で、儚げで……。

 でも、どこか少しだけ希望も宿しているように見えた。


 やがて、客席のどこかから、ぱち、と拍手が一つ起こる。

 それが合図のように、ひとり、またひとりと拍手が広がっていく。


 拍手の波は次第に大きくなり、ステージの上まで押し寄せた。

 テレビ越しでも、その音が胸の奥に響いた。


 ナタリーは立ち上がり、深く一礼した。

 拍手は鳴りやまず、その中で彼女は礼の姿勢を崩さない。


 照明が少しずつ光量を落としていき、彼女を照らす光が薄れていく。

 やがて、ステージを静かな暗闇が包んだ。



 そして、しばらくしてまた、ステージ奥のスクリーンに明かりが灯る。


 「……まだ、終わらないんだ」


 僕は思わず声に出していた。


 そう。

 このステージは、まだ途中なのだ。

いつもお読み頂きありがとうございます。


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