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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-10 星姫のステージ(1)――3区の真実、弔いの歌

ラウロ視点。


急に忙しくなったのと、一度書いた内容に納得できず書き直していたのとで

お届けするのが遅くなりました。


まだこの章を書き上げ終わっていませんが、ストックが続く限り投稿します。

 歌謡祭の後半開始から、二時間半が過ぎていた。

 発表されていた全ての演目が、滞りなく終了した。


「さて……ここまでで、公表済みの全ての演目が終了いたしました」


 バーナード・ワシリエフの声が、軽い息を混じえながら会場に響く。

 柔らかく笑う顔。長年の舞台俳優らしい間の取り方だった。

 会場の空気は安堵と興奮が混ざったもの。

 誰もが「終わった」と思っていた。


 しかしバーナードは一拍置き、視線を上にあげた。


「ですが――まだ、ステージは終わりません」


 ざわめきが起こる。

 観客の一部は冗談かと思い、他の一部は歓声を上げた。

 やっぱり、シークレットゲストのステージが、この後あるんだ。


 今までの流れからすると、やっぱり……星姫ちゃんかな。


「ここから先、我々も何が起こるのか……知らされておりませんが――おっと」


 バーナードの言葉の途中で、ステージ全体がすっと暗転した。

 

 スクリーンに投影されていたタイトルロゴも、照明も、一斉に落ちた。

 暗闇の中、わずかな呼吸音と衣擦れが耳に刺さる。

 観客席の誰もが息を止め、視線をスクリーンに向ける。


 やがて、映像が始まった。

 遠い宇宙空間から、巨大な氷塊がだんだん迫って……通り過ぎていく。


 そこに、女性の声――星姫ちゃんのナレーションが静かに重なる。


「――とうとう。あの天体、氷の塊が……三区コロニーに衝突したのです」


 そして、氷塊がコロニーに衝突。

 3区コロニーを大きく揺さぶり、抉るように大きな穴をあけて、氷塊はまた飛び去って行った。


 そしてまた、画面が暗くフェードアウトしていく。

 僕は無意識に背筋を伸ばした。


 次に映されたのは、事故後のコロニー内部の様子。

 何枚も残っている写真からは、コロニー内部は事故前の原形を全くとどめず、外殻に大きな穴が開き、瓦礫に埋もれ、何も動くことがない静寂の空間。

 画像はそこかしこにモザイク処理が施され、あちこちで人が亡くなっていたことが窺える。


 でもその写真は長くとどまる事はなく、また暗転していく。

 次に映されたのは、コロニーの瓦礫の中で何人かが集まって、談笑している写真。


「事故の後、3区コロニーには……わずかに生き残った者たちがいました」


 次に映った写真は、コロニー周辺でデブリを回収する宇宙軍。

 そして、コロニーの隔壁の内側から、必死に外へ呼びかける者達。


「しかし……彼らはコロニーの内部、開かない閉じ込められ。

 デブリ回収に来た者たちに、助けを求めることすらできなかった。

 やがて、生存者無しとみなされた3区は――放棄されました」


 客席も、そしてテレビを通して見ている僕や、お父さんお母さんも……。

 まるで凍りついたように動けない。


 僕は胸の奥で、息が少しずつ冷えていくのを感じていた。


「一体、何を見せられているんだ……」


 お父さんが、そう零した。

 お父さんはここクーロイの自治政府職員として。そして僕も、小学校の授業で。

 あのコロニー事故の記録は見て知っている。


 だけど今の映像は――授業でも見たことはないし、自治政府の資料館に行って見た記録にも存在しない。


 だって……星姫ちゃんが現れるまで、3区で人が生きてた事は、誰も知らなかった。

 これは、失われた「現実」。


 そして、写真が切り替わる。

 産着を着た赤ちゃんを抱く若い夫婦と、その周りで笑顔の大人達。

 幸せそうな光景……周りの瓦礫の山に、目を止めなければ。


「私は、そんな見捨てられた3区コロニーで、生まれました。

 生き残りは、わずか十人。

 常に、すぐそばに死が待っている。

 そんな中、皆で助け合って生きてきました」


 ナレーションの主――星姫ちゃん。

 この歌謡祭の主題そのものとなった少女。


 だが、今までの語りは、ひとつの告白だった。

 舞台でもなく、報告でもなく――祈りにも似た、語り。


「しかしとうとう、わずか十人の私たちの中で、伝染病が発生しました。

 なんとか生き残れたのは、私と……あと三人。

 私の両親を含め、六人の仲間を失いました」


 暗闇の中、別の映像が浮かび上がる。

 コロニーの内部、がらんと空いた大きな空間。

 穴の開いた外殻の外側には、星のまばらな宇宙空間が広がっている。

 行先表示の看板が残っている所を見ると、あの氷塊が衝突し、無残な姿になったシャトル駅跡だろうか。


 外殻の穴の一つに向けて、レールが二本敷かれていて。

 レールの手前に、あちこち傷の入った七つの箱。


 箱の上蓋に開けられた小さなガラス窓の中には、それぞれ人の顔がある。


 その傍に、小さい女の子が一人、そしてその後ろに大人の男性が三人。

 皆、宇宙服を着たまま佇んでいる。

 顔は光の加減のせいか、良く見えない。


 僕は喉が詰まるような感覚を覚えた。

 これは多分――本物の映像。

 再現動画じゃなくて……星姫ちゃん達が撮って残していた“記録”なんだと直感した。


 それを、この舞台で流している。

 誰の許可で? どうやって?

 問いが次々に浮かぶが、思考の流れはすぐに遮られる。


 ステージの中央、スポットライトが当たる。

 そこの床面が音もなく開き――喪服の様な黒いドレスを身に纏った少女がせり上がってきた。

 黒いベールを被っていて、彼女の顔は良く見えない。


 多分、彼女が――星姫ちゃん。


 彼女の前の空間が薄っすらと照らされる。

 そこには、棺を模した、七つの大きな箱。


 彼女の前に、すうっとスタンドマイクがせり上がってくる。

 そして、星姫ちゃんが歌い出す。

 僕があのラジオで聞いて、心が震えた……あの、歌を。




 星は光 星は闇

 照らされた 青い光 黒はなお深く


 星は命 星は死

 赤い炎 皆を送る 遠い旅へと


 氷が 駆けてゆく 遠い思い出

 連星が 奪い去る 手に戻らぬもの


 壊れた欠片を 拾い集めて

 元に戻れと 祈りを編む



 伴奏もない、星姫ちゃんがただ一人、アカペラで歌うその声は――

 静かに、会場全体を包みこんだ。

 淡々と――FTL通信を通して、星々へと流れ出していった。


 スクリーンには、彼女達が棺を一つずつレールに乗せ、星の海へ送り出す様子が映し出されていて。

 それに合わせて、ステージ上の彼女の前の棺がスーッと観客席の上へ、暗闇へと浮かんで消えていく。


 この歌は……別れの歌だったのか。

 亡くなった家族、仲間への――弔いの歌。


 惑星の上では、亡くなった人を土に埋めて弔う。

 そこに墓標を立てて、別れた人を偲ぶ。


 でも、彼女達は……特にあの捨てられたコロニーでは、墓標を立てても、亡くなった人をそこに留める事ができなかったんだろう。

 あの映像のように、遺体を星の海へ送り出すことしか出来ない。


 観客席のあちこちから嗚咽が漏れた。

 気付けば僕も、お父さんもお母さんも、涙を流していた。


 彼女があの歌にこめた想いを、背負ってきた現実を――誰もが今、初めて「体験した」のだ。




 星は幻 星は現身

 手に触れる 香を匂う 夢か真か


 星は灯 星は道

 暗闇を 抜けていく 微かな足跡


 久しく 焦がれてた 暖かな夢

 歩みを 遮るのは 自らの足


 壊れた欠片は 鼓動を刻む

 前へ進めと 望みを抱く



 歌詞が二番へと入って行き、後ろに投影される映像が切り替わる。

 四人が外殻の補修や、設備の修理などをする場面。

 コロニーの外に宇宙服で立ち、遥か遠くに浮かぶコロニー――あれは、1区なのか2区なのかはわからないけど――を、眺める姿。


 その歌は、ただの追悼ではなかった。

 喪失の中で、これからを生きていくための祈り。

 どうにもならない現状の中を、それでも、前へ進んでいかなければならない。

 そんな――決意ではなく、現実。


 彼女が最後の一節を歌い終えると同時に、光がふっと消えた。

 残されたのは、静寂。



 数秒後、観客席から押し殺したような嗚咽が広がり、それが波紋のように会場を満たす。

 僕は息を吸い込む。胸の奥が痛かった。

 ステージ上の星姫ちゃんは、深く頭を下げることもなく、ただ両手を胸の前で組んだ。


 やがて、会場から徐々に拍手が起きる。

 そしてそれは、会場全体へと静かに広がっていく。


 僕も、何とも言い表せないようなこの感情に動かされ、テレビの前の僕も、知らず拍手を送っていた。


 会場を拍手が埋め尽くす中。

 ステージ中央の星姫ちゃんを照らす光が、徐々に薄まっていき。

 明かりが完全に消え、ステージは再び暗闇に包まれた。



 観客席から、未だ嗚咽が聞こえる中。

 そして今度は、ステージの右側にライトが灯る。




いつもお読み頂きありがとうございます。


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