表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

230/233

20-09 不審船の突入――事故の告発、便乗する不審船

(ラウロ視点)


 ――歌謡祭後半開始の一時間半後。

 また、ステージの照明がいったん落ちた。


 歓声と拍手が、今度ばかりはすぐに沈黙へと変わる。

 また映像が流れることが予想できたから。

 

 ステージ奥の巨大なスクリーンに映るのは、遠い辺境星系――蒼白い光を帯びた氷塊が、ゆっくりと軌道を変えながら迫る姿だった。


 ナレーションが落ち着いた声で流れ始めた。


『恒星フレアによる被害からの復旧を終えた警備艦隊。

 しかしそのころには、天体はすでに軌道を逸れ――“その場所”へと向かっていました』


 その“場所”がどこを指すのか、ラウロはもう理解していた。

 あの事故、十七年前のクーロイ3区コロニー。

 会場の空気が硬くなる。観客の多くが、同じ予感に息をのんだのがわかる。


 映像の中では、警備艦隊の通信記録が次々に流れた。


『重力偏向試射、反応なし! 氷塊が大きすぎます!』

『デブリ散乱でレーダー死角多数! 統制を――』

『恒星フレアの観測を怠ったのは誰だ!』

『違う、あれは我々の警戒域外だ!』


 言葉の応酬、割り込むノイズ。

 画面は、まるで崩壊していく秩序そのもののようだった。


 僕は、手の中のマグカップを無意識に強く握った。

 白い陶器が指に食い込み、熱い液面がわずかに揺れる。

 

 お父さんは、画面を見つめながら、テーブルの上に置いた手を震わせていた。

 


 映像はさらに、宇宙港の再現映像へと切り替わる。

 そこでは、クーロイを離れる旅客便や貨物便に、身なりの良い人々が殺到している様子が映し出されていた。


『俺を乗せろ!』

『金は払う、空いたスペースに載せてくれ!』


 天体の接近を前に、人々が星系外退避用のシャトルを奪い合う様が再現されていた。



 そして、今度は自治政府内の映像に切り替わる。


『警備艦隊より報告! 3区が最も危険です!』

『避難計画を――おい、ロバート!』

『ロバートは欠勤です! 長官も部長も来ていません!』

『決裁できる者がいない! 避難指示が――』

『3区との通信、途絶しました!』


 自治政府内も、逃げ出した人が多かったのか、指示系統は崩壊していた。


『政府上層部を含め、一早く事態を知った者たちが我先にクーロイを退避していき、住民への避難勧告は遅れていきました』


 星姫ちゃんのナレーションが静かに言葉を置くたび、僕の胸に鈍い痛みが走る。


 その“遅れ”が、どれほどの命を奪ったかを知っている。

 ニュースや本なんかで目にしたり、何度もお父さんが話した。


 だけど――いま目の前にあるこの映像は、数字ではない。

 声であり、顔であり、怒りそのものだった。



 そして映像が切り替わった。


 《事故直前の第三区シャトル駅の記録映像》


 そんなテロップが、画面の下側に流れた。

 観客席から、低いざわめき。



 スクリーンには、薄暗いホームに点滅する警告灯。

 運行掲示板には、赤い文字で【運行停止】が繰り返し明滅している。


『すぐにコロニーを退去してください。避難経路に従って――』


 自動アナウンスが無機質に告げる。

 だけど、シャトルが運行停止している。

 コロニーを出るシャトルは動かず、外は宇宙。

 

 それなのに、どこへ脱出するの? どうやって?

 

 次の瞬間、カメラの前で誰かが叫んだ。


『シャトルが出ないのに、どうやって避難するんだよ!』


 その怒声が、会場のスピーカーを震わせた。


 僕は思わず息を止めた。

 画面の片隅では、母親が子どもを抱え、出口を探している。

 シャトル駅の係員が「落ち着いて!」と叫びながらも、自らの行き場を失っている。


 映像はぶつ切りに編集され、やがてノイズが走る。

 そして、無音。


『天体を止められないと悟った人々は、自分が助かろうと動いた。

 そして住民は――置き去りにされた』


 星姫ちゃんののナレーションが、静かに結んだ。


 スクリーンの映像は消え、音も光もない空間が広がった。

 そして、徐々に照明が元の明るさに戻っていく。

 

 それはまるで、事故当時に流れた真空の無音を模しているかのようだった。


 観客席の一部から、すすり泣きが聞こえる。

 別の席では、誰かが怒りに満ちた声で「隠していたのか」と呟いた。


 この映像をここで流す――その意味を、僕は即座に理解した。

 これは単なる追悼ではない。

 帝国の中枢に向けた――星姫ちゃんの、告発なんだ。


 ステージに戻るまでの短い沈黙のあいだ、ラウロは深く息を吐いた。

 胸の奥で何かがきしむ。


 僕は、この放送がもたらす衝撃を想像した。

 この一年のことが、いろいろと心の中に蘇る。


 AMラジオ電波から届いた、星姫ちゃんの歌。

 監察官の赴任。

 3区での式典と、そこに乱入した帝国宇宙軍。

 星姫ちゃんの3区からの脱出。


 それから、監察官の解任。

 

 全部、ここクーロイで起きた事。

 今夜の放送が、その全てを変えてしまうかもしれない。



  ◇  ◇  ◇

  

 

(管制局オペレーター エリナ・ガートナー曹長視点)



 商都エンポリオン入星管制局――軌道上の中央管制塔。

 無数の通信音とステータスランプが絶えず点滅する中、エリナはモニターに視線を固定していた。


 勤務開始からすでに十時間。

 だけど、今夜はそれでも短く感じるほど、情報の波が押し寄せていた。


「商都宇宙港はフル稼働していますが追いついておらず、現在七十五隻の船舶が待機列に並んでおります。

 すぐには入星頂けないので、こちらで現在位置から待機列の最後尾座標と、そこまでの侵入経路をお送りします」

 

 時間が経つたびに、入星を待つ待機列が伸びていく。

 現在交信中の貨物船に、AIがはじき出した座標と侵入経路情報を送信する。

 

『……どれくらい待つ必要があるんだ?』

「現在待機列の先頭の船舶は待機列に来てから三時間ほどになりますが、そちらの待機順からすると、もっと長くなるかと」

『なんでそんなに時間が掛かるんだ。もうちょっと何とかならないのか』

「本日は帝都側の入星管制は閉鎖しており、商都側に入星申請が集中していますのと、既に通常の3倍以上の入星申請が来ておりまして」

『そうか……まあ、しょうがないか。了解。待機列最後尾へ移動する』


 回線を切る。こんな風に、大人しく諦めてくれる相手ばかりだと有難いんだけど。



 私は宙域監視モニターを呼び出した。

 不審船を表す三つの赤い光点が――いずれも高速で、通常航路を無視して突っ込んで来ている。


 三隻ともIDなし、航行認証応答もなし。

 先ほどの第一艦隊からの通達が無ければ、管制局内も大騒ぎになってたと思う。


 『セクターC-12から進入中の艦船群について――通過を許可せよ。

  迎撃・照会など一切の接触を禁じる。 これは帝室直令である』


 この通達があるからこそ、この程度で済んでいるのだ。。



 もう少しで、件の船団がエオニアに突入しようかという頃、再度通達が入った。

 

『第一艦隊より重ねて通達する。

 惑星突入中の不審艦群にいかなる接触も行うな。

 これは陛下の勅令である』


 帝室直令――つまり、皇帝自身の命令。

 宇宙軍の艦船なら、識別信号があるはず。なのに、それが無い。

 だったら、この三隻はいったい誰の艦だというのか。


 それでも、業務は続く。待機列は長い。

 入星許可を求める船や、長く待たされてまだかとせっつく船。

 通信がひっきりなしに届く。


 エリナは、誘導担当として待機列の整理を進めながら、ちらりとC-12セクターの監視ウィンドウを開いた。

 三隻の不審船が、軌道を少しずつ下げながらエオニア本星へ向かっている。


 そこで、ふと異変に気づいた。


 ――待機列の貨物船群のうち、三隻が列を離脱し始めている。


 待たされ続けた船側のクレームの対応を終えた段階で、指令室を逆に呼び出す。


『こちら指令室、ライカーク中尉。ガートナー曹長、どうした』

「待機列から、三隻が離脱しつつあります。

 列の先頭から二十三番目、三十五番目、三十六番目です」


 声を上げると、すぐに中尉が応じた。


『離脱? 誘導ミスじゃないのか?』


「いえ、明確に推進の兆しが……あっ、明らかに推進開始。

 列外へ出て、高度を下げエオニアに突入を始めています」


『何!? そちらで三隻に対し戻るよう呼び掛けてくれ。こっちでも急ぎ対応する』


「了解」


 私は端末を操作し、離脱中の船に直接通信を送る。


「こちらエンポリオン入星管制。待機列を離脱中の貨物船三隻、応答してください。

 貨物船グレンデル、ハープーン、ジャックス。直ちに再び列に戻ってください!

 繰り返します。貨物船グレンデル、ハープーン、ジャックス。直ちに再び列に戻ってください!」


 何度呼びかけても返答はない。

 波形モニターに、無音のノイズが続く。


 通信を再送した直後、指令室からの緊急通知。

 画面右上に赤いランプ。『発:指令室』。

 私は回線を開く。


『こちら指令室長だ。離脱中の貨物船に、

 列へ戻るよう再度呼びかけを頼む。航路混乱を防ぎたい』


「了解しました。ただ……一点確認を。

 先ほど離脱を始めた三隻は、高度を下げながら本星側へ向かっています。

 先ほどの通達――“エオニアへ突入しつつある不審船”に、この三隻は含まれますでしょうか」


 短い沈黙。

 そして返ってきたのは、事務的な声。


『現時点ではなんとも言えない……確認する』


 それきり通信は切れた。



 もう一度、離脱した貨物船群へ呼びかけた。


「こちらエンポリオン入星管制。貨物船グレンデル、ハープーン、ジャックス。直ちに再び列に戻ってください!

 繰り返します。貨物船グレンデル、ハープーン、ジャックス。直ちに再び列に戻ってください!」


 返答は、やはりなかった。


 呼びかけながら、船籍IDから三隻の情報を呼び出す。

 登録星系はバラバラ。

 でも、いずれも帝都からは遠く離れていて、照会して真偽を確かめる程の時間は、今はない。


 積載物の申請書は、いずれも食料品となっている。

 ただ待機列から降下する前の検疫もまだ受けておらず、積載物も虚偽かどうか、確かめる術がない。

 

 航跡モニターの数値が急上昇する。


「速度、上昇……」


 思わずつぶやいたその瞬間、警報が鳴り響いた。


『注意――接近中の物体、推定侵入速度を超過』


 外部から高速で突っ込んできた、三隻の不審船。

 許可された侵入速度を大きく超えたまま、惑星へと突入していく。

 軌道からは、商都エンポリオンへ向かっている。

 

 そしていまや待機列から離脱し始めた三隻。

 こちらは商都ではなく、大陸の北方……帝都方面に向かって推進しながら。不審船とタイミングを合わせているのように、軌道を徐々に下げていく。


 指令室を呼び出す。


『こちら指令室、ライカーク中尉』


「先ほどの待機列からの離脱船の情報を送ります。三隻は高度を下げつつ、帝都方面へ向かっている模様です。

 これ以上はオペレーターの職責を超えますので、後の対処はお願いします」


『了解した。曹長は、通常業務に戻ってくれ』


 回線が切れた。

 ひとまずあの離脱船については、私達オペレーターの手を離れた。



 またすぐに、端末に黄色ランプが灯る。

 待機列の船からのクレームか。


 回線を開いて応対する。


「こちらエンポリオン入港管制」


『なあ、さっき目の前の船が列を抜けて行ったが、俺達も抜けていいか』


 この船は……列の二十四番目。

 先ほど抜けて行った船のすぐ後ろで待っていた船だ。


「許可できません。無許可での降下は、最悪、撃墜される可能性があります」


『ちぇ、さっきのは許可を貰ったのかよ』


 宙域監視モニターを見ると、待機列のそこかしこで、徐々に駆動系が動いている兆しがある。

 先ほどの離脱船と同じ様に列を抜け出して降りようとしているのか。


『前に詰めなくていいか』


「こちらで把握していますので、動く必要はありません。

 順番が来れば、管制から宇宙港への侵入ルートを提示します。

 くれぐれも、呼ばれるまでは待機列から抜け出さないようにして下さい」


『あー、わかった、了解』


 回線が切れた。


 あーもう、ただでさえ忙しいのに。


 前に並んでる訳じゃなくて、順番が来たら下に誘導するだけなのに。

 列って言うから、まるで人気の店に入るために行列に並ぶ感覚になっちゃうのかしら。


 これで空いた場所に別の船を入れたら、またクレームが来そうね。



 ランプが灯った。また黄色だ。

 業務時間が終わるまでずっと続きそう……そんな憂鬱な気分を押し殺して、回線を開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ