3-06 メグの紡ぎ歌
ケイトお姉さん達を初めて会議室に招いた日の夜、小父さん達といっぱい話して、モヤモヤしたり引っ掛かってたりした事を全部ぶちまけた。
今までの取引で小父さん達がケイトお姉さんに頼んでた物のうち、名前だけでは何をする物か分からないのが幾つかあったけど、小父さん達を問い詰めたら殆どは医薬品だった。
それらは解熱剤だったり胃腸薬だったりで、大きな病気とかの薬じゃなかったけど、無理して崩した体調を薬で誤魔化すんじゃなくて、しんどい時はちゃんと休んでねってお願いした。
小父さん達の部屋の引っ越しは案の定進んでないみたい。
捨てて良い物と持っていくものを選別してるけど、見る度に色んなことを思い出して捨てられないとか。
「あのねえ、そんなに捨てられないなら全部持っていけば? どれだけ時間かかってるの! あんまりトロトロやるんだったら、部屋の物全部ロボットで箱詰めして持っていっちゃうよ!」
アタシがそう怒ったので、小父さん達はちゃんとやるよ、って言ってくれた。
結局ロボットで持って行って良い物とそうでない物を、小父さん達がそれぞれ仕分けしてくれることになった。ロボットで運ぶのはアタシもお手伝いする。
ケイトお姉さんとマルヴィラお姉さんと次に会った時、お姉さん達は皆で食べられるクッキーを持ってきてくれた。
初めて食べるクッキーは、2人の手作りらしい。なぜか、形も色も綺麗なのと、形が歪で焦げも出来ているのが混じってる。
綺麗に焼けてる方がマルヴィラお姉さん、歪な形の方ががケイトお姉さんの焼いた分だって。
「ケイトさんの方が料理出来そうなイメージがあったんだが、逆だとはなあ。」
「私は使用人の娘だしね、お母さんに仕込まれたわ。
でもケイトは使用人がいる様な家のお嬢様よ。料理が得意な訳が無いじゃない。
私がケイトに料理を教えたけど、これでも大分マシになった方よ。」
ライト小父さんの感想にマルヴィラお姉さんが答えてる。
「形に差はあるけど、どっちも美味しいよ?」
「生地は全部私が作ったの。
最後まで全部私が作るつもりだったのに、『2人で手作りした感が無いから手伝わせてくれ』ってケイトが言うんだもの。だから生地を半分に分けて、残りの作業を私が作るものとケイトの作るもので分けたの。
焦げてる方が数が少ないのは、ケイトが焦がし過ぎて食べられない物を廃棄してきたからよ。おかげで、思ったより少なくなっちゃったわ。」
「メグちゃんが折角美味しいって言ってくれてるのに。
全部バラさなくてもいいじゃないの……。」
マルヴィラお姉さんに全部バラされて、ケイトお姉さんがしょんぼりしてた。
その後、アタシが「作って来てくれた気持ちが嬉しいよ」って言うと、ちょっと元気が復活したみたい。
手作りクッキーはどっちのお姉さんの作ったのも、優しい甘さで美味しかった。
やっぱり綺麗に焼けてた方が味が良かった気がするけど、ケイトお姉さんがまたしょんぼりしてしまうので、内緒にしておこう。
あの会議室での顔合わせでお姉さん達の真意――純粋にアタシ達を心配し、助けたいと思っていた――を知ったアタシや小父さん達は、お姉さん達を信用した。
そしてお互い顔を合わせることで互いに急速に親しくなっていった。
でもそれにつれて、アタシの中で処理しきれないモヤモヤとした思いが強くなり始めた。
別に、小父さん達やお姉さん達に不満が有る訳じゃない。でも何だかモヤモヤして、これが何なのか、うまく言葉にできない。
これは日に日に強くなっていく。遂には仕事も手に着かない位にどうにもならなくなって、小父さん達とニシュに申し出て1日休ませてもらった。
今日はアタシに話しかけない様にお願いしていて、アタシが気にならない様に、ニシュは離れた所で見守ってくれている。
そうしてふらっとやって来たのは、管理エリア最奥……宇宙船ブリッジ。窓の傍に寄って、宇宙の景色を眺める。
3区の下の方――惑星上の採掘基地のある辺りは、既に恒星の光が届いていないけど、この静止軌道上のコロニーからはまだ二重星――恒星イーダースが放つ青白く強い光と、恒星リュンケウスが放つ赤く弱い光が見える。
あの二連星の恒星光を見ると、お父さんやお母さん、それからマンサ小母さんや……あの時病に倒れた、ずっとアタシの面倒を見てくれた、小父さん小母さん達を思い出す。
船外活動の時には集中力が乱れるから、二重星の方向は意図して見ない様にしていた。まともに見たのは葬儀の時、みんなの遺体を二重星へ送り出して以来だったかな……。でも、今日は何故だか、目を離すことが出来ない。
二重星の恒星光が、眼下の惑星の輪郭を浮かび上がらせているのを眺めていると、心がざわつく。
ふとそこに、ケイトお姉さんとマルヴィラお姉さん……アタシの事を心配して、小父さん達を叱ってくれたり、クッキーを持ってきてくれたりしている、優しいお姉さん達の事が心をよぎる。そして、時に厳しく、時に優しく指導してくれるニシュの事が浮かぶ。
そうしてさらに、心がざわつく。
その心のざわつきを、無理に押さえつけず、ただあるがまま……感じるままに任せ、ざわつく心がやりたいように声を出し、体を揺らし――やがて指を、手を、足を、腰を、頸を、不規則に動かす。
ざわつく心が、感性が、ただしたい様にし……それによって更にざわつきが大きくなるにつれ、また体の動きが変わっていく。
これはお母さんが教えてくれた……アタシが前に進むための一連の儀式のようなもの。それはたった一度の教えだったけど、これは深くアタシの記憶に刻まれた。
お母さんは『これを使うべき時は自ずとわかる』と言っていた。
一度目は、お母さんやお父さん、仲間の小父さん小母さん達が病で亡くなった後。
でもあの時は、皆を失った寂しさから、お母さんを思い出させる『これ』を使う事を放棄してしまった。
そのまま、ずるずると今まで経ってしまったけど……何故か今、『これ』の使い時だと感じた。
やがて、体の動きが段々緩やか、声が段々穏やかになり……そして静かに瞳が閉じられ、体の動きも声も止まる。
瞳が閉じられたまま、深く深呼吸を繰り返し……そしてただ心のあるがまま、心から溢れた言葉が、自然とメロディーに乗って――口から歌が紡がれ出す。
「星は光 星は闇
照らされた 青い光 黒はより深く――――
星は命 星は死
赤い炎 皆を送る 遠い旅へと――――」
あの時から、あの二重星を見るのが怖かった。
皆を星へ送り出してから、狭くても穏やかな、小さい頃の日々にしがみついている自分を見るのが、怖かった……。
「氷が 駆けてゆく 遠い思い出
連星が 奪い去る 手に戻らぬもの――――」
アタシが知らない昔、大きな氷がみんなの日常を奪い去ってしまった。
皆を送り出した、アタシにとってのあの日のように、皆は古い思い出にしがみついてたんだろうか。
「壊れた欠片を 拾い集めて
元に戻れと 祈りを編む――――」
――皆が病に倒れる前の、あの日々が戻ってほしいと、しがみついていたアタシの様に――。
「星は幻 星は現身
手に触れる 香を匂う 夢か真か――――」
あれから5年くらいかな……それからのアタシは、今思えば、生きてるんだか生きてないんだか、分からなかった。
生き残ったグンター小父さんも、セイン小父さんも、ライト小父さんも……アタシを大事にしてくれたのは、頭では分かってる。
でも、アタシの心はあの日のまま、止まってしまった……。
「星は灯 星は道
暗闇を 抜けていく 微かな足跡――――」
ケイトお姉さん、マルヴィラお姉さん。
大丈夫そうだと思って、何の気なしに取引を始めたけど……。大丈夫そうっていうのは、多分、あの穏やかなケイトお姉さんが、かっこいいマルヴィラお姉さんが……ちょっと、いいな、って思えたんだ。
「久しく 焦がれてた 暖かな夢
歩みを 遮るのは 自らの足――――」
お姉さん達がアタシの事を本気で心配して、怒ってくれて……深く隠れていた思いに気付いてくれて、嬉しかった。
でも同時に、アタシが前に進むのを自分で止めてた事に、それに目を背けていた事にも、気づかされてしまった……。
「壊れた欠片は 鼓動を刻む
前へ進めと 望みを抱く――――」
ケイトお姉さん、マルヴィラお姉さんにぎゅっとした時に感じた、お姉さん達の鼓動……その鼓動を感じて、ああ、これは現実なんだ、と思った。
何だか、大丈夫だよって言ってくれている気がした……。
心の、感性の赴くまま、アタシは体を動かしながら何度も歌を繰り返し――いつの間にか、目からは涙が流れているけど、それも流れるままに――何度目かの歌の終わりに、ふっと心に言葉が灯る。
私は……、―――、―――――――。
その言葉が中に入り込むと同時に、全身の力が抜けていく。
床に倒れこむ直前、誰かに抱え込まれるような気がしたけど……アタシはそのまま、意識を手放した。
***
(ニシュ視点)
今日はメグさんに、『儀式』をするから邪魔をしないで欲しい、と言われていました。
儀式って何ですかって聞いたのですが、その答えは
「説明がしにくいんだけど、自分の中のけじめ、と言うか……それでも、アタシにとっては特別な、やらないといけない事なの。
危険な事をするわけじゃないから……お願い。」
という、要領を得ないものでした。
メグさんは楽な恰好に着替え、ぼんやりと歩き始め……管理エリア奥の、宇宙船のブリッジまでやってきました。ここは一通り調べてから再び電源を切っていますし、ここの配線修理は済ませているので、今は静かな部屋です。
メグさんは窓に寄って、外の景色をぼんやりと眺めています。
長い時間、じっと静かに宇宙を眺めていた彼女は……そのうち声を発しながら、手首、足首、肘、ひざ、頸……色んな関節を揺らし、回し、振り……不規則に動かし始めます。これが、儀式なのでしょうか。
動きは段々と激しくなっていき、メグさんは恐らく無意識に、部屋の中を動き始めます。不規則な動きに、壁や部屋にある机などにぶつかるかと心配になりますが、当たりそうになっても、不思議とスルリと躱していきます。
やがて段々と、動きや声が静かになっていき……動きが止まり、メグさんは深呼吸を始め……それもやがて、静かな呼吸へとなっていきます。
これで終わりかと思ったら……メグさんは、歌い始めました。
聞いた事の無い歌です。歌詞も抽象的で、どういう意味なのか、どういう意図が込められているのか、私には全く分かりません。
それに、こんな全身全霊で歌う歌など、耳にしたことがありません。
自己学習で成長しているとはいえ、プログラムされた理性しかない、アンドロイドの私には理解不能な領域です。
これは、後でメグさん自身に聞いてみましょう。
メグさんは体を動かしながら、涙を流しながら……何度も同じ歌を繰り返した後、動きが止まったと思ったらふっと膝の力が抜け、メグさんの体が支えを失ったように崩れ落ちます。危ない!
慌てて駆け寄り、床に頭が落ちる前にメグさんを抱える事が出来ました。
彼女はそのまま意識を失ったようですが、息はしているのでひとまず安心です。脈拍を計りましたが正常値の範囲内。
これで『儀式』が終わったのでしょう。「最後まで見ててほしい」とお願いされたのは、こうして意識を失うまで続くからだったのでしょうか。
すうすうと、安らかに寝息を立てる彼女を抱えながら、いつもの寝室へと向かいました。
ベッドに下ろし、涙の跡を拭いて……今日はこのまま、ゆっくりと眠ってもらいましょう。
いつもお読み頂きありがとうございます。




