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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-08 帝室直令――管制局の混乱、もう一つの闇

視点を変えながら話は進んでいきます。

(グロスター宮廷伯視点)


 宮廷の長廊を進む靴音が、やけに重く響いた。

 私は陛下へ謁見を求めるべく、宮廷の奥へと急いでいた。

 

 小謁見室の前に着くと、そこにはカエサリス宮廷伯が居た。

 

「そんなに急いでどうされた、グロスター殿」


 カエサリスは、私に尋ねてきた。


「急を要する報告と、許可をいただきたい事がある。陛下へ取り次いで頂きたい」


 私が言うと、カエサリスは私を訝し気に見た。


「どういった内容だ」

「廊下で話せる事ではないが、先日のミノコス星系に関わる件だ」


 ミノコス星系の無人コロニーで、生存者の娘から大佐が管理エリアの宇宙船の引き渡しを受けたことはカエサリスも知っている。

 だからその3区生存者の件だと、彼も気づく筈だ。


 案の定、返答にカエサリスは顔をしかめた。


「わかった。しばし待て」


 そう言って、カエサリスは小謁見室の奥へと入っていった。



 しばらく待って、カエサリスが戻ってきた。

 

「今から陛下がお見えになる」


 彼は私にそう告げ、小謁見室内に招く。

 

 謁見室内に一段高く置かれた玉座の前にて、カエサリスと共に頭を下げて待つ。

 やがて足音が聞こえ、陛下が着座する。


「グロスター、何事だ」


 声が掛けられ、私は頭を上げて報告を行う。


「恐れながら。

 帝国第一放送の歌謡祭で、演出として十七年前のクーロイ星系の事故について再現映像を放送しております。

 恐らくあの3区生存者の娘によるもので、このまま過去のクーロイ事件に言及していくと思われます」


 皇帝の眉がぴくりと動く。


「どのような再現映像だ。要点を話せ」


「現時点で放送されている範囲ですと、トラシュプロスで”隕石が爆発”し、氷塊が放たれたこと。

 そして恒星フレアによって氷塊の軌道が変わって3区への直撃コースへ変わった事。

 当時のクーロイ警備艦隊で事態の改善が出来ず、責任の押し付け合いが起きた事などが再現映像で放送されました。

 ただ、その背景となる”クロップス宙賊団”などについては、今のところ言及はありません」


 私の報告に、まずカエサリスがうなり声を上げた。


「致命的な情報は出ていなくとも、事態の隠蔽を帝室が行ったことは知られるだろう。

 再現映像がこれ以上流されるのは、阻止せねばならぬと愚考します」

 

 カエサリスも阻止すべきだと意見を具申する。


「当然、阻止すべきだ。して、どう対処するのだ」


 陛下は私に、対処案を尋ねてきた。

 

「既にマクベス大佐が、独断で――放送の行われている商都へ出撃いたしました。

 つきましては彼らのエオニアへの突入に際して、守備を行っている第一艦隊、およびエオニアの防空部隊に対して、通過の許可を」


 わずかな間。

 沈黙のあと、皇帝は低く呟いた。


「……マクベスの判断を追認する。大佐を止めるな」


「はっ」


「カエサリス、第一艦隊および商都・帝都の入星管制局、および防空部隊へ命令を出せ。

 くれぐれも――”船籍不明の宇宙船”を妨げないようにな。直ちに実行に移れ」


 命令の一言に、空気が凍りつく。

 カエサリスは頭を垂れ、即座にカエサリスが下がり、扉が閉まる。

 

「侍従達は下がって良い。グロスターだけは残れ」

 

 陛下は人払いを命じ、私だけが小謁見室に残された。

 

「――こうなる前になぜ、小娘ひとり闇に葬れなかった」


 その声音は低く、氷の刃のようだった。


「……陛下。我が配下は諜報・観測を主務とする部隊。直接行動は――」


「言い訳は聞きたくない」


 振り向いた皇帝の眼は、異様な光を放っていた。


「貴様がミノコス星系で小娘を始末できなかったからこうなったのだ」


 それは私達の役目ではない。

 そう思いながら、私は――沈黙するしかなかった。


「いいか、あの娘を表舞台に立たせるな。大佐にはそう指示しておけ。

 ――今更こんなところで、小石に躓くわけにはいかんのだ」


 グロスターは深く頭を下げた。


 しかし胸の内では、別の恐れが膨らんでいた。

 ――この夜、帝国はまた一線を越える。

 私はそのことを、誰よりも理解していた。

 

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

(商都エンポリオン入星管制局 主任オペレーター

 エリナ・ガートナー曹長 視点)


 例年、年末のこの時期は商都への入星を希望する船舶は多く。管制局は大忙しだ。

 でも今年ほど忙しい管制は、今までなかったと思える。

 

「……はい、今年は例年以上に混雑しておりまして。

 どれくらいお待ち頂くことになるかは、我々ではお答えいたしかねます。

 はい、はい、……では、宜しくお願いします」

 

 対応を終えて、回線を切る。

 やれやれ、だわ。

 

 何時間待たせる気だ!という貨物船からのクレームもひっきりなし。今の対応もそう。

 対応を終えて回線を切ると、間を置かずに次の回線対応依頼が回されてくる。

 

 またクレームだろうかと思っていたら、私の端末に灯る通知ランプの色が、いつもの緑や黄色ではない。

 赤ランプ……つまり、緊急案件だ。

 モニターにはcの文字が。

 飛びっきり面倒な奴そうで、嫌だなあ……。


 でも赤ランプ案件は、オペレーターの中でも主任以上でしか対応しちゃ駄目なもの。

 しかも今日は主任以上で出勤しているのは、私ともう一人だけ。

 もう一人の主任の席を見ると、向こうは向こうで赤ランプ案件の対応中のようだ。

 

 私が対応しなきゃいけないかあ……。

 諦めて、回線をオープンする。

 

「管制局主任オペレーター、ガートナー曹長です」


『管制指令室、ラック少尉だ。

 現在、セクターC-12に未登録の艦影を確認した。識別信号を発信しておらず、異常な速度で惑星へ接近中。

 曹長には、該当の艦船へ停止と識別信号の送信を呼び掛けてもらいたい』

 

「了解」


 あー、やっぱり面倒な奴だ。

 たまにいるのよね、識別信号も出さずに入ってくる貨物船が。


 指令室から、件の船舶情報が送られてきたのでモニターに投影する。

 許可された侵入速度の倍以上で突入してくる船が……三隻もいるの!?

 これは、いつものうっかりの貨物船じゃないかも。

 

 急いで該当の艦船へ、オープン回線で呼びかける。

 

「貴船団は、許可された侵入速度を大きく逸脱しており、また識別信号を発しておりません。

 至急、速度を落とし、識別信号を出してください。

 繰り返します――」

 

 何度か繰り返し呼びかけるも、向こうからの応答はなし。

 

「何度呼び掛けても、応答がありません」


『わかった。ひとまず、現在待機中の艦船へ連絡。

 航路予測を出して、現在接近中の艦船と接触しないよう注意を促してくれ』

 

 はあ!? 何言ってるの、この盆暗は。

 接近中の船舶の航路予測を出すのと、正式文書を起こして危険通知を発するのは、指令室の仕事でしょう!?

 

「本日は待機中の船舶の対応で手いっぱいですし、そもそも指令室業務はオペレーターの職掌を超えています。

 本来の職掌に戻らせて頂きます」


『お、おい、待て! 馘になっても』


 無視して回線を切る。


『よく言ったわ!』

『グッジョブ、ガートナー主任!』

『ラック少尉はブラックリスト入りね!』


 今の通話内容は、AIで文字おこしして、オペレーター同士のチャットに垂れ流してたからね。

 オペレーター同士のチャットからは、感謝のメッセージが続々届く。


 そうこうしている間に、次の通信が回ってくる。

 今度は黄色ランプ。またクレーム対応か。




 しばらくすると、指令室から全オペレーターへ緊急連絡文書が回ってきた。

 先ほどの侵入船の速度と航路予測データと共に、商都宇宙港に降下できず待機中の宇宙船の行列の位置変更についての通知だ。

 発令が指令室長となっていて、既に待機中の各船舶へは配信済となっている。


 親切にも、待機中の各船舶ごとの位置変更データまで添付されている所を見ると、絶対にあの盆暗の仕事ではあるまい。


 それがこっちに回ってきたってことは、各船舶への列変更の誘導をしろってことね。

 早速、私の端末に黄色ランプが灯る。

 

「はい、こちらエンポリオン入星管制局。

 管制指令室からの依頼の件でしょうか? でしたら、位置変更の座標データと航路データが添付されているかと思います。

 ……え、読み取れないですか?

 航行端末の形式は……HC945ですね。でしたら、そちらに合わせてデータ変換したものをただいまお送りします」

 

 指令室がちゃんと船ごとのデータを作って送ってくれても、船側の端末形式によってはこうして変換が必要な場合がある。

 どの形式に変換して再送するかは相手に聞かないとわからないから、オペレーターの職掌に入っている。

 

 こっちの端末でも航路予測は出せるし文書作成もできるが、指令室の仕事を肩代わりするためじゃないんだぞ、あの盆暗め。



 そうして何件かの対応をした後、また私の端末に赤ランプが灯る。

 モニターには『発:管制指令室 宛:ガートナー曹長』の文字が。


 またか。しかも今度は私を名指し。あいつか?

 イラっときたし嫌な予感もするので、別のボタンを押してから、ボタンを押して回線を開く。

 

「管制局主任オペレーター、ガートナー曹長です」


『管制指令室、ラック少尉だ』


 やっぱりお前か!


『侵入船だが、経路と速度を変えずに突入してきている。

 衝突事故を避けるため、指令室から待機中の各船舶へ待機場所の変更依頼を出したいのだが、

 各船舶ごとに変更場所とそこまでの進路を割り出して連絡してくれ』

 

 それ、さっき指令室から緊急通知が来た奴だよね?

 さてはこの、ラック少尉とやらが……。

 まったく、事前に通知が来ていたとはいえ。

 何もこのクッソ忙しいときにしなくても、ねえ!

 

 しかもこの、ラック少尉とやらは、面倒になってこっちに業務を丸投げしてくる。

 こいつ絶対、仕事のできないボンボンだ。


「先ほど申し上げた通り、指令室の業務はオペレーターの職掌範囲外です」


『なんだと。曹長一人くらい、私がいつでも馘にできるのだぞ』


 モニターの端に、サインが出ているのを確認できているので、今回は回線を切らないで続ける。

 

「そうですか。脅迫して我々を従わせようという指令室にはお応えできませんので、オペレーター室の全員で指令室長宛てに退職届を出させて頂きます」


 ふん、と鼻息荒い音が通話の向こうから聞こえた。


『何を言うかと思ったら。

 そんなブラフに私が引っかかるものか』


「この通話の内容は、AIで自動文字起こしの上で、オペレーター全員の端末に流れています。

 今もチャットから全員の賛同の声を頂いております」


 チャットからは『みんな、一斉に指令室長と監査室長宛てに退職届け送るよー!』って、私の上司のオペレーター室長が発言してる。

 私も会話しながら、二人宛てに退職届を提出する。もちろん電子データだけど。


『そんな見え見えの嘘など』


 鼻で笑うラック少尉だけど、ここで介入が入った。


『今日勤務中の室長含めたオペレーター15名全員から、たった今、退職届が届いたぞ。

 この責任をどう取ってくれるのだ、ラック少尉』

 

『!』


 回線を開く前にボタンを押したのは、監査室長への通話内容の監査依頼のためだ。

 普通は会話内容の録音と、後で本人へ指導するだけ。

 ただ今回は少尉の発言が余りに酷いため、室長本人が介入してきたのだ。


『たかが曹長など、使いっ走りしかできないでしょう』


『お前が言うな。上司の指示内容を下の階級に丸投げするお前は、使いっ走りにもならん。

 宇宙軍にはそんなお前(阿呆)など飼う余裕は無い。

 たかが使いっ走りと侮るなら、彼女達が退職した後、代わりが入るまでお前が管制オペレーターをやれ。一人でな。

 もちろんその場合は新人オペレーターに相応しい階級にしてやる』


 監査室長は全面的にこちら側に立ってくれている。


『な、なんで私が……』


『貴族の子息が士官待遇で軍に入れるのは、それなりに教育を受けている前提だからだ。

 だがお前のような輩が紛れ込む可能性はあるからな。

 輩には輩に相応しい階級まで落とす。

 宇宙軍では貴族は優遇されてないし、階級に物を言わせ脅迫するのも軍法会議ものだぞ」


 やっぱりこいつ、貴族のボンボンかよ。


『この修羅場に茶番(新人研修)を混ぜて悪かった、ガートナー曹長。

 全員の退職届については、保留にさせてほしい。

 少尉には厳しい処分を下しておくから、業務に戻ってくれ』


「対応ありがとうございました、監査室長。それでは失礼します」


 そう言って、回線を切った。


 ラック少尉は、指令室に配属された新人らしい。

 少尉なのは、どうやら貴族子息だったからの模様。

 ただ、新人をいきなり業務に投入するのではなく、別の人に振った仕事と同じことをさせることで実際の仕事を学ばせつつ指導するということ。


 今回の研修の結果は……言わずもがな。

 しかし、何もこんなクソ忙しい時にやらなくても……。



 その途端、また緊急電文が飛び込んできた。

 今度は『発:帝国宇宙軍第一艦隊 宛:帝都・商都 両入星管制局』とある。


 第一艦隊はこの首都星系の警備を担当している、宇宙軍の中でも特別な部隊。

 そこから管制局への一斉発令だ。

 これは、かなり珍しい。


 内容を開くと、とんでもないことが書かれていた。


『第一艦隊全隊員、および帝都・商都の両入星管制局への通達。

 セクターC-12から進入中の艦船群について――通過を許可せよ。

 迎撃・照会など一切行うな。

 これは、帝室直令である』

 

 きっと、今までにない混乱が起きそう。

 今日は帰れるかしら――そんな予感がした。



  ◇  ◇  ◇

 

(ガント・ピケット視点)


 貨物船"グレンデル"は、入星待ちの宇宙船の列の中で、静かに漂っていた。

 だが船倉の奥では、黒い装甲服に身を包んだ男たちが準備を整えていた。

 トッド侯爵直属の特殊部隊――通称“ガント班”。


「ピケット隊長、管制局のチャンネルを傍受しました」


 副官のミリアが端末を差し出す。


 ノイズ混じりの音声が流れる。

『……正体不明艦船群、帝室通達により迎撃不可。

 第一艦隊全艦艇、船団の進路から回避し、待機せよ……』


 私は眉をひそめた。

 帝室が黙認している?

 ということは、あれは――”クロップス宙賊団”か!


 副長に指示を出す。


「全員、準備を完了させろ。予定を早める」


「目標は変わらず、帝都北方の大森林でしょうか」

「そうだ。所属不明船団の惑星突入で混乱が起きるだろう。

 奴らとタイミングを合わせて、我々も突入する」


 短い沈黙。

 歌謡祭の方に”クロップス宙賊団”を引きつけ、その隙に我々は大森林の中にある収容施設を強襲し、要人を救出するのだ。


「囮か……」


 ピケットは苦く笑った。

 

「奴ら、表向きは“宙賊の襲撃”として、その実、3区の生き証人を抹殺する気だ。

 それを分かった上で、近衛が罠を仕掛けている。

 そして俺たちは、囚われている要人の“救助部隊”ってわけだ。

 帝室と貴族総会、狐と狸の馬鹿試合(化かし合い)だな」


 視界の外で、艦のエンジンが静かに唸りを上げた。

 惑星へ突入する準備が始まる。


「全員、戦闘モードへ。外部通信は遮断。

 首都星に向かって正体不明艦船が突入してくる――奴らとタイミングを合わせて作戦行動を開始する!」


 掛け声とともに、黒装束の兵士たちが一斉に立ち上がった。

 装甲服の表面に灯る赤いインジケータが、薄暗い船倉を照らす。


 ピケットは最後にヘルメットを被り、静かに呟いた。


 操縦室のレーダーでは、“正体不明艦船群”の艦影が、星域内にと突入しようとする様子が映し出されていた。


 エオニアの夜空が、次第に騒然としていく。

 それはもう、ただ歌謡祭で皆が浮かれる夜ではなくなりつつあった。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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