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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-07 新たな再現動画――事故の裏側、動き出す闇

(ラウロ視点)


 会場の熱気は衰えるどころか、ますます大きくなっていた。

 テレビを通しても、そのざわめきや拍手が波のように押し寄せてくる。


 次々に舞台に現れる出演者の歌やパフォーマンスも、どれも面白かった。

 だけど――。


 星姫ちゃん、いつ出て来るんだろう。

 僕はもう、それで頭がいっぱいだった。


 後半が始まって一時間。

 舞台が一段落し、観客が次の出番を待ち構える中――ふいに照明が落ちた。


 その瞬間、胸の奥で小さな警鐘が鳴った。

 さっきも同じように暗転して、あの氷塊の映像が始まったからだ。

 観客のざわめきもテレビ越しに伝わってきて、僕は思わず背筋を伸ばした。


 ――やっぱりだ。

 真っ黒なスクリーンに、再び宇宙の光景が浮かび上がる。


 場面は第二部のはじめの映像で起きていた、恒星フレアの直後みたいだ。

 警備艦隊の艦橋。そこで乗組員たちは復旧作業に追われている。

 モニターに走る赤や黄色の警告表示が、事態の深刻さを伝えていた。


「被害区画、制御回復しました!」

「宙域監視システム、再起動……ただし演算処理に遅延が発生!」


 緊張した声が飛び交う。僕の鼓動も速くなる。

 軍艦の人たちは懸命に働いている。



 艦橋の正面、モニター画面の端に映った氷塊の飛来経路が、じわじわと変わっていた。

 恒星フレアで吹き飛ばされたのか。

 まるで意志を持つかのように、予想軌道がゆっくりと……惑星へと近づいていく。


 ナレーションの声が、淡々と響いた。


『その時すでに、天体は進路を変えていました。

 氷塊は、やがて舞台となる“その場所”へと――徐々に近づいていたのです』


 僕は唇を噛んだ。

 そこって、どこなんだ?

 心の中で問いかけながらも、答えはもう……なんとなくわかってしまった。


 徐々に変わる氷塊の予想経路は……惑星の周りを回る、コロニー軌道に重なって、止まった。


「なんてことだ……周回軌道に重なるぞ!」

「コロニーへの衝突可能性は! 急いで演算処理を!」

「いや、それよりも砲艦を回せ! 氷塊の軌道を変えろ!」

「恒星フレアにより、砲艦は動力機関が故障中! 対応できません!」


 艦橋内は意見が割れ、混乱していた。

「自治政府へ連絡し、住民の避難を開始すべきです!」

「待て、それをすれば我々が責任を問われるぞ!」

「そんなことを言っている場合ですか! このままでは直撃の危険が――!」


 使命感と保身の狭間で右往左往する将校たち。

 手を振り上げて主張する者、ただ顔を伏せて黙り込む者。

 誰も決断できないまま、時間だけが過ぎていく。


 映像の音声は次第に混線し、誰が何を言っているのか聞き分けられなくなった。

 警報音と重なって、艦橋の照明が赤く点滅し続ける。


 僕はテレビの前で固まっていた。

 ――これ、ほんとに演出なの?

 あまりに生々しすぎて、胸の奥が冷たくなる。


 やがて再びナレーションの声。今度は静かだけど、どこか切迫していた。

『避難を叫ぶ者、事態を隠そうとする者。

 警備艦隊は判断を見失い、ただ混乱を深めていきました』


 静かなのに、胸に突き刺さる言葉だった。


 会場のマイクが拾ったのか、観客のざわめきがテレビ越しに耳へ届いてくる。

 最初は押し殺したような声。だがやがて、誰かがはっきりと叫んだ。


「これは、まさか――クーロイの事故の再現じゃないのか!?」


 その一言で、どっとざわめきが広がる。


「十七年前の……!」

「なんで今さら、歌謡祭で……!」


 声は次々に重なり、ざわめきは恐怖の波へと変わっていった。


 僕の胸もぎゅっと縮まる。

 僕たちの住んでいる、クーロイ星系で――僕が生まれる前に起きた、3区コロニーの大事故。

 大きな天体がコロニーに衝突して、多くの住民が犠牲になった。

 帝国政府も軍も、不幸な事故だったと発表していた。


 でも、あの場所で星姫ちゃんは生き延びていた。

 ゴミ捨て場と呼ばれた廃墟の中で――そのことを、彼女はラジオで話していた。

 まさか、その時の真相を……今、ここで?


 星姫ちゃんの声が、再び静かに響いた。

『こうして、危機は……すぐそこに迫ってきていたのです』


 テレビ越しに、母の声が小さく漏れた。

「……これ、本当に放送して大丈夫なの?」

 父は無言で腕を組み、ただ画面を見つめている。

 窓の外では、遠くの街の方からも歓声とも悲鳴ともつかない声が響いていた。


 会場はもう、歓声なんてない。押し殺した呼吸のようなざわつきだけが残っている。

 テレビの前にいる僕の胸も同じように、ざわつきでいっぱいだった。

 これはただの舞台演出じゃない。

 そう確信めいた思いが、僕の中に静かに広がっていった。


 ――そして、その思いは、帝都にも波紋を広げていた。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


(グロスター宮廷伯視点)


 年が明けたら、全貴族総会との合同会議が待っている。

 帝室側の立場をどう整えるか――先ほどまで、陛下の執務室でカエサリス宮廷伯と共に、対応の草案を練っていたところだった。


 議題は山ほどある。

 フォルミオン殿下の監察官就任および解任問題。

 ラズロー中将、カルロス侯爵の拘束における帝室側の立場と正当性の主張について。

 追放した旧ラミレス王家の流れをくむ、共和国代表団との外交方針。

 どれも政争の種であり、下手を打てば内戦の火種となりかねぬ。

 

 だが、奴らとて決定的な交渉材料を握っているわけではない。

 帝室としては基本的な立場を堅持しつつ、当面は静観でよい――陛下も、同じ結論を口にされた。



 私は執務室に戻ると、外套を脱ぎ、深く息を吐いた。

 机の上には年末までに片づけねばならぬ未決裁書類の山。


 すでにこの一年、私は忙殺されてきた。

 クーロイ星系の内偵に始まり、フォルミオン殿下の監察官への就任、クーロイ進駐の政治的後始末、三区の生存者に関する報告。

 何一つ、きれいに片が付いたとは言いがたい。



 ――本来ならば、今日は静かな年の瀬であるはずだった。


 ペンを取りかけたその時、耳障りな電子音が鳴り響いた。


 ピーッ、ピーッ、ピーッ、ピーッ――。

 緊急回線からの呼び出し音だ。


 私は眉をひそめた。戻ってきたばかりだというのに、また陛下からの召喚だろうかと思った。

 だが、受信画面に浮かび上がった発信元の識別符号を見て、思わず二度見した。


 ……”あいつ”だ。

 

 あの男が、緊急用の直通回線を使ってくるなど滅多にない。

 只事ではなさそうな気がしたので、回線を開く。


「……どうした?」

「やっと繋がったか」


 スピーカー越しの声は、息を切らせていた。


「ともかく、今すぐ帝国第一放送を見てくれ。この通信をつなげたままでな」


 帝国第一放送?

 そう言えば、今日は年末最後の日。つまり年末特番――『帝国大歌謡祭』が放送されているはずだ。

 それが、緊急通信に関わるというのか。


 訝しく思いながらも、私はリモコンを手に取り、モニターを点けた。

 瞬間、胸の奥にざらつく違和感が走った。


 ――映し出されたのは、宇宙軍の艦橋。

 照明の落ちた艦内で、警告灯が赤く明滅している。


 映像は確かに再現ドラマのようだが、妙に生々しい。

 人物の動きが作り物くさいのは、これが生成AIによる再現映像だからか。

 

『被害区画、制御回復しました!』

『宙域監視システム、再起動――しかし演算処理が遅延!』

『氷塊の軌道が変わっているぞ! コロニーへの衝突可能性は!?』


 私は息をのんだ。

 このやり取り――覚えがある。

 十七年前、私が調査報告書の草稿を読み込んでいた頃に、何度も目にした言葉だ。


「これは、まさか……」


 思わず声が漏れた。


「そうだ」


 あいつの低い声が返ってきた。


「今流れているのは、十七年前の”天体衝突事故”の再現映像だ。

 恐らく、当時のバートマン艦長の手記をもとに構成しているのだろう」

 

  ――クーロイ3区コロニーの惨事。

 帝室が秘している、帝国史の汚点のひとつ。


「しかし帝国第一放送が、なぜ今になってこれを――」


 思わずつぶやいた。

 モニターの中で、女性のナレーションが淡々と響いた。

 

『こうして、危機は……静かに迫ってきていたのです』


 その声に、私は思わず眉を上げた。

 どこかで聞いた声だ――。いや、“誰か”の声だ。


「3区の生存者が、密かに舞い戻っている」


 あいつが低く告げた。


「今のナレーション、聞こえただろう。あれは“マーガレット・ルマーロ”。例の娘だ」


 彼の言葉に血の気が引いた。


「何だと……?」


「彼女らは、FTL中継で帝国全土に放送されるこの番組を利用して、十七年前の事故の“真実”を暴露するつもりだ。

 演出の一部に見せかけてな。

 マクベス大佐が阻止のために動いている。

 すでに隠れ家を出て現場へ向かっている……第一艦隊が動かぬよう手を回してくれ。伝言だ」


 私は反射的に立ち上がった。

 

「わかった。すぐに陛下へ連絡する」


 通信が切れた瞬間、執務室の静けさが一気に重くのしかかってきた。


 ――まさか。よりにもよって、歌謡祭で。


 帝国全土が注目する年末の祭典。

 その生中継で、帝国軍の隠蔽を告発するなど、狂気の沙汰だ。

 帝国全域で混乱が起きる。帝都はもちろん、地方領にも動揺が広がるだろう。


 胸の奥に、過去の記憶が蘇った。


 十七年前、事故の一連の報告を”あいつ”とマクベスから受けた時。

 表に出せない様々な要因が重なり、あの事故は起きた。

 その記録の多くは封印され、表向きは“自然災害による不幸な衝突”とされた。


 帝国の何十億という人口の中の、たった数百人の事故。

 「国のため」という陛下の言葉を後ろ盾に、内実を隠蔽した。


 ――だが、今、その沈黙が暴かれようとしている。


 机上の書類が手の甲にぶつかり、ばさりと崩れ落ちた。

 年末報告、監察官のクーロイ赴任時業務記録、外部折衝記録――すべてが取るに足らぬ紙屑のように思えた。


 私はそれらを踏み越え、廊下へと飛び出した。


 宮廷の回廊は夜の静寂に包まれ、遠くの塔の窓だけが青白く光っていた。

 衛兵たちがすれ違いざまに敬礼するが、応じる余裕などなかった。


 ――十七年の沈黙が、破られようとしている。

 帝国が誇る光の祝祭が、闇を照らす刃に変わる瞬間だった。


 急いで陛下に報告せねばならない。

 隠して来た真実が帝国全土に知られてしまったら、私は、そして陛下は――。


 悪い予感が、背筋を氷のように冷たくした。

 

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