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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-06 映像再び――事故の記憶、怒りの出撃

視点を変えながら話は進んでいきます。

(ラウロ視点)


 後半が始まって、すでに三十分以上が経っていた。

 若手から中堅の歌手たちが次々と登場し、画面の向こうのホールは再び熱気を取り戻している。

 テレビを通して見ていても、その拍手と歓声の波は、ここにいる僕の胸にまで響いてきた。


 あのナレーション、星姫ちゃんだと思ったけど――出てこないなあ。


 歓声がまだ尾を引いているさなか、僕がそう思っていると。

 ……ホールの照明がまたゆっくりと落とされ、画面の向こうの会場が真っ暗になる。

 ステージ背後の巨大スクリーンが暗転した中から、別の映像が浮かび上がっていく。


「……まただ」

 僕は思わず小さく声を漏らした。


 映し出されたのは宇宙軍艦の艦橋。

 画面の中に並ぶのは軍服を着た乗員たち――帝国宇宙軍の指令室かなあ。

 正面モニターには、先ほど映された氷塊と、その飛来予想図が映っている。


 今度は、ただのイントロ映像じゃなかった。


 ――誰かがそれを観測し、報告しようとした記録。

 そう言わんばかりに、緊迫した声が艦内に響いた。


「接近物体を確認……分析データを送信、緊急タグを付与します」


 隊員の報告に続いて、複数の観測艦が氷塊の経路を監視している様子が映し出される。


「予想経路は……居住コロニーからも、星系外の交通航路からも外れています。

 今の所、問題はありません」


 ……一瞬、僕は息をついた。

 舞台演出なら、ここで安心感を与えるのだろう。

 画面の中の乗員たちも、わずかに肩を落とし安堵していた。


 だが、次の瞬間。


 星系の中心にある二重恒星の一つが、突如として明滅を始めた。

 白銀の閃光が画面いっぱいに走り、僕は思わず顔をしかめる。


「恒星フレアです! こちらに向かって放射中!」

「直ちに全艦、遮蔽モードへ!」


 怒号が飛び交い、艦体が揺れる。

 火花が散り、通信が途絶し、映像の中で兵士たちが制御を失っていく。

 観ているこちらまで胸を押し潰されるような感覚だった。


 そして、船の乗組員が誰も気づかないまま――。

 スクリーンに映し出されていた氷塊が、静かに軌道を変えていた。


「……っ」


 僕の背筋に冷たいものが走る。

 恒星フレアの衝撃でバランスを崩したのか、いや、まるで意志を持つかのように。

 氷塊の予想ルートは、コロニーへ向かう軌道に移り変わっていた。


 画面の隅に表示された警告表示が、青から黄へ、そして赤へと変わっていく。

 ――危険。

 視覚的に突きつけられるその色に、僕は拳を握りしめていた。


 しかし直後、計算システムが故障したのか、軌道図は暗転。


 静寂の後、またあの声が響く。


『直前に起きた、不測の事態によって。

 それは誰にも気づかれないまま――危機として、迫り始めていました』


 女性の――星姫ちゃんの、凛としたナレーション。

 だがその調子には、深い憂いが混じっていた。


 僕の耳には、会場のざわめきが音声を通して微かに届いてくる。

 観客の一人が「なんなんだ、これは」と呟いたのも聞こえた。

 けれど、答えられる者はどこにもいない。


 テレビの前の僕の胸にも、得体の知れないざわめきが広がっていた。

 これはただの演出なのか、それとも――。



 その時、僕の携帯通信端末が、通知音を鳴らす。

 何だろうと見てみると、星姫ちゃんのラジオを通じて知り合ったおじさん達との、掲示板の更新。


 開いてみると、今の歌謡祭で流れた映像についてだった。


『これ、まさか……十七年前の、クーロイの事故の再現じゃ……』


 同じざわめきが画面の外で確実に広がっていることは、直感的に理解できた。


 事故の遺族、元乗員たち――。

 彼らが口々に「あれは3区の事故だ」と呟く姿が、目に浮かぶようだった。


 僕の胸の内にも、同じ疑念と恐怖が芽吹いていく。


 なぜ、今――歌謡祭の舞台でこれを映すのだろう。



 ◇  ◇  ◇


(マクベス大佐視点)


 バルミュー星系――秘匿された我々第二二三連隊の基地。

 格納庫のざわめきが金属音となって頭の中を満たす中、俺は出撃準備の指揮を執っていた。

 照明の下で兵器の輪郭が黒く揺れ、整備兵たちの声がたえず飛び交う。

 燃料の匂い、油と暖かい機体金属の匂いが鼻腔をくすぐった。



 準備をしながら、映像――FTL通信で帝国中に配信されている、歌謡祭で先ほど流れた映像を見ていた。

 画面の中で、恒星フレアが噴き上がり、その影響を受けて氷塊がゆっくりとその軌道を変えていく。

 冷たい宇宙の力学が容赦なく描写されている。

 氷が砕け、燃え盛るフレアが包み込み、軌道が僅かにずれる――その連鎖の先にあったのは、十七年前、クーロイ星系の3区コロニーで起きた、あの事故だった。


 俺はあの時、その3区コロニーにいた。

 身をもって知っているというより、あの時の衝撃が体に刻印として残っているのだ。


 警備艦隊側の背景についても、間接的にではあるが知る立場にあった。


「これは……あの時の……」


 思わず声が震えた。声は格納庫のざわめきにかき消されそうになったが、己の鼓動だけははっきりと聞こえた。

 事故の経緯は軍の中でもごく限られた者にしか開示されていない。


 俺は当時、バートマン中佐を内偵する立場にあり、裏で何が起きていたかを知る数少ない人間の一人だ。

 あの夜の寒気、金属が裂ける音、救難信号の断続的な悲鳴――忘れられるわけがない。


 映像は、警備艦隊の軍艦の艦橋を模していたが、こんな映像が流出するはずがない。

 艦橋内の映像はいかなる場合であれ、軍内部でのトップシークレットに属する。

 恐らく中佐の日誌をもとに生成された映像なのだろう。

 事象を断片的に並べ替え、観客が理解できる物語にしてある。細部が違おうと、本質は同じだ。


 あの夜に何が起きたのか、何が隠蔽され、何が見落とされたのか――その核心は変わらない。


 嬢ちゃんは、それを──帝国全土にさらけ出そうとしている。

 あの小娘がどんな意図でこれを流すのか、どれほどの衝撃を狙っているのか、映像は雄弁に語っている。


 本来ならば機密のまま墓場に葬られるはずだった情報が、白日の下に晒されることになれば、帝国の威信も、あるいは皇帝の座すら揺らぐだろう。


 ぎり、と歯を噛みしめた。歯の隙間で硬い感触が掌に伝わる。

 怒りと焦燥が同時に波のように押し寄せ、俺は無意識に立ち上がっていた。

 立ち上がると、格納庫の空気がより濃く感じられ、兵士たちの視線が一斉にこちらに向く。


「あのくそ小娘……! よりによって、こんな形で訴えるつもりか」


 言葉は低く、刃物のように冷たかった。感情を抑えることができないほどに熱を帯びていた。


 惑星ユーダイモニアの田舎の村で、二人で会って交わした約束。

 そして、ミノコス星系で更に念押しした。

 そうしてあの嬢ちゃんを帝国から遠ざけることで、封印したはずの過去──それらが全て、一度に蘇る。


 胸の奥で燃え盛るのは、一軍人としての義務感ではない。

 もっと個人的な、報復に近い感情だった。


 格納庫の端で、バラク中隊長が目を剥いた。彼の顔に一瞬、戸惑いと忠誠心が交差するのが見えた。

 命令系統が混乱するのを俺は望まない。だが、今は躊躇する時間がない。


「全隊員に通達! 出撃準備を急げ!

 目標はエオニア南大陸、商都エンポリオンの帝国第一放送ホールだ!」


 命じる声は、いつになく速く、厳しかった。

 幾つかの無線が一斉に応答し、整備班が動き出す。


 機体カバーが払われ、油圧の低い音が上がる。

 兵士たちの手の動きが徐々に加速するのを、俺は目の端で確認した。


「ですが、お頭……陛下からの命令が――」


 いつもの形式を重んじる声が割り込む。

 俺達は陛下直属の秘密部隊とはいえ、特に最近は格式と手続きを守ることを求められていた。


 しかし、俺の答えは冷たく断ち切った。


「待っていては手遅れになる!」


 一切の迷いなく言い放った。

 あれが暴露されてしまえば、俺達の自由も無くなる。

 そんな結果を看過するわけにはいかない。


「責任はすべて俺が取る。今すぐ動け!」


 俺の声は格納庫に響き、兵士たちの表情が硬くなる。

 誰かが口元を引き結び、誰かが素早く装備を点検する。


 俺は短く、しかし冷徹に命じた。

 行動の理由を長々と説明する余裕はない。必要なのは速度と決断だ。


 胸の奥で燃え盛るのは、報復の念だった。


 ――もう帝国に出てくるなと言ったはずだ。

 その約束を破ったお前には――報いを。


 約束を破り、過去を暴こうとするあの小娘に対する抑えがたい怒り。

 怒りは理性を曇らせるが、それでも俺はその感情を行動に変換する術を身に着けた。


 帝国の歌謡祭。祝祭の華やかさと幻の隙間で、ひとつの戦いが、密かに始まろうとしていた。

 格納庫の外では夜空に星が瞬き、遠くで放送塔の光が細く伸びている。


 その光が、今夜何を映し出すのかを思うと、俺の歯はさらに堅く閉じられた。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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よろしくお願いいたします。

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