20-05 第二部開幕――遠く凍てつく星、迫り来る影
視点を変えながら話は進みます。
(ラウロ視点)
第二部の始まりです――って司会のお姉さんが言った瞬間、ステージが一気に真っ暗になった。
客席からも「えっ?」って声が漏れる。ぼくも思わず息を止めた。
真っ暗な中で、急にスクリーンが光った。
歌手でも演奏でもなく、流れはじめたのは一本の映像だった。
最初は、ほんとうに何もなかった。
音もなくて、ただ黒いまま。胸の奥まで冷たくなるみたいな静けさ。
その暗闇がだんだん明るくなっていく。目をこらしたら、そこに浮かびあがったのは――氷に覆われた星だった。
丸ごと凍りついた星が、青白い光をきらきら反射してる。まるで宝石みたいに綺麗だけど……どこか怖い。
まわりには何もない。人も、空気も、声すらなくて、ただ広すぎる宇宙だけ。
でも、その氷の地面の上に、ぼくは見つけた。
銀色の円盤みたいな建物。氷に半分飲み込まれかけて、まるで何かを閉じこめてる台座みたいに見えた。
その上には、中くらいの宇宙船が、ぴたりと止まって浮いてる。まるで時間が止まったみたいに。
ぜんぶが変なくらい静かだった。音もしないし、動きもない。
でも、その静けさがだんだん揺らぎだしたんだ。
宇宙の向こうから、ひかりを反射するゴツゴツした物体が現れた。
隕石だ! 形はぐにゃぐにゃで、どこか生っぽい。岩みたいだけど、ところどころに誰かが手を加えたみたいな筋が走ってて、不気味で仕方なかった。
その隕石が、ゆっくり宇宙船に近づいていく。
船の前の方がガシャンって開いて、蜘蛛の巣みたいな網が出てきた。
まるで隕石をつかまえるのを、最初から決めてたみたいに。
けど――次の瞬間。
まぶしい光が弾けた。
隕石に網が触れた途端、ドカーン!って爆発したんだ。
中心から信じられないくらいの光が飛び出して、宇宙が震える。音なんてないはずなのに、ぼくの耳には轟音が鳴った気がした。
爆発は船を突き抜けて、下の建物にぶつかって、さらに星そのものを揺さぶった。
氷の地面がひび割れ、バキバキ壊れていく。
――ズン。
映像全体が揺れた。スクリーン越しなのに、胸の奥に地響きが響いた。
さらに、ひび割れが地下を走って、遠くの地表までバリバリ割れていく。
そして、大きな氷の塊が空へ吹き飛ばされた。建物ごと持ち上げて。
カメラの視点がぐんぐん引いていく。
星から飛び出した氷塊たちが、ゆっくり宙を回りながら漂っていく。
いくつかは光を反射し、いくつかはそのまま闇に消えていった。
――これ、ほんとに映像?
ぼくの心臓がバクバクする。
ただの作り物のはずなのに、現実が侵されていくみたいな怖さがあった。
そのとき。
「こうして、はるか遠く、誰も知らない場所で――引き金は、引かれたのです」
女の人の声が響いた。
低いのに、子供みたいな響きもあって……不思議な声。大人と子供が一緒にしゃべってるみたいな、不思議な感じ。
「今の声、誰だ?」
「この星って、どこだ?」
客席のどよめきがマイクに拾われて、中継にも流れた。
でも映像はすうっと暗くなって、ゆっくり会場の照明が戻ってくる。
ざわめきは止まらない。
口を開けたまま固まってる人。
立ち上がれなくなってる人。
さっきのが何だったのか、誰も分かってなかった。
でも、ぼくには……分かったんだ。
(今の声……星姫ちゃんだ!)
胸がドンって鳴って、背中がぞわっとした。
何かが始まった――その予感だけは、ぼくにもはっきり伝わってきた。
◇ ◇ ◇
(マクベス大佐視点)
帝国の首都星系ダイダロスから、数光年の空白地帯。
いかなる商業航路にも載っていない、忘れられた宙域。
赤く濁った恒星と、その周囲を巡るガス惑星。
唯一の岩石惑星も重力が高すぎ、人類の定住には不向き――だが、だからこそ秘密拠点には好都合だった。
――バルミュー星系。
そこに俺達、第二二三連隊の根拠地が潜んでいる。
格納庫の奥では兵士たちが休憩中に歌謡祭を視聴していた。
軽口を叩き合いながら映像に見入る若者たちの声が、遠くまで響いてくる。
俺はその喧噪を執務室で聞き流していた。
兵の緩みは承知の上だ――むしろ、こうした雑音の中に不意の情報が紛れ込むことを、長い経験から知っている。
やがて扉が荒々しく開き、バラク・カイエン中隊長が飛び込んできた。
大佐は視線だけを向け、低く言い放つ。
「どうした、そんなに慌てて。
報告は後で構わんはずだ」
「いえ、大佐。これは今すぐにご覧いただきたい」
カイエンが差し出すメモリカード。
その顔に軽挙はなく、確信の色が宿っていた。
大佐は一言も返さず受け取り、端末に差し込む。
――映像が始まる。
右上には、薄く『帝国年末歌謡祭・第二部』と出ている。
時間的には……これは、ついさっきのものか。
その瞬間、彼の呼吸がわずかに乱れた。
赤黒い閃光、船体の崩壊、氷塊の分離……見間違うはずがない。
「……これは、トラシュプロスか」
低い呟きが口を突いた。
「やはりそう思われますか」
カイエンの声に、俺は短く頷く。
ナレーションが流れる。
『はるか遠く、誰も知らない場所で……引き金は、引かれたのです』
声を耳にした途端、胸の奥がざわついた。
この声音――知っている。これはつい最近、聞いた声だ。
「あの嬢ちゃんの奴……帝国中に訴えるつもりか!」
思わず声が荒くなる。抑えがたい感情が喉を震わせていた。
映像が終わると同時に、端末が点滅した。
FTL通信。
発信元はハーパーベルトの奴だ。
回線を開くと、准将の焦った顔が映し出される。
「准将。あんたも映像を見たな」
「……やはり、あれはトラシュプロスで間違いないか」
「間違いない。それと、ナレーションは――マーガレットだ」
俺が言うと、准将は深く息を吐いた。
やはり、そう来たか。
あの娘は、ただ逃げ延びるのではなく、この帝国の只中で真実を突きつける気でいる。
俺達を公の放送で挑発するその大胆さは、評価に値する。
だが同時に――許せねえ、という気持ちも涌く。
あの嬢ちゃんを放置はできない。
「出撃の準備を進める。突入の際に“邪魔”が入らんよう、手配してくれ」
俺が言うと、はあ、と溜息を一つ零した後で准将は頷いた。
「……分かった。グロスターを通じて皇帝の耳に入れておく」
「頼んだ」
短く返答して、通信を切る。
静寂が戻る執務室で、俺は背凭れに深く沈み込んだ。
瞼の裏に、あの少女の顔がちらつく。第一印象とは裏腹に、意思の光が強く宿っていた。
見かけほど、容易い相手ではない。
十中八九、俺達をおびき寄せる罠だろう。
だが……俺達”クロップス宙賊団”を舐めたことを、後悔させてやる!
俺は唇を引き結び、ゆっくりと立ち上がった。
命じるべきことは一つ。
拠点中に命令を届かせるべく、脇に置いていたマイクを取り、スイッチを入れる。
「第二二三連隊、即時出撃準備!
目標は歌謡祭の会場、帝国第一放送大ホール。
宙賊団として放送中に突入し、3区の生存者を搔っ攫う。
者ども、急げ!」
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