20-03 歌謡祭開幕――熱狂の予感が咲き始め
ラウロ視点
年末のこの日。
僕は居間のカーペットの上に座り込んで、テレビの前から一歩も動かずにいた。
膝を抱えて、まるで自分の体ごと画面に吸い寄せられていくみたいに。
横ではロイが大きなポテトチップスの袋を抱え、ばりばり音を立てながら口いっぱいにほおばっている。塩と油の匂いが、狭い部屋いっぱいに広がっていた。
「もうすぐだな」
そう声をかけたちょうどそのとき、画面の右上に時刻表示が現れて「午後三時」を告げる電子音が鳴った。
けれど、画面には同時に「放送開始5秒前」と表示が出ている。
先生が学校で言っていたとおりだ。クーロイのコロニーは帝国標準時に合わせているから、本当はもう始まっているはず。だけど実際の映像が届くのは、ここでは五秒だけ遅れる。
その「五秒」が、やけに長く感じられて、胸の奥がドキドキとうるさく鳴った。
カウントがゼロになった瞬間、テレビの中がぱっと開けた。
大きなホール。いや、大きいなんて言葉じゃ足りない。五千人も入るんだって、先生は言っていた。クーロイの0区に住んでる人たちの半分が、丸ごとそこにいるくらいの数だ。
客席に揺れる光は、まるで海みたいにきらめいている。拍手と歓声が、テレビ越しなのに体にぶつかってくるみたいだ。
「うわ、すげえ……! これ、ほんとに全部生でやってんのか?」
ロイがチップスを止めて、目を皿みたいに見開く。
「そうだよ、FTL通信ってやつで、全部の星に届いてんだって!」
僕は得意げに言った。学校で聞いたばかりの知識を口に出すのが嬉しかった。
ロイは「へー」とうなずきながらも、まだ半信半疑な顔をしていた。
やがてホールの光がすうっと落ちて、真っ暗になる。僕は思わず息を止めた。
次の瞬間、スポットライトが一つだけ落ちて、舞台に立つ人影を浮かび上がらせる。
『──古来、地球という惑星で人類が誕生して以来、人々は歌に様々な“想い”を込めて歌い継いできました』
「おおっ、バーナードだ!」
ロイが指を突き出す。僕もわかっていた。今年、配信ドラマで剣を振り回していた俳優だ。
でも今の彼は、ドラマのときよりずっと柔らかい笑顔を浮かべていて、同じ顔なのに別人みたいだった。
続いて、真っ赤なドレスの女の人が出てくる。
「うわ、めちゃきれい……」
ロイの目がまんまるになる。僕も一瞬、胸がドキッとした。
ミカエラ・ワインハウス。広告やポスターでよく見かける人気女優だ。
でも今日の舞台でライトを浴びる姿は、広告よりも何倍もきれいに見えた。
赤いドレスが光を受けて炎みたいに揺れて、彼女の肌まで輝いて見える。
ロイは口をあけたまま見入っている。
僕もつい見とれてしまったけど――でも、星姫ちゃんの歌を初めて耳にしたときの衝撃には、やっぱりかなわなかった。
胸の奥が震えるほどの感覚は、あのときだけだった。
『今年もまた、そんな歌が──この帝国で数多く生まれました』
『そして今夜、そんな歌がここ、帝国第一放送に集まっています』
二人は台詞を話しながら、ステージ中央へ歩を進める。
そして中央で並び立ち、観客席とカメラの方へ向き直る。
二人が並んで声をそろえる。
『今年もここ、帝国第一放送大ホールより──
帝国全土へ。時空を越え、光の線に乗せてお届けいたします。
それではただいまより、第七十七回・帝国年末歌謡祭を始めます!』
きらきらした光が天井から降ってきて、まるで星の粒が目の前に舞い降りたみたいだ。
オーケストラが鳴り響く。
心なしか、去年の歌謡祭よりも華やかな音にきこえる。
僕の胸の奥まで、音がどしんと飛び込んでくる。
「うわー、始まった!」
「やっべー、かっこいい!」
二人で思わず立ち上がって、ぴょんぴょん跳ねてしまった。
ステージ奥の巨大スクリーンに、アナウンサーの女性が映し出される。華やかな衣装にきりっとした姿。
「あ、この人……帝都のニュースでよく見るやつだ」
「ニュースなんか見ねーし、オレ知らね」
トレーンっていう名前だったはず。お父さんが家でニュースを見てるとき、何度も聞いた声だ。
『今年の会場は、帝国第一放送大ホールを中心に、三つの小ホールも併用いたします。
小ホールでの演目は演出の都合上、無観客での開催となりますが、大ホールにも同時に投影されます。
合間には出演者インタビューなどもお届けしますので、どうぞお楽しみに!』
ひと呼吸置いて、スクリーンに映る女性は続ける。
最初に登場したのは三人組の若い男の子たち。〈トリリオン〉と紹介されると、会場中がキャーッと揺れた。
画面越しでも、その歓声の大きさに耳がびりびりする。
「オレ、こいつら知ってる! 姉貴がポスター貼ってた!」
「へえ……なんか、キラキラしてるね」
ステージ上で歌い踊る三人組はキラキラと輝いていて。
歌に合わせて、会場中でサイリウムが右に左に揺れていて。
ステージと観客席が一体になっていて楽しい。
ステージ転換の間に、司会の二人が軽口を叩く。
『いやあ、若さってのは、それだけでエンターテインメントだね。
……冗談じゃなくてさ、酸素の量が変わるっていうかね』
司会者バーナードの冗談に、ロイはゲラゲラ笑った。
「うちの教室もさ、休み時間に騒いでるとそんな感じするよな!」
「わかる!」
僕も笑う。
。
『あはははっ、流石にそれは言いすぎですけど、でも……わかります。
観てるこちらの身体まで、動き出しそうな勢いっていうか。
“生きてる”って感じがほとばしってて、圧倒されるというか、動かされますよね』
ミカエラが、ステージに溢れるエネルギーを言葉にする。
『ほんと、こっちも若い皆さんのエネルギーに負けてられません。
私みたいなオジサンでも、頑張っちゃおうって気になりますよ。
……さあ、歌謡祭はまだまだこれから。ミカエラさん、最後までよろしくね!』
『ええ、もちろん! まだまだ盛り上げていきましょう!
それでは、次のステージは──』
次は武術隊みたいな恰好の人たちが踊りながら歌った。
槍みたいに長いライトを振り回して、ひゅんひゅんと風を切る音がする。
会場じゅうがざわっとした。僕も思わず息を呑む。
足音がドンドンと響くたびに、僕の胸まで震えた。
かっこいいなあ。僕もあんなふうに、槍をぐるんと回してみたい。
観客席から「おおーっ!」って大声があがる。前の列のおじさんなんか立ち上がって手を振ってる。
すごいなあ。ほんとに、国じゅうの人がここに集まってるんだ。
誰もが一緒に声をあげて、同じものを見て、同じように笑ったり驚いたりしてる。
僕もその中のひとりなんだって思ったら、胸がぐうっと熱くなる。
どうしてだろう。笑ってるのに、胸の奥はあったかくて泣きそうになるんだ。
そのあとも、ラップや高い声の歌や、空中に映像を広げる不思議な演出が次々に映る。
僕達は口をあけたまま、ただただ目を輝かせていた。
あっという間に時間が飛んでいく。
だけど、僕の心の中では、もっと大事なことがひとつ、ずっと残っていた。
――星姫ちゃん。
『ここで恒例の、視聴者の皆様からのメッセージをご紹介します。
こちらは、首都星北部・バーナン州の《カルボナーラ》様から』
番組の途中で視聴者メッセージが紹介されると、ロイがすかさず言った。
「おいラウロ、来年オレらも送ろうぜ!」
「いいなそれ!“ラウロとロイです、いつか出たいです”って!」
『毎年、歌謡祭を楽しみにしています。
今年も華やかなステージを視られて嬉しいです。
質問ですが、今年の“最後のステージ枠”は“当日発表”とありますが……ずばり、”誰”なのでしょう?
――というご質問です』
そうそう、それ、僕も気になってた。
最後の出演者って誰なんだろう?
シークレットゲストの噂は、ずっと前から耳にしていたけど。
胸がドキドキして、足の先までそわそわしている。
番組情報の同時配信データを見ても、出演者リストの最後は『?』になっている。
――星姫ちゃん、出ないかな。
『……えーとですね、ずばり今年の“トリ”は誰かというご質問なんですが──』
ふと、彼女の声のトーンが落ち着いたものに変わる。
一拍の沈黙のあと、微笑んで口を開いた。
『実は、ステージにいる私たちも、まだ知らされていないんです!』
「「えーっ!」」
会場がどよめくのと同時に、僕もロイも叫んでいた。
『トレーンさん、あなたも知らないんですか?』
ステージ奥の小ホールにいるアナウンサーの姿がスクリーンに映る。
彼女は少し肩をすくめて、言った。
『ええ。そうなんです。
こちらでも、他の出演者からも、最後は誰なんだって聞かれるんですけど。
本当の話、局アナの私も、”全く”知らされていないんです』
「マジで司会の人たちも知らないの!?」
「なんかあるぞ、これ。絶対なんかある!」
僕達の目はさらにテレビに吸い寄せられる。
もちろん、どの出演者もきらきらして、まぶしくて。
でも、それでも。
僕が一番待っているのは、やっぱり星姫ちゃんだ。
もしいま、この会場に彼女が現れたら――。
世界じゅうの人が、息を呑んで黙るだろう。
その姿を、僕も見られるんだろうか。
僕は小さな手をぎゅっと握った。
胸がまた、ドンと鳴った。
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