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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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20-02 貴族総会の裏で――未来を模索する者達

ミツォタキス侯爵視点

前話の続きです。

 クラッパ伯爵との面会から、二時間後。

 私は、同じ応接室にトッド侯爵を呼び、二人でソファーに座って待っていた。


 やがて、重厚な扉が、音もなく開かれた。


 クラッパ伯爵が「お待たせしました」と一礼する。

 その背後には、二人の姿があった。


 一人は地味な従者の服をまとった青年。

 ――しかし、その歩みには奇妙な風格が、衣服で隠しきれぬ“芯”が、そこにあった。

 もう一人は、軍服に似た黒衣を着た、従者服と同年代らしい男。


 二人に見覚えがあった。

 隣のトッド侯爵と共に立ち上がり、頭を下げる。


「フォルミオン殿下。ようこそお越しくださいました」


「帝室の権威を振りかざすつもりはありません。

 両侯爵……どうか、頭をお上げ下さい」


 今のフォルミオン殿下の声には、言葉には……以前のような、帝室であるという驕りは、無かった。


 顔を上げつつも、先日の公開聴聞会からの短い期間での殿下の変わりように、内心驚いた。


「これは……殿下がこのような姿で、我らと顔を合わせられるとは」


「陛下より謹慎を命じられている身です。

 抜け出すのに、ミルヌイに苦労を掛けてしまいましたが……。

 今は、”帝室の者”としてではなく、今は“個人”としてこの場におります」


 殿下は、静かに頭を下げた。

 それに続き、黒衣の男も短く頭を下げる。


「実は、クーロイ自治政府のクラークソン総務長官……聴聞会の当時は”行政長官代行”でしたな。

 殿下がお二人に面会を求めていると、彼から内密に伝えられましてね。

 それで、お二人にお引き合わせさせて頂きました」


 クラッパ伯爵が、経緯を話す。


「どうしてここで、クラークソン長官の名前が?」


「私の、元側仕え達が……今、クーロイ星系にいます」


 私は頷いた。


「ああ、知っています。

 殿下が”出向”させた二人のことですか」


 殿下は、気まぐれで二人を出向させたことを悔いているのだろう。

 若干の苦しさを滲ませながら頷いた。


「彼等を通じて、お二人に面会にできる貴族の伝手をクラークソン長官に頼んだのです」


 帝室には、帝国成立前に対立していた旧周辺国家の王家に対する妄執のようなものがある。

 クラッパ伯爵も旧クランバット王室の係累として、帝室に随分な扱いを受けている。

 にもかかわらず彼に繋ぎをとるとは。


 私は内心、伯爵の度胸と覚悟に驚いていた。


「ミルヌイ。君は、殿下の側に残ったのだな」


 黒衣の男……ロヴロ・ミルヌイに声を掛けた。

 

「はい。他の皆とも相談して、私が残る事にしたのです」


「……そうか」


 ミルヌイの言葉に頷いた。

 彼が殿下の事を見放さず、彼の側仕えとして残った理由には、私への義理を果たすことも含まれているのだろう。

 彼のそういう性格が変わっていないことに、内心安堵した。


「クラッパ伯爵は、色々帝室と確執がおありだっただろう。

 彼を我々に引き合わせる事に、わだかまりは無かったのですか」


 私は、敢えてクラッパ伯爵に尋ねてみた。

 クラッパ伯爵家は旧クランバット王室の系譜という出自から、帝室に度々目をつけられてきた歴史がある。

 

 だが彼は、首を振った。


「帝室から一方的に目をつけられてはいましたが、私達に返り咲きを望む心はありません。

 帝国に住まう一員として、殿下も今の在り様を憂いておられるようだったので、お二人にお引き合わせも大丈夫だと判断しました」


 クラッパ伯爵の言葉に、トッド侯爵が頷いた。

 伯爵の事を良く知っているトッド侯爵が大丈夫だと判断したなら、恐らく大丈夫だ。


 そして私達は、クラッパ伯爵含めた三人を向かいのソファーへ招いた。



 殿下とクラッパ伯が間を置いて座り、ミルヌイは側仕えらしく殿下の後ろに立って控えている。


「それで殿下は、どのような要件で?」


 トッド侯爵が、殿下に質問した。


「私の、残りの元側仕え達四人も……今、クーロイ星系にいます」


 私は頷いた。


「ミルヌイの頼みで、彼等四人分の身分……スペースデブリ回収企業の“下請け従業員”の立場を手配した。彼らが、クーロイに? 一体あそこで何を……」


 殿下は頷いて、話を続けた。


「事故後放棄され、しばらく後に、星系のゴミ捨て場となった、あの3区コロニー。

 そこに生きていた者達は脱出して。

 いまや、誰も見向きもしなくなったあの場所。

 あそこに彼等は渡り……そして、見つけたのです。

 ――十七年前の、真実の一端を」


 フォルミオン殿下は、肩にかけていた鞄から三冊のノートを取り出した。


「彼らが発見したのは、この三冊のノート。

 書いたのは、3区の事故を生き残っていた生存者、マンサ・アムラバトという女性医師のようです。

 ですが、彼女はまた――当時、3区のコロニーシステム責任者だったダニエル・バートマン中佐を、内偵監査するチームの一員でもあった」


 私とトッド侯爵は、目を見開いた。


「内偵監査の命令を出していたのは、どういう訳か……ハインリヒ・グロスター宮廷伯だった。

 そして、クーロイ星系の大きく外側を回る小惑星、トラシュプロスと……陛下と、そしてクロップス宙賊団。それらの繋がりを、バートマン中佐は掴んでしまった。

 内偵監査チームの背後にいた者がその発覚を恐れ、彼らチームに……中佐の暗殺命令を、下したようです」


 殿下は、その三冊のノートを目の前のテーブルに置き、両侯爵へ差し出した。


「これを、グロスターを追い落とすためにお使い下さい。

 彼は陛下の最も信頼する臣の一人。

 あの男を追い落とせば、陛下の力はかなり削がれる筈です」


 私もトッド侯爵も、その場ですぐには、ノートに手を伸ばさなかった。


「本物であれば有難い申し出ですが。

 殿下は、これを……どういう目的で、我々に?

 まして、3区では宮廷伯はあなたの腹心として動いていたでしょう」


 フォルミオン殿下は、目を伏せた。


「私は、今の帝室のありように、深い疑念と痛みを抱いております。

 拘束されているラズロー……中将や、カルロス侯の身の安全も、正しく保証されているとは言い難い。ですが陛下の真の意図を知らなかったとはいえ、私もそれに加担してしまった身。

 その責任から逃れようとは思っていません」


 再び顔を上げたフォルミオン殿下の眼差しには、微かな覚悟と、決意の影があった。


「皇帝自らが帝国法を無視し、以前からひそかに暴走し始めていました。

 今回はそれが表に出てしまっただけ。陛下は既に開き直っているのだと思います。

 ですが、自らを支持する軍の一部と、宮廷伯を中心とした、自分に近い取り巻きだけで帝国を支配しようとすれば……衝突は、あるいは内乱は避けられません」


「その危機感は、我々も共有しています」


 私とトッド侯爵は、静かにうなずいた。


「なので私は、“帝室の秩序”を壊すためではなく――“再定義”するために動くことにしました」


「再定義……?」


 トッド侯爵は訝しんだ。


「“皇帝”とは、誰のためにあるのか。

 “帝室”とは、何を表すべきなのか。

 そして――今の帝国法の定めるところは、それと一致するのか。

 その問いを、今こそ我々は共有すべきです」


 (三つ目の視点は……私もトッド侯爵も、持ってはいなかった)


 貴族でも、平民でもなく……更に謹慎によって、帝室の中から一歩離れた身になって。

 今の帝国の在り方を、俯瞰して見られるようになったのだろう。


 内心、私は彼に驚きと、わずかに尊敬を感じた。


「無論、暴走する今の帝室の在り方は正しいとは、私も最早思えなくなりました。

 ですから、帝国に住まう多くの者が、どういう皇帝、どういう帝室であってほしいと願うか。

 少なくとも、今の帝室の姿ではない。だからこそ、あるべき姿に変えるために、私は立ち上がることにしたのです。

 それは――必ずしも今の帝国法が定める形とは限りません」


 殿下は声をわずかに震わせながら続けた。


 父親である皇帝に対してでも、その行く末に異を唱えねばならない。

 その内なる葛藤が、彼の言葉の合間ににじみ出ていた。


 ……この男は、もはや単なる“皇子”ではない。

 国を憂うひとりの“政治家”として、目覚め始めている。


「……わかりました。こちらは、お預かりします。

 これだけでは決定的なものにはなりませんが、重要な証拠であることは間違いありません。

 必ずや、役立てましょう」


 私は手を伸ばし、ノートを受け取った。


「殿下は今から帝都に戻られる訳ではありませんでしょう。

 明日の会合も傍聴して頂きたい」


 トッド侯爵が、殿下に明日の総会に出てもらうよう要請する。


「明日……それは構いませんが」


 殿下は求めには応じたが、何故なのか分からず困惑した表情を見せる。


「そうですな。

 帝都に戻られても、殿下は今のあの場所では気が休まらないでしょう。

 ですので今日はごゆるりと、この地で滞在してはどうかと」


「殿下は、明日の会合まで私がお預かりします」


 私の言葉に、クラッパ伯爵が返す。


「伯爵の従者として来られたのですから、それが一番自然でしょう。

 そうですな……この年の瀬ですから。

 今日は丁度《帝国年末歌謡祭》の日。あれでも見ながら、ゆっくりされるといい」


 トッド侯爵の言葉に、殿下もクラッパ伯爵も意図が分からず、困惑を滲ませながらも頷いた。


「あの……発言、よろしいでしょうか」


 だが、殿下の後ろで控えるミルヌイは違った。

 彼は目を見開いて、発言を求めて来た。


「どうした、ミルヌイ君。言いたいことがあるなら遠慮は無用だ」


 私が了承すると、ミルヌイは口を開いた。


「もしかして、あの噂……お二人が、動いておられるのですか」


 殿下はミルヌイの方を振り返る。


「噂とは、なんだ」


「……3区から脱出した、メグという少女。通称“星姫”。

 今の時代、唯一帝室に言葉を突きつけ得る民の象徴――そう市井では囁かれています。

 彼女が《歌謡祭》に出演するという噂は、単なる噂で終わるかと思いましたが……。

 まさかこのタイミングで、彼女が“あの舞台”に立つのでは?」


 ミルヌイの視線は、まっすぐに私を見据えていた。

 単なる推測ではない。状況を見抜いた者の問いだった。


「なっ……!」


 殿下は目を見開いて、私とトッド侯爵に目線を戻す。


 私は緩やかに微笑んだ。


「ミルヌイ君。君はなかなか、市井の話にも通じているようだな。

 側仕えとして、殿下の目となり耳となれ……ちゃんとそれを守ってくれているようだ。

 育ての親の一人として、鼻が高い」


「侯爵閣下……本当に」


 私の褒め言葉に、ミルヌイは嬉しさ半分、困惑半分の複雑な顔をする。

 

「既に矢は放たれている。

 我々にできる事は……結果を見守り、受け止めるだけだ。

 その結果次第で、明日の総会の様相は大きく変わることになる」


 トッド侯爵の言葉に、殿下もクラッパ伯爵もミルヌイも、驚きを隠せなかった。



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