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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第20章 帝国年末大歌謡祭――その日、帝国は

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222/230

20-01 踊る総会――密談の約束

視点を変えながら話は進んでいきます。

(とある貴族男性視点)


 商都の北西に広がる丘陵地帯。地平線に霞む山並みと、旧貨物鉄道の高架が遠くに見える。

 あの仮設の停泊地に、我ら貴族の宇宙船がずらりと並ぶ光景は、何度目にしても胸をざわつかせるものだった。

 五十隻を超える大型船が一度に集まる港湾など、商都には本来ないのだ。

 だからこそ、こんな辺鄙な場所にまで足を運ばされる。

 クセナキス星系経由でやって来た共和国の使節団までもが片隅に見えて、余計に異様さを際立たせていた。


 ――帝都への道が閉ざされたまま。

 嫌がらせなどではない。

 帝室と我らとの距離が、物理的にも政治的にも広がっている証だった。


 停泊地から車で十分。地元市役所の隣にある大ホールが、今日の会場だ。

 だが大ホールとは名ばかりで、帝都や商都にある幾つものホールと比べれば、大きく見劣りするのは否めない。

 だが、この一帯では最大規模。

 地元に多少の金を落とすことで、我らが示した“善意”のしるしでもある。


 会場周辺には、熱気が渦巻いていた。

 随員たちが立ち話で情報を交わし、記者たちが目を光らせて走り回る。

 提供される料理も警備の手配もすべて地元から。


 酒類のない軽食を口にしながら、私はそれを眺めた。

 ――結局は、地元経済への施しを口実にした我らの集結だ。


 「……あれで、年明けに本当に“対話”が成り立つと思うかね」


 廊下を進む途中、前方から黒い外套の男爵の声が耳に届いた。

 金ボタンの輝きがちらりと見え、その姿はすぐ人波に紛れる。

 彼の懸念は、私の胸中とも重なっていた。

 宰相不在のままの“親政”――あれを統治と呼べるのか。


 会場に入れば、既に各地の領主や係累が続々と姿を現していた。

 資源惑星を束ねる者、辺境の伯爵団、かつては帝都の顧問職にあった隠遁者まで。

 これほど顔ぶれが揃うのは異例だ。

 やはり年明けの「大会合」を前にした最後の調整だからだろう。


 舞台上には議長席。

 その中央に王国時代からの譜代派閥の領袖、ミツォタキス侯爵。

 右には、旧クランバット王国・旧イデア王国系派閥の領袖、トッド侯爵。

 そして反対側には旧マケドニス王国派の領袖、グリシッチ侯爵。


 三大派閥の重鎮が並ぶ光景を前に、自然と場の空気が張りつめる。


 「――よろしいか。それでは議題を改めて確認する」


 ミツォタキス侯爵の声が響いた。威圧も演説調もなく、それでいて場を制する響き。


 議題は一点。

 皇帝臨席の大会合において、我らがどのような要求を帝室に突きつけるか。

 その内容と表現を一致させること。


 全会一致で合意されているのは二つ。

 ――ラズロー中将とカルロス侯爵の即時解放。そして宰相職不在の是正要求である。


 侯爵の言葉を追って、私は手元の端末に記録を取る。

 だが、すぐに赤ランプが灯り、反対意見が飛んだ。


「要求などと口にして、陛下が首を縦に振るものか」


 冷ややかなベクター伯爵の言葉に、私は眉をひそめた。

 確かに、我らに強制力はない。証拠を求められれば、無実を示す術などありはしない。


 老伯の嘆息、若手の子爵の勇み声、辺境伯の皮肉――議論はあっという間に熱を帯びた。

 言葉が重なり、核心は霞み、ただ声だけが渦を巻く。

 私は額を押さえ、耳を澄ます気力も失いかけていた。


「……失礼」


 そのとき、壇上のミツォタキス侯爵が静かに立ち上がった。

 休会の提案。議論が逸れつつあると。


 場の空気が一気に冷めるのを感じた。

 確かに、今のままでは形だけの応酬に過ぎぬ。

 侯爵の冷静な判断に、私は胸の内で小さく息をついた。


 やがて会合は一時中断と決まる。

 賛否の声もなく、ただ疲れた沈黙の中で皆が腰を上げ始める。

 私もまた席を立ちながら――年明けに迫る“大会合”の重みを改めて思い知らされていた。

 

 このような調子で、総会の意見が統一できるのだろうか。

 考えても仕方がないその懸念を脇に置いて、私も席を立った。



 ◇  ◇  ◇ 



(ミツォタキス侯爵視点)


 議場が一時中断となり、貴族たちが三々五々ホールを後にする中、私は休憩室へと向かう道を歩いていた。近くに護衛はいるが、他に同行する者も、声をかける者もいない。

 議論の余熱を引きずったままの沈黙が、背中に付きまとっていた。


 そのとき――


「ミツォタキス侯、少々よろしいか」


 通路脇の壁際から、低く静かな声がかかった。


 姿を現したのは、クラッパ伯爵だった。

 年の頃は三十には至らぬ若い男。

 かつて王国時代のダイダロスに下った、旧マケドニス王室の系譜である。


 こうして対面してみると、ただ者ではない雰囲気がある。

 辺境の星系を治める彼は物腰柔らかだが、眼差しには底知れぬ深さがある。


 マケドニス王国に仕えた家臣の系譜であるトッド侯爵も、今でこそ爵位は上だが、彼には敬意を示しているのも頷ける。


「これはこれは、伯爵自ら声をかけてくださるとは。いかがなされましたか」


「少し、お時間をいただきたいだけです。

 ……休憩室の方では話しづらいでしょう?」


 私は一瞬だけ考えを巡らし、微笑を返した。


「こちらへどうぞ」


 二人は脇道の先にある応接室へと入る。

 小さなテーブルと簡素なソファが置かれた部屋だった。


 室内に他に人の気配がないことを確認すると、クラッパ伯爵は腰を下ろしつつ言った。


「本日の議事……なかなか厳しいものでした」


「想定の範囲内ではありますが、消耗する展開だな。

 議論というより、立場の張り合いになりつつある」


「まったくですね」


 伯爵は肩を竦め、ティーカップに手を伸ばす。

 この場には私達二人だけで、給仕をする者もいないので、中はまだ空だ。

 だが、注がれないことに頓着した様子はない。


「おそらく、議論がこのまま進んでも、実効性ある合意には至らぬでしょう。

 ――我々が示せる“代案”がない限りは」


 伯爵には、何か提案があるようだ。


「代案……というのは?」


「帝室の恣意的な統治を批判するのは容易い。

 拘束の不当性を訴えるのも当然です。

 しかしそれが“声”だけで終わるのでは、民も、陛下も動きませんよ」


「……おっしゃることは理解できる」


 あんな議論を続けていても、何も結論は出ないだろう事は、私もわかっている。


「では、問います。ミツォタキス侯は――この会合の先に、何を見ておられる?」


 伯爵の声が、わずかに低くなる。


「貴族の立場の保全か。帝室との対話の継続か。

 ――あるいは、何か別の“秩序”か」


 私は、その問いに即答しなかった。

 静かに息をつき、しばし黙考する。


「……この場が、最後の対話の場であるとは思っていない。

 帝室がその意思を持ちさえすれば、どんな仕組みであれ、交渉の余地はある。

 その“意思”を喚起するだけの対案。それを、我々はまだ見いだせていないのだ。

 ――()()()()()


「……今は?」


 伯爵は、私の最後の言葉を訝しんだ。


「ということは……時期が来れば、何かを出せるという事ですか?」


 クラッパ伯爵の言葉に、微笑を浮かべた。


「その用意はある。

 だが今はまだ、こちらに手札が揃っていない――といったところだ」


「その手札になりそうな情報がある、と私が言えば……どうしますか」


 こちらの表情を読んで、クラッパ伯爵が言う。

 その言葉を私は訝しんだ。


「あなたとトッド侯爵に、面会を求めている者がいます。

 2時間後――この場所に連れてくるので、会って頂きたい」


 会わせたい者……か。

 トッド侯爵も一目置く彼だ。

 彼の紹介する人物なら、それなりに有用な情報を持っているかもしれない。


「手札になりそうだという保証は、有るのですか」


 私の言葉に、クラッパ伯爵は笑った。


「間違いなく。侯爵も、その者を見ればわかりますよ」


 そう言い残して、クラッパ伯爵は応接室を出ていった。

 残されたミツォタキス侯爵は、しばし椅子にもたれたまま、静かに考えを巡らせていた。


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