(prólogos) 大ホール前広場――開演数時間前の熱狂
少し予定より遅くなりました。
今回は俯瞰視点。短めです
商都エンポリオンの中心部、帝国第一放送、大ホール前。
開場時間を数時間後に控えた広場には、朝から絶え間ない人波が押し寄せていた。
帝国年末大歌謡祭――。
今年の開催は、例年以上に特別な意味を持つ。
公式発表では、未だ目玉企画の存在は明かされないまま。
だが、公表済の出演者以外に、謎の時間枠が設けられていることが、メディア各社の取材で明らかになってきている。
そして、過度なまでの情報統制によって第一放送がひた隠す、シークレットゲストの存在。
すでにアンダーグラウンド系メディアの中には、今年の帝国中の話題を集めた“星姫”が来るのではという憶測が定着しつつある。
その期待感だけで、既に例年にない一大イベントとして国民的注目を集めていた。
観覧チケットは全体の八割以上が事前販売で、それらは即日完売した。
残る当日分はわずか二割。
そのわずかな希望にすがって、前日夜から大ホール前には人々が列をなしていた。
商都エンポリオンは首都星エオニアの南半球にあり、年末のこの季節はそろそろ夏を迎えるころ。
夜が明けて、気温の上昇と共に、広場は更に熱を帯びていった。
「なあ、これってもう抽選券配ってるのか?」
「いや、まだだって。九時配布開始って書いてあるだろ。先着順だと思って早く来たんだけど、宛てが外れたな。抽選じゃ並んでも当たるとは限らないし……」
「オレ、始発で来たけど二百人くらい前にいたよ。泊まり組も大勢いるってさ」
広場に並ぶ列の所々にレジャーシートが敷かれ、あちこちに折り畳み椅子が置かれている。
更に一部には簡易テントも立っている。
人々は交替で列を守り、膝を抱えて順番を待ち続けていた。
「明日が手術なんだけど、どうしても今日だけは……って親父が言うもんでさ」
「やっと育休とれたのに、まさか歌謡祭の抽選に並ぶことになるとは……!」
「おらの星じゃ、こったなイベントなんか、一生お目にかかれねえだよ」
喧噪の中には、子どもを抱いた家族連れ、学生服姿の若者、そして訛りのある言葉で話す別星系からの来訪者の姿もある。
「ほら、じっとしてなさい。もうすぐ始まるから……」
列の片隅では、若い母親が赤子をあやしながらベビーカーを押していた。
隣には、手をつないだ幼い兄妹。目を輝かせながらポスターを見上げている。
「ねえ、お兄ちゃん。あの“星姫”って人、この人?」
「違うよ。“星姫”はまだ、誰も見たこと無いんだ。でもきっと、今日は出てくるよ」
「ほんとう? 早く会いたいなあ」
小さな子供達の会話に、その一角だけはほっこりした空気が流れていた。
が、この広場でこの暖かい雰囲気は例外的である。
すでに事前販売チケットを手にしている者たちも、いち早く会場に入ろうと別の場所に列を成していた。こちらの“入場者列”にも、別の騒動があった。
「すみません、お嬢さん、そのチケット……五千で譲ってくれませんか」
「は? 無理ですよ、せっかく手に入れたのに……!」
「じゃあ一万! 前列ブロックでしょ? 一生のお願いなんです!」
「おい、やめとけって。どうせ転売屋だぞ」
観覧資格を巡る交渉が、そこかしこで始まっていた。
基本的に電子チケットで、転売できない仕組みになっている筈なのだが、それでも抜け道は存在する。
帝国第一放送のチケット販売の仕組みはとうに知られており、抜け道を熟知した者達が事前販売チケットの購入者達に交渉しているのだ。
無論、交渉する彼らの大半が転売目的と見られていた。
すでに転売サイト上では事前販売チケットの価格は高騰している。
会場周辺でははっきり転売を謳う、いわゆる“ダフ屋”の影もちらついている。
「チケット、売ってるよ! 正面入口近く、二枚ある!」
「抽選券、一口一千ドラクマで買い取るよ、今すぐ渡せ!」
帽子を目深にかぶった男たちが、群衆の隙間を縫うように声をかけてまわる。
抽選券の配布が始まった途端、それを貰った人めがけて買い取りの声がかかる。
その動きに、民間警備員だけでなく私服警察官までも目を光らせていた。
「おい、お前、今なんて言った?」
「いや、なんでもないっす。知り合いに声かけただけで……」
「抽選券の買い取りは禁止って聞こえなかったか?」
「は? 買い物だろ、こっちの勝手じゃん。金出すって言ってんだよ」
「帝都警備法・特定イベント区域管理規則。知らないとは言わせんぞ」
「くっそ……チッ、行こうぜ」
男たちが逃げると、すぐ後ろで別の集団が現れ、同じように声をかけ始める。
――正に、いたちごっこである。至る所でそれが繰り返されている。
通りには制服の警備員と、私服の警官達が次第に増えていった。
「抽選券の列はこのラインの内側で整列してください!」
「押さないでください、押さない! 事故が起きます!」
怒号と拡声器の声が交錯し、混乱は次第に熱を帯びていく。
すでにこの広場は、歌謡祭という“お祭り騒ぎ“の前哨戦としての様相を呈していた。
「……すごいわね。もう、何か始まってるみたい」
帽子をかぶった若い女性が、連れの手を取りながらつぶやく。
彼女の視線の先には、巨大なホールの正面扉と、真新しい垂れ幕――
《帝国年末大歌謡祭・新時代の幕開け》と銘打たれたその文言が、朝日を受けて静かに輝いていた。
「こんなに騒がしいのに、誰一人、帰ろうとはしないのね……」
女の声に、連れの青年が応える。
「じゃあ、君だったら帰る?」
青年の言葉に、女は首を振る。
「だろう? それだけ、何かが“起きる”って、みんなわかってるんだよ」
まだ開演はしていない。けれど、
すでにここには、熱気、欲望、怒声、警戒、そして期待が満ちていた。
――大歌謡祭という名の饗宴は、開演の前から、すでに始まっていたのだ。
20章は、2~3日に一話くらいのペースで投稿していく予定です。
宜しくお願いします。




