19-11 歌謡祭前夜――熱狂の渦巻き始めた星
俯瞰視点。短めです。
本日は、当話含め二話更新です。
首都星エオニアには、二つの入星管制局がある。
一つは北大陸にある、帝国全体の政治の中心ダイダロスへと受け入れる、帝都ダイダロス管制局。
もう一つは南大陸にある、帝国の商業の中心地、商都エンポリオンへと受け入れる、エンポリオン管制局。
年の瀬を前に、ダイダロス管制局には、続々と貴族たちが集まり始めていた。
目的は、年明けに控えた恒例の年賀行事。
そしてそれに続く、全貴族総会と帝室との間で行われる、歴史的な全体協議。
――言い換えれば、この帝国という巨大な器の「今後」を定める、臨界の会談である。
しかも今年は、それだけでは終わらなかった。
星系外からの来訪者――クセナキス星系に突如姿を現した、異文明国家「ラミレス共和国」の使節団が、この会議に正式に加わることが決定されたのだ。
帝国がこれまでほとんど交わりを持たなかった共和国との、初の国交樹立交渉。
その場に臨むべく、共和国代表団は、外交官、技術顧問、そして護衛部隊を含んだ一団を一隻の大型宇宙船に乗せて、帝都宙域へと進入してきた。
だが、いかに政治の中心地ダイダロスといえど。
それだけの規模の艦隊を受け入れるのは、不可能だった。
貴族達や共和国使節団は、まとめてエンポリオン管制に回されて。
そこでタイミングよく整備されていた、商都エンポリオン郊外の臨時停泊区域――“観光再興プロジェクト”の一環として準備されていたエンポリオン郊外のエリアが、それらを受け入れることとなった。
そして――その日、商都の空気が変わった。
もともと“星姫”と呼ばれる謎の存在の歌謡祭への出演が囁かれ、浮き立っていた街。
そこにやってきたのが――
帝国の諸侯。
共和国の使節。
付随する軍属、官僚ら随行員。
そうした人たちが一気に集まると、それを呼び水に更に人を呼び寄せる。
報道各社の取材班。
物資不足を懸念し、大量発注された食糧などを運搬する、運送業者。
商都警察が事態を懸念し近隣星系からも呼び寄せた、応援の警察官や臨時スタッフたち。
さらには、こうした“大勢の熱気”に呼び寄せられて集まる大衆たち。
エンポリオンには一夜にして“今”を見届けるための当事者たちが殺到した。
宇宙港に降り立つ彼らは、見せびらかすように振る舞うことはなかったが――
「そこにいる」というだけで、人は気配を察する。
世界が、動いている。
その予感だけが街を満たしていく。
浮き足立つ群衆。
どこか警戒を強める警備部隊。
貴族たちの動向を探るメディア。
特需に沸く商人と、そこに殺到する周辺星系からの旅客たち。
情報、噂、期待、不安――あらゆる“熱”が交差し、ついにそれは、形となって現れ始める。
商都エンポリオンの宇宙港は、急激にその処理能力を超えた。
入星申請は倍増し、貨物便のスケジュールは軒並み遅延。
高軌道には入港待ちの旅客船が何十隻も列を成し、入港調整用の周回コースが新たに設けられる事態となった。
入星管制局の通信回線には、悲鳴のような交信が絶えず続く。
それでも、人は来る。
“星姫”とやらの姿を見たい者。
年越しのライブイベントに並ぶ者。
帝都の貴族に売り込む商人。
国交交渉を取材する報道員。
そして、何か“決定的な瞬間”に立ち会おうとする、名もなき目撃者たち。
それぞれの動機が入り混じりながら――一つの方向へと引き寄せられてゆく。
年の瀬、深夜。
商都の夜空を見上げた者は、夜空に輝く一筋の光の連なりを見ただろう。
それは、軌道上で商都への入星申請を待つ、長蛇をなした宇宙船の列。
いつ商都に降りられるのかという、焦燥感。
それだけでなく、義務感、期待感……いろんな感情が、その列には渦巻いていた。
全貴族総会の参加議員たちは、帝都入りする前に、商都郊外で会合を始めた。
各家の代表たちが滞在する施設の周囲には、早くも警備用の封鎖ラインが敷かれた。
そして商都エンポリオンには、逆に「緊張と熱狂」が共存していた。
歌謡祭――かつては帝国最大の娯楽イベントだったこの祭典は、
いまや“何が目玉なのか”すら語られぬまま、ただ期待だけが熱気となり、街に渦を巻いていた。
そして、その舞台に立つ者はすでに、密かに決まっている。
民衆は、それを知っている者も、知らない者も、あるいは知ろうとしない者も含めて、集まってくる。
帝国最後の歌姫と目される者が、現れる――
その噂ひとつで、世界が少しずつ、傾き始めている。
今や、全貴族総会、共和国使節団の到着でさえ、”歌謡祭”に飲み込まれつつある。
歴史に名を刻む瞬間は、いつも“演出”の皮を被って訪れるのかもしれない。
こうして首都星エオニアは、得も言われぬ熱狂を孕みながら――”その日”を迎えたのだ。




