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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第19章

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19-10 歌謡祭へ――最後の歯車が嵌る時

話の途中で視点が切り替わります。

(メグ視点)



 歌謡祭本番、三週間前。

 商都エンポリオン行きの貨物船。私はその船倉の隅にある貨物コンテナ――内部に設えられた小さな隠し部屋の中で、ひっそりと身を潜め、静かに呼吸を整えていた。


 微かな振動と、時折きしむ音。

 宇宙を漂うこの船の鼓動が、まるで私の緊張を映しているようだった。

 私は、再び深く息を吐く。


 今回の首都星エオニアへの潜入は、トッド侯爵の個人的な手配によるもの。



 3区から脱出したときとは違う。

 あのときは、小父さんたちがいて、ランドルさんやナナさんも……皆が一緒だった。


 でも今回は、誰も一緒じゃない。完全な単独行動だ。


 ナタリーお祖母様は、先にエオニアの自宅に帰っていった。

 小父さん達とドク、クロは共和国の船に残っている。

 ランドルさんとナナさんは――別の手段でエオニアに来ることになっている。


 唯一……ニシュだけは、後で私と合流することになっている。



 荷台の外では、低く機械的な声がいくつも重なり、貨物の搬出作業が始まっていた。

 ガコン、と鈍い音が響き、コンテナごと船から下ろされる。

 宇宙港の空気が、わずかに流れ込んだ気がした。


 私は黙って耳を澄ませる。

 予定通りなら、このあと貨物ヤードの職員に扮した近衛隊員が、私を外へ誘導してくれるはずだ。

 彼らの準備にかかっていた。少しの遅れも、失敗も許されない。


 やがて、合図通りにコンテナの側面が静かに開いた。

 私は身をかがめて、その隙間から外へ出る。

 目の前には作業着姿の男が一人、無言で手を伸ばしてきた。


 私は頷き、その手に導かれて、ヤードの脇道へと滑り込む。


 待機所の小さな仮設ブースで、私は着替えを渡された。

 エンポリオン郊外に住む、とある女性――元は貴族出身だが、長く病床に伏し、ほとんど表に出ることのない人物。


 今回、彼女の身分証と、必要な生活記録を私が借りることになっている。

 全貴族総会側の協力者の一人らしい。

 顔立ちや体格も私と近かった。

 指紋や虹彩認証も、一時的に模倣できるよう、特別なツールが支給された。


 私は与えられた衣服を着て、髪を整え、IDを確認する。

 鏡に映った自分は――見慣れない、でもどこか落ち着きのある“別人”だった。


 宇宙港からは、簡素な自動車で移動した。

 道中、車窓に映る商都エンポリオンの街並みを眺める。

 高層商業ビルが並ぶ中に、時折古い石造りの建物も混じっていた。


 共和国のコロニーでも、人の多さには驚かされたけど――ここは、まるで別格だった。

 空気が違う。人の流れが、街の呼吸みたいに感じられた。



 目的地は、帝国第一放送局の近くにある小さな雑貨店。

 目立たない通りに面したその店に入ると、品物の奥にある通用口へと誘導された。

 無言で頷いた店員の目は、すでにすべてを察していた。


 通用口からは、地下への長い階段が続いていた。

 私は躊躇わず、ひとつひとつ足を運ぶ。

 ひんやりとした空気と、足元に響く音だけが、世界の全てのように思えた。


 地下通路に出た。天井は低く、古い配管がむき出しになっている。

 何度か曲がり角を曲がり、奥の鉄扉の前で立ち止まる。


 重いその扉を開き、中に入ると。

 そこには、すでに一人の女性が立っていた。


 サニエル女史――帝国第一放送の《歌謡祭》統括責任者。


 背筋を伸ばし、手には分厚い資料の束を抱え、無言で私を見つめていた。

 彼女は静かに頷き、私に歩み寄る。


「もう三週間。あまり時間はないわ」


 サニエル女史の声は、はっきりと、そして冷静だった。

 けれど、その目には焦燥を押し殺した光が宿っていた。


「まずは衣装合わせ。そして、地下の会議室で演出チームとの調整に入るわ。案内は私がします」


 私は、深く頷いた。


「……お願いします」


 再び、扉が開かれる。

 その先に待っているものが何であっても、私は進まなければならない。

 この三週間のすべてを――“あの日”のために。



 ◇ ◇ ◇


(ハーパーベルト准将視点)



 記録装置は、手のひらに乗るほどの古びた金属筐体だった。


 マーガレットという少女から引き渡された管理エリア船。

 そこに、当時のまま眠っていた音声記録データ。


 このデータが本物なのか――あの時封印された音声データなのかを、確かめる必要があった。



 記録データの暗号化は……あの時、私が自ら行った。

 その復号化には、同じ規格――四十年前の軍規格の装置が必要だった。


 だが、管理エリア船から装置を外すことはできなかった。

 だからといって、船を残すという選択肢も無かった。

 船は必ず廃却するように、との指示があったからだ。


 私は宇宙軍の廃棄船を漁ったが同型はなく、ようやく互換性のある規格の記録装置を見つけ出したのだ。


 作業室に戻り、音声データの媒体を慎重に記録装置に接続する。

 装置の小さなランプが、かすかに明滅する。


 私は、復号化処理のスイッチを入れた。

 そして……暗号化を行った時の、あのワードを、口にした。


 装置のディスプレイに、状態が表示される。


『声紋照合……一致を確認。

 ワード照合……一致を確認。

 これより、復号化処理を開始……』


 すぐに、ピッという音が鳴る。


『復号化完了。

 音声データの再生形式は、α7型となっています。

 再生しますか?』


 ディスプレイに、復号化に成功した表示がされた。


「これで……聞けるはずだ」


 静かに息を呑んだ。

 

 


 ◇ ◇ ◇


(ケイト視点)



 目覚めた時、すでに私はこの部屋にいた。


 天井は白く、清潔な室内。

 空調は一定に保たれていて、寝具も最低限の快適さはあった。

 けれど──ここがどこなのか、まったく分からない。


 部屋には窓がついていて、その向こうに広がる景色は――一面の、森。

 外の空気は心地よく、換気も出来る。

 だけど、窓枠にしっかり嵌まった網戸は外せない。


 仮に外せたとしても、この部屋は三階くらいの高さの場所だった。

 到底、ここから外には出られそうにない。


 出入り口の扉は、内側からは開かない。


 そして何より、首に巻かれたこの装置──細く冷たい金属の輪が、私をこの部屋に縛りつけていた。



 最初にここで目覚めた後、しばらくして男がやってきた。

 仮面のように、無表情な男。


 彼は何も語らず、ただ淡々と装置を私の首に嵌めると、言った。


「念のため試しておく」


 そう言って扉を開け、私の背を押した。

 私が一歩、外に足を踏み出した瞬間──


 ピリッ、と鋭い電流が首に走った。

 呼吸が止まり、意識が遠のきそうになった。


「今のは警告。二度目からは出力が上がる。

 死にはしないが、数分は動けなくなる」


 男は私を部屋に戻し、そう言い残して出ていった。


 それが、この部屋の“ルール”だった。


 以降、私は一度も部屋を出ようとしていない。

 扉の前に近づくたび、装置がかすかに震えるのが分かる。




 食事は一日三回、同じ女性が運んでくる。

 話しかければ返事はあるが、警戒心を崩さない。


 トイレも風呂も部屋の中にあり、最低限の生活には困らない。

 着替えも朝食と一緒に持ってきてくれて、脱いだ服も回収されていく。

 

 頼めば、本や刺繍道具なんかも持ってきてくれる。


 だが、それ以上のこと──外との接触や、現在地の情報を尋ねると、必ず曖昧にごまかされた。



 ここはどこなのか。

 何の目的で私をここに閉じ込めているのか。


 私をお父様の邸から攫ったあの軍人は、私をどうしたいのか。


 何も、わからない。


 ……でも、ここが牢獄であることは、紛れもない現実だった。


 時折、部屋の隅に設置された空調口のようなものの奥に、かすかな動作音を感じる。

 誰かが、確かに――見ている。

 監視カメラか、それとも──生身の目か。


 私は壁にもたれて、静かに目を閉じる。



 お父様。

 お兄様、お姉様。

 クレアさん。マルヴィラ。


 みんな、今も無事でいるだろうか。



 ……そして、メグちゃん。


 ここに来てから一度だけ、通信回線が繋がった。


『もうちょっとで、助かると思うから。

 だから――待ってて』


 メグちゃんは、口に出した言葉では、そう言っていた。



 でも、彼女の口の形は”助かる”じゃなくて。


 ”助ける”


 そう、告げていた。



 この孤独と閉塞のなかで、私を支えているメグちゃんの言葉。


 単なる思い込みかもしれない。

 でも、この何もない牢獄では――そんなものにでも縋らなければ、生きていけない。


 そんな微かなものでも、希望を与えてくれたメグちゃんの為に。


 ――私は諦めない。


 この檻を破って、外へ出られる日まで。


 この静かな部屋の中で、私は心を削られながらも、待ち続けている。




 ◇ ◇ ◇


(ガント・ピケット視点)



 格納庫の空気は、鉄と油と焼けた金属の匂いが混じっていた。

 かすかに振動する床の下では、今も複数のシャトルが試運転されている。


 俺は黙って訓練場を見下ろしていた。


 仮想空間で再現された建物の中を、黒い装備に身を包んだ部隊員たちが走り抜ける。

 ケイト嬢が囚われている可能性のある――あの施設を想定した訓練だった。


 地図、構造、警備パターン。

 すべては、カービー准尉たちが手に入れた、貴重なハッキングデータのおかげだ。


 だが、突入作戦に必要なのは情報だけじゃない。

 信頼できる人間、動じない神経、躊躇なく命を懸けられる技量――

 それを叩き込むのが、今の俺の仕事だ。


 トッド侯爵閣下から命じられた時、俺はすぐに頷いた。

 あの方の命令に、異を唱える理由など無い。


 しかも今回は、ミツォタキス侯爵の軍事企業からも支援が入った。

 精鋭が数十名、すでに合流している。


 彼等の部隊は、我が部隊と合同訓練を重ねている。

 口数は少ないが、実力は折り紙つきだ。

 数勘定に入れられる、背中を預けられる兵が増えるのは、純粋にありがたい。


 ただ――それだけでは足りない。

 問題は、“どうやって”現地に到達するかだ。


 首都星エオニアは、常に厳重な監視下にある。

 まともに出入りすれば、帝室に動きを察知される。


 一人二人ならともかく、数十人の部隊二つ丸ごと密かに潜入するなど、困難を極める。


 だったら、選択肢は一つ――正面から突っ切るしかない。

 偽装輸送船に身を潜め、大気圏外からの強行突入。


 作戦の概要は、こうだ。


 まず我々は、通常の貨物船に偽装した強襲艦に乗り、定期航路の入港待機列に紛れる。

 星域管制に従い、エオニア軌道上で待機。

 その状態から、あらかじめ仕込んでおいた臨時の燃焼ブースターを使って、大気圏へ直接突入。


 途中で姿を現せば、帝国軍の衛星網や監視ドローンに感知されるだろう。

 だが、突入速度が速ければ、迎撃態勢を整える前に着地できる可能性がある。


 成功すれば、一気に地上施設近くまで接近できる。

 そこから突入班を展開し、ケイト嬢を救出。


 ――そして、低空を飛行しながら施設を離れ、そのまま強硬脱出。

 これは、あのラミール村にやって来た連中の戦術を利用させてもらう。


 ……計画上は、理にかなっている。

 だが、穴がないわけじゃない。


 たとえば、降下中に機体が撃ち落とされる。

 あるいは、現地施設が予想以上に強固で、突入が困難になる。

 もっと言えば、そもそもケイト嬢が、そこにいないという可能性も。


 けれど、俺たちは動く。

 その覚悟があって、ここにいる。


 失敗の可能性があるからといって、動かなければ――誰も救えない。


「ピケット隊長、通信です。侯爵からの確認指示が入りました」


 通信兵が駆け寄ってくる。

 俺は一つ頷くと、端末を手に取った。


 表示されたのは、トッド侯爵の直筆の通達。


 《作戦D-07、予定通り決行の準備を整えよ。

  現地への突入は、ケイト嬢の位置確定次第。

  偽装輸送船の最終整備を急げ》


 簡潔だが、十分だった。


「よし。全隊、十五分後に最終ブリーフィングだ」


 伝令が走る。部下たちの動きが一斉に速まる。


 ここから先は、戦場だ。

 名誉も、忠義も、私情も――すべてを背負って、必ずやり遂げる。



 ◇ ◇ ◇


(サニエル女史視点)



 帝国第一放送の地下三階、使用されていない旧編集スタジオ跡。


 ──今、この空間は、歌謡祭の裏で動く“もうひとつの舞台”となっていた。

 壁面の吸音パネルは、一部が剥がれ落ちている。

 配線の剥き出しになった天井からは、時折、水滴の音が響く。


 だが、それでもこの遺棄されていた場所は、最も信頼できる作戦会議室だった。



 私は資料端末を手に、今日三度目の警備会議に臨んでいた。

 時刻は深夜二時を回ったばかり。


 それでも近衛隊のビゲン大佐もチューリヒ大佐も、指一本動かさぬ集中を保っている。


 特に指揮をとるビゲン大佐は、近衛内部では“異才”と呼ばれる人物らしい。

 この作戦の成否は、まさに彼らの手腕にかかっている。


「下層排水網――ここと、ここだ。どちらも老朽化しているが、現在も非常用通路として稼働している」


 チューリヒ大佐が端末に図面を投影する。


 ――地下下水道網。

 それは、数十年前に整備された都市の“影”であり、都市が想定以上の雨量を受けたときの逃がし道。

 つまり、誰にも注目されることのない、人目から完全に外れた空間だった。


 その網の目のような通路が、今回の警備計画の要となる。

 マーガレット──彼女が”何らかの理由”で舞台から姿を消す場合に備えて、最低でも四つの逃走経路が設定されている。


「舞台正面、裏手の搬入口、それから……第六排水路。

 どれを使うかは当日、現場判断になる」


 ビゲン大佐の指示に、私は黙って頷く。


 避難のための動線。それを確保するという名目。

 だが、それらは“彼女が襲われる”ことを既に織り込んだ設計に見えた。



 ──そして、この会議に異様な静けさをもたらしているもうひとつの存在。


 部屋の隅に、無言で立つ女性型アンドロイドがいた。


「どこを使うかは、私の判断でよろしいのですね」


 静かに声を発したその存在に、ビゲン大佐がうなずく。


「ああ、“ニシュ”君。

 ただし、どのルートを選んでも、最終到達点は『ここ』だ。

 地図を頭に叩き込んでおいてくれ」


 ニシュは、無駄のない動きで応じた。


 彼女が“道”を選ぶ。

 それが、私たちが彼女に託した任務だった。



「……しかし」

 私は、意を決して口を開いた。


「この“警備案”には、いくつか気になる点があります。

 特に――中継が終了した後の、観客の誘導動線について」


「そこだ」


 ビゲン大佐が即座に返す。


「それこそが、この計画の核心だ。舞台が終わっても、本当の“演出”は終わらない。

 観客には、この出来事を体験として持ち帰ってもらう必要がある」


「巻き込むのですね……」


 私は、わずかに口を引き結んだ。

 だが、それが無謀な賭けだとは思わなかった。


 観客に危害が加わることはない。

 むしろ、事前の安全計算は過剰と言えるほど綿密だった。


 だが、間違いなく“観客は事件の一部となる”。それも、明確な意図を持って。


「この舞台は、彼女と“仮想敵”が踊る場だ。

 その空間に、観客を引き込むことが不可欠になる」


 ビゲン大佐ははっきりと告げる。


「これは、娯楽でも、政治でもない。

 ある意味、”公開討論会”だ。

 そして不可逆の、意思表示の場になる」


 私は目を伏せる。

 “あの子”にそこまでを背負わせていいのか──そう思う気持ちが、消えなかった。


 けれど、私たちはすでに引き返せない場所まで来ていた。


 すべての段取りは整えられ、関係各所との連携も最終調整に入っている。

 唯一、まだ欠けていたピース――ビゲン大佐曰く“切り札”が、今日、この施設に到着するはずだった。


 私は小さく息を吐く。


 そのとき、端末が短く震えた。

 地上警備部の責任者からの緊急通達。


『夜間受付に、あなたの名前を出した女性が現れました。

 “打ち合わせに呼ばれた”とのことです』


 ビゲン大佐が顔を上げる。


「どうやら、最後のピースが──届いたようだな」



「その者を地下会議室へ。案内は私が行います」


 ホールの警備責任者が席を立ち、通話に応答する。


 そして、数分後。

 会議室の扉が音もなく開いた。


「お待たせしました――なんとか、間に合わせました」


 警備責任者に連れられて現れたのは、長身の女性だった。


 肩までまっすぐに切り揃えられた金髪、無駄のない所作。

 スレンダーで、その佇まいは……なんとも言えない、存在感があった。



 ビゲン大佐は、ほんのわずかに微笑む。


「ようこそ、マルヴィラ・カートソンさん。

 ――これで全ての歯車が揃いました」


 そして、この壮大な舞台の幕が──ようやく、上がるのだ。




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