19-08 懐かしい二人の対話、全てを見ていたモノ
リオン(=マクベス大佐)視点
共和国の船がハイパードライブでこの宙域を離脱してから、三十分ほどが経った。
無人コロニーは静まり返っている。
あの娘の前では“リオン”という名の賊を演じた。
だが今の俺は――皇帝直属秘密部隊、帝国軍第二二三陸戦連隊長……マクベス大佐だ。
警戒を解かぬよう、引き渡された船、そしてこの格納庫周辺を徹底的に調べていた。
「何もないですな……何か、仕掛けがあるかと睨んでいたんですが」
部下の一人が肩を竦める。
無線通信探知、赤外線、磁気探知、さらには表面剥離の痕跡も確認したが、特に異常は見つからなかった。
「あの嬢ちゃん、本当に善意で船を渡しただけなのか……?」
バートマン中佐の居室で、部屋で過ごした思い出に涙する様子には、嘘は見えなかった。
だが……何かがわからないが、引っ掛かるんだよな。
そう思っていた時だった。
空間が揺れるようなわずかな波動。
ハイパードライブ航跡の光点が、遠方に現れた。
「来たか……」
数秒の遅れをもって、帝国の機体識別信号が走る。
やがてコロニーのもう一つの係留ドックに繋がったのは、白銀の高速連絡艦。
帝国宇宙軍第一艦隊――帝都の守護と首都星エオニア警備を担当する艦隊の所属艦だ。
大型艦の間を行き交って、通信で話せないことを連携するための小型艦だ。
そこから、一人の男が降り立った。
「マクベス大佐。
……“あの時”の答え合わせをしないか?」
ゆっくりと近づいてきたその男――ハーパーベルト准将は、片手に古びた本を持っていた。
* * *
管理エリア船の内側、今は無人となった中央管理室。
十七年前、ここは「3区中央管制室」と呼ばれていた場所だ。
二人は、無言でその扉を開く。
その中央奥にある、航法制御端末。
そのパネルには、すでに航法コンピュータへのロック解除状態が表示されている。
しかし、”彼”が再ロックのコマンドを入力してみると、当時の「質問」がそのまま残されていることが分かった。
「……あのときと、全く同じだな」
「懐かしいな。お前がぶつぶつ文句を言いながら、途中でキレてたのを思い出す」
二人は端末の前に座り、ロック解除の手続きを始める。
最初の五問は、十七年前と同様、算数や数学に関する設問だ。
「この第二問……“物忘れするクレッグ君”だったか」
「今見れば、なんてことはないんだが……。
天体が迫った中でのこの設問は、腹が立ったな」
「三問目は……“グレンという男が死に、天国への門の前へやって来た”。
――お前が死ねよ、ってキレたのは覚えている」
「四問目……天体衝突後に解いたんだったな」
「ただひたすら、意地の悪い設問だった。こんなの、衝突前に解けるかよ」
二人は、かつての出来事を振り返りながら、問題を解いていく。
六問目からは、次第に設問の様相が変わり始める。
六問目――「このロックを掛けたのは誰か?」
七問目――「ロックを掛けた人物を殺しに来たスパイは誰か?」
八問目――「ロックを掛ける事になった切っ掛けの事故は何か?」
九問目――「その切っ掛けを起こした原因の人物は誰か?」
問いの中に浮かび上がるのは、十七年前の作戦の「影」、そして――名前。
「これは、俺達じゃない別の人間に、解かせるための問いだな。
この辺は、さすが、あの意地悪いバートマンらしい」
「だが……ここまでは、あのときも解いた」
「ああ。だが、十問目が分からなかった」
リオンが目を細める。
そこに、准将がゆっくりとバートマン中佐の手帳を開いた。
最後のページ見開き、右下に、手書きの文字。
『皇帝への忠誠心なんか、犬に食わせろ』
リオンが、鼻で笑う。
「へっ……会う時が違っていたら、友人になれたかもな」
ハーパーベルトは頷き、端末に入力する。
“犬に食わせろ”――その言葉とともに、航法コンピュータのロックが完全に解除された。
「……これがなければ、解けなかったな」
「そうだ。そして、もう一つある」
「もう一つ?」
准将は、最後の方に書かれた、バートマン中佐の祈りの言葉のページを開く。
-----
かなり長くなるが……私の知る真実と、そこからの推測を書き残そう。
ギリギリの所で刺客から逃れたが、私はこの真実を知っているがために、生きていると知られれば狙われ続けるだろう。
はっきりしている事は、それだけ敵は強大だという事だ。
本当は、管理エリアごと逃げられれば良かったのだが……これから残す真実の証拠は管理エリアの通信記録にあり、そう簡単に破棄されないよう仕掛けをしてある。
残す事の出来る手がかりは少ないが、真実を突き止めんとする者は、詳らかにして欲しい……解き明かすヒントは残したつもりだ。
何としてでも生き延びて……愛するヒラリ―に、ナターシャに会いたい。
神よ、私の願いを叶えたまえ。
-----
「なんだあ?
バートマンの奴、こんな殊勝な祈りを捧げる奴だったか?
無神論者だったと思うんだが」
俺は、このページに並んだ言葉を訝しんだ。
「ああ。だから俺は、ここに何かあると踏んだ。
結局わかったのは――この行頭の並び、文字を連ねると“かぎはほのなか”。
“本”をそのまま読むことで、“鍵は本の中”と読める」
彼は今度は、手帳の裏表紙の裏面を開いた。
その裏面に張られた紙を剥がすと、細長い隙間が隠されていた。
そこに金属板がぴったり嵌まっている。
彼は金属板をゆっくりと取り出した。
「そいつは?」
「恐らく、音声記録装置だ」
俺達はその装置の所に行き、中央パネル脇の小さなスロットへ金属板を挿入した。
――ピッ。
静かな電子音とともに、端末に表示が現れる。
『放送アーカイブ:帝国歴291年2月30日の記録ロック、解除完了』
「……存在しない日付、か」
「よく出来た隠し方だ。
種が分かれば簡単そうに見えるが、実際ノーヒントでは到底見つからん」
俺達はラジオ放送室へと向かい、幻の日付のアーカイブ記録を回収した。
「これで、一安心だな」
「いや……まだ“お前の仕事”が残っている」
ハーパーベルトは、無言で頷いた。
* * *
(視点:ハーパーベルト准将)
管理エリア船を牽引し、静かに星系の外縁へと移動していく。
マクベス大佐の隊は、すでにこの宙域を離れた。
私は、船の外部進路設定パネルを開く。
目的地の座標を削除し、微調整されたベクトルを設定。
「……恒星捕捉範囲内に、進路修正完了。曳航索、切り離し」
コードが外れ、銀の船体がわずかに揺れながら、そのまま恒星へと引かれていく。
ゆっくり、しかし確実に。
「さよならだ……。
お前はもう……星の藻屑と、消えてくれ」
その声を誰が聞くこともないまま、准将は操舵席を離れ、帰投の航路へと入った。
* * *
誰もいなくなった格納庫。
その天井、目立たぬ隅に――わずかに光が点滅していた。
張り付いていたのは、小型の蜘蛛型ロボット。
マーガレットが密かにここに残していた、《オクタ》だ。
無機質な合成音声が、静かに呟く。
「……記録完了。事前指令を再生」
ピッ
『記録後、宇宙船の接舷エリア隅で待機。
休眠状態で回収を待ってね』
ピッ
「再生終了。
メグさんの指令に従い、休眠モードに入ります――おやすみなさい」
ユニットは滑るように格納庫の陰へ移動。
光が消え――そのまま、静かに活動を停止した。
誰にも気づかれることなく。
だが――すべてを、見ていた。




