表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第19章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

215/230

19-07 帰れない我が家、再会の約束

メグ視点

 資源枯渇により人の手を離れた星系――ミノコス。

 その第四惑星の衛星軌道上に浮かぶ、旧式の避難用コロニーへ、私たちは降り立った。


 このコロニーには、生命の気配がまるでなかった。


 小型宇宙船を数隻着庫できるだけの開いた格納庫と、

 大型宇宙船を係留できる設備。

 そして、休憩所を兼ねたエアロック付きの会議室と、いくらかの非常用食料庫。

 

 本当に緊急避難の為に作られた設備だけしかない、寂しい場所だった。


 


 共和国の使節船を降り、私たちは手早く準備を進める。

 クレトさんや、共和国の作業員たちと一緒に、あの船――管理エリア船を、格納庫の中へと運んでいく。


 この船を見つけたのは、一年にも満たない。

 3区で生きて来た中では、それほど長く住んでいたわけではなかった。


 でも私と小父さん達にとっては、紛れもなく”我が家”だった。

 

 手放すことに、寂しさを感じないわけでは無い。

 だけど……ケイトお姉さんの命には、代えられない。

 


 「……来たわ」


 宇宙服の通信越しに聞こえるナナさんの声に、私は反射的にモニタを覗く。


 暗い宇宙の彼方から、赤黒の光をまとった小型艦の編隊が、滑るように接近してくる。


 所属マークは見えず、通信識別も非公開。

 ――けれど、間違えようがなかった。


 あれは、リオンの船だ。


 敵意は示されていない。機体の武装システムも停止状態のまま。

 あくまで“取引”に来た……そんな意思表示だ。


 「……行くわね」


 私は一つ息を吸って。

 クレトさんと二人で、係留ドックの外――管理エリア船の方へと歩き出した。


* * *


 船の側で待っていると、彼等は共和国の船とは別のドックに係留した。


 そして、数人の男達がやってくる。


 相変わらず、整った姿勢に、宇宙服のバイザー越しに見える平静な表情。

 ハンドサインで、無線通信のチャンネルを知らせてくる。


 チャンネルを合わせると、声が聞こえた。


「久しぶりだな」


 リオンの声には、何の揺らぎもない――はずだった。


 だが、リオンの目には――どこか、温かみすら感じる。


「それで、横の男は」


 視線がクレトさんの方を向く。


「私は共和国の立ち会い人で、クレトといいます。

 何も船に仕掛けをしていないと、説明しに来ただけですよ」


 そう言って、クレトさんは両手を掲げて、何も武器を携帯していないことを示す。


「わかった。いいだろう。お前はそこを動くな」


 リオンに言われて、クレトさんは頷いた。


「それで……船は、これか」


「はい、そうです」


 私の頷きに、リオンは管理エリア船を見上げた。


 彼が連れて来た男達は、船を見るでもなく……私とクレトさんの方を見たまま。

 どうやら、何か変な事をしないか警戒している様子。


「外見だけでは、何とも言えん……嬢ちゃん、中を案内してくれ」


「わかりました。

 クレトさん、待っていてもらえますか」


「……気を付けてくださいね」


 戸惑いながらも、クレトさんは頷いてくれました。




 中に入ってエアロックを通ってから、宇宙服のまま船内に入る。


「どこを案内すればいいんですか?」


「そうだな……。

 まずは、操縦室と、放送室。

 あとはお嬢ちゃん達が寝泊まりしてた部屋を教えてくれ」


 リオンの言葉に、まずは宇宙船としての操縦室に連れて行く。


「ここか……床とか壁とかは、直したのか」


「傷んでいる壁や床は、補修材で直しましたよ」


「ふーん、そうか」


 リオンの口ぶりでは、まさか……。


「見覚えあるかのように仰っていますが、ここに来たことがあるのですか?」


「ん? いや……よく似た場所を、知ってるだけだ。

 で、ロックを解除した航法コンピュータってどれだ」


 何か誤魔化されましたが。

 床や壁が壊れてたのを知っている時点で、ここに来たことがあるはず。


 もしかして、スパイさんと一緒に――十七年前に、ここに居た……?


 ともあれ、航法コンピュータの所に案内する。


「航法コンピュータは、これらしいです」


「らしい、ってなんだ」


 リオンが軽く私に突っ込みを入れて来た。


「私自身は、扱い方も知りませんでしたから。帝国軍から派遣されてきた軍人さんが、操縦してました」


「……まあ、そりゃそうか。

 操縦してたのはモートン中尉か」


 ランドルさんの氏名も階級も把握してるのね。


「そうです。あの人しか宇宙船の操船資格がありませんでしたから」


「ふーん、そっか。

 嬢ちゃんは、ここの部屋の他の端末の事は何かわかるか?」


 リオンの質問に、私は首を傾げた。


「さあ……私達の生活には、あまり関係のある場所でもありませんでしたし」


「そうか。ここはもういい。放送室へ案内してくれ」



 リオンに促されて、ラジオ放送室まで案内します。


「ここがAMラジオ放送室ですね」


 リオンは、周りをキョロキョロ見回していた。


「この部屋も、結構手を入れた形跡があるな」


「ラジオは……私達にとって、唯一の娯楽でしたから。

 アンテナ設備も修理して、アーカイブからランダムで放送データを抽出させる仕組みも作りました」


 その後も、リオンは私に幾つか質問をしながら、この部屋の設備を眺めていた。




 最後に、私達の居室だった場所へ案内します。


「外側の部屋の幾つかを使って、小父さん達は居室にしてました。

 私は、ここです」


「ここは……」


 私が案内したのは、私が居室にしていた場所。

 ニシュが眠っていた、あのバートマン中佐の家族の部屋。


「ここに、アンドロイドの充電台があるが。

 そのアンドロイド自体はどうした」


「修理して、潤滑油を入れ直して……なんとか、動くようになりました。

 いまは共和国で、小父さん達の世話をしています」


 リオンは、ニシュの充電台をまじまじと見ている。


「そのアンドロイドは、十七年前の事を何か言っていたか」


 私は首を振った。


「この部屋に元々住んでいた女の人のことは、少し覚えているみたいですが。

 ただ、メモリが破損していて……その女の人のこと以外、昔の事はほとんど覚えていないようでした」


「そうか……」


 リオンは、そう呟いた。



 改めてみると……管理エリアを見つけてからずっと、この部屋で暮らしてたんだ。

 ケイトお姉さんの為とは言え……寂しい気持ちが、やはり湧いてくる。


「……どうした」


 リオンが声を掛けて来た。


「ここで、この部屋で――私はずっと、過ごしてきたんです。

 もう”お引越し”は済ませたとはいえ……いろんな思い出が、ここには、残っていて」


「……最後に、写真を撮っていくか?」


 リオンが、そう提案して来た。

 でも私は首を振った。


「それはもう、済ませてきました。

 これは単純に――私の、気持ちの問題です」


「……お前から離れる訳にはいかないが。

 あっち向いていてやる。

 ――気持ちの整理を、つけるといい」


 そう言って、リオンは――私に背中を向けた。


 リオンって、案外……私には、優しいんだね。


 わたしは、部屋にあったベッドの所で……布団を胸に抱いて、泣いた。




 しばらくして落ち着いてから、私達は船を降りた。


「この船が、3区の管理エリア船だろう事は確認した」


 リオンがそう宣言した。


「それで、ケイトお姉さんは……いつ、返してくれるんですか?」


 私は問いかける。

 けれど、リオンの目はほんのわずか伏せられたままだった。


「……すぐには無理だ。

 お前さんが共和国に帰って、数か月後になる。

 それで嬢ちゃんは、いつ向こうに帰るんだ?」


 リオンがそう尋ねる。


「向こうに小父さん達を残してきましたから……できるだけ、早く」


「一度クセナキス星系に戻ってから、別の船で向こうに帰しますよ。

 私達共和国使節団と一緒だと、年始までは残る事になりますし」


 クレトさんが、事前打ち合わせの通りに補足してくれる。


「そうか。

 残念だが、嬢ちゃんがあの女の帰還を見る事は、できんな」


 私は、俯いた。


「そうですか……。

 せめて、もう会えなくなるまえに、一度会って話したかったんですが……」


「……最後に、少し。

 あの女と話す機会を、やってもいい」


 私は顔を上げ、リオンに食いついた。


「ぜ、是非、おねがいします!」


「お、おう……」


 私の勢いに、リオンは少したじろいだ様子だった。




 リオンは端末を取り出し、無言で操作を始める。

 接続回線を限定的に開き、向こうの端末に信号が送られていく――


 数秒のタイムラグの後、ディスプレイに、彼女の顔が現れた。


「ケイトお姉さん……!」


「メグちゃん……!」


 通信越しに顔を合わせた私達は、お互い涙ぐんだ。


 ケイトお姉さんは前の時より少しやせ細って、髪も少し伸びている。

 目の周りにすこし、クマが目立ち始めていた。


 やっぱり……少し、憔悴している。

 健康状態は、あまり良くない様にも見える。


 でも……目の奥には光があった。

 生きてる――確かに、生きてる。


「お姉さん。無事で……よかった……」


 涙が、自然にこぼれた。

 喉の奥が痛くて、最初の言葉が出てこない。


「もうちょっとで、助かると思うから。

 だから――待ってて」


 それだけ言うと、ケイトお姉さんは静かに……笑った。


「わかったわ。今度は、外で会いましょう。

 ――待ってるわ」


 そして、確かに――彼女は、しっかりと、頷いた。


 通信が、切れる。

 彼女の姿は、淡い残像のように消えていった。




「あまり良い状態に見えなかったけど。

 お姉さんに、何があったの」


 私はリオンに、少しきつめに言葉を投げかけた。


「丁重に扱っている……害は加えていないのは確かだ。

 ただ、場所は言えない」


 怒りと不安、それでも……リオンの言葉を、私は信じたいと思ってしまった。

 そんな自分に、腹が立つ。




「――二度と、帝国に戻ってくるんじゃないぞ。

 平穏に生きたければ、な」


 不意に、リオンが低く言った。


「共和国から出ない限り、お前は……自由を手に入れる。

 なら、それでいいだろう。

 ――さあ、行け」


 そう言って、リオンは私とクレトさんに。

 そして共和国の船に、退去を促した。



 船を後にし、通路を歩く間も、私は何度も振り返ってしまった。

 コロニーの格納庫の中にぽつんと佇むその銀の船体――あれが、私たちのすべてだった。

 でも、いまはもう、あそこに「私の帰る場所」はない。


* * *



 共和国の船が、ミノコス星系を離れていく。


 管理エリア船を下ろした後の、別格納庫の側。

 そこの会議室に集まったのは。


 私、ナナさん、モートンさんに、小父さんたち、そして――ドク。


 スクリーンには、管理船の係留状況が映し出されている。


「首尾は、どうだった」


 ドクが、私に聞いてきた。


「気になった事が一つ。

 あのリオンって人――十七年前、この3区に居たんじゃないかな」


 ドクはそれに疑問を投げるでもなく……頷いた。


「あいつは……マックバーン少尉だ。

 多少顔の作りは変わっていたが、間違いない」


 ドクの声は、いつになく低かった。

 その名に、私たちの顔から、一瞬で血の気が引いた。


 マックバーン少尉……つまり、クレッグ中尉と一緒に、バートマン中佐を暗殺しに来た男。



「ということは、このあと……”クレッグ中尉”が来るかもね」


 私の言葉に、ドクが小さく頷く。


「ああ。きっとそうなるだろう。

 確かめる事ができるのは”数日後”だがな」


 ドクはニヤリ、と笑った。


「ナナさん、向こうの生体タグは、確認できた?」


 ナナさんは私に頷いた。


「成功よ。ケイトさんの生体タグ、追跡できたわ。

 しかも、向こうのネットワークに気づかれず、バックドアの挿入も上手くいったわ」


 張り詰めていた空気が、一瞬だけ緩む。



 でも――戦いは、これからだ。


 ドクが一人、ぼそっと呟いた。


 「これで……やっと、奴を“証明”できるな」


 誰に向けた言葉かは、言わなくても分かっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ