19-07 帰れない我が家、再会の約束
メグ視点
資源枯渇により人の手を離れた星系――ミノコス。
その第四惑星の衛星軌道上に浮かぶ、旧式の避難用コロニーへ、私たちは降り立った。
このコロニーには、生命の気配がまるでなかった。
小型宇宙船を数隻着庫できるだけの開いた格納庫と、
大型宇宙船を係留できる設備。
そして、休憩所を兼ねたエアロック付きの会議室と、いくらかの非常用食料庫。
本当に緊急避難の為に作られた設備だけしかない、寂しい場所だった。
共和国の使節船を降り、私たちは手早く準備を進める。
クレトさんや、共和国の作業員たちと一緒に、あの船――管理エリア船を、格納庫の中へと運んでいく。
この船を見つけたのは、一年にも満たない。
3区で生きて来た中では、それほど長く住んでいたわけではなかった。
でも私と小父さん達にとっては、紛れもなく”我が家”だった。
手放すことに、寂しさを感じないわけでは無い。
だけど……ケイトお姉さんの命には、代えられない。
「……来たわ」
宇宙服の通信越しに聞こえるナナさんの声に、私は反射的にモニタを覗く。
暗い宇宙の彼方から、赤黒の光をまとった小型艦の編隊が、滑るように接近してくる。
所属マークは見えず、通信識別も非公開。
――けれど、間違えようがなかった。
あれは、リオンの船だ。
敵意は示されていない。機体の武装システムも停止状態のまま。
あくまで“取引”に来た……そんな意思表示だ。
「……行くわね」
私は一つ息を吸って。
クレトさんと二人で、係留ドックの外――管理エリア船の方へと歩き出した。
* * *
船の側で待っていると、彼等は共和国の船とは別のドックに係留した。
そして、数人の男達がやってくる。
相変わらず、整った姿勢に、宇宙服のバイザー越しに見える平静な表情。
ハンドサインで、無線通信のチャンネルを知らせてくる。
チャンネルを合わせると、声が聞こえた。
「久しぶりだな」
リオンの声には、何の揺らぎもない――はずだった。
だが、リオンの目には――どこか、温かみすら感じる。
「それで、横の男は」
視線がクレトさんの方を向く。
「私は共和国の立ち会い人で、クレトといいます。
何も船に仕掛けをしていないと、説明しに来ただけですよ」
そう言って、クレトさんは両手を掲げて、何も武器を携帯していないことを示す。
「わかった。いいだろう。お前はそこを動くな」
リオンに言われて、クレトさんは頷いた。
「それで……船は、これか」
「はい、そうです」
私の頷きに、リオンは管理エリア船を見上げた。
彼が連れて来た男達は、船を見るでもなく……私とクレトさんの方を見たまま。
どうやら、何か変な事をしないか警戒している様子。
「外見だけでは、何とも言えん……嬢ちゃん、中を案内してくれ」
「わかりました。
クレトさん、待っていてもらえますか」
「……気を付けてくださいね」
戸惑いながらも、クレトさんは頷いてくれました。
中に入ってエアロックを通ってから、宇宙服のまま船内に入る。
「どこを案内すればいいんですか?」
「そうだな……。
まずは、操縦室と、放送室。
あとはお嬢ちゃん達が寝泊まりしてた部屋を教えてくれ」
リオンの言葉に、まずは宇宙船としての操縦室に連れて行く。
「ここか……床とか壁とかは、直したのか」
「傷んでいる壁や床は、補修材で直しましたよ」
「ふーん、そうか」
リオンの口ぶりでは、まさか……。
「見覚えあるかのように仰っていますが、ここに来たことがあるのですか?」
「ん? いや……よく似た場所を、知ってるだけだ。
で、ロックを解除した航法コンピュータってどれだ」
何か誤魔化されましたが。
床や壁が壊れてたのを知っている時点で、ここに来たことがあるはず。
もしかして、スパイさんと一緒に――十七年前に、ここに居た……?
ともあれ、航法コンピュータの所に案内する。
「航法コンピュータは、これらしいです」
「らしい、ってなんだ」
リオンが軽く私に突っ込みを入れて来た。
「私自身は、扱い方も知りませんでしたから。帝国軍から派遣されてきた軍人さんが、操縦してました」
「……まあ、そりゃそうか。
操縦してたのはモートン中尉か」
ランドルさんの氏名も階級も把握してるのね。
「そうです。あの人しか宇宙船の操船資格がありませんでしたから」
「ふーん、そっか。
嬢ちゃんは、ここの部屋の他の端末の事は何かわかるか?」
リオンの質問に、私は首を傾げた。
「さあ……私達の生活には、あまり関係のある場所でもありませんでしたし」
「そうか。ここはもういい。放送室へ案内してくれ」
リオンに促されて、ラジオ放送室まで案内します。
「ここがAMラジオ放送室ですね」
リオンは、周りをキョロキョロ見回していた。
「この部屋も、結構手を入れた形跡があるな」
「ラジオは……私達にとって、唯一の娯楽でしたから。
アンテナ設備も修理して、アーカイブからランダムで放送データを抽出させる仕組みも作りました」
その後も、リオンは私に幾つか質問をしながら、この部屋の設備を眺めていた。
最後に、私達の居室だった場所へ案内します。
「外側の部屋の幾つかを使って、小父さん達は居室にしてました。
私は、ここです」
「ここは……」
私が案内したのは、私が居室にしていた場所。
ニシュが眠っていた、あのバートマン中佐の家族の部屋。
「ここに、アンドロイドの充電台があるが。
そのアンドロイド自体はどうした」
「修理して、潤滑油を入れ直して……なんとか、動くようになりました。
いまは共和国で、小父さん達の世話をしています」
リオンは、ニシュの充電台をまじまじと見ている。
「そのアンドロイドは、十七年前の事を何か言っていたか」
私は首を振った。
「この部屋に元々住んでいた女の人のことは、少し覚えているみたいですが。
ただ、メモリが破損していて……その女の人のこと以外、昔の事はほとんど覚えていないようでした」
「そうか……」
リオンは、そう呟いた。
改めてみると……管理エリアを見つけてからずっと、この部屋で暮らしてたんだ。
ケイトお姉さんの為とは言え……寂しい気持ちが、やはり湧いてくる。
「……どうした」
リオンが声を掛けて来た。
「ここで、この部屋で――私はずっと、過ごしてきたんです。
もう”お引越し”は済ませたとはいえ……いろんな思い出が、ここには、残っていて」
「……最後に、写真を撮っていくか?」
リオンが、そう提案して来た。
でも私は首を振った。
「それはもう、済ませてきました。
これは単純に――私の、気持ちの問題です」
「……お前から離れる訳にはいかないが。
あっち向いていてやる。
――気持ちの整理を、つけるといい」
そう言って、リオンは――私に背中を向けた。
リオンって、案外……私には、優しいんだね。
わたしは、部屋にあったベッドの所で……布団を胸に抱いて、泣いた。
しばらくして落ち着いてから、私達は船を降りた。
「この船が、3区の管理エリア船だろう事は確認した」
リオンがそう宣言した。
「それで、ケイトお姉さんは……いつ、返してくれるんですか?」
私は問いかける。
けれど、リオンの目はほんのわずか伏せられたままだった。
「……すぐには無理だ。
お前さんが共和国に帰って、数か月後になる。
それで嬢ちゃんは、いつ向こうに帰るんだ?」
リオンがそう尋ねる。
「向こうに小父さん達を残してきましたから……できるだけ、早く」
「一度クセナキス星系に戻ってから、別の船で向こうに帰しますよ。
私達共和国使節団と一緒だと、年始までは残る事になりますし」
クレトさんが、事前打ち合わせの通りに補足してくれる。
「そうか。
残念だが、嬢ちゃんがあの女の帰還を見る事は、できんな」
私は、俯いた。
「そうですか……。
せめて、もう会えなくなるまえに、一度会って話したかったんですが……」
「……最後に、少し。
あの女と話す機会を、やってもいい」
私は顔を上げ、リオンに食いついた。
「ぜ、是非、おねがいします!」
「お、おう……」
私の勢いに、リオンは少したじろいだ様子だった。
リオンは端末を取り出し、無言で操作を始める。
接続回線を限定的に開き、向こうの端末に信号が送られていく――
数秒のタイムラグの後、ディスプレイに、彼女の顔が現れた。
「ケイトお姉さん……!」
「メグちゃん……!」
通信越しに顔を合わせた私達は、お互い涙ぐんだ。
ケイトお姉さんは前の時より少しやせ細って、髪も少し伸びている。
目の周りにすこし、クマが目立ち始めていた。
やっぱり……少し、憔悴している。
健康状態は、あまり良くない様にも見える。
でも……目の奥には光があった。
生きてる――確かに、生きてる。
「お姉さん。無事で……よかった……」
涙が、自然にこぼれた。
喉の奥が痛くて、最初の言葉が出てこない。
「もうちょっとで、助かると思うから。
だから――待ってて」
それだけ言うと、ケイトお姉さんは静かに……笑った。
「わかったわ。今度は、外で会いましょう。
――待ってるわ」
そして、確かに――彼女は、しっかりと、頷いた。
通信が、切れる。
彼女の姿は、淡い残像のように消えていった。
「あまり良い状態に見えなかったけど。
お姉さんに、何があったの」
私はリオンに、少しきつめに言葉を投げかけた。
「丁重に扱っている……害は加えていないのは確かだ。
ただ、場所は言えない」
怒りと不安、それでも……リオンの言葉を、私は信じたいと思ってしまった。
そんな自分に、腹が立つ。
「――二度と、帝国に戻ってくるんじゃないぞ。
平穏に生きたければ、な」
不意に、リオンが低く言った。
「共和国から出ない限り、お前は……自由を手に入れる。
なら、それでいいだろう。
――さあ、行け」
そう言って、リオンは私とクレトさんに。
そして共和国の船に、退去を促した。
船を後にし、通路を歩く間も、私は何度も振り返ってしまった。
コロニーの格納庫の中にぽつんと佇むその銀の船体――あれが、私たちのすべてだった。
でも、いまはもう、あそこに「私の帰る場所」はない。
* * *
共和国の船が、ミノコス星系を離れていく。
管理エリア船を下ろした後の、別格納庫の側。
そこの会議室に集まったのは。
私、ナナさん、モートンさんに、小父さんたち、そして――ドク。
スクリーンには、管理船の係留状況が映し出されている。
「首尾は、どうだった」
ドクが、私に聞いてきた。
「気になった事が一つ。
あのリオンって人――十七年前、この3区に居たんじゃないかな」
ドクはそれに疑問を投げるでもなく……頷いた。
「あいつは……マックバーン少尉だ。
多少顔の作りは変わっていたが、間違いない」
ドクの声は、いつになく低かった。
その名に、私たちの顔から、一瞬で血の気が引いた。
マックバーン少尉……つまり、クレッグ中尉と一緒に、バートマン中佐を暗殺しに来た男。
「ということは、このあと……”クレッグ中尉”が来るかもね」
私の言葉に、ドクが小さく頷く。
「ああ。きっとそうなるだろう。
確かめる事ができるのは”数日後”だがな」
ドクはニヤリ、と笑った。
「ナナさん、向こうの生体タグは、確認できた?」
ナナさんは私に頷いた。
「成功よ。ケイトさんの生体タグ、追跡できたわ。
しかも、向こうのネットワークに気づかれず、バックドアの挿入も上手くいったわ」
張り詰めていた空気が、一瞬だけ緩む。
でも――戦いは、これからだ。
ドクが一人、ぼそっと呟いた。
「これで……やっと、奴を“証明”できるな」
誰に向けた言葉かは、言わなくても分かっていた。




