19-06 真実に寄せた罠、全てを解くカギ
メグ視点
共和国の使節船”アミステード”が、再びここ、クセナキス星系にやって来た。
前回アミステード号がここを去ってから、三週間ほどしか経っていない。
ユーダイモニアの大地に着陸した使節船に、ファレル・トッド氏が物資供給の名目で足を運ぶ。
その貨物に紛れるようにして、私たちは潜り込んでいた。
物資供給コンテナの一つ――中型食糧コンテナ。
その中に設けられた、気密の隠し室。
ランドルさん、ナナさん、そして私。
息を潜めるようにして、静かにコンテナが運び出されるのを待っていた。
巨大なトレーラーに積まれ、コンテナはごく僅かな振動とともに運ばれていく。
その振動が止まった後、しばらく経って浮遊感へと変わる。
どうやら、コンテナ自体が持ち上げられているみたい。
やがて、振動と共に浮遊感は治まってくる――使節船の貨物区画に降ろされた合図だ。
数分の静寂のあと。
コン、コン、コン……。
船外から、コンテナの外壁をノックする音。
ファレル氏からの合図だ。
私たちはゆっくりと隠し扉を開け、息を吸いながら外へ出た。
銀と白の内装が整えられた使節船の格納通路。
その場には、ファレル氏と並ぶようにして、懐かしい顔が二つあった。
「やあ、久しぶり」
そこにファレル氏と一緒にいたのは、ペドロさんとセルジオさんだ。
二人とも握手を交わす。
「お久しぶりです。お二人ともお元気でしたか」
「大丈夫だよ。マーガレット君は、元気そうだね」
「アイーシャさんやクレトさん、チャロさん達も元気だよ。
マーガレットさんが無事でよかった」
ペドロさんはにこやかに、セルジオさんは何故か顔を少し赤らめて言った。
ランドルさんとナナさんも、二人と挨拶をする。
「私はファレル君と話がある。
時間がかかるから、その間に会いたい人達に会ってくるといい。
セルジオ、彼女達を案内して差し上げなさい」
「分かりました。
マーガレットさん、モートン中尉にカービー准尉。
こちらへどうぞ」
セルジオさんの案内で、私たちは電動車両に乗り、使節船の内部を移動する。
分厚い気密扉が何重にも続く通路を抜けていき、やがてたどり着いたのは、別格納庫。
そこは以前共和国に来た時に、管理エリア船を停めていた場所――サブ貨物区画だった。
中に入ると、目に入ったのは銀色の船殻。へこみや焼き跡もそのままで。
今もまだ、そこには”あの船”があった。
もはや自分の家といっていい、その船の方へ歩いて行く。
扉がが向こうから開かれた。
「お帰り、メグ」
懐かしい声――セイン小父さんだ。
その響きに、全身の力が抜けるようだった。
「無事だったか」
「皆、元気そうでよかった」
グンター小父さんとライト小父さん。
三人の姿がそこにあって、私は思わず目を潤ませた。
「ただいま、小父さんたち。
……ごめんね、心配かけちゃって」
その言葉を最後に、私は三人の腕の中に包まれた。
「無事でよかった……」
小父さん達のその言葉に、私は胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
温かさが、張り詰めていた心の奥を静かに溶かしていく。
小父さん達はランドルさんやナナさんとも無事を確かめ合ったあと、私達を船内に連れて来た。
船内は、ちっとも変わってなかった。
これが――昔小父さん達が話してた、”我が家”に帰って来た、って感じなのかな。
でも……リオン達に、引き渡さないといけないんだよね。
寂しい気持ちは、今もまだある。
私達は、船内の会議室に集まった。
私とランドルさん、ナナさん。
三人の小父さん達に、ニシュもいる。
そして――ドクと、クロもここにいた。
「……そろそろ、この船ともお別れだね」
私は言った。
その言葉に、空気が少しだけ沈む。
「残念だけど、ケイトお姉さんの命がかかってるから、仕方ないの。
でも……引き渡す前に、準備は全部済ませておきたい」
「“仕掛け”の方は、終わったぞ。ドクの助言もあってな」
グンター小父さんの声に、ドクが小さく頷いた。
「だがコピーとはいえ、元の暗号記録とまったく同じものを戻して、本当に大丈夫なのか?
多少はフェイクを混ぜた方が……」
ドクは私に質問して来た。
”仕掛け”とは――私達が持ち出した、暗号化された音声記録の”コピー”を、元通り仕掛けること。
私は、ドクに首を振った。
「同じものじゃないと、意味が無いの。
“歌謡祭”当日まで、私たちが音声記録を持ってるって気づかれちゃ困るから」
私は答え、ランドルさんとナナさんを見る。
「あと、ランドルさんとナナさんに来てもらったのは、お願いが一つあって。
“記録”を解除しようとする人の動作を――記録に残したいの」
「どういうことだ?」
グンター小父さんが訊き返す。
「”彼ら”が、ただこの船を爆破してしまったら、それで終わり。
でも……航法コンピュータのロックと、この音声記録のプロテクトに、”スパイさん”達は苦労をしたはず。
だから、船を引き渡した後、”彼等”は確かめにくるかもしれない」
私は操縦席横の、音声記録端末に軽く触れながら言った。
「……それを記録して、”クレッグ中尉”を特定できないかってことか」
ランドルさんに私は頷いた。
「でも、その記録をどうやって持ち出すかよね。
船自体はそのあと廃棄か爆破か、されるかもしれない。
でも、無線でデータを転送すれば、傍受される可能性があるから……」
ナナさんが、顎に手を当てて考え込んでいる。
もう、どうやってデータを外部に持ち出すか、思案している様子。
「罠ってわけか」
ドクが言った。
「つまり――敵が『真実を取り返した』と思った瞬間、逆に自分たちが記録される……」
「そう。誰がそれを欲しがったか。記録にすべて残すの」
――クックックッ。
私の言葉に、ドクは意地の悪そうな顔で笑った。
「私の思う”クレッグ中尉”なら――確かめに来るだろう。
私が見つけた奴と、この記録を確かめに来た奴。
二人が一致すれば、”クレッグ中尉”が確定したと言えるだろうな」
「とうとう……見つけたの!?」
私は目を丸くした。
ドクは、私の言葉に頷いた。
「ああ、いたよ。
……君の言ったとおり、生きていた。
どの男か、見るか?」
私達は、全員……頷いた。
クロが、私の渡した動画のメモリカードを端末にセットして、映像を会議室のスクリーンに映し出す。
映像を早回しして、その人物の映っている箇所で止め、映像を拡大する。
「クロとも、何度も映像を確かめた。
私達が思うに、”クレッグ中尉”は……この男だ」
その、拡大された映像には、初老で、少しだけ腹の出た男性が映っていた。
「こんな風に変わったんだな……」
グンター小父さんが呟いた。
「この男を捕らえる必要があるのか。
軍の徽章をつけてるが……これは、将官か?」
ライト小父さんが、軍の中でも高官らしいと告げる。
ただ、この場では、二人だけ。
「何だと……!」
「う、嘘……で、しょ……」
ランドルさんとナナさんは。
その男の姿を目の当たりにして――息をのんでいた。




