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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第19章

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19-03 死と隣り合わせじゃなかった日なんて、ない

メグ視点

 商都エンポリオン、帝国第一放送の地下スタジオ。


 サニエル女史。

 彼女の存在には、もう慣れてきた。けれど今日の彼女は、少し緊張しているように見えた。


 演出・編集・警備、それぞれの責任者。

 そして技術監督に、映像記録スタッフの代表。

 ――今日の打ち合わせのために、皆が揃っている。



 そして、私たちが滞在しているクセナキス星系、トッド侯爵邸の地下会議室。

 こちらでは、ナタリーお祖母様が私の隣に座っている。

 即興でイメージを作成し、私の伝えたい事を補完するため、トッド侯爵が手配した映像技術者も控えている。

 部屋の奥には、近衛隊のビゲン大佐とチューリヒ少佐も控えていた。



 両者を繋ぐFTL通信回線は、予想以上に安定していた。



 接続確認の音が終わると同時に、スタジオ側の六人が一斉に映像に映し出された。


「では――お時間をいただきありがとうございます」


 最初に話し始めたのは、演出責任者の男性だった。

 彼は、事前に送られていた企画案をもとに、ステージ構成の説明を始めた。


 豪華な照明と、動きのある立体映像演出。

 演奏は一部が生、あとは録音済みのものと同期。

 歌の合間に挟まれるナレーションと、スクリーンに映し出される“3区”の再現映像。


 一見、とても「よくできた構成」だった。

 でも……私の胸の奥には、何か、重い違和感が残った。


 演出が、あまりにも整っていて、滑らかすぎる。

 なんだろう。例えて言うなら……子供向けの本を、読んでるみたい。


 いつか。どこか、遠くで。

 自分に関係のない、そんな場所で。


 見ている“私”には、何も関係がないところで。


 ……そうか。

 これは、私の責任でもある。

 ちゃんと“それ”を、言葉にしていなかったかもしれない。


 私は、映像の再現パートの一部を見ながら、静かに口を開いた。


「すみません、この“回想パート”の部分なんですが」


 演出責任者が一瞬、こちらを見つめた。

 私は、彼の表情がこわばるのを見逃さなかった。


「これでは、私の伝えたかったことが……何も伝わらないです。

 “なかったこと”にしてるのと、同じなんです」


 会議室の空気が、すっと張り詰める。

 でも私は言葉を止めなかった。止めたら、きっと何も変わらない。


「想像すら、できなかったのかもしれません。

 そこは、私の伝え方が……まだ足りなかったのかもしれません。


 一言で言うなら、私が、3区で過ごしたあの日々……」


 一度、言葉を止める。


 私の奥底にあるこの想い。

 深いところにある、ちゃんと言葉にできなかった“これ”を。

 ここの皆に、ダイレクトに届けるために。


 皆が固唾をのんで、私の言葉を待つ中。

 一回、深呼吸して――自分を、“この想い”をしっかり感じながら、口を開く。



「3区では……死と隣り合わせじゃなかった日なんて。

 ――ただの一日も、なかったんです」



 画面の向こうの全員。

 こちらの会議室の……一人を除く、全員。


 私の言葉に、息をのむ音が、聞こえた。


 ビゲン大佐だけは……目を閉じ、頷いていた。


「例えば、最初の――事故直前の3区のシャトル駅の映像。

 脱出を促すアナウンスとは裏腹に、全てのシャトルの運航中止を示す掲示板。

 逃げる手段がない事に気付いた住民達は、死が目の前に迫っていた。


 あの事故の前からもう……3区では、死が現実になってしまった」


 言葉を切るけど、誰も何も言えないみたい。

 私は言葉を続ける。


「事故を生き延びた人たちは、“たまたま”だったからに過ぎません。

 そして生き延びても、“運が良かった”なんてとても言えない。


 生きていくための水は、食糧はどうやって確保するか。

 事故後のコロニーを、更なる天体接近やスペースデブリからどう備えるか。


 必要なものが壊れてたら、自分たちで修理もしないといけない。

 必要な事をしなかったら、すぐそこに“死”が待っている。

 ――そんな現実が……私たちの、3区を生き延びるという、日常だったんです」


 私は続けた。


「私は……あそこで生き延びて、やっとここに辿り着いた一人です。

 だからこそ。

 ……あの日、置き去りにされた人たちの声を――ちゃんと伝えたいんです。

 皆さん、力を、貸してください。お願いします」


 私は、頭を下げた。



「……私の娘……マーガレットの母、メリンダの話だけではなくて」


 お祖母様は、静かにそう呟いた。


「私は、『3区行方不明者家族の会』代表として。

 あの事故で家族を亡くされた、たくさんの方と……話をしました」


 お祖母様の話を、皆、静かに聞いていた。


「ただでさえ情報が入りにくい、辺境の星系クーロイ。

 報道機関すら、ほとんどいない。

 まして、あの当時……自治政府の責任者達ですら、避難するとして星系外に脱出していた。



 『”あの日”、何があったのか。

  誰も――本当に誰も、教えてくれなかったんです』



 家族の方々が……誰もが口を揃えて、そう言っていました」


 あの場で亡くなった人たち、生き残った人たち……。

 お祖母様は、あの人達の”家族”の目線の話を、続けた。

 

「事故直後に、家族を探しにクーロイへ行った人たちもいました。

 私も、その一人です。


 ですが……クーロイ駐留軍によって情報は規制されて。

 『あれでは全員助からない』って、救助活動もおろそかにされて。

 3区に行かせてくれ、自分達で家族を探させてくれ。

 そう頼みこんでも、全く相手にされなくて。


 どうすることも出来なくて。

 事故の直後、家族たちは、1区まで辿り着きながら。

 それ以上踏み込めなくて――”諦める”しか、なかったのです」


 当時を思い出したのか。

 お祖母様は涙しながら、ぽつりぽつりと話す。


「私からも、お願いします。

 どうか――3区の”ありのまま”を、伝えてはいただけませんか。

 

 ”残された家族”にとっては。

 向こうで何が起きていたのか――『真実』が、知りたいのです」


 そう言って、お祖母様も……頭を下げた。



 しばらく経った後、画面の向こうで、サニエル女史がゆっくりと頷いた。


「……マーガレットさん、ナタリーさんの思い、分かりました」


 サニエル女史の声は、震えていた。


「マーガレットさんが、命と隣り合わせで”生きて()()”ということ。

 改めて、思い知らされました」


 そう、”今もなお”、私は命と隣り合わせでいること。

 それを、彼女が口にした。


 意味を理解した、向こう側の出席者たちが……目を見張った。


「マーガレットさんと、こうして秘密裏に打ち合わせを重ねているのも。

 スタッフの皆さんと重い”守秘義務契約”を結んでいるのも。

 ……単に”目玉企画”として、彼女の存在を秘匿したいからではありません。


 彼女と、関係する人たちの――人の命が掛かっているから、でしたよね」


 サニエル女史の言葉に、私は頷いた。


 私と、小父さん達。

 ランドルさんに、ナナさん。

 匿ってくれている共和国の人達や、トッド侯爵家の人達。


 なにより……ケイトお姉さんの命が、かかっている。


 ――向こう側の空気が、変わった。


 技術監督が、肩越しに編集責任者に目配せする。

 演出の流れを、最初から練り直す覚悟が、そこに見えた。


「私たちの構成案は……“伝える”より、“無難に納める”方向に偏っていました。

 大勢に見てもらう放送では、どうしても……自主規制のようなものが働いてしまうのです」


 技術監督が発言した。


「……分かります。

 確かに――帝国に住む大多数の人には、現実が“死”と隣り合わせだと感じておられないのでしょう。

 だから、現実味を感じられず、どこか遠くの出来事としてしか認識できないのかもしれません」


 私は、視線をまっすぐ、画面の先へ向けて言った。


「だからこそ……私たちが、“現実に”こうして生きて来たんだという事を、伝えたいんです。


 あの事故と、その後の3区での生活は、どこか誰かの“物語”としてじゃなく。

 私が生き延びてきた“現実”として伝えたいんです。

 宜しくお願いします」


 私は、再び、深く頭を下げた。



 それから先は――対話だった。


 私が持つ全体を通したイメージ。

 それを通じて、私が伝えたいことは何か。


 横に控えているトッド侯爵側の映像技術者が、イメージを具現していく。


 それを、どうすればもっと伝えられるのか。

 向こう側の人達も一緒になって、意見を出し合った。


 漠然とした“物語”を扱うという空気も。

 単なる番組の“目玉企画”だという空気も。


 ――もう、どこにも残っていなかった。


 ビゲン大佐とチューリヒ少佐は、時折こちらのやり取りを確認しつつ。

 ほとんど黙って見守っていた。



 そして、会議の終盤――警備責任者が、緊張した面持ちで、ようやく口を開く。


「……その、当日の“最終演出”部分なのですが……。

 あの、具体的に何が起きるのか、どこまで我々が把握しておくべきなのでしょうか」


 そのとき、ビゲン大佐が低く、静かに言った。


「その件については……次回にさせてください。

 私たちが帝都に戻った後、改めて打ち合わせをしましょう。

 ただし――その席には、サニエル女史にも必ずご同席いただきたい」


 その言葉に、サニエル女史が息をのむ音が、はっきりと聞こえた。


「マーガレットさんの、3区での現実。

 ”最終演出”では――それを”さらに超えるもの”が、明らかにされる。


 そこには……統轄責任者を交えてしか話せないことが、含まれているのですよ」


 一瞬、画面の向こうの空気が揺れた。

 それは、単なる演出や警備の話ではない。


 この“放送”そのものが、何を伝えるのか――

 その覚悟が問われているのだと、皆は確かに、感じていた。



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