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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第18章

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206/233

18-10 その『想い』を、そのままに。

 密閉されたコンテナの中は、ただひたすらに暗く、静かだった。

 呼吸の音すら憚られるような緊張が、三人の間に張りつめていた。


 共和国大使と、全貴族総会の間で締結された、契約。

 帝室がまだ、共和国との外交関係を認めていないらしい。

 だから、継続的な交易の契約ではないんだけど。


 全貴族総会から、共和国側へ様々な物資が提供された。

 ファレル氏は、物資が積載されたコンテナを共和国の船へ運び込む役目。

 私達は、空になった物資コンテナに紛れ込んで、共和国の船から下船した。


 私達の乗るコンテナは、来た時と同じ様に大型トラックに積載され。

 船を降りたトラックはそのまま港へ向かい、そこでコンテナはクレーンで吊り上げられて、コンテナヤードの隅に積まれる。

 でも、私たちの“降りるべき瞬間”は、まだだ。


 コン、コン


 コンテナが外から叩かれる。

 扉を開けると――夕暮れ時の港が目に映って来た。

 そして、そこには港職員の制服らしい上下のツナギを着た男。

 彼がわずかに顎をしゃくる。それが、すべての合図だった。


 そこから先は、音も言葉もなかった。

 私たちは、制服を着たその人物の後ろに連なって、港湾区域の裏通路をすり抜ける。

 そして、事務所の奥の隠し扉から、地下へ潜るエレベーターを経て、大深度地下を密かに走るリニア線へ。

 こうして人目を避けたまま、私たちは、また……トッド侯爵邸へと向かう。

 車内では誰も口をきかなかった。

 ただ、重くなる覚悟を、それぞれの胸のうちで噛みしめていた。


 ◇ ◇ ◇ 


 トッド侯爵邸の地下通用口へ続く小道に、リニアは静かに停止した。

 音ひとつ立てずに開いたドアの先には、予想していた人影があった。


「ようこそ、トッド侯爵邸へ」

 迎えてくれたのは、嫡男のバーナンキさん。

 以前と変わらぬ物腰でありながら、どこか表情に緊張を滲ませていた。


「状況は、まだ不安定です。

 邸内は一応クリーンですが、念のため、ご移動の際は“上”を警戒してください」


「……わかりました」

 ランドルさんが短く答える。

 バーナンキさんが頷くと、すぐに別の近衛兵らしき人物が現れた。


「モートン中尉、カービー准尉。お二人はこちらへ。……ビゲン大佐がお待ちです」


 ランドルさんとナナさんが私を振り返る。


「これで、しばらくお別れなのかな」

「いえ、違いますよ」

 ランドルさんの感傷を含んだ言葉を、バーナンキさんが否定する。


「お二人が出られないのは、マーガレットさんと一緒です。

 ですから三人には、邸の地下にお休み頂く個室を用意していますから、ご安心を」


 ナナさんと私は顔を見合わせて、密かにほっと胸を撫でおろした。

 ここで二人とお別れになっちゃうなんて、寂しいじゃない。


「じゃあ、また後で」

「ええ、後でね、メグちゃん」


 そんな短い別れの言葉で済んで、よかった。

 私は小さく笑って、頷いた。



 二人が通路の奥へと消えたあと、私はそのままバーナンキさんに案内されて、会議室に入った。

 そこは、この間の秘密会議の場所とは違ったけど。


 それでも、ここは――外部の通信が完全に遮断された防音会議室だった。


 重厚な扉が静かに閉ざされると、空気は一瞬にして張りつめた。

 部屋の中央、楕円形のテーブルを囲むようにして、五人が席についていた。

 私の左には、ナタリーお祖母様。

 その隣に、彼女を長年支えて来た敏腕プロデューサーでもあるジェイク・ミラン氏。

 正面には、《年末歌謡祭》統括責任者のサニエル女史。

 さらに、テーブルの端には映像記録スタッフの代表と、技術監督が控えている。


「あまり頻繁に顔を合わせられませんから、出来るだけの事はこの場で決めていきましょう。

 まず、確認ですが――」


 サニエル女史が、眼鏡越しにこちらを見て言った。

 淡い金髪を後ろで結い上げ、首元までボタンを留めたジャケット姿。

 几帳面さと芯の強さがにじむ印象の女性だ。


「今回の《星姫》……つまりマーガレット嬢の出演については、事前に発表しない、という方針でよろしいですね?」

「はい。それが私からの強い希望です」


 ナタリーお祖母様が、微笑を浮かべながらも揺るぎない声で応じる。


「この子の登場は、サプライズでこそ最大の意味を持つのです。

 “誰か”が突然現れ、真実を語り、そして歌う――その衝撃を届けたいのです」


 サニエル女史が手元の端末に視線を落とし、確認するように書き込む。


「……承知しました。では、告知資料および公式メディアには“星姫”の出演情報は一切掲載しません。

 ただし、関係スタッフには誓約書の再提出を求めます。情報漏洩があれば即中止もあり得ますので」

「それで構いません」


 ナタリーがはっきりと答える。


「……あの、すみません」

 私は、そっと手を挙げた。


「はい?」

「その……たしかにサプライズという演出は効果的だと思います。

 でも、私――“何者なのかを隠したまま”出て行くのって、少し違和感があって」


 全員の視線が私に向いた。

 けれど、その空気に怯まず、私は続けた。


「私は、有名な歌手でも、貴族の娘でもありません。

 ただ、3区で生きてきた人間です。

 だから……そのことをちゃんと伝えたいんです。

 “正体不明の救世主”みたいな扱いじゃなくて、生きている普通の人間だと」


「――つまり、“語る”という演出が必要だと?」


 ミラン氏が言った。少し驚いたような口調だった。


「はい。たとえば、映像やナレーションを使って、3区で何が起きていたのか。

 私がどんな場所で生きて、何を見てきたのか。

 そして……どうしてこの舞台に立つのかを、きちんと見せたいんです」


「それをすると、逆に演出効果は減るのでは?」


 サニエル女史が眉をひそめる。


「サプライズの衝撃が弱まるかと」


「たしかに、衝撃は“減る”かもしれません。

 でも、訴えたいのはインパクトの強さじゃないんです」


 私はまっすぐに答えた。


「でも、感情の“深さ”は、きっと増える。

 私が言いたいのは、“星姫”っていう偶像じゃなくて……

 生きている“マーガレット”としての言葉です。

 それが、ちゃんと響くような構成にしたいんです」


 ナタリーお祖母様が、静かにこちらを見る。

 その視線に、ほんの少し、誇らしげな色が混じっていた。


「……ふむ。では、こうしてはどうか」


 ミラノ氏が軽く指を鳴らす。


「“登場前に、17年前の事件の映像と、3区の記録映像を流す”。

 そこにマーガレット嬢自身のナレーションを入れる。声だけでいい。

 あくまで姿は明かさず、“語り”で空気をつくる」


「それなら、ギリギリまで姿を伏せられますね」


 技術監督が補足した。


「プロジェクター演出と照明演出で、映像と実物の境界をぼかせば、

 “現れる瞬間”のインパクトも守れます。……技術的には可能です」

 サニエル女史は再び端末を操作し、しばらく沈黙したあと、静かに頷いた。


「では、“星姫は非公表”の方針は維持しつつ。

 本人によるナレーションと記録映像によって下地を整える演出案。

 最終的に、登場とともに“歌”へ繋げる流れ。――それで進めましょう」


「ありがとうございます」


 私は、少しだけ胸をなでおろした。


「ただし、映像とナレーションの素材は、四日以内にご提出を」


 サニエル女史がすかさず念押ししてくる。

 私は思わず苦笑してしまう。


「先ほど、『それほど頻繁に顔を合わせられない』と仰っていましたが」


「……まさか、この場で?」

 技術監督の言葉に、私は頷いた。


「持てるだけの映像資料は持参しました。

 ただ、この資料が外部に流出してしまっては、私が出演すること自体が類推されてしまいます。ですから、これを使う、と決めてしまった物だけを持ち帰って頂きたいと思います」


 映像記録スタッフと、技術監督が二人とも唸る。


「まずは、見た方が早いのでは」


 お祖母様が先に進めるよう促す。


「……そうね。まずは、見てみないと話が進まないわ」


 サニエル女史が了承したので、私は端末を用意してもらい、持ってきたメモリカードを差し込む。

 それから、様々な映像を、会議室に投影した。

 これらは――私達の残していた、記憶。



 十七年前、事故直前。

 運航掲示板に、運航中止のランプが点灯を続ける、3区シャトル駅。

 そんな中、「直ちに他の区へ避難を」と、空しくアナウンスが流れる様子。


 巨大な氷の塊が……3区コロニーに衝突した瞬間。

 これは、後で回収した、コロニー外部のカメラがとらえた映像。


 衝突後の、3区コロニー内の惨状。

 さすがに……遺体の映像には、モザイクを掛けてある。


 残された生存者達が、協力して生活する様子。


 私が生まれた直後、皆で祝いあった様子。


 徐々に大きくなる私を、皆で構い、育てている様子。


 そして……伝染病が、起きて。

 皆が病に倒れ、私と小父さん達を残して……亡くなった、あの日。

 ――亡くなった皆を棺に納め、星々へ送り出した時の、様子。

 これは……私の心を、永く凍てつかせていた、思い出。



 想像を遥かに超えた内容だったのだろう。

 誰もが、言葉を失ったように……静かに、映像を見つめていた。

 ナタリーお祖母様も、例外ではなく――。


 特に、お母さん達を送り出す映像には、涙が止まらない様子だった。



「想像を、遥かに超えていましたが……使わせて頂きたい映像は、有りました」

 映像記録スタッフの男性が、静かに言った。


「これとこれ、そして、これ。この三点は、持ち帰らせて下さい。

 絶対に外部への流出はさせません。よろしくお願いします」


 頭を下げる彼に、私は、頷いた。


「それから、この映像を用いた構成ですが……」

「ナレーションは……」

「演出は……」


 それからしばらく、映像を使った当日の演出の流れや、ナレーションをどこにどれくらい入れるかなど、細かい所を決めて行った。


 それが落ち着くと、サニエル女史は言った。


「最後に、マーガレットさんの歌についてです。

 帝国内に流れている貴女の歌は、二つしかありません。

 先ほどの映像による演出を入れても、少々ステージとしての時間は短いかと。

 もう二曲ほどは欲しい所です」


 お祖母様が手を挙げた。


「私が一緒に出演するとして、先に発表した『小さな欠片』は使えないかしら」

「……元々、あの『星の祈り』のアンサーソングとしてつくられたと仰ってましたね。ただ、曲調を考えると……使うとしても、最初でしょうか」


 しばらく、お祖母様の歌を演出上どこに持ってくるかで、技術監督とサニエル女史、お祖母様で議論が続いた。


「それでも、あと一曲は欲しい所ね。

 マーガレットさん。あと一曲……。

 できれば、未来や希望といったものを感じられるような曲を、作って貰えますか」


 サニエル女史の求めに、私は、頷いた。


「もう、用意はあります。

 お急ぎなら、データをお渡ししますが。

 もしご希望なら、この場で」


 私の答えに、サニエル女史は少し考えて……微笑んだ。


「折角の申し出ですから、是非、生で聞かせて頂きたいわ。

 これが、初出?」


「人前で歌うのは、初めてですね」


 私の言葉に、女史は喜んだ。


「まあ。初披露を直接聞かせて頂けるなんて、光栄だわ」



 少し準備時間をください、と申し出て、会議室の隅で身体を整え始める。

 ナタリーお祖母様も、準備を手伝ってくれた。

 さすが……お母さんに教えただけはあるなあ、と思わされた。

 

 二人で声を響かせ合って――

 お互いを、感じて――

 あっという間に……私の理性が休まり、感性が呼び覚まされる。


 そして、私は、歌い出す。




 あなたが差し出した手

 私が受け止めた手

 確かなその温もり

 それは生きてる証


 指し示された(しるべ)

 遥か遠いその道行き

 伝わる熱を信じ

 手探りで一歩を踏む


 その行く先は霞んで

 どっち向いても闇の中

 (よすが)はただ、足裏の感触と

 引く手から感じられる、その優しさ


 明日に向かうために

 明日に出会うために

 一歩み、二歩み

 手を引かれながら前へ進む



 歩めど道は細く

 進めど先は見えず

 私を導く手は

 数珠のように繋がれてく


 進めと先を示す

 胸張れと私を励ます

 挫けそうになった時

 温かく背中を押す


 立ちふさぐ壁が現れても

 どっち向いても道無くても

 いつも、ただひたすら私を励まし

 後押しするその手に、私の灯はともる


 明日を手繰り寄せるために

 明日を抱きしめるために

 繋がれたあなたの手に

 そっと温もりを返す


 いつの日か、隣を歩めるように

 



 歌の余韻が、会議室の中に染み渡る。

 それが、十分に静まったあと。


 パチパチパチパチ………


 たった五人の観客達が、私に拍手を送ってくれた。

 もちろん、お祖母様も。



「この歌に、あなたはどんな『想い』を込めたの?」

 サニエル女史に聞かれて、私は、彼女を見て言った。


「私は今まで……いろんな人たちに助けられながら、生きてきました。

 子供だった私は――ただ、一方的に助けられるだけ。

 それが、心苦しかった」


 その時の悲しい気持ちが思い出され、言葉が途切れる。


「でも……私も、気付けば十五歳。

 いろんなことを教わって、実践して……。

 思った以上に、自分にやれることがあるんだって気づきました。

 だから――今度は、自分が、お世話になった人たちを助ける番。

 そうして、私は――


 大切な人たちの隣を、胸を張って歩ける。

 そんな、大人になりたいんです」


 私の思いの丈を聞いた、お祖母様は、涙を浮かべて。


「素晴らしかったわ」

 サニエル女史は……噛みしめるように、頷いた。

 

「皆さん。

 当日は……全ての出演者の最後に、マーガレットさんを出します。

 フィナーレには、今の曲を。

 過度の演出は不要です。


 そして、マーガレットさんは――その『想い』を、そのままに」

 


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