18-09 ひと時の別れ、笑顔の満ちる晩餐
今後の動きについて話し合うのは、もう何度目だろう。
でも、今日の会議には、これまでにない緊張があった。
いつになく、何かが“始まる”気配。
空気の温度まで、どこか違っていた。
場所は、私たちの船のブリーフィングルーム。
共和国の大型艦に載せられたままの、“管理エリア”。
3区に居た時から、ここは――私と小父さん達の、”家”。
「私とクロは、ここで一度、共和国に戻る。
共和国に医師団を連れて行ってくれるから、私は一度、向こうで治療を受けなければならない。
だが――船の引き渡しの時には、またこちらに戻ってくる」
ドク――バートマン中佐が、淡々とした口調で告げた。
その隣には、アンドロイドのクロ――クロミシュ。
”彼”も、ドクの横で頷いた。
今の状況を深く理解していることを感じさせた。
「この船も共和国に戻すのだろう。どうせ、引き渡しは共和国の船からなんだ。
置いて行く理由もないし、第一目立つ」
「ドクの言う通りね」
私はドクに頷いた。
引き渡しの時まで、共和国の艦に載せたまま離脱させた方がいい。
「ただ……私は、帝国に残ります」
そう言ったとき、特に小父さん達の顔がわずかにしかめられた。
「……本気か、メグ」
「大歌謡祭の準備があるの。
今、共和国に戻ってしまったら……全てが無駄になる。
だから私は、この星に残って準備する」
セイン小父さんもライト小父さんも、視線を交わした後、何も言わなかった。
でも、わかっていた。
小父さん達は、心のどこかでこうなることを予想していたのだと思う。
「ランドルさんと、ナナさんは……どうします?」
私はふたりの帝国軍人に向き直る。
ランドルさん……ランドル・モートン中尉は短く息を吐いた。
「……ラズロー中将閣下の所在は未だ不明だ。
カルロス侯爵と同じところで拘束されていると思う。
私は、閣下の生存の可能性を信じて……帝国内で情報収集を続けたい。
それに――閣下の副官は、私の従兄でね。彼の事も心配だ」
ランドルさんが帝国に残る事は、心配だけど。
彼は、帝国軍人。
それも、3区に押し寄せて来た宇宙軍たちも、違う。
彼自身の伝手もあるだろうし、必要ならトッド侯爵に相談してもいい。
私は、ランドルさんに頷いた。
「私も……危険かもしれないけど、残ります」
「私の上司、ハーパーベルト准将は……母の、恩人に当たります。
あの人がどうしてるかも、気になりますが……。
当面は、モートン中尉を手伝いながら、私も情報収集に当たります」
ランドルさんの事をちらっと見るナナさん。
本心は、多分――ランドルさんの事が、心配なんじゃないかな。
ナナさんにも、私は頷いた。
「なあ……私達も残ってはだめか?」
グンター小父さんが、上目遣いで私を見る。
でも……私は、小父さん達に首を振った。
「……残るのは、危険なの。
それに――小父さん達には、やって欲しい事があるし」
「やって、ほしいこと?」
首を傾げる小父さん達に、私は頷いた。
「この船をよく知ってる小父さん達にしか、お願いできないの」
「ひょっとして……この間話していた、あれか」
ライト小父さんが思い出したみたい。私は頷いた。
「どうしても、船の引き渡しまでに――向こうでやって欲しいの」
「……わかった。そうまで言うなら、引き受けた。
グンター、セイン、後で打ち合わせな」
「……わかったよ」
「了解した」
プー、プー、プー
そこに、通信が入ったことを知らせる信号が鳴る。
端末を操作し、通信回線を開く。
「やあ、マーガレット君
いま、ファレル・トッド氏が船を訪問して来ていてね。
彼が、君宛のメッセージを預かっているんだ」
ペドロさんからだった。会議室らしい場所で、向かいにはファレル・トッド氏の姿も見える。
「オリバレス君を迎えに行かせる。
ちょっと、こちらに来てくれ」
「分かりました」
やがて、アイちゃん……アイーシャさんが迎えに来た。
彼女に連れられて船内を移動し、面会室に入る。
「やあ、マーガレットさん。来てもらって申し訳ない。
今朝になって、州庁舎に私宛の差出人不明の郵便物が来てね。
中身を確認したら、多分これ……君宛じゃないかと思うんだ」
ファレルさんは、茶封筒を出してきた。
私が受け取って中身を開くと、そこそこ大きな便箋が出て来たけど。
帝国標準時 ○○月○○日 ○○時
受け渡し場所 ミノコス星系 第三惑星衛星軌道上 緊急避難用コロニーにて
その他条件は、交渉時のものを遵守すること
真ん中の方に、これしか書いてなかった。
「この、ミノコス星系ってどこですか?」
「帝都の近くにある資源採掘星系だったんだけどね。
今ではその資源は枯渇してる。
何かあった時の緊急避難用の小さな無人コロニーしかなかったはずだよ」
無人コロニーか……ってことは。
「やっぱりこれ――リオンさんぽいなあ」
私は手元の便箋をそっと置きながら、つぶやくように言った。
場所が、誰もいない無人コロニー。
そこで”受け渡し”を行う事が示されてる。
しかもその他条件は遵守しろって。
何となく……リオンさんが書いたものっぽくない。
でも示している内容は、リオンさんとの再交渉だ。
「つまり、その日時と場所で、あの船を引き渡せってことかね」
ペドロさんが便箋をのぞき込み、指で軽く紙の端を押さえながら言う。
「じゃあその三日前までには、この星系にもう一度来ないといけないな。
ちゃんと、例の手筈は整えてくるから、マーガレット君も準備はしっかりしないとな」
「……はい。そうですね。頑張ります」
言いながら、自分の声が少しだけ震えていたのがわかった。
不安からではない。
ただ、覚悟の重みが少しずつ、実感に変わってきている。
もう後戻りはできない。
マルヴィラお姉さんも、あの後すぐに修行に向かった。
お祖母様も、私の為に色々根回しを始めてくれてる。
あの”決戦の舞台”へ、一直線に突っ走る。
「あっと、そうだ。ファレルさん」
思い出したことがあって、私は視線をファレルさんに向けた。
「何かな?」
「3区から脱出するときに、お世話になった帝国軍の軍人さんが二人いて……ランドル・モートン中尉と、ナナ・カービー准尉っていうんですけど。
あの人たち、カルロス侯爵と共に捕らえられている、ラズロー中将の部下らしいんです。
今回、あのお二方が……中将を助けるため、情報収集のために帝国に戻りたいって言ってるんです。
もし可能なら……ファレルさんや、トッド侯爵閣下のところで、匿ってもらうなんてこと、できないでしょうか?」
言い終えたとたん、私は少しだけ唇を噛んだ。
図々しいお願いだという自覚はあった。
でも、この機会を逃せば、もう頼める場はない。
ファレルさんは、静かに息を吐き、思案の色を浮かべながら目線を落とす。
手元の便箋に再び目を落としたのは、気を落ち着かせるためだったのかもしれない。
「……ラズロー中将の配下ですか。なるほど」
彼は低くつぶやいたあと、ゆっくりと顔を上げた。
「私には即答できないが……父と相談してみよう。
あの二人が信頼に足る人物なら、考慮の余地はある。
明日また来るから、その時に正式な方針を伝えるよ」
「……ありがとうございます!」
思わず頭を下げた私に、ファレルさんはどこか照れたように肩をすくめて微笑んだ。
その時、隣にいたペドロさんが、ふと時計に目をやって言った。
「急な話になるが……マーガレット君も、明日出立してもらうことになった」
彼の声は、穏やかだったけれど、そこに逆らえない流れが含まれていた。
「え?」
思わず声が出た。
心のどこかで、もう少しだけ時間があると思っていた。
だけど、状況はそんなに甘くないらしい。
「我々は、明後日ここを発って共和国に一時戻る。
帝国に残るなら、明日が下船の最後のタイミングだ」
ペドロさんは、先ほどのリオンさんの便箋を指さす。
「これの件があるから、また一月足らずでここに戻る事になるがね。
でも君にとっては……《帝国年末歌謡祭》に向けた、貴重な準備期間になるだろう」
「……はい。わかりました」
私の声は静かだった。心の中には、ざわざわとした感情の波があったけれど、それを押さえ込む。
「それでね」
ペドロさんが、少しだけ表情を緩めた。
「しばらく会えなくなる人たちと、今日はゆっくり過ごしてください。
……それが、我々からのささやかな贈り物です」
私は、少しだけ驚いて、それから、静かに微笑んだ。
「ありがとうございます、ペドロさん……ファレルさんも」
感謝の言葉が、胸の内から自然とあふれた。
あたたかさと、寂しさと、そして責任感がないまぜになった、不思議な余韻が、胸に残っていた。
「ああ、忘れるところだった。
はい、これ」
ファレルさんが、一枚のメモリカードを渡してきた。
「これは?」
「君が求めていた、例の”御傍にいる人たち”の映像だよ」
ああ! グレン・クレッグ中尉の手掛かりを見つけようと、頼んでたやつ!
「ありがとうございます!」
話が一段落して、私は立ち上がった。
手にした封筒は、たった数行の文面しかなかったけれど、確かに私の未来を変える何かがそこにあった。
静かに礼を言って、ファレル氏とペドロ議長に別れを告げ、面会室を後にする。
船に戻ると、小父さんたちが、ちょうど船の設備点検をしていた。
あまりに何気ないいつもの光景で、ほんの少しだけ、胸の奥がぎゅっとなる。
けれど――今回は、少し違う。
「メグ、お帰り。どうだった?」
セイン小父さんが声をかけてくる。私は頷いて答えた。
「……受け渡しの場所と日時が書いてあった。やっぱりリオンさんだと思う。
大体、一か月後くらい。
それとね。共和国の船は、明後日出航して、一時帰国するんだって。
それで……私の出発は、明日ってことになったの」
「……明日、か」
ライト小父さんがぽつりとこぼす。
その声は、どこか寂しそうで――それでも、覚悟を決めていた。
私が、決戦の日まで帝国に残ると決めたから。
「だからさ。
急なんだけど――今夜は……パーティ、開こうと思うの。
お世話になった人たちを呼んでね」
一瞬、場に沈黙が落ちた。
けれどその静けさはほんの一拍だけで――
「ああ、それはいいですね!」
セイン小父さんが、ぱっと顔を明るくした。
すると、その場の空気が、ふっと弾けた。
その声を皮切りに、みんなの反応が次々と弾けたように広がっていく。
「よっしゃ、それなら俺、食糧庫の在庫確認してくる!」
立ち上がるや否や、ライト小父さんは工具をぽいっと置いて走り出す。
作戦開始の合図でもかかったかのように。
まるで、作戦前夜の準備みたいな勢いで、小父さんたちも皆も動き出す。
「私は……アイちゃんとかクレトさん、チャロさんに、セルジオさんにも声かけてくる!」
せっかくだからみんな呼ぼう。
「セルジオ呼ぶのか?」
グンター小父さんが眉をひそめる。
どことなく嫌な予感を察知したような声色で。
「……グンター、さん?」
ナナさんが、じっとグンター小父さんに“とある視線”を向けた。
その瞬間、空気がピシッと凍ったようになり――
「いやいや、カービーさん、その目は、ちょっと……止めて……」
後ずさりしながら、目を逸らす小父さん。
ナナさんの視線は、言葉よりずっと雄弁だった。
「それじゃあ、俺は部屋で……」
さりげなくその場を離れようとするランドルさん。
「ランドルさん!」
私はすかさず振り返って、彼の背中に声をかけた。
「あなたも当事者! お世話になったんだから、参加していってよ!」
「中尉。折角ですから……」
ナナさんが、ランドルさんの袖口をちょんと引く。
「……わかった」
ランドルさんが、観念したように小さくため息をついた。
クレトさんは忙しいらしくて、来れなかったけど。
アイちゃんとチャロさんが来てくれて、
私とナナさんと合わせた四人で料理を作りまくって。
つまみ食いしようとしたセルジオさんを”優しく”追い払って。
私達四人で作った料理。
チャロさんが持ってきたジュースやお茶類。
アイちゃんと、小父さん達も持ち込んだお酒。
夜、この船の食堂に、全部持ち込んだ。
「……じゃ、再会を信じて。かんぱーい!」
「かんぱーい!」
グラスがぶつかる音と共に、どこか名残惜しい笑い声が響く。
誰もそれを、別れのパーティとは呼ばなかったけれど。
それでもみんな、わかっていた。
明るくしたかったから、いろんなゲームをしたりして、みんなでワイワイ楽しく過ごした。
小父さん達は少々飲み過ぎてる気がするけど、今日は怒る気になれない。
しばしの別れだから、今日くらいは、楽しく過ごしたいし。
ここには――“家族”のような温もりが、確かにあった。
夜が更けて、船の照明が一段落落とされる頃。
お酒を飲んだ小父さん達やアイちゃん、それにランドルさんは、食堂で寝っ転がってる。
ナナさんとチャロさんは皆を介抱してるけど、二人とも眠そう。
セルジオさんはお酒飲まなくても夜は弱いらしく、早々に寝ちゃってる。
私はドクと並んで、最後のコーヒーを一緒に飲んだ。
「共和国に戻って、ドクの治療も始まるのですね」
「ああ。ペドロ議長が医者を手配してたのは、半分私の為だったらしい。
頑張って、治療を受けないとな。
それと、例の映像集受け取った。向こうで、検証してくる」
映像集とは……今日、ファレルさんから受け取ったメモリカードだ。
ドクには、穴が開くほど見て貰って……スパイさんを、是非見つけて欲しい。
別れの夜は――こうして、穏やかに更けて行った。




