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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第18章

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202/230

18-06 見捨てられた場所、残された人の痕

第四皇子 元側仕え ジュゼッペ・タンクレーディ視点

 トマセオ、ペドラス、スツケヴァル、そして私――タンクレーディ。

 つい数日前まで、私たちは帝国第四皇子の側仕えだった。


 だが今や、殿下のもとを離れ、それぞれの覚悟を胸に、別の道を歩き始めていた。


 一人側仕えとして残ったミルヌイに殿下を託し。

 私達は目的と覚悟をもって、殿下の下を離れたのだ。




 その第一歩が、クーロイ星系の……3区コロニー。


 17年前までは、普通に人が生活していた場所。

 天体衝突により多くの人命が失われ、修理するだけのリソースも無かった自治政府によって放棄された。


 それが……やがて、一部を修理して星系のゴミ捨て場となり。

 今年は天体衝突の行方不明者を悼む式典が行われたこの場所に、宇宙軍が突入。

 外殻を破壊され、生存者達は脱出していき。

 ――誰も見向きもしなくなった、この場所。



 そう、今は誰も見向きもしない。

 だからこそ、もう一度――私たちが見なくてはならないのだ。


 何故なら――天体衝突後もそこで生きている者達がいたらしいことが、分かっている。

 ならば、そこに今でも”何か”が残っているかもしれない。

 私達四人は、そう判断したのだ。



 私達の真意を、残ったミルヌイ経由で知らされたミツォタキス侯爵の斡旋により。

 私達はスペースデブリ回収企業の“下請け従業員”という肩書を得た。


 それは偽装ではなく、実際の契約に基づく合法的な登録だった。


 目的はただ一つ――3区コロニー内部に、踏み入ること。



「どうせ宇宙軍に吹っ飛ばされた場所だ。今さら誰が気にするってんだ」


 皮肉げにそう言ったのはペドラスだったが、彼の目は冴えていた。


 私達はクーロイ自治政府の庁舎を訪れ、申請を出す。


「破壊された3区コロニーで、まだ使える機材や金属を探したい」


 対応に出た職員が目を瞬かせていると、その奥から懐かしい声がかかった。



「タンクレーディ? ……トマセオも、ペドラス、スツケヴァルまで……!

 おい、まさかお前ら……!」


 奥から出て来たのは、しばらく会ってない顔。

 以前、殿下の気まぐれで自治政府に出向に出されてしまった、側仕え仲間――ガレッティとジェマイリの姿があった。



 聞けば、今はクーロイ自治政府にて、問題の多い廃棄物処理の担当部署の職員として働いているそうだ。

 短い再会の抱擁を交わしたあと、全員で隅の会議室に移動する。


 ガレッティは真っ先に尋ねた。


「ミルヌイはどうした? 残ったって聞いたが」


「ああ。殿下が……自裁を図ろうとした。その手を止めるためだ」


 私の答えに、ガレッティとジェマイリは、目を丸くした。


「殿下が自分の教育費用の一部を投資に回して作った資金。

 別れ際に、それを丸ごと俺達に託して来た。

 どう考えても、後がないと殿下は考えたって結論にしかならなかったからな。

 ミルヌイが、自裁を止める為に残った」


 ガレッティとジェマイリは、肩を落とした。


「殿下は、そこまで追い詰められているのか……」


「陛下から謹慎処分を言い渡されている。

 殿下にしたら、陛下から見捨てられたとも思ったんだろう」


 ジェマイリの言葉に、ペドラスは言った。


「それで、お前等のその恰好は何だ。

 窓口で何を申請してたんだ」


「決まってるだろう。

 残された”証拠”が無いか、3区に探しに行くんだよ」


 ペドラスの答えに、ガレッティとジェマイリは驚いた。


「……そうか。奴らの監視の目が緩んでるうちに、やるんだな」


「そうだ。証拠を探す。

 17年前、皇帝が何を隠したのか。

 まだ、何かが……あそこに残っていてもおかしくない」


 スツケヴァルの言葉に、申請を出した私達は全員で決意の表情を見せる。


 ガレッティはしばし沈黙したあと、真剣な目で言った。


「クラークソン総務長官に話を通す。

 正式な許可を取れるよう、俺たちも動く。

 ジェマイリは、俺達の準備を」


「おい、お前等も行く気か」


「3区でのごみ処理の際、自治政府から立ち合い人をつける義務があったんだよ。

 それを適用させてもらう。

 俺達を立会人とするよう、長官に話をつけよう。

 大丈夫だ、こんな申請直ぐ通してやる」


 ガレッティは、笑って言った。




 

 その日の夕方、クーロイ自治政府は公式に、私達旧側仕えに3区コロニーの立ち入りと調査の許可を発行した。

 表向きは、「作業船からのデブリ探索支援」。


 実際には、忘れられた罪と命の記録を拾い集めるための、静かな探索任務だった。


 そして翌朝、俺達六人――私、トマセオ、ペドラス、スツケヴァル、ガレッティ、ジェマイリ――は、小型の作業船に乗り、赤道軌道上のシャトル線に沿ってクーロイの静止軌道へと向かう。


 船窓の向こう、大きな輸送艦の残骸のようなな物が見え始めた。

 あれが、3区コロニーの残骸。

 元々大型輸送船を改装して作ったコロニーだ。


 シャトル線に近い側の外殻に、大きな穴が三つも四つも付いている。

 かつて式典が行われた区画――あの“事故”の火種となった場所だ。


「……随分、壊れてるな」


 スツケヴァルが呟いた。


 そしてコロニーの反対側。

 そこには、1区や2区コロニーのような、管理区域は……もうない。

 生存者達が、ここを切り離して宇宙船として飛び去って行ったからだ。


 けれど、コロニー中央から向こう、旧管理エリアに近い区画は、外から見る限り状態は辛うじて保たれていた。


「行こう。奥に、まだ……生存者達が残した記録があるかもしれない」


 ヘルメット越しに、私は皆に言った。



 通路を抜け、暗がりの中を進む。


 崩れた壁、転がる家具、焦げ跡。

 それでもコロニーを奥へ進んでいくと、“人の営み”の気配が徐々に色濃くなる。


「見ろ。これ……酒瓶だ」


 ペドラスが拾い上げる。ラベルは剥がれていたが、確かに“空”だった。


 さらに進むと、工具室らしき一角に出る。

 壁にかけられた修理道具、整備された金具、丁寧に畳まれた作業服。

 デブリ対策の溶接装置まであった。


「ここに……住んでたんだ、誰かが」


 スツケヴァルの声に、誰もが頷く。



 一番奥に、医務室らしき部屋を発見した。

 中は薄暗く、棚の医薬品は破損し、散乱していた。


「これ、全部使った痕があるな」


 トマセオが指差す。


「でも、補充されてはいない。……医者がいたのか?」


 あきらかに、人の居た痕跡がある。


 医務室の壁の一角は、通路のように開いていた。

 覗き込むと……


「ここは……管理エリアへの通路だったようだ」


 通路の向こう側には……むき出しの宇宙が、顔をのぞかせていた。

 私は黙って、その通路を閉じた。




 私達は、引き続き医務室を捜索した。


 私は、書類机を調べるうち……一つの古びた引き出しの底に違和感を覚えた。


 調べてみると、外から見た引き出しの深さと、中の深さが……違う!


「これ……底が、二重になっているぞ」


 慎重に剥がし、隙間に手を差し込む。

 中から出てきたのは、黒ずんだ金属箱――年月に磨耗した、しかし中身は確かに“遺されたもの”。

 開けると、そこには手帳数冊と古いデータパッチ。

 私はゆっくりと、一冊の表紙をめくった。


「署名がある……“マンサ・アムラバト”。医師だそうだ」


 誰も言葉を発さなかった。

 時間が止まったような静寂の中、彼らは箱を閉じた。


 今は、空気の無い宇宙空間。

 この資料は、今ここで調べるべきではない。


 今はすべてを回収し、安全な場所で整理するべきだ。



 私達は医務室を後にし、周囲に残る生活痕を丹念に撮影していった。


 それはまるで、過去の亡霊たちのささやきを聞き取るかのように、静かで、確かな仕事だった。


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