1-01 メグの日常
いつもの様にベッドの上で目を覚まし、起き上がって部屋の明かりを点けた。
ベッドの上で一通りストレッチをしてから、降りて朝のルーティンをこなす。
棚から水パックを取り出し、蓋を開けて一口飲む。
昨日洗濯した服を洗濯機から出す。パジャマと下着を脱ぎ、洗濯機の中に放り込んで、仕事が終わるまでに洗濯乾燥が終わるように設定する。
レーションパックを取り出し、栓を開けて中身を吸い込み胃に流し込む。
そしてブラシで髪を梳かし、肩まである髪を髪留めで小さく纏める。その上からシャツ、作業着を着る。ブーツを履く。
2食目、3食目のレーションパックをポーチにしまい、工具袋を腰に付ける。
いつも準備はこれだけ。
部屋の外に出て、近くの会議スペースに入る。
「メグ、おはよう。」
「おはよう、グンター小父さん!」
アタシより先に来てたのはグンター小父さんだけか。
グンターは一番の年長で、あの事故以前からずっとここに住んで働いていたそう。背が高くて胴も腕も脚も太くて、頭にもおヒゲにも白い物が大分交じってる。でもお爺さんって呼ぶと拗ねちゃうから、小父さんって呼ばないといけない。
グンター小父さんは椅子に座って、いつものコーヒーっていう黒い飲み物を飲んで待ってたみたい。
「ん? メグは先に来てたのか。おはよう。」
アタシの後から現れたのはセイン小父さん。
セイン小父さんはスラッとしてて、グンター小父さんよりも背が高くて、髪の毛は段々薄くなってきてる。グンター小父さんと違っておヒゲは綺麗に剃ってる。
セイン小父さんはレーションパックを片手に持って、中身をちびちびと口に入れてる。レーションパックは不味いっていうのが理由らしいんだけど、食べるものってあれしか無いんだし、さっさとお腹に詰めちゃえばいいのにっていつも思う。
「まだライトは来てないか。寝坊かな?」
「そうみたいだな。メグ、起こして来てくれ。」
「またぁ!?」
グンター小父さんに頼まれて、渋々ライト小父さんの部屋の前まで行って、インターホンを連打する。
部屋の中からピポピポうるさく音が鳴り、やがてドタドタと中から扉に近づく足音が聞こえて来たので、扉から離れて通路の角に隠れる。
「うるせー、メグ! もうちょっと静かな起こし方は無いのかよ!? ……って、また角に隠れてんのか。」
「おはよう、ライト小父さん。パンツ一丁じゃなくてちゃんと服来て出てくれたら扉の前で迎えるよ。みんな待ってるから早く準備してね。」
「あー、分かったよ。すぐ行く。」
ライト小父さんはグンター小父さんやセイン小父さんよりも少し若い、黒髪で細マッチョのおじさん。小父さん達の中で一番背が低くて、グンター小父さんほどガッシリしてない。多分小父さん達のなかで歳が一番若い。
ライト小父さんは困った事によく朝寝坊する。本人は部屋の電気がタイマーで点かないからって言ってるけど、絶対嘘だと思う。
遅れてライト小父さんが服を着て会議スペースに現れ、4人で今日の予定を確認する。
ここは、昔は3区コロニーと言われた廃墟コロニーの中。あの事故で隔壁が壊れず空気が漏れなかった、僅かに残った居住区画に住んでいる。
空気や水、電気や食料は全部機械頼りだから、それらの再利用をする機械なんかは壊れない様にちゃんとメンテナンスしないといけない。それに、時々宇宙から飛んでくるゴミ……スペースデブリも見つけたら都度取り除いていかないと、衝突して壁に穴が開いたら急いで塞がないといけない。
今ここに残っているのはアタシ入れて4人だけだから、命に係わる事は全員が出来るようになってる。だから全員が時間を分けて点検をして回って、異常があればその場で応急処置をする。
「そういや、ケイトが来るのは3日後だったか?」
「そうだよ。みんなそれまでに、ケイトさんに何を注文するかリストに挙げといてね。」
ケイトさんと言うのは、ゴミのコンテナと一緒に2~3回に1回位やって来る、廃品再利用業者の女の人。毎回、彼女が欲しい物をゴミの中から探すのと引き換えに、次回彼女に持ってきて欲しい物をリクエストする。
「儂はエールを2ダースと、インスタントコーヒーな。」
「私はいつものワインを。」
「俺はショウチュウを。」
「もう、またお酒ばっかり! 補修部品とかお薬とかは大丈夫かって聞いてるの!」
小父さん達とのこのやり取りも毎回の事。
グンター小父さんはエールやウィスキー、セイン小父さんはワインとブランデー、ライト小父さんはショウチュウっていうお酒が大好き。というか、みんなお酒しか楽しみが無いって言うの。だから毎回、誰かの分を入れているんだけどね。
そんなにみんなお酒が好きだから、興味があるからどんな味か一口飲ませてって言ったら、小父さん達みんなが反対するんだけど、どうして?
アタシ? ……アタシは小父さん達と違って、あの事故の前の暮らしを知らないから、何が欲しいかって特に無いんだけど……そういえば、衣料洗剤が切れそうかな。
全員で前の日にあった変わった事や異常を共有して、作業分担を決める。
各自が点検に回る時間を除けば、大抵は作業が決まっている。全員がどの作業もできるんだけど、やっぱり得意不得意と言うのは有るからね。
グンター小父さんは空気や水の再利用処理装置のメンテナンスや、後はケイト姉さんに頼まれた機械の修理。
セイン小父さんはレーションパックの製造装置のメンテナンスや、みんなの作業補助につかうロボットの点検やプログラミング。
ライト小父さんはデブリの探知レーダーや恒星光発電装置、エアロックのメンテナンス、壁の補修やデブリの処理など。
そして私は宇宙服のメンテナンスや普段の服の繕い、それにゴミ漁りと、たまにケイトさんが来た時の交渉。
もちろん何か緊急事態があったらコールが掛かって、全員で事に当たるの。
作業分担を決めてから、各自作業に入る。作業中は無線をオープンにして、いつでもみんなで会話ができるようにしておく。
アタシは最初に各装置――空気や水の再利用処理装置や、レーションパック製造装置、デブリ探知レーダーや恒星光発電装置の点検をする。
再利用処理装置は一通り点検したけど問題無かった。
デブリ探知レーダーや恒星光発電装置の点検は宇宙服を着て外に出ないといけないけど、外に出る作業は絶対に一人ではしない。これはアタシだけじゃなく小父さん達も一緒。小さい頃一人で出ようとして、宇宙は怖い場所だって何度も小父さん達に叱られた。
今日はセイン小父さんと一緒だ。2人で宇宙服に着替えてエアロックを抜ける。
レーダーやレーザー装置が壊れてないか、迎撃プログラムがちゃんと動いているか、設置してる3カ所全部点検する。よし、今日も問題無さそう。
あの事故が起きてから、大きなスペースデブリは軍の方で取り除いたらしい。でも例え1cmくらいの小さいデブリでも、速い速度で飛んで来て壁に当たると穴が開くし、宇宙服なんか軽く突き破っちゃうらしい。だからそういう小さいデブリが飛んでくるのをレーダーで捉えて、レーザー装置で撃ち落としたり軌道を変えたりする。
恒星光発電装置は、この星系の恒星からの光を受けて電気を作る装置。パネル状になってて、表面にデブリの衝突を防ぐ膜が張られている。膜が破られて無いか、膜を破ってデブリが刺さって無いか、装置がちゃんと動いて電気を作っているかを確認する。こっちも問題なし。
宇宙服を着たままコンテナの積まれた区画に入り、ここでセイン小父さんと別れる。ここの区画は空気と重力は無いけど隔壁の中だから、今では一人で入る許可が出ている。区画の入り口に隠してある作業補助ロボット2体を起動し、前回持ち込まれたコンテナが置かれた場所へ行く。
ここの廃墟コロニーとケーブルが繋がってる別のコロニーから、10日に1回コンテナが運び込まれて、使えなくなった大きな居住空間に山積みにされる。その中身は別のコロニーで出たゴミ。段々持ち込まれるコンテナの数が増えてきて、最近は10日毎に5つ増える。1つのコンテナが5m×5m×20mくらいで、これがゴミで満杯になっている。
アタシたちが出したゴミは再利用処理装置に入れて、残り滓はゴミのコンテナに入れて捨ててる。あの事故の前のやり方だと、残り滓は恒星に射出して捨ててたらしいけど、その射出機は壊れて使えない。
でもここに送られてくるのは再利用処理すらされてない、捨てられたままのゴミ。
その中から、食料、水や服といった再利用できるもの、それから要望があったものを探すのも重要な仕事だ。
コンテナがゴミで満杯の状態で来るので、漁るには開けてゴミを出さないといけない。
作業のやり方は、ロボットたちに吸引機を持ってきてもらい、調べるコンテナの扉を開け、近くの空きコンテナと吸引機を経由して繋いでもらう。そして吸引機でゴミを少しずつ空きコンテナへ移動し、空きコンテナで調べ終わったらまた吸引機を動かしてゴミを移動する。この繰り返しだ。
1日1コンテナを確認するのが精いっぱい。
いつも通り思い付きで歌いながら、空きコンテナでゴミの山を調べる。
「♪いつも通りの ゴミの山~
何があるのか 楽しみだ~♪
♪今日も 今日とて ゴミまみれ~
おやおや これは 酒瓶か~♪」
「「「中身は!?」」」
みんな反応早っ!!
「んーとね、薄茶色いのが底の方に少し残ってる。」
「よっしゃー!」
「ショウチュウじゃないのか……。ちぇっ。」
少し中身の残った酒瓶が見つかった。こうして飲みかけのお酒の瓶が捨てられてる事もたまにある。小父さん達みんなお酒が好きだから、蓋を開けて匂いに問題が無ければ、お酒の種類によって小父さん達の誰かが持って行く。
持ち込まれるゴミを見てて、みんな無駄な事をしてるなって思う。これのおかげでアタシたちがここで生きていけるんだけどね。
食料品や飲み物が捨てられている物が多い。ケイトさんが言うには、物によって消費期限が決められていて、それを過ぎたら廃棄されるんだって。それがこっちに回って来るらしい。
圧縮されてコンテナに詰め込まれるから中身はぐちゃぐちゃで、こういった物は全部再利用装置に放り込む。これはレーションパックの元になるし、他にも油が取れるらしい。油は機械の補修に必要だから重宝してる。
服なんかも、まだ着れる物や、場合によっては袋に入った新品が捨てられている。着れない物でも繕い直せばいいし、無理なら端切れにすれば掃除するのに使える。どうしても使えない生地でも量を揃えて再利用処理装置に放り込めば再生生地にしてくれる。
実際、小父さん達や私の服は元はゴミ漁りで見つけた新品や繕い直したものだし、下着も再生生地で縫った物だ。縫うのはロボット達。
あ、そうだ。また針と糸の補充をケイトさんにお願いしないと。
壊れた機械なんかは、部品取りに使えそうな状態なら取っておく。これは小父さん達からリクエストがある事があるし、たまにケイトさんからのリクエストもある。だからこういった物は古いコンテナにまとめて保管している。
重宝するのが紙だ。食べ物の包装なんかに使われてるのが多いけど、時々書類みたいなのも紛れ込んでる。こういった物は装置に放り込めばいろんな紙が作れる。トイレで使う紙、機械補修で使う油取り紙、メモ書き……。
紙も大事な必需品の一つ。
1日の作業が終わったら、また4人で会議スペースに集まって今日の報告。
結局、酒瓶は最初に見つけた一つだけ。残飯と紙はいつも通りロボットに再利用装置まで運んで貰った。壊れた機械は今日は無し。他にめぼしい物は無かった。
グンター小父さんからは今日は変わった事はなし。
セイン小父さんからは、ロボットが1台動作の調子が悪くて修理するから、関節部品とネジが幾つか欲しいって。これはアタシが明日ゴミ漁りの時間で壊れた機械の中から探して来る。
ライト小父さんからは、軍の航宙船らしい船が遠くを通っていたけど、こっちのコロニーには寄ってこなかったから異常無しだろうって報告だった。
今日の報告はこれでおしまい。あとは寝るだけ。
拾ってきた酒瓶は、中身はウィスキーだったらしくて、グンター小父さんが嬉しそうに貰っていった。
部屋に入って、洗濯機から洗濯乾燥済のパジャマと下着を取り出して着替える。代わりに着ていた下着とシャツ、作業着を洗濯機に放り込んで朝までに洗濯する様にセットする。
今日も一日、無事に過ごせました。
電気を消して、おやすみなさい。
お読み頂きありがとうございます。
前作「王宮には『アレ』が居る」も宜しくお願いします。
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