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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第18章

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18-02 静謀の会議、暗き命令

グロスター宮廷伯視点

 帝宮の奥にひっそりと設けられた小謁見室――

 皇帝が信頼する少数の重臣だけを招き、密やかに言葉を交わす場である。

 絢爛な装飾に彩られながら、ここは常に沈黙と緊張に支配されている。


 今日は、マクベス大佐が帰還した事により招集された。

 出席するのは、マクベス大佐と、私。

 そして最近呼ばれることが多い、カエサリス宮廷伯だ。

 三人が横一線に並び、陛下のお成りを待つ。


 やがて、入室を知らせる鈴が鳴り……陛下が奥から現れる。


「マクベス大佐、よく帰った。首尾はどうだった」


 マクベス大佐が、いつもの無駄のない動作で跪き、任務報告を始めた。


 結局直接会ったのは、メグ、つまりマーガレット本人だけ。

 本人曰く、マーガレットのみが共和国の船に乗ってきた。

 残り三人は病気で、船、船を操縦していた軍人二人と共に共和国に残してきたという。

 

「病気だと? 何の病気だと本人は言っていた?」


 カエサリスがマクベスに質問する。


「宇宙放射線の被ばくだと言っていた。

 マーガレットが帝国に来たのも、専門医を探すためだそうだ」


「……筋は、通っているな……」


 17年も廃棄コロニーにいて、全くコロニー外活動をしない訳にはいかなかったはずだ。

 宇宙放射線の被ばくというのは、あり得ない話ではない。

 話の筋は通っている。


「……それで、マクベス大佐はどう対処を?」


 陛下はそう彼に問うた。


「まずは、船を手に入れるのが先決だと判断した。

 一か月以内に、共和国から船を持ってこさせる約束をした。

 それで受け渡し場所はこちらから指定。マーガレット本人の立ち会いを求めた。

 ただ、共和国へ戻られると連絡方法がない」


「連絡を取るなら……マーガレットとも共和国とも接点のある人物の方が良いでしょう。

 トッド侯爵の次男ファレル・トッドが共和国の歓待役をしています。

 彼、あるいは彼の関係者を通じて連絡を取り合うのが良いでしょう」


 連絡方法がないと言うので、私から助言する。

 向こうに残してきた人員がいるので、彼等を通じて手紙か何かで接触すればいい。


「共和国の使節団は、一度戻るのか?」


 陛下が我々に尋ねる。


「公式には発表はありませんが、最近、トッド侯爵と使節団の間で協議が増えています。

 ある程度の政治的果実を共和国に持ち帰る必要があると見て、ペドロ代表が侯爵に圧力をかけているようです」


 私は簡潔に報告する。


「それと関係あるのか、最近、侯爵家には肥料・食糧関係の商社、そして医師が頻繁に出入りしています。医師は内科・外科・放射線科・麻酔科と、専門はバラバラでしたが」


 探った侯爵の動向を報告した。

 共和国との具体的な交渉内容は余り漏れてこないが、出入りする者達からの類推は出来る。

 3区のデルタ採掘場からリンやケイ素の鉱石を採取して、隕石コンテナを使って奪取していたのが、共和国の奴らだとしたら。

 ――肥料不足、あるいはそれによる食糧不足は割と深刻なのかもしれない。


 医師については、情報を聞いても意図が分からなかった。

 だが、マーガレットという娘の話を考えれば――共和国を通じて侯爵に求めたとも考えられなくはない。


「一連の動きは、割と整合性が取れているのだな。

 マーガレットとやらの主張には、矛盾が無いように見える」


 カエサリスがそう締めくくる。


「船の交渉は、マクベス大佐の言う方向で調整しよう。

 ただ、引き渡しはクセナキス星系ではなく、帝都またはそれに近い星系でだ」


 陛下は、船を受け取る交渉については了承した。


「で、他の条件については、相手はどんな主張をしてきた」


 陛下の質問に、マクベス大佐は報告する。


 簡単にいうと、向こうの主張は――帝国に戻らなければ、手は出さないこと。

 船の引き渡しに戻ってくるマーガレット本人も、引き渡し後に速やかに共和国へ戻るという。


「病気で共和国から動けないと言う三人は、分からんでもないが……」


 強硬派のカエサリスですら、三人には手を出そうとは考えなかったようだ。

 

「マーガレット本人も、三人を看取ってやりたいと嘆いていてな。

 それを否定できる材料は、今のところ無いと判断した」


「共和国の船を襲って、真偽を確かめる訳にはいかんのか」


 カエサリアらしい強硬意見だが、外交問題になりかねないのでは?


「本人にカマを掛けたが、慌てた様子はなかった。

 むしろ、向こうの三人と生き別れになってしまうと嘆いていた。

 ……あながち、嘘とは思えなかったがな」


「どちらにせよ、共和国の船を襲うのは悪手だ」


 カエサリアの強硬策を、陛下は否定した。


「帝国内部の騒動を、帝都の各国大使館は注目している。

 そんな中で、小なりとはいえ外国の使節の船を襲ってしまえば、一斉に非難を浴びる。

 外国も貴族総会側を支持されては、こちらの主張の正当性すら揺らぎかねん」


 陛下の反対に、カエサリアは大人しくなった。

 だが……私は、先ほどのマクベス大佐の話に、マーガレットに対し少し疑念を抱いた。


「あと、向こうとしてはもう要らないからと、バートマン中佐の手記を渡してきた。

 その代わりに人質との会話を求めて来たので、三分だけ許可した。

 記録データもあるが、見た所怪しい会話も無かった」


 マクベス中佐は、彼女から受け取ったという一冊の本を取り出した。


 (――生存者達が、入手していたか。バートマンの遺物を)


 目を細めたのは、陛下も、そしてカエサリスも同じだった。

 だが私は、これには内心驚いた。

 

 マクベス大佐の正体を知らなかっただけとも取れる。

 身の安全と人質を心配し、必死になっているだけとも取れる。

 だが、私の胸に抱いた小さな疑念に正直になれば――。


 もし、そのマーガレットという娘が……初めからマクベス大佐の正体を知っていて、それでも尚、彼の前に一人立って交渉の場に臨んだとすれば――。


「あの娘は、航法コンピュータのロック解除のヒントがあったと言った。

 俺もあの時の事は覚えているが、最後の問題が曲者だった。

 この何処かに、あの問題の答えになる物があったんだろう」

 

 ひとつ、気になった事がある。


「大佐、彼女はその手記を……どこで見つけたのだろうか」


「はっきりそうだとは言わなかったが……。

 あの娘は『危険を冒して採掘場に降りてまで、質問の答えを探した』と言っていた。

 恐らくデルタ採掘場だろう」


 バートマン中佐の手記が、採掘場にあった。

 つまりあの男は、採掘場までは逃げおおせたと言う事だ。

 それは、マクベス大佐も理解しているはず。


(だが、あえて口には出さなかった――なぜだ?)


「その娘は、バートマン中佐や、彼のアンドロイドの行方を知っていたか?」


 私の次の質問には、首を振った。


「そこまでは知らない様子だった。手記にもその行方については書かれていなかったと」


「グロスター、お前の所で中身を分析して、中佐の行方の手掛かりを探せ」


 陛下の命に私は頭を下げ、マクベス大佐から手記を受け取った。

 あの男に、調べさせるか。


「さて、交渉の結果は分かった。

 マーガレットという娘や他の三人について、皆はどういう意見か」


 陛下が我々に、今後の対処について意見を求めた。


「あれは敵対よりも、対話と安全を求めている。

 それに私との対面交渉までやってのけた。

 少なくとも船の引き渡しまでは、交渉に乗るべきだ」


 これは大佐の意見だ。

 あの娘の事は、多少なりとも認めるところがあったらしい。


「船の引き取りの際に、その娘も一緒に拘束して三人や軍人二名の行方を吐かせましょう。

 情報を取得したら、始末しておきましょう。

 “流民”ごときに、我々が振り回されるなどあってはならない」


 カエサリアらしい、強硬意見だ。


「彼女の身柄を確保し、情報源として活かすべきですな。

 共和国まで渡って、使節団と共に来たのであれば、かの国の内情も把握していましょう」


 私の意見は、大佐のものと真っ向から対立しているように見える。

 だが、カエサリアのような強硬策ではなく、今後の共和国への内偵に生かす案だ。

 いわば、共和国に対する情報源であり、保険だ。


 皇帝が沈黙したまま視線を宙に泳がせ、やがて低く言った。


「……大佐の意見を採る。約束は、果たさねばなるまいからな」


 私は無表情を保ったが、陛下の意図は読めた。


「人質はどうしましょう」


 私から陛下に意見を求めた。

 人質の女は、私の所で預かっているからだ。

 マクベス大佐に預けていたら、人質としての価値を無くす可能性すらあったからな。

 大佐自身が同意してくれたから良かったが。


「船を受け取ってからだな。その時の様子次第で、返還を検討しよう」


 陛下の言葉に頷いた。


「方針は決まった。大佐とカエサリアは退出せよ。

 グロスターは残れ。船の引き渡し場所について相談したい」


 我々は整然と礼を取る。

 

 そして、大佐とカエサリアがこの小謁見室を退室していく。


 二人が退出した後、陛下が話しかけて来た。


「グロスター、大佐の話をどう思った。忌憚のない所を聞かせてくれ」


「筋は通っています。むしろ、通り過ぎていると言っても良いでしょう。

 話通りの娘なら問題ありません。

 ですが……もし、あれが全て、マクベス大佐を相手に演技しきった結果であれば。

 その万一の可能性は、常に考えておいた方が良いでしょう」


 陛下は、くっくっくっと笑った。


「そういう疑り深いところは、私も好むところだ。

 だが表向き、マクベス大佐の意見は通さねばならん。

 あれにそっぽを向かれる訳にはいかんからな」


 そう。マクベス大佐は……帝室が密かに持つ、単体での最強戦力だ。

 若い時のように暴れたりすることはもうないと思うが、彼を相手にするのは色々気を使う。

 それは陛下であっても変わらなかったようだ。


「グロスター。船の引き渡しだが……ミノコス星系はどうだ」


 ミノコス星系……。

 あそこは帝都星系に隣接する、資源採掘用の星系だが。

 資源はとうに枯渇しているので、資材も人も引き上げていて、誰もいない。

 唯一、緊急避難用に無人の小コロニーを残すのみ。

 余人の目の届かないあそこで引き渡しをするか。


「共和国の船に寄らせるなら、我々もそれなりの戦力で出迎えませんと」


「要らんだろう。

 共和国を星系までエスコートするのはトッド侯爵がやるだろうが、侯爵の武装船団ごとき、大佐の部隊には物の数にも入らんはずだ。

 共和国の戦力は読めんが、船一隻なら大佐も何とかするだろう」


 そう言って、陛下はふん、と鼻息を荒げた。


「大佐には場所と時期を知らせて、具体的な接触方法を詰めておけ。

 あとな、グロスター。

 交渉の場に現れるマーガレットという娘……彼女の動向は監視しておけ。

 船の受け渡しが済んだのち――必要とあらば、排除せよ。

 大佐には悟られぬように」


 それは……難題だ。

 大佐に知られぬように、ということは。

 交渉の場から、大佐を先に去らせてから、我々の手で、ということだ。

 何故なら、ひとたび共和国の船に戻られたら――手が出せなくなる。


 つまり、交渉の場に同席しなければならない。

 そして必要なら――共和国側の戦力を出し抜かなければならない。


 我々に、まともな兵士達と正面から立ち向かえる戦力などないのだ。

 それこそ、大佐の部隊の役目になる。


「十七年前も、やったじゃないか」


 つまり、陛下の仰りたいのは――暗殺せよ、という事。

 あの時――十七年前の、危機の時のように。

 だがあれも、成功したとは言い難いのに。


 重みのある沈黙が、謁見の間を満たす。


 だが。

 これは、陛下の命令である――。

 つまり……私に、否やは言えないという事。


 私は、ほんのわずかだけ息を呑んだ。

 それを悟られぬように――頭を、下げた。



 退出を命じられたのち、重い扉を背にして廊下へと出る。

 誰もいない空間で、私は暗澹となった。


「……我々の、仕事じゃなかったはずなんだが……」


 言葉は、思考の外から漏れた。

 諜報、分析、情報統制。

 それが、我々の持つ役目のはずだった。

 ――先代までは、確かにそうだったのだ。


 それでも――陛下の命令であれば、遂行する他に道はない。

 

 呟きに滲んだのは、諦めとも、怒りともつかぬ曖昧な響きだった。

 私は自らの、自らの持つ部隊の責務を知っている。


 知っていながら――陛下の命なら、それでも、背負うしかないのだ。



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