17-11 《追跡特集:宇宙船衝突事件のその後》
俯瞰視点。
本日は、後ほど17章の人物紹介をUPします。
クセナキス星系の居住惑星、ユーダイモニア。
星系標準時、午後7時30分。
「皆様、『ニュース・ディープスロート』の時間となりました」
画面に映る女性キャスター、キャスリーン・ムラタが番組の開始を告げた。
この番組は毎日特定のニュースを一つ取り上げ、その内容を深く掘り下げる、星系内で知られた有名番組だ。
彼女の挨拶と同時に、番組オープニングBGMがフェードアウトする。
「本日、掘り下げていくニュースはこちらです」
キャスターの言葉を受けて映像が切り替わる。
映し出されたのは、五日前の衝撃的な映像だった。
星系外から突入した二隻の謎の宇宙船が、バルナ州の州都バルナスにある高級ホテル、そして隣接するダリュート市のエインズフェロー工業創業者邸に衝突し、そのまま飛び去り行方不明となったあの事件である。
映像は、炎上する建物と混乱する人々を映し出し、当時の衝撃を改めて視聴者に伝えていた。
「この未曾有の事件について、本日は当局の政治解説委員、ロバート・ダンセル氏をお招きして、深く掘り下げていきたいと思います」
キャスターに話を振られた、スーツ姿の初老の男性が深く頭を下げた。
政治解説委員が呼ばれているという事実が、この事件にただならぬ政治的背景があることを暗に示していた。
「それでは、本日判明したその後の経過を辿っていきましょう」
画面の右側には、最初の事件が起きた場所を含む広域地図が映し出される。
「事件発生から三日後の、星系標準時〇月〇日の夕方。事件現場であるバルナ州から大きく離れた、南部ラングラー州の南部州境に近いラミール村の上空に、例の宇宙船の一隻が突如として飛来したとのことです」
キャスターの説明と共に、地図上では事件があった場所から南に大きく外れた場所に光点が打たれ、「ラミール村」とキャプションがつけられた。
「この事態を目撃したのは、たまたま隣村から巡回に来ていた駐在警察官とのことです。彼は即座に警察本部へ通報しましたが、警察部隊が現場に急行するよりも早く、宇宙船は再び飛び立ちました。そのまま星系外へと去って行った模様です」
右画面に地図が残されたまま、左画面には映像が流れる。
薄暮の中、海から赤黒い宇宙船が低い高度で進み、村の上空で停止している様子が映し出されていた。
「この映像は、村の近くの岬で釣りをしていた目撃者の方からご提供いただいたものです」
キャスターが補足する。
「村の住民たちはこの日、近隣の町で開催されていた祭りに参加したため、幸いにも村は無人でした。
通報した警察官を含め、人的被害は一切確認されていません」
キャスターの声は、この事態に対する人的被害の無さを強調した。
「この映像を詳しく分析したところ、ある点が浮上してきました」
解説委員の声が割り込む。
映像の中、宇宙船が停まっている村のあたりに小さな赤枠が現れ、そこが拡大される。
広場の側にあるベンチの前に立つ人影と、ベンチに座る女性らしき人影が薄っすらと浮かび上がった。
「立つ人影と……座っているのは、女性でしょうか?」
キャスターが問いかける。
「これ以上の解像度は出せませんでしたが、その可能性は十分にあります」
解説委員が答えた。
「ラングラー州のローカルニュース局の取材で判明したのですが。
宇宙船が飛来する数時間前。
ラミール村最寄りの駅の交番で、若い女性が道順を問い合わせていたという目撃証言が複数挙がっています。
ここに映っている女性は、その女性なのでしょうか」」
キャスターは、やや強調するようにローカルニュースを引用した。
「可能性はあります。州警察本部も、交番で女性が問い合わせを行った事実は認めています」
キャスターに答える形で、解説委員は調査結果を述べた。
「しかし、本部側の説明では、その女性の氏名や素性は今回の事件とは無関係であるとのことで、それ以上の情報提供は拒否されました。
果たして、この若い女性と宇宙船の出現に何らかの関連性があるのか、依然として不明なままです」
右画面の地図は残したまま、左画面はキャスターに戻る。
「続いての経過ですが。
その後、この宇宙船は引き返していき、そのまま高度を上げて宇宙へ飛び去って行ったとのことです」
キャスターの説明にあわせて、地図上には村から沖合方向へ矢印が打たれる。
「そして、ラミール村から宇宙船が飛び去ったのとほぼ同時刻。
五日前の事件の舞台となったバルナ州の沖合からも、もう一隻の宇宙船が飛び去って行ったことが明らかになりました」
キャスターは一度言葉を区切った。
ここで地図上のバルナ州側の遠い沖合に丸が打たれ、そこからラミール村を出るのと同じ方向に矢印が描かれた。
「惑星防空隊の発表によりますと、当該海域は陸地から遠く離れており、防空隊の防空識別圏外。
これまでこの海域に宇宙船が潜んでいたことを把握できなかったと釈明しています」
防空隊の記者会見映像が地図の左側に流れ、裏でキャスターによる説明が行われた。
「この二隻の宇宙船は、大気圏を出た後、そのまま星系外へと飛び去って行ったとのことです。
これを受け、星系を防衛する宇宙軍艦隊に対し、報道各局から説明を求める声が殺到しました」
キャスターは、説明の口調を一段と力を込めた。
ここで、地図の左側の映像が、宇宙軍駐留艦隊の記者会見の模様に切り替わる。
「当初、防衛艦隊側は、『二隻の宇宙船は、停船命令を振り切って飛び去って行った』と発表しました。
しかしその後、星系内を航行していた他の宇宙船の交信記録から、防衛艦隊が静止命令そのものを出していなかった事実が判明しました。
これに対し、防衛艦隊側は陳謝しました」
丁度、防衛艦隊側の責任者が記者会見で謝罪する様子が映し出された。
「防衛艦隊側はこの謝罪会見で、『領主側の要請で、静止を差し控えた』と異例の発表を行いました。
これを受け、星系の領主であるトッド侯爵家からは声明が発表されています」
画面の左側の映像は、謝罪会見から今度は領主家のコメント文に切り替わった。
「『当件は全貴族総会に関連する事案であり、政治的な要件を含んでいるため、回答は差し控えたい』とのことでした。
今回の事件は、単なる宇宙船の事故に留まらず、星系政府や貴族社会の思惑が複雑に絡み合っている可能性が浮上してきました」
画面は再び、全面がキャスターと解説委員の映像に戻る。
ここで、『キャスターと解説委員による分析』というテロップが、画面の隅に浮かぶ。
「ここまで一連の報道をお伝えしてきました。
ここからは、解説委員にお話を伺います。
委員は、この続報についてどうご覧になられましたか?」
「はい、非常に気になる展開ですね」
解説委員は腕を組み、考え込むような仕草を見せた。
「まず、領主家の発表により、この宇宙船が『全貴族総会』の絡む政治的な影響を与えるものだということが示唆されました。
つまりこれは、五日前の事件が単なる偶発的な事故ではなく、組織的な犯行である可能性が極めて高いと言えるでしょう」
委員の言葉に、キャスターは真剣な表情で頷いた。
「そして、今日の発表では、その宇宙船が再び姿を現し、しかももう一隻は五日前の現場に近い場所から飛び去りました。
彼らはこの星系に潜伏し、去っていくまでの間に何らかの工作を進めていたと見るのが自然です」
「なるほど。何らかの工作、ですか」
キャスターは、委員の言葉を反芻するように相槌を打った。
「ええ。『全貴族総会』の絡む政治的案件ということはですね。
総会と対立する帝室側にこの宇宙船の者達が属していて、何らかの政治的思惑、あるいは秘密裏の交渉に関わっていた可能性も否定できません」
政治解説委員は、宇宙船と全貴族総会との関連を指摘し、自身の推測を明かした。
「そういった推測が成り立つとすれば、ラミール村での目撃情報、若い女性の存在が気になります」
キャスターが、目撃情報の上がった若い女性と、委員の推測との関連性をそれとなく尋ねる。
「ええ、非常に示唆的です。警察は情報を否定していますが、独自の取材でこのような証言が上がってくること自体が、何かを隠蔽しようとしている証拠とも取れますね」
解説委員は、モニターの画面に映るラミール村の映像を指差した。
「もしあの女性が宇宙船に関係しているとしたら、それはこの事件の実行犯の一員なのか。あるいは彼らに協力していたのか。はたまた何らかの形で利用された被害者なのか…」
解説委員は可能性を列挙し、言葉を区切った。
「様々な可能性が考えられます」
現時点ではっきりした証拠が無いため、解説委員は玉虫色の結論を提示した。
「警察が情報を否定し、防衛艦隊が『領主の要請で静止を控えた』と釈明しました。そしてトッド侯爵家が政治的要件を理由に沈黙しています。これら一連の動きは、どう解釈すべきでしょうか?」
キャスターが、解説委員の持論にもう少し踏み込んで質問する。
「まさにそこが、この事件の核心に迫る部分でしょう」改行解説委員は静かに断言した。
「防衛艦隊が静止命令を出さなかったのは、上層部からの明確な指示があったと考えるべきです。そしてその指示がトッド侯爵家からの要請であるとすれば、この事件の背後には、侯爵家が関与する何らかの計画があったと見るのが自然です」
キャスターは深く息を呑んだ。
「全貴族総会という、帝国の有力者が集まる場で事件が起きたこと。そしてエインズフェロー工業という大企業が巻き込まれていることを考えると、これは単なる私怨やテロではなく、帝国全体を揺るがしかねない、政治的な思惑が絡んだ高度な陰謀であると推測できます」
「確かに、そこまで大規模な話になると、一般市民には計り知れない部分がありそうですね。今後の捜査の進展が待たれますが、なかなか明るみには出ないのかもしれません」
「ええ。少なくとも、私たちが目にする公式発表だけでは、事件の全容を理解することはできないでしょう。国民は、星系政府や軍、そして帝室の動きにも、これまで以上に目を光らせる必要があると言えます」
番組のエンディングBGMが流れ始めた。
「繰り返します。本日夕方、行方不明となっていた謎の宇宙船の一隻がラングラー州ラミール村に現れ、その後星系外へと飛び去りました。
同時に、バルナ州沖合からももう一隻の宇宙船が星系外へ。二隻ともが星系外へ消えていったことで、星系内に住んでいる私達への直接的な脅威は去ったと言えます。ですが、一連の事件は、これまで以上に混迷を深めています。
全星ニュースチャンネルでは、引き続きこの事件の動向を追ってまいります。続報にご期待ください」
こうして、キャスターが今日の議論を締め括った。
「それでは、本日の『ニュース・ディープスロート』は以上となります。お送りしたのは、私、キャスリーン・ムラタと、解説委員ロバート・ダンセルでした。有難うございました」
キャスターが頭を下げて、番組は終わった。
星系内で政治に関心の高い層の間で、この放送で挙げられた話題がしばらく席巻することになった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
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