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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第17章

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193/234

17-09 秘密会議、再び

 目に見えない軌道を描いて進むリニア列車の車窓には、人工の照明すら届かない漆黒の闇が広がっていた。

 振動もない。音もない。

 二度目だけど、相変わらず速度の感覚さえ奪われるこの地下深くの移動は、まるで物理法則から切り離された宇宙空間を滑っていくよう。


 交渉から帰ってきて、疲れが取れるまで――翌日の昼まで寝た後。

 再びファレル・トッド氏の宿舎まで密かに運ばれ、その地下深くに秘匿されたリニアシャトルから、領主館へ向かっていた。

 交渉前に開かれた、秘密会議。それが再び招集されたため。

 列車の座席に深く腰掛けたまま、あの交渉の場と同じ肩掛けのトートバッグを、今は膝の上に乗せていた。

 私は目を瞑って、静かに到着を待った。


 (今も、どこかで……)

 あの交渉の場で、私は……できる限りの事はしたつもり。


 ケイトお姉さんとの、あの会話の最後、声にかすかに混じった息遣い。

 それを、気丈に振る舞うお姉さんの痛みだと感じ取っていた。


 でも、今は……ケイトお姉さんの無事を。

 そして、皮肉にも――交渉相手だったリオンを、信じるしかない。



 ほどなく列車は減速し、わずかな振動と共に完全に停止した。

 扉が静かに開く。

 私を連れて来たトッド侯爵の次男ファレル氏のエスコートで、私は会議室へと向かった。


 場所は前回と同じ、全貴族総会の議長であるトッド侯爵の私邸、その地下にある会議室。

 壁面には盗聴妨害用の制御結晶が規則的に埋め込まれ、天井には通信遮断フィールドの照射装置――壁や天井の装置が何なのかは、ファレル氏に聞いた――が並ぶ。

 扉は三重ロック。内側から開けることすら一人では不可能な造り。


「全員、そろったな」

 落ち着いた声でそう言ったのは、トッド侯爵。


 秘密会議の顔ぶれは、ほぼ前回と一緒。


 トッド侯爵と、彼と共に全貴族総会を運営するミツォタキス侯爵。

 共和国からは使節団代表にして、国家元首を勤めているペドロ・アコスタ代表。

 ケイトお姉さんを警護していた近衛隊の隊長ビゲン大佐は、まだ車椅子のままだ。

 それから部屋の隅で、ファレル氏が書記をしている。


 顔ぶれが違うのはここから。

 ビゲン大佐の横にいる、鋭い眼差しをした壮年の男。

 彼も重傷とまではいかないが、頭に包帯を巻いている所を見ると、近衛隊の人だろうか。


「私はビゲン大佐の副官を勤めている、チューリヒ少佐と申します」

 私の目線を受けた彼が自己紹介し、彼は頭を下げた。


 そして、トッド侯爵の後ろに控える若い男。

 彼が立ち上がり自己紹介をする。

「私はトッド侯爵閣下の下で情報分析官をしています、グリエルと申します」



「それでは、始めよう。まずはマーガレット君。

 君が回収した“位置情報”は、分析済だ。

 だが、どうやってそれを回収したんだね」

 トッド侯爵閣下の言葉に、私はは静かに頷いた。


「『オクタ』、出てきて」


 そう言うと、私の椅子の横に置いていたトートバッグから、オクタ――以前鹵獲し私が改造した、自律AIを搭載した蜘蛛型ロボット――が顔を出す。

 オクタはテーブルの上、私の前に飛び乗った。


「ほう、それが――君の言っていた『相棒』か」

 ビゲン大佐が言う。

 トッド侯爵閣下の質問は、位置情報の傍受に使った手段。

 ビゲン大佐からもあらかじめ訊かれていたから、その為にオクタを連れて来た。


「SX77型に近い様に見えますが……これは、どうやって?」

 チューリヒ少佐が聞いてくる。


 元は以前ラズロー中将が3区に物資を支援してくれた時、物資を運んできたゴミ処理装置の中に、私達の存在を探そうとこの蜘蛛型ロボットが潜んでいた。

 私達がそのロボットを鹵獲したこと、そして私が改造し、AIへの教育を施し直して、オクタと名付けたのだと伝えた。

 

 私は、オクタから背中の着脱式ユニットを取り外す。


「ここに、お借りしている受信機を組み込んでいます。後で外してお返ししますね」

「便利ですね……元が小さいので、元のSX77型は背中の機構は組み込み式だったはず。つまりこの改造は、マーガレットさんが?」

「私と、一緒に3区で暮らしていた小父さん達で一緒に」

 私は少佐にそう答えた。


 以前は違ったんだけど、継続的に改造を施して、背中のユニットを着脱式にした。

 これによって中身を入れ替えられるようになって、更にオクタが役に立ってくれるようになった。


 リオンとの交渉のとき、近くの茂みにオクタをずっと潜ませていた。


 あの村には、各家にはネットワーク通信が繋がっていたが、通信用の無線電波は無く、広場で通信網は繋がらなかった。

 リオン達があの村の広場を交渉場所に指定していたのも、そうした通信網から孤立していた場所だというのも理由の一つだろう。


 その為、私はこんな方法で受信機を現場に持ち込んだ。

 お姉さんと通信で会話をした時、オクタに搭載していた受信機に、近衛隊がお姉さんに埋め込んでいた生体タグからの情報を傍受させていた。

 でもオクタ自身はネットワークに繋がっていない。

 だから、傍受した所在地情報を、帰りにファレル氏に託した。


「頂いた所在地の情報は、ファレル氏より受け取ってすぐに分析に回した」

 チューリヒ少佐が言った。

「それで、お姉さんの居場所は」

「特定はできました。ですが……」

 グリエル分析官が言い澱む。


 受信機の情報を翻訳するためにチューリヒ少佐が、そしてこの星系の位置情報を解析するためにグリエル分析官が居たのだ。

 二人が協力すれば、程なく分析が終わったはずだ。


「報告します」

 グリエル分析官が、手元の端末から空間投影を操作する。

 立体投影された3Dマップが、会議室の中央に浮かび上がる。


「解析の結果、マーガレット様が取得された位置データは、

 本星系にある宇宙港内に停泊()()()()、一隻の中型輸送船の中と一致しました」

「中に……?」

 ビゲン大佐が目を細める。


「はい。貨物スペースを一部改装して、隔離区画が設けられていたようです。

 恐らく、その中にケイト・エインズフェロー女史が……」

「その船は、今どこに?」


 トッド侯爵の問いに、分析官が苦い表情を浮かべながら、端末を操作する。

 会議室の中央に、この惑星ユーダイモニアを中心とした拡大星系図が投影される。

 そこに、惑星の衛星軌道上にある拠点から飛び立つ光点が現れた。


「解析が終わったのは、昨夜九時半。

 その五分前に……この船は宇宙港を出発していました。

 手配を回した時には既に……ハイパードライブジャンプに向けて加速中でした」

 つまり、この光点が――ケイトお姉さんを隠していた、宇宙船……。

 重苦しい空気が会議室を満たした。


「行き先は?」

 今度はアコスタ代表が問う。


 グリエル分析官が端末を操作すると、天井の照明がわずかに揺らぐ。

 投影中の星系図が縮小され、帝国内の星系間の航宙図に切り替わる。そこに、先ほど光点として投影された宇宙船の軌道予測が緑色の線で描かれていく。

 その先には、帝国の中枢、ダイダロス星系の名が赤字で浮かんでいた。


「登録された航行プランでは……帝都ダイダロス星系となっておりました」

「間に合わなかったか……」

 ミツォタキス侯爵が呟いた。

 誰からともなく、重い沈黙が会議室を支配した。


 ケイトお姉さんがすでに連れ去られていた――しかも帝都へ。

 それは、敵の目的が単なる個人の恨みや逃亡の支援ではなく、政治的な一手であることを意味していた。



 

「交渉の際の、録画記録は残しているか?」

 トッド侯爵の問いに、先ほど外した着脱式ユニットからメモリカードを抜き取る。


「はい。こちらに、映像と音声を同時に録画しています」

 着脱式ユニットには、小型のビデオカメラが据え付けられていない。

 元々ついていたカメラは場所を取るため、受信機を乗せる為に外したのだ。


 この録画記録は、オクタに元々ついていた目……オクタの広域視界カメラとマイクからの記録がメモリカードに入っているのだ。

 ファレル氏がそれを受け取り、会議室のスクリーンに投影する。


 スクリーンに映し出されたのは、あの村の広場。

 傾いた建物と雑草に覆われた地面の中で、私が静かに、広場の端の方にあるベンチに座っている姿だった。

 風が舞う音が、マイクに混じってかすかに聞こえる。


 そこに、海の方から飛来する、赤黒いハンマーヘッド。

 船は広場上空、僅か二十メートルほどの高さで停止し、そこから人影が飛び降りて私の側に着地する。

 それが、交渉相手である長身の男――リオンだった。


 それから、私とリオンが静かに言葉を交わす様子がスクリーンに映し出されていった。

 ファレル氏が適宜私に確認しながら、重要でなさそうな会話のところでは、彼は画像をスキップしていく。

 部屋に沈黙が落ちる。

 誰もが息を詰めるように、映像に見入っていた。


「……全ては見せきらなくて結構だ」

 数分後、トッド侯爵がそう言った。

 ファレルが操作を止める。

 映像が暗転すると、会議室の照明が戻る。


「無茶をしすぎだ、君は」

 最初に言葉を発したのは、ビゲン大佐だった。

 声は低いが、その怒りと痛みを抑え込むような響きがあった。


「我々が君に求めたのは情報収集であって、交渉の単独実施ではない」

「……申し訳ありません」

 私は素直に頭を下げた。


「どうしても、一人で交渉までしなければいけないと思ったのです」

「なぜだ?」

 問いかけたのはペドロさんだった。

 私は顔を上げる。


「誰かを連れていけば、誰かが巻き込まれるかもしれなかった。

 ……ケイトお姉さんを助けるって決めた時から、

 そのために誰かを犠牲にするわけにはいかなかったんです」


 静かに、だがはっきりとそう語る私に、再び部屋に沈黙が戻った。


「……確認したいのですが」

 私は、手を挙げてグリエル分析官に訊く。


「ケイトお姉さんを連れ去った、あの赤黒い宇宙船二隻は?」

「突入した二隻とも、昨日のうちに惑星大気圏を抜け、どこかへハイパードライブで去っていきました。マーガレットさんが見たのとは別のもう一隻も、違う潜伏場所からほぼ同時刻に飛び去って行ったのです」

 私は、彼の言葉に頷いた。


「という事は、ケイトお姉さんを連れて行った相手は、交渉相手だったリオン達とは、別行動を取っていたということですよね?」

 チューリヒ少佐が頷いた。

「間違いない。近衛隊が受けた襲撃の際、彼女を直接連れ去ったのは、リオン以外の別班による奇襲だったと報告されている」


「ということは……今、ケイトお姉さんを監禁している相手は、リオン達よりも戦闘力の低い別の集団の可能性が高いですね」

 私の言葉に、トッド侯爵は驚いた。

「どうして、そのような事が言える?」


「戦闘力の高い同じ集団なら、別行動する理由は無いでしょう。

 そのままケイトお姉さんを連れて離脱すればいいです。

 別に潜入してきたとしても同程度の戦闘力を持っていたなら、身体が大きかったり、目立つ容姿をしている可能性が高いです。

 まずはそんな人物が星系に入ってきた段階で、皆様はある程度警戒しませんか?」


「……一か月前の分から、星系への渡航者を洗っていますが、今の所目立って怪しい人物は見つかっていません」

 私の言葉に、グリエル分析官が答えた。

 

「もし帝都でも別行動をしているなら……ケイトお姉さんの救出は、この“別班”の位置を割り出し、そこに別働隊を送り込めば、可能性はあると思います」

「だが問題は、リオン達の動きだな」

 ミツォタキス侯爵が低い声で言った。


「奴らが監禁班と連携すれば、救出作戦は失敗する。

 相手は少数でも、戦闘力は小隊単位を軽く上回る」


「そこで、洗い出しておきたいことが二つあります」

 私は、指を二本立てた。


「一つ。リオン達をどうやって“別の場所”に引き付けるか。

 二つ。引き付けた後、どうやって彼等を捕縛するか――特に、リオンのような誰にも止められないような相手を」


「もう一つ、ある」

 ミツォタキス侯爵が、割り込んで発言する。


「マーガレット君。君達は……17年前の、暗号化された証言データを持っている、と言ったな。三つ目は、その証拠の復号化に必要な“鍵”をどうやって見つけるか」

 重苦しい空気の中に、分析的な静寂が訪れた。


「……整理されたな」

 トッド侯爵が、感心したように呟く。


「確かに、敵を引き離す陽動なしに救出は無理だ。

 リオンのような戦闘力の化け物を正面から倒すのは困難だ」

 ビゲン大佐が腕を組んだまま頷く。


「戦術的に見ても、奴らを“何かで釣る”ことができれば、チャンスはある」

「その“何か”……証拠の隠滅、ですね」

 私は言った。


「リオン達が欲しがっていたのは、17年前の事故と帝室の繋がりを示す“記録”です。

 彼らは、まだ“そのデータが別の場所に移された”ことを知らない」

「つまり、それを餌にする、というわけですか」

 グリエル分析官が頷く。


「条件は揃っている。問題は……どこでそれを実行するか、だな」

 ペドロさんが呟く。


「帝都での作戦展開……容易ではないが、他に選択肢もない」

 トッド侯爵がゆっくりと頷き、会議室の中心を見据えた。


「では、“引き寄せ”“捕縛”“鍵の所在”の三つを軸に、作戦を立案する。

 まずは“引き寄せ”の方法について、アイデアを出そう――」



「……帝都で作戦を実行するにあたって、一つだけ明確にしておくべき要点がある」

 静かに声を上げたのは、トッド侯爵だった。


「敵がリオン達であれ、彼らを背後で支援しているのが帝室であるならば……我々が何らかの“正義”を手にするには、彼らの横暴を可能な限り“公衆の目”に晒す必要がある」

 その言葉に、全員の視線が集中する。


「――つまり、囮役となる人物が、帝都の中でも市民の目につく場所で拘束される。あるいは、帝室に連れ去られそうになる現場を“あえて見せる”ということですね」

 ペドロさんがそう言って頷いた。


「ああ。帝室は今、正面から裁かれるだけの“証拠”を持っていない。

 だがあの中枢に関与する者達が、少女一人を捕えるために過剰な力を行使したとなれば……それは、帝国市民にも波紋を広げる」


「危険だが、効果は大きい」

 ミツォタキス侯爵がトッド侯爵に賛同して静かに言う。

「帝都の中でも、例えば――中央環状広場のような、ハブとなる場所であれば、監視ドローンや通行人の視線を引きつけやすい」


「それに加えて、メディアや情報網に“偶然の録画”が流れるよう手を回せば……世論に訴えることもできるでしょう」

 グリエル分析官が付け加えた。

 私は小さく息をのむ。


「私が……帝都で、あえて“囮”になるんですね」


「無理をさせるつもりはない」

 トッド侯爵が言った。

「だが、君自身が先ほど“引きつける役には私が適している”と語った以上……」


「その必要があるなら、やります。

 ケイトお姉さんを助けられるなら、何でもします」

 私は短く目を閉じ、静かに呟いた。


「――ならば、私達の役割は、その“演出”を成功させるための舞台を整えることだ。

 帝室関係者が動かざるを得ないよう、証拠の“存在”を匂わせつつ、行動を誘導し、世論の目を向けさせる」

「リオン達をその場に呼び出すのも、同時に必要だな」

 ビゲン大佐が言う。

「一石二鳥だ。市民の目の前で、彼らを“暴走する武力”として見せられれば、逮捕する口実になる」


「ただし」

 トッド侯爵が厳しく口を開く。

「肝心の“捕縛”と“エインズフェロー女史の救出”は、それと並行して別働隊が行わねばならん」



 グリエル分析官が頷き、戦術画面に簡易図を表示する。

 「つまり、以下の三つの作戦を並行して進める必要があります」


 1. 帝都中央部での陽動作戦(マーガレットを囮として帝室・リオンを引きつける)

 2. 帝室関係者およびリオンを含む部隊の捕縛作戦(共和国精鋭+帝国近衛隊)

 3. ケイト救出作戦(監禁班の位置を絞り込み、別働隊で確保)


「――それぞれが連動していなければ、すべてが水泡に帰す。

 特に、囮作戦の失敗は、マーガレット君の命を危険に晒すことになる」

「分かっています。でも、やらなきゃいけないことです」

 私に、迷いはなかった。



 「だが、あの戦闘力を誇る奴らだ……どうやって、捕縛するか」

 トッド侯爵の低く重い声が、場の空気を静かに締めた。

 その言葉に、会議室は一瞬沈黙に包まれる。


 ビゲン大佐率いる近衛隊は、あれでも帝室の警護を行う精鋭部隊だったはずだ。

 しかしあのリオン率いる集団は、近衛隊を物ともせず一蹴した。


 そして……誰もが、あの交渉映像に映った「異質な存在」を思い出していた。

 人間離れした身体能力と、理性と狂気が混ざり合ったような冷たい目。

 リオン――彼をどうするのか。

 その答えは、まだ誰の中にもなかった。


 そのとき、ペドロさんがふと口を開いた。


「ひとつ、映像を確認させてくれませんか。

 エインズフェロー邸とホテル襲撃の時の記録……リオンを含む集団の突入シーンをね」

「すぐに出せます」

 ファレルが操作パネルに手を伸ばし、保存されていた映像をスクリーンに投影する。


 最初は、お姉さんの実家――エインズフェロー邸の防犯カメラ映像。

 壁を突き破って突入する、あの赤黒いハンマーヘッド。


 そこからハッチを開けて、目の前に展開する近衛隊を短時間で蹂躙していく様子。

 その高い戦闘力と無駄のない動きは、素人の私が見てもわかる。

 まるで軍隊の特殊部隊のようだった。


 ちなみにリオンはそこで戦闘に参加せず、床にパンチで穴をあけて飛び込んでいった。

 お姉さんを捕まえるために下に降りていったんだろう。


 次にホテルでの記録に切り替わる。

 同じように、ホテルの壁にハンマーヘッドが突入し、ハッチを開けて集団が降りてくる。

 廊下を疾走しながら、近衛隊を蹂躙しつつ、奥へ下へと進んでいく。

 そして地下の一室から、女性を二人確保。

 彼女達を抱えながら、再び船へ戻っていく。


 映像が止まる。

 ペドロさんは短く息を吐き、静かに言った。


「リオンとやらを除けば……我々の精鋭部隊で、十分に対処可能だと思われます」

 その言葉に、侯爵二人とビゲン大佐、チューリヒ少佐は目を見開いた。


「……それは本当ですか? あれだけの動きの相手に?」

 ビゲン大佐が低く尋ねる。

「ええ。彼らは恐らく、通常より重力が高い……おそらく、1.5Gほどの環境下で訓練を受けているのでしょう。姿勢の保ち方、足運び、筋肉の動きのバランスが、それを物語っている」


「どうして、そんなことが分かるのです?」

 疑問をぶつけたのはチューリヒ少佐だった。

 ペドロは、少しだけ笑って答えた。


「我々の最精鋭は、それ以上の重力環境で訓練しているからですよ。

 比較すれば、どの程度の負荷で鍛えられた動きかは見抜けます」


 しんと静まり返る室内。


「……驚いたな。そのような特殊部隊を、共和国が擁しているとは」

 ミツォタキス侯爵が呟いた。


「そうせざるを得ない状況――母星の過酷な環境があるのです。

 我々には……現実には、1.7Gまでの負荷に適応した者が百名おります。

 それ以上に適応した者も十名ほどいますが……」


「その、それ以上という者達なら……あのリオンには、対抗できそうか?」

 トッド侯爵の言葉には、ペドロさんは首を振る。

 

「私から見ても、リオンは怪物です。人間を逸脱していると言ってもいい。

 彼等でも、全く歯が立たないでしょうな」


「百名か……お借りできますか?」

 トッド侯爵の要請に、ペドロさんは考える仕草を見せた。


「出せますが……百名といっても、半数は本国に残している。

 一度帰国した後に、向こうで招集する必要がある。

 それに、評議会を説得せねばならん」


 そう発言した後、しばらく考え……ペドロさんは再度口を開く。


「二つ条件を出させて欲しい。

 一つは……それに見合う、外交的な成果を頂きたい。

 それ抜きでは、私は評議会を説得できん」

「……わかった。すぐに、検討しよう」

 トッド侯爵は、ペドロさんの要請に即答した。


「もう一つだが、個々の能力は上回ったとて、向こうの人数が想定以上の可能性もある。

 向こうに三百いれば、我々の百は飲まれてしまうのだ。

 だから……我々だけに頼り切られても困る。

 我々にとっても貴重な戦力なのでな」


「ならば、全貴族総会にも諮ろう。

 それぞれの最高戦力を早めに出してもらい、集団訓練すれば、多少は役に立つかもしれん。

 早急に準備を進めよう」

 ミツォタキス侯爵が言う。


「……リオンへの対処は、如何いたしましょう」

「依然、継続検討だな」

 グリエル分析官の呟きには、ペドロさんが答えた。



「案が出ないものはひとまず置いておこう。

 他にも話し合うべき事は多い。証拠データの解析もそうだ」

 ミツォタキス侯爵は言った。


「しかし――」

 私は口を挟んだ。


「話した通り、肝心な部分は、音声復号キーの入力がなければ解凍できないようになっています。

 その為には、バートマン中佐を殺害しようと迫っていたグレン・クレッグ中尉の、特定の言葉の音声が必要なのです」

 私が反論しても、ミツォタキス侯爵は諦めない。


「だが……そのクレッグ中尉と言う人物。

 宇宙軍の過去の人事データを探したが、彼は17年前のあの3区の事故で行方不明になったことになっている。探すのは非常に困難だ」

 ミツォタキス侯爵が眉をひそめる。


「ええ……ですから、お願いがあります」

 その声に、各人の視線が私へと戻る。


「皇帝陛下の近くに仕えている、側近や侍従の映像資料を提供していただけませんか?」

 唐突にも聞こえるその要望に、一瞬場がざわつく。


「側近や侍従……? 何のためだ?」

 ミツォタキス侯爵が首を傾げながら問う。

 私は頷いた。


「その人物――復号の鍵となる“声”を持つ人は今も生きていて、帝都にいる可能性があると考えています」

「それは……確かなのか?」

 ペドロさんが慎重に問い返す。


「確かとは言えません。でも……その可能性があるんです。

 もし帝室がその人物を事故で行方不明になった事にして、匿ったとしたら――今でも、皇帝の身辺に仕えているか、側近として使役されている可能性があります」

 私の言葉に、ミツォタキス侯爵が反応した。


「映像を見れば、君ならわかると?」

 私は首を振った。


「……私ではありません。

 ですが、その……当時のクレッグ中尉を、知っている人がいます。

 その“鍵となる人物”を特定できるかもしれない人が」


「その“知っている人”とは?」

 今度はビゲン大佐が、私に訊く。

 私は、そっと視線を落とした。


「申し訳ありません。それは……今は明かせません。

 敵の諜報網がどこに潜んでいるかも分からない中で、

 その人物の存在を知られること自体が、大きな危険につながるからです」

 室内に再び静けさが戻る。その緊張の中で、私は続けた。


「けれど、その人なら――その映像を見れば、もしかすると、“鍵を持つ人物”を見つけ出せる可能性があります。

 映像は、その人物の目にだけ触れれば良いのです。

 顔が老いていたとしても、何か……声や仕草、立ち居振る舞いから、気づけるかもしれません」


「なるほど……我々には分からずとも、“知っている誰か”にだけ意味がある映像、ということか」

 ペドロさんが納得したように頷く。


「だが、我々には時間が無い。その人物だけでも、帝都への同行を――」

「その方は、復号の“鍵”であると同時に、私たちが帝室を追い詰める最後の一手です。

 もし帝室側にその存在が漏れれば、きっと命を狙われます。

 今はまだ……出すわけにはいきません」

 ミツォタキス侯爵が言いかけたのを、手を挙げて制した。


「だが、証拠の中身がわかれば、国際世論の場でも帝室を追い込める」

 トッド侯爵が低い声で言う。


「分かっています」

 私は凛とした声で返した。


「だからこそ、“今ではない”んです。

 ――リオン達の捕縛と、ケイトお姉さんの救出。

 その二つが完了するまでは、誰にも話せません」


「……なるほど。君は“鍵を持った者”を、帝室との最終戦に取っておく気だな」

 トッド侯爵が頷く。

「その人物がどんな存在か、我々に想像させる余地すらないように」


「ええ。その想像も含めて、敵の目を欺くために」

 会議室に、再び静寂が満ちる。

「お願いです。公開映像でも非公開のものでも構いません。

 皇帝陛下の周囲に仕える者たちの姿が映っている動画、提供していただけませんか」


 私のお願いに、トッド侯爵はしばらく沈黙していたが、やがて静かに頷いた。


「わかった。帝都にある宮廷記録、公式の行事映像、加えて――我が方が裏ルートで取得している監視映像の中から該当人物が映っていそうなものを選別し、準備させよう」

「ありがとうございます!」

 私は深く頭を下げた。


 誰にも明かせない“切り札”――

 その存在が、このやり取りによって、無言のうちに会議の中枢メンバーへと伝わった。


 この作戦においては、ただリオンたちを捕縛するだけでは終わらない。

 真実を覆い隠してきた帝室の奥底を暴くために、その“鍵”を見つけ出さなければならない。

 そしてそのために、今は、たった一人の“証人”を守る必要があった。



 そうして、秘密会議は帝都での作戦の具体化に戻る。

 ――それは、この会議の最後にして最大の難題だった。


「帝都において“囮”をどう機能させるか。

 引き付けるべきはリオン達、あくまで“証拠”に執着する集団だ」

 トッド侯爵の発言に、情報分析官のグリエルが補足する。


「敵は帝室と繋がっているとはいえ、帝都内部での無謀な行動は控える可能性が高い。ですが、証拠が帝都にあると“確信”させれば、彼らは動くと思われます」

「問題は、“どこ”でそれを見せるかだ」

 ミツォタキス侯爵が重く言う。


「帝室の監視の目があり、こちらの手も限られる」

「野外公演に偽装した場を設ける案も出ましたが、警備との両立が難しい。仕込みが甘ければ、敵に気づかれる可能性もある」

 チューリヒ少佐が手元の端末を操作しながら呟く。


 次々と案は出された。

 旧市街の劇場跡を使う案、地下鉄遺構での待ち伏せ、船上施設での“回収劇”……だが、いずれも現実的な課題が残り、会議の空気は徐々に重くなっていた。


 その中で、再び。

 私が静かに手を挙げた。


「……発言、よろしいでしょうか」

 その声に、いったん議論が止まる。

 皆が振り向く中、ペドロさんが口を開いた。


「何か妙案でもあるのかね?」

 私はわずかに首を振った。


「帝都の事を私は知りませんから、具体的な作戦案を出すことができません。

 ただ……この作戦が“成功”するには、重要な条件があると考えています」

「条件?」

 ペドロさんが訊き返してくる。


「はい。敵をおびき寄せるためだけでなく――この作戦には、“帝室の権威”を大きく揺るがせる意味があります。ですが、その影響が“帝都の中だけ”で終わってしまえば、不十分です」

 部屋に再び沈黙が戻る。


「今、帝国中にどれだけの人が、帝室の中で何が行われているかを本当に知っているでしょうか。

 この事件を、“ただの極秘裏の襲撃と救出劇”で終わらせてはいけない。

 帝都に住む人たちだけでなく。帝都の市民が、 “何を見たのか”“何を感じたのか”――それを、帝国全体に伝えなければ、この機会は無駄になるかもしれません」

 私は言葉を続けた。


「……それは、我々も考えてはいたが……」

 ミツォタキス侯爵が腕を組み、難しい顔をする。


「その“見せ方”をどうするか、決定打がなくてな」

「だからこそ、お願いがあります」

 私は静かに言った。


「私を、ある人物に会わせてください。

 その人は――この場にいる私たちとはまったく違う手段で、この帝国中に“真実”を届ける可能性を持っている人です」


「誰だ?」

 侯爵の鋭い問いに、私は少し息を整えてから、答えた。


「ナタリー・カルソール……私の実の祖母だと、ケイトお姉さんから聞いています。

 私達を助けるために、ケイトお姉さんと『3区行方不明者被害家族の会』――通称『3区の会』を立ち上げて、会長をしています、あの方」


 その名に、ミツォタキス侯爵は反応を見せた。

 驚きが室内に走る。

 ファレルが目を見開き、トッド侯爵ですら少し眉を上げた。


「……御祖母様とは、まだ一度も会ったことがありません。

 ですがあの方のもう一つの“名前”も、ケイトお姉さんから聞いています」

 私は両手をきゅっと握りしめた。


「歌手“ナタリー・エルナン”としての、御祖母様の側面……。

 帝国内で広く知られていると聞きます。

 もしかすると、御祖母様は……帝国中の人々に“見せる手段”を考える、今の私達では思いつかないような糸口を、与えてくれるかもしれません」


「――なんにせよ、我々の検討は手詰まりだ。

 わかった。会わせるとしても、手順を踏む必要がある。

 他の誰にも知られぬよう、今回のような方法で移送しなければならない」

 トッド侯爵が深く頷いた。


「了解です。その手間をおかけしてでも、どうしても会いたい方です。

 ……宜しく、お願いします」


 誰も言葉を発しなかったが、その場の空気が明らかに変わっていた。

 この作戦が、ただの戦術作戦では終わらないということ――“帝国を変える一手”に繋がる可能性があることを、皆が実感し始めていた。


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