3-02 ケイトの依頼と、4人の話し合い
「私からメグちゃんと、これを聞いている小父様方にお願いがあるのですけど、宜しいかしら。」
ケイトさんが、取引の終わりに改まって話をしてきた。
アタシが頷くと、ケイトさんがいつもに増して丁寧な口調で話し始める。
「この間聞いた資材調達の話ですけど、私やマルヴィラだけでは無理だから、力のある協力者を内密に得る必要があるわ。
でも協力者に話を持っていく為の前提条件として、貴女方の話が本当の事かどうか、裏付けが必要なの。
ここまではいいかしら?」
「それって事故の後にもここに人がいるって事?
それとも、アタシがこの3区で事故後に産まれたって?」
ケイトさんは首を振る。
「メグちゃんの事を証明することは難しいわ。
でもあの事故の後、3区が廃棄されてからもここで生き残っていた人がいるという証明なら出来ると思うの。」
それを証明して、どうするんだろう?
「その証明のために、私から貴女達にお願いしたいことは2つ。
まず、事故当時生き残った方々の姓名のリストが必要なの。事故後に自治政府や軍から発表された、行方不明者名簿と照合する為ね。
これは、貴女方が把握している分だけで構わないわ。
それからもう1つ、その中から既に亡くなった方のIDを、保管している方の分を全て貸して頂きたいの。自分の分は、そのまま肌身離さず持っておいて下さい、」
ちょっと疑問があるから、ケイトさんに返す。
「ケイトさん、質問がいくつかあるの。
まず、どうしてそんなIDが必要なの?」
「……これは内緒の話だけど。
IDにはその人が産まれてから死ぬまでの情報が、位置情報と共に記録されるらしいわ。情報を取り出すには特殊な方法が必要で、私やマルヴィラでは出来ない事なのですけど、取り出せそうな伝手がありそうなの。
取り出しは別の星系の方にお願いするから時間が掛かるのだけど、調べたら必ず貴女方にお返しするわ。」
ケイトさんの話には矛盾は無さそうね。
そう思っていたら、小父様たちから聞きたい事がいくつか、宇宙服内部のディスプレイに文字メッセージで送られて来た。
「証明する手段としてIDが必要なことはわかったわ。
それから、ケイトさんに渡したIDを、向こうに持って帰ったら政府に取り上げられるなんて事は無い?」
「……他人のIDを持ち歩くことは基本的に禁止されているから、今日ここで借りて帰ったら、シャトルを降りたら取り上げられて尋問を受けるでしょうね。
次回来る時には持ち帰る手段を用意するわ。」
それって、ケイトさん達も結構危ない橋を渡ることにならない?
「じゃあ、リストやIDを渡して、アタシ達の言ってる事が証明出来たら、それで協力を得られそうなの?」
ケイトさんは首を横に振る。
「メグちゃんの話をある程度証明するのは、話を聞いて貰う為の最低条件というだけなの。貴女達がここを脱出出来るように協力して貰えるかどうかは、また別の話よ。
協力を得る条件として、追加のお願い事が出てくるかも知れないわ。」
うーん、それは協力者次第ってことか。
完全な善意の協力者だとは限らないし、まず追加の依頼が来るだろうと考えた方が良いかもしれない。
「最後の質問。その協力者って、どんな立場の人?」
「……協力どころか、話もしていない今の段階では、何も言えないわ。
具体的な事は私も知らない。
ただ言えるのは、IDの調査については、私の父の伝手で頼むって事だけね。
次回の取引の時に返事を聞かせてくれるかしら。
それじゃあまたね、メグちゃん。」
そう言って、ケイトさんとマルヴィラさんは帰って行った。
回収業者達を乗せてシャトルが帰って行ったのを確認してから、小父さん達と集まって今日の事を話し合う。
「ケイトさんの話、どう思う?」
「IDにあんな事が記録されるなんて知らなかったな。あれって多分、機密情報じゃないか?
彼女がどこでそれを知ったのか……ただの一般市民じゃないのか?
メグ、彼女のフルネームと出身地って聞いてないか?」
ライト小父さんが聞いて来る。
「フルネームは確か……ケイト・エインズフェロー、だったかな?
クセナキス星系出身だって。」
「クセナキス、エインズフェロー……なんか引っかかる……あっ、まさか彼女、エインズフェロー工業の御令嬢か!?
そうだとしたら、何だってこんな星系で回収業者やってんだ?」
グンター小父さんがびっくりしてる。
「そんな有名企業なのか?」
「たしか本社がクセナキス星系だったと思うが、俺の出身星系でもそれなりの規模で工場を展開していた。金属業界じゃあ有名企業だ。
俺も一時期そこで働いたことがあるんだ。」
そうだとしたらグンター小父さんって、ケイトさんの実家の会社の社員さんだったんだね。
星系が違うみたいだし、会った事は無いだろうけど。
「……そんな御令嬢がクーロイに来た理由はよくわからないけど、1つはっきりしたことがあるね。
彼女の言う伝手は、間違いなく貴族関係でしょう。」
貴族?
セイン小父さんの発言に首を傾げていると、ニシュから突っ込まれた。
「メグさん、この国がダイダロス帝国で、皇帝を頂点に各地を領地貴族が統治する貴族制度の国だってことは、この間教えましたよね。
帝国内では貴族は建前上、責任と役割の重さからその他の市民より上だと明確に区別されています。」
そうだった。この間宇宙史で勉強したところだった。
「追加のお願いで、間違いなく何か貴族同士の権力争いに絡むことを頼まれるんだろう。それはそれで厄介だな。」
「……そういう伝手なら。IDの解析は多分上手くいくだろうが……それ以上踏み込むと、厄介でも後には引けなくなりそうだな。」
「後には引けなくなるってどういう事?」
「貴族の依頼になると、聞いてしまったら断るのは難しい。
やっぱり駄目でしたって言い訳は、貴族には通用しないんだよ。
俺達だけならともかく、ケイトさんやその父親、実家が経営する会社……色んな所に不都合が出る。下手すると俺達にケイトさんの実家が巻き添え食らって、皆まとめてサヨウナラ、だ。」
ライト小父さんが言いながら、親指で首を描き切る動作をする。
アタシ達だけじゃなく、ケイトさん達もそんなリスクを負うことになるんだ……。
「……まあ、軍用の宇宙船の外殻修理剤やリオライトが欲しいというのが私達の要求ですからね。民間レベルでの調達はすぐに足がつきますよ。ケイトさん達が断るのは当然です。
それを乗り越えて協力してくれる、善意の協力者が別に現れるとも思えません。今のところ、他に手だては無さそうですね。」
うん、それはセイン小父さんの言う通りだと思う。だけど……。
「懸念があるとすれば、ケイトさん自身だな。
どうしてこんな提案をしてくれたのか。何が目的なのか。貴族を相手にするだけのリスクを負う覚悟はあるのか。
……一度、彼女と腹を割ってじっくり話し合ってみる必要がありそうだぜ。」
「そうだな、ライト。
メグ、次回彼女に会う時に、全員が対面で話す機会を作れないか。
できれば宇宙服越しではなくて、顔をみて話せる方が良いんだが。」
「んーと……NE-281のコンテナの下側に、確か大分前に簡易エアロック作ったよね。前の住居エリアの住んでた部屋に近い区画だったから作ったけど、気密性がちゃんと保ててなくて使ってないやつ。
あれ、修理して使えるように出来ないかな? もしできるなら、エアロックの先に会議室を作れば大丈夫だと思う。
次回の待ち合わせ場所からも近いから、修理が間に合えばそこが使えるね。」
「エアロックの機構に耐えられる強度の素材が無かったが、今ならあの外殻修理剤を使えば修理出来ると思う。」とライト小父さん。
「エアロックを空気循環プログラムと連動させる制御プログラムの改修は、私がやりましょう。」とセイン小父さん。プログラムはセイン小父さんが強いからね。
「出入口の扉の強度を上げるのと、コンテナ側の扉の偽装処理は俺がしよう。」これはグンター小父さん。
「それじゃあアタシはエアロックの先の部屋を整理して、家具を運んで会議室っぽく作っておくね。」
こうして、次回のケイトさんとの取引までに、全員が顔合わせするための準備を整えていった。
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