17-04 地下を奔る密談:侯爵邸への緊急招集
トッド侯爵次男 ファレル・トッド視点
「マクベス大佐……か」
侯爵は、ぽつりと言った。
「第四皇子がクーロイ監察官に任じられた頃から、グロスター宮廷伯が彼を連れてよく帝室に出入りし皇帝陛下と面談していたという。
だが、彼の経歴は機密扱いで、宇宙軍統合本部にも情報が無いらしい。
陛下直属の特殊部隊だと言う噂だった。
それが、このような形で表に出て来たという事は……。
帝室も、形振り構っている余裕が無くなったということか」
私は、侯爵に頷いた。
私の集めた情報を伝える。
「最近になって、クーロイ侵攻時の第四皇子殿下と部隊の振る舞い、そして3区に隠れていた生存者のラジオ放送をまとめた動画が、各星系に流布し始めています。
あの動画の影響があるでしょうね」
若者の間で人気のゲーム攻略動画配信者の一組である姉妹が、帝国軍のクーロイ侵攻を模したゲームの最高難易度を攻略した。
その最高難易度のクリアをした後のエンドロールで流れた動画が衝撃的な内容だったため、そのエンドロール動画が拡散した。
クーロイへの突撃部隊侵攻時の、3区への宇宙軍突入を映した生放送の様子。
その後列席者を突入した宇宙軍が拘束する様子。
第四皇子の軍への指示を傍受した記録。
――そして、3区で生きていた女の子が脱出前に残した、ラジオ放送の音声記録。
帝室側はもみ消そうと躍起になったようだが、攻略動画を見た他の配信者が次々と最高難易度をクリアし、同じようにエンドロールを配信。
宇宙軍のクーロイ侵攻の真の目的は、ラジオ放送の通り、17年前に起きた3区コロニーへの天体衝突に隠された事実を隠蔽するためではないかとの憶測が、動画を見た者達によって流布している。
全貴族総会と帝室との対立が深刻化し、帝室の求心力が低下している今、向こうは向こうで追い詰められて、手段を選ばなくなったのだろうか。
「そう、次はその、クーロイ3区から逃亡した生存者の話だ」
侯爵が言う。
「実は邸を襲った賊が残した手紙で、要求を突き付けてきた。
奴らが攫った重要人物……もう、ここでは伏せる必要はないか。
3区の会事務局長、ケイト・エインズフェロー女史の身柄と引き換えに、奴らは3区から逃亡した生存者四名と、逃亡時の宇宙船――つまり3区コロニーの管理エリア区画の引き渡しを求めて来た。
同封されていた写真は……先日、ファレルが共和国使節団を、マーケットへ案内していたときのものだろう」
侯爵が青い封筒を掲げる。
私は立ち上がり、侯爵からそれを受け取って開けてみる。
ケイト・エインズフェローの身柄は、3区の逃亡者四名と彼等の船との交換だと書いてある。
そして引き渡し場所が記録されたチップ。
二枚ある同封写真の一枚は、確かにこの間商店街の隅の花屋の外で、セルジオ君が同行していた女性に花束を渡していた場面。
だがあの時、周囲に人は居なかったはず。
それに、このカメラアングルは……。
「ここに写っている女性は、公式には『共和国政府職員ミゲーラ・ランテス』として視察に同行していました。ですが、男性――セルジオ・アコスタ君が花を贈っている時に迂闊な事を言ってしまい、彼女の本名が『マーガレット』だとバレた場面の写真です。
私も周囲に誰もいない事は確認していたのですが……私達を追っていた集音マイク付きのマイクロドローンが音を拾って、離れて追っていたカメラドローンが望遠でこの場面を撮影したと推測します」
大佐が頭を抱えた。
「そのような高性能なマイクロドローンを一般人が所持することは認められておらん。
という事は、宙賊団とは別に……このユーダイモニアに、賊に協力する諜報組織が潜伏しているということか。使節団を探っていたとすれば、恐らくグロスターの手の者だろう。
ホテルから略取された罪人二人も口こそ割らなかったが、間違いなくグロスターの手先だ」
「グロスター宮廷伯……黒い噂の絶えない奴か。なら宙賊団を名乗る連中も帝室の回し者で、両者は繋がっているとみて間違いないだろう」
大佐と侯爵が推測を話し合い、頷き合う。
「このチップに記録された引き渡し場所は?」
「ここから車で三時間の所にある普通の農村だ。その奥にある小高い丘の向こうが海に面していて、海岸線は断崖絶壁になっている。住人の経歴も調べたが怪しい人物はいない。
防空隊と海上警備隊に、周辺に哨戒を回して賊の船が来ないか警戒させているが、見つけても近寄るなと命じた。
明日の朝から当日までに、住人達を全員避難させるよう手配もしている」
侯爵が、その場所に既に手を回している事を告げた。
「ファレルには、再度使節団に接触して貰いたい。
エインズフェロー女史が攫われた事、代わりに3区の逃亡者達と、逃亡時の船を引き渡すよう求められている事。これらを伝えた上で、秘密裏に使節団の者を私の所に連れてきて欲しい。
最低限の関係者を集め、一緒に対策を検討したい」
「秘密裏に……ということは、使節団へのアレの使用も許可すると?」
私の言葉に、侯爵は頷いた。
「警備艦隊や防空隊、警察の面々には外から入ってきてもらったが、実はビゲン大佐は、表向きはバルナス中央病院に入院中でね」
という事は、病院地下からアレ――大深度地下にある、領主家専用として秘匿された地下リニアを使ってここに来ているという事だ。
「一連の事から、先ほどの写真を入手した諜報の手で、ここ――領主館も外から見張られていると考えていい。秘密会合の際にはアレを使って貰い、外に知られずに集まってもらう方が良いだろう。この件は、急いで手配して欲しい」
「取り巻く状況は理解しました……。
では、彼等を早急に連れて来る算段はつけましょう。それでは失礼します」
立ち上がって侯爵と大佐に頭を下げ、会議室を出てそのまま屋敷内のエレベーターで大深度地下まで降り、地下リニアに乗って、バルナ州の隣州にある州政府職員宿舎まで帰った。
翌朝、州政府に大きな箱一杯のお土産を用意してもらって車に積み、隣州から共和国の船が停泊している臨時宇宙港へ向かう。
宇宙港にて、先日の視察で依頼された物品のお届けとして、共和国使節団へ面会申請を出す。
申請が許可され、使節団側の案内で車ごと船内に乗り入れる――これが実は、帝国側の人員が共和国使節団の船に乗り込んだ最初だと、大分後になって知った。
車を降りて待っていると、セルジオ君が出迎えに来てくれた。
「やあ、ファレル様。いらっしゃい」
「先日の視察で依頼された物品を届けに来ましたよ」
セルジオ君と握手を交わす。
その時に、小声で囁いた。
「不味い事が起きた。至急、使節団長と面会したい。セルジオ君もその際には同席して欲しい」
表情もにこやかに囁くと、セルジオ君の顔は引き攣る。
やはり、彼はまだ……腹芸は難しそうだ。
「折角持ってきてもらったんだ。応接に案内する。
責任者からお礼を言わせて欲しい。
あ、ビューロさん。その箱、向こうに運んでおいて」
なんとか彼はそう言って、お土産を運ぶよう警備の者に指示し、私を案内する。
近くの応接に通され、しばらく待つように私に告げて彼は去って行った。
十五分程待っていると、セルジオ君が使節団長ペドロ・アコスタ氏と一緒に入って来た。
「歓迎式典以来かな、トッド侯爵令息。
先日の視察で、息子達が依頼した品物を持ってきてもらったんだね。感謝する」
そう言って、私の手を握ってくれる。
その横でセルジオ君が壁の端末を操作している。
セルジオ君が頷いたのを見て、ペドロ氏が私に席を勧め、自分は私の対面に座る。
「この応接に人が入らないようにした。――不味い事が起きたと聞いたが、何だろうか」
父と相対するような……威厳のある面持ちで、ペドロ氏が言う。
「『マーガレット』さんの存在が、向こう――帝室に知られました。
彼女も関係する不味い事態が発生しています」
「……先日の、視察か」
私が頷くと、ペドロ氏はジロッとセルジオ君を睨み、彼は蒼褪めます。
ペドロ氏には彼のミスが伝わっているのでしょう。
「彼だけのせいではありません」
そう言って、私は懐から――
エインズフェロー邸を襲った賊が残した封筒に同封された二枚の写真のコピーを渡す。
「二枚目が、セルジオ君のミスで彼女の本名が知れた場面の写真です。
恐らく、気付かないくらい小さいマイク付きのマイクロドローンが私達の視察を尾行していて、この女性の正体を示唆する発言に反応して、遠くから尾行するカメラドローンが防衛で撮影したのでしょう。
つまり一枚目も、同様の発言が同行者からあったのだと思われます」
ペドロ氏が、写真を見て唸る。
「……しばし、待って欲しい」
そう言ってペドロ氏は、テーブルをトントンと叩く。
そこにバーチャル通信パネルが現れ、彼はそれを操作しだす。
「……ダンか。至急、オリバレスとチャロを呼び出せ。
……両方じゃない、姉の方だ。私は第三応接にいる。
扉の前に来たらセルジオを呼ぶように言え。以上だ」
そう言って一旦通信を閉じ、またどこか別の所へ通信を繋いでいる。
「ああ、すまないね。急に呼び出して。
緊急事態で、オリバレス君やセルジオも含めて、打ち合わせをしたい。
五分後にもう一度コールするが、良いだろうか。
……ああ、出来れば君だけで。
……そうか。有難う」
通信を切り、今度はパネルを消去した。
「あ、はい。今開けます」
セルジオ君が壁のパネルを操作すると、ノック音がする。
「入れ」
ペドロ氏の許可で入って来たのは二人の女性……一枚目で、『彼女』と一緒に写っていた女性達だ。
彼女達の入室後、セルジオ君は再びパネルを操作。再度ロックを掛けたようだ。
ペドロ氏は再び通信を行う。
「……ああ、人数が揃ったので、こっちのスクリーンに君の映像を投影する。よろしく頼む」
女性二人が入って来た側の反対の壁に、若い女性の映像が映し出される。
「『ミゲーラ・ランテス』さん、二日ぶりです」
「……ファレルさんですか。またお会いしましたね」
挨拶を交わしてペドロ氏を見ると、私に頷いた。
「さて、私からペドロ氏に緊急の打ち合わせ要請を行い、皆を呼んで頂きました。
端的に言うと、『マーガレット』が存在が帝室に知られてしまったのです」
そう言って、先ほどの写真二枚をペドロ氏に投影してもらう。
「恐らく、ミゲーラさんの正体を示唆する発言をマイクロドローンが拾って、自動的に拾って写真を撮られたものと思われます。二枚目は私も把握していますが、一枚目に付いては……」
「無意識にだと思いますが、私が彼女を『メグちゃん』と呼んだのだと思います。
申し訳ありません」
背の高い方の女性――確か、アイーシャ・オイバレスさん――が頭を下げた。
「分かりました。……今は、それを責める積りはありません。
本題は、どうして今ここに、この写真があるかです」
ペドロ氏と、画面の向こうの『ミゲーラ』さんの顔が引き攣る。
二人は察したようだ。
「……順を追って説明します」
そうして、昨夜のエインズフェロー邸襲撃事件と、賊の落とした脅迫書の事を話した。
「ケイトお姉さんが……!」
『ミゲーラ』さんは、歯を食いしばっている。
交渉材料として攫われたエインズフェロー女史は、彼女とかなり親密な間柄なんだろう。
「この件で今晩、トッド侯爵邸に秘密裏に関係者を集めて緊急会議を行います。
使節団に『彼女』が居る事が敵に知られた以上、使節団の代表と、あと『マーガレット』さんにも出席頂きたい。
出席者を誰にするかだけでも、すぐに決めて頂きたいのです。
それによって移動方法を調整します」
私は、皆の前で本題を述べた。




