17-03 記録から抹消された『破壊神』の記憶
トッド侯爵次男 ファレル・トッド視点
他の出席者たちが退席し、少し落ち着いた雰囲気になって。
侯爵が大佐に頭を下げる。
「ビゲン大佐。証言頂いて有難う。
あそこまで言えば、直接手を出すことは皆控えるだろう」
「100%手を出さないかと言えば難しいでしょう。
彼等にもプライドはあるでしょうから。
ですが不用意に手出しすることは控えるでしょうね」
大佐が父上に頷いた。
「しかし、奴らが『クロップス宙賊団』を名乗ったのは、本当なのか」
侯爵の質問に、大佐は頷いた。
「船体色と揃いの色の陸戦装甲に身を包んだあの連中は、確かに船から乗り込んできた時にそう宣言していました。私もその現場にいたので覚えています」
大佐の答えに、侯爵を難しい顔をした。
「ここだけの話だが。宙賊団に関する記録から抹消された、奴らの恐怖の代名詞――『破壊神』は、現れただろうか」
大佐は、目を見開いた。
「久しぶりにその名前を聞きましたな。閣下は御存じでしたか。
ですが結論から言えば……それらしい個体は、邸の方に現れました」
「何だ、と……!」
大佐の返答に侯爵は絶句した。
「発言、してもよろしいでしょうか」
ここで隣の長兄バーナンキが挙手し発言を求める。
「……構わない。必要なら、ファレルも手を挙げて発言せよ」
私と長兄は頷いた。
「その『破壊神』とは一体、何なのでしょう」
その質問に、侯爵と大佐は顔を見合わせた。
「若い者は知らないだろう、無理もない……。
二十数年前。クロップス宙賊団がスパニダス星系を襲撃し、大規模な破壊活動を行った。
当時帝国内でも抜きんでた実績のある研究都市、およびその周辺都市の大半が破壊され、何百万もの命が失われた」
大佐が古い話を説明する。
「だがクロップス宙賊団自体は白兵戦を主体とする戦闘集団。
奴らの持っていた船団にしても、それだけの攻撃能力を有していたわけではない。
破壊活動は主に……一体の、極めて強力な戦闘アンドロイドが起こしたものだった。
そのアンドロイドは、通常の戦闘アンドロイドに掛かるいかなる制限も掛かることなく、しかも極めて高度な自律行動をとる。
相対する者にとっては恐怖の存在となっていた」
侯爵が続きを述べる。
――戦闘アンドロイド。
それは、自律行動を制御するAIと、人間を遥かに凌駕する能力を持つ人型の筐体を併せ持った、戦闘に特化した自律機動型のロボット。
帝国が成立するはるか以前、人類が根源惑星・地球から飛び出す前に、最初期のアンドロイドが開発された。
それから人類が、星系間国家を築き上げるまでにも、幾度となく戦争が起き、いつしかアンドロイドが戦闘に駆り出されるようになった。
ここで、戦闘アンドロイドの扱いが、最初に問題になった。
当時の戦闘アンドロイドは人間を遥かに凌駕する身体能力で戦場を蹂躙するため、いつしか戦闘が起こると双方が戦闘アンドロイドを戦わせるようになった。
が、戦闘アンドロイドによる住民の虐殺事件も何度か起きるようになった。
その虐殺に対する責任追及が起きると、追及された側は最終的に『自律行動を取るアンドロイドが勝手に虐殺を行った』と証言する者も多くあらわれた。
そうした事が、人類が活動星域を広げるにつれ何度も起きたため、遂には国家間で戦闘アンドロイドに関する制限についての協定が為された。
戦闘アンドロイドは、人間を殺す行動ができない様にすること。
また、間接的に人間を殺す可能性がある、破壊活動ができないようにすること。
製造元は、これらの機能を、アンドロイドに搭載するAIに施す義務があること。
アンドロイドは、人間が活動しづらい環境での活動向けに今でも多くの需要がある。
そのためこの協定は、偶に現れる“抜け道を探す者”と、AIに対する制限機能のバージョンアップのいたちごっこを繰り返しながら今でも続いている。
今では戦闘アンドロイドによる人間の殺害は数百年以上起きていない、と言われている。
「いかなる制限も、と言うのは……外部からの強制停止信号にも反応しなかったのですか」
「その通りだ。既存のあらゆるアンドロイド強制停止信号を送ったが、効果は無かったらしい」
私も質問したが、侯爵は首を振った。
「そのアンドロイドはスパニダス星系で大暴れした。
単独で建物の壁や柱を破壊して内部に居た人ごと建物を崩壊させ。
討伐に来た空中戦艦に単独で乗り込んで内部を蹂躙した上、戦艦自体を都市部に墜落させ。
とにかく手当たり次第に破壊活動を行った。
何百万もの人口を失わせ壊滅的被害を与えたそのアンドロイドは、宙賊団と共に姿を消した」
討伐されたわけでは無かったのか。
そんなものが潜伏しているとなれば、経験者には恐怖でしかないだろう。
「一般に知れ渡りパニックを起こすことを恐れた当時の帝国政府が、このアンドロイドの記録からの抹消を決めたのだ。
ただ各領主貴族家と限られた関係者にだけは、コードネーム『破壊神』と名付けられたアンドロイドの情報が共有され、発見次第情報共有することになっていた」
「そんなアンドロイドが、ここユーダイモニアに現れ、今も潜伏していると……」
長兄バーナンキは、恐怖に震えながら、つぶやいた。
「それでは、そのアンドロイドが現れたという事は……帝国政府に連絡して、対処してもらうという事ですか?」
私が聞くと、大佐が首を振った。
「今回については、それは悪手なのだ。
何故なら、今回襲撃して来た『クロップス宙賊団』を名乗る連中は……現在全貴族総会と政治的に対立している、帝室側の回し者である可能性が極めて高い」
な、何だって!?
「クーロイの騒動の直前、自治政府警備隊に扮して3区の会に狼藉しようとした者を拘束した。彼等はクーロイにその後進駐することになる第七突撃部隊の所属を名乗っていたが、IDは偽造だった。
最終的に帝室側が引き取って帝都の刑務所で調べると申し出があり、収監中に彼に通常の追跡チップと、新開発した生体追跡チップを彼に埋め込んでから引き渡した」
大佐の説明に、何となく先が読めた。
「通常の追跡チップで調べると、現在その者は帝都の刑務所にいる事になっている。
だが実際は、ここでホテル側の襲撃に加わっていたことが、生体追跡チップの調査結果から分かっている」
帝室に渡した犯罪者が、今回の襲撃に加わっていた。
帝国政府に宙賊団と『破壊神』の情報を伝えても、握りつぶされるのが関の山か?
「そのチップを使って、宇宙船の行方を追えないのですか」
「生体チップは通常のスキャンでは見つからない代わりに、チップ自体に追跡信号電波の発信機能が無いのだ。
ネットワーク通信回線が繋がる環境下でしか場所を特定できない。
宇宙空間に居る場合や、惑星上でもネットワーク通信をすべて遮断している場合はわからないのだ」
つまり連中がホテルに乱入したことで、ホテルのネットワークに繋がって。
初めてその集団の中にいたことが分かったのか。
「それと、極めて重要な情報がもう一つ。
邸側に襲撃した賊から身を護るため、エインズフェロー一家とその重要人物は、邸の地下に設置された核シェルターへ避難しようと動いていた。
だが、邸へ突入した賊の中にいたその個体は、我ら近衛隊を蹴散らした後……。
なんと、邸の床を蹴破りながら、階を降りて重要人物を追った。
そして核シェルターへの避難直前で追いつき、重要人物の護衛を排除後、重要人物と交渉。
直前に排除され瀕死となった護衛と、他の邸の者達の命を守るため、重要人物は自らその個体に拉致されていった」
そんな常識外れの追手に追われて……。
その人物は、自ら皆の盾になり、攫われたのか。
「その個体は……人の顔をしていた。
そう、その場に居たエインズフェロー家の者達、そして重傷を負った護衛が証言した」
「ひ、人の顔、だと……。まさか、戦闘アンドロイド、ではなく……」
侯爵の呟きに、大佐はそちらに頷いた。
「その個体が、重要人物を眠らせ拉致し、船に戻る際に私も見た。
私も、見覚えのある人物だった。
あれは……クーロイに侵攻した第七突撃部隊の中で特に戦闘力の高い、ゴロツキのような陸戦部隊を指揮していた――マクベス大佐の、顔をしていたのだ」




