17-02 甦る宙賊団、ハンマーヘッドの悪夢
トッド侯爵次男 ファレル・トッド視点
「まずは、現時点で分かっている情報を共有することとしたい」
父上はクセナキス星系の領主として、今回の事件の対応の為に関係者を招集した。
その会議の第一声として、父上はそう言った。
この会議に集められたのは以下の通り。
宇宙空間にてこの星系の警備をしていた、宇宙軍第クセナキス星系警備艦隊。
事件の起きたこの星ユーダイモニアの大気圏内の防空を管理する、ユーダイモニア防空隊。
事件の起きた地域の警察権を司る、バルナ州警察。
そして……エインズフェロー家の警備をしていた近衛第三連隊。
「まず、星系警備艦隊から報告致します。
件の宇宙船は公転面に垂直の方向、警備艦隊の哨戒範囲外から飛来したと思われます。
しかし警備艦隊からの発見が遅れ、発見時には既にユーダイモニアから五十万キロ以下の距離まで迫っておりました」
警備艦隊の担当者が、状況を説明する。
彼の後ろで、上官だろう年配の士官が頷く。
「発見が遅れたのは、かの宇宙船に対する電波探知が効き難く、かつその距離まで亜光速で近づいてきたためです。
遠くから亜光速まで加速し、そのまま惑星に接近。惑星から五十万キロの地点から減速噴射を行いましたが、それでも非常に速い速度のまま惑星大気圏へ突入しました。
そのような速度で惑星に突入すること自体が想定されておらず、艦隊側の対応が後手に回りました」
そう言って担当者が頭を下げた。
「宇宙船の特徴などは」
「電波探知が難しかったのは、帝国軍でも類を見ない程、高性能のステルス塗料が全面に塗布されていたものと思われます。また船体色が黒に近い暗い赤褐色であり、かつ恒星の非常に少ない方面からの突入だったため、視認性も非常に低かったのです。
船体識別信号も発信しておらず、通信を試みましたが応答も一切ありませんでしたので、無人船の事故なのか、有人船の故意のものかも、その時点では判断できませんでした
ただ、大気圏突入時に確認した限り、帝国軍の艦船との類似性も確認できました。
現行型のB871型強襲揚陸艦のような船体前部と、新鋭型のH779型高速戦艦のような船体後方の駆動部が一体化したような艦船です。
大気圏突入時に撮影した写真を投影します」
スクリーンに、惑星に突入した船体が表示された。
板金加工ハンマーの丸頭のような船体前面を下に、推進剤を噴射する船体後面を上に、真っ逆さまに落ちるように大気圏へ突入する暗褐色の宇宙船二隻の写真が映し出された。
色とか形とかは余り宇宙船で見たこと無いものだが、細部を見れば確かに、どこか帝国宇宙軍の艦船と似ている部分はある、と言う感じだ。
「非常に高速のまま大気圏に突入したため、普通なら船体も無事ではないのですが……この宇宙船は前の丸い部分は非常に厚く、かつ何層にも張られていたようです。突入によってその前部装甲は徐々に剥がれていきましたが……最終的には船体自体は航行に問題ない状態のまま、惑星空域に突入。
警備艦隊は大気圏突入時点から防空隊へ連絡していましたが、突入時の船体を確認し、意図的なものの可能性を防空隊へ示唆。以後の対処を委ねました」
ミルフィーユのように何層も張った装甲が剥がれて行っても、船体自体が無事ならいいやっていう、一回だけ実行できるような無茶な大気圏突入を遣り切った訳だ。
そう言う目的の為だけに作ったような、無茶な仕様の宇宙船だったのか。
「次に、ユーダイモニア防空隊より報告します」
防空隊の隊長が起立し、説明を始める。
「大気圏突入時から件の宇宙船を監視していましたが、宇宙船は空域突入後も下降を続けました。
警備艦隊から故意による突入の示唆をうけ、我々は迎撃機をスクランブル出動。
突入地点は海上域で周辺を航行する船舶はほとんどいなかったため、宇宙船が軌道を変える様なら警告を発するよう通達しました」
防空隊は、最初から故意の突入の可能性を考慮し、撃墜する想定だったか。
「宇宙船は地表から1000m程から水平飛行へ徐々に移行を開始。
向かうのはバルナ州方面と判断し迎撃機から警告を発しましたが、宇宙船は徐々に高度を下げ、最終的には高度150m、速度700km/hでバルナス市方面へ進路を向けました。
通信を一切拒否しており、そのまま近づくと市街地が危険なため、防空隊本部は迎撃機5機に撃墜を指示」
隊長は、ここで一瞬歯噛みするような、悔しそうな表情を見せた。
しかし一息入れただけで、報告を続ける。
「バルナ州沖合にて攻撃しようとしたところ、宇宙船側からの多元クラスター散弾らしき攻撃弾による空間爆撃により、迎撃機5機は撃墜。
その後宇宙船はバルナ州沿岸の防空線も突破。
減速しながら、州都バルナスのホテル・ラングリット、そしてダリュート市のエインズフェロー邸に突入致しました」
「迎撃機のパイロットは、無事だったか」
父上……侯爵閣下は、防空隊隊長に確認した。
「迎撃機被弾前に、全員脱出致しました。全員怪我もなく、回収完了しております」
侯爵閣下は頷いた。
「それで突入後、宇宙船はどうした」
「建築物に衝突後――それぞれ、十分ほどして、宇宙船は後退して建物から離れた後、反転。元来た方向へ、再び高速で飛び去りました。
その後バルナ州沖合から、バーナ大洋方面へ向かったのは確認できましたが……飛行高度が非常に低かったため防空識別網に掛からず、ロストしました。
やむなく、宇宙空間からの調査を警備艦隊に依頼しました」
「警備艦隊は防空隊からの依頼を受け、該当海域上空から確認しましたが、その時点の海域は深夜であり、宇宙船の船体色もあって視認はできず、行方は確認できておりません。
ただ、ユーダイモニアから該当する宇宙船が飛び立った形跡はなく、依然として惑星内に潜伏しているものと思われます」
防空隊の報告を受け、警備艦隊担当者が追跡結果を報告する。
結局、該当の宇宙船は見つかっていないのか。
「次に、警察としての捜査状況はどうなっている」
侯爵閣下の言葉を受け、バルナ州警察の統括本部長が起立する。
「襲撃を受けたバルナ州州都のホテル・ラングリット、およびダリュート市のエインズフェロー邸について、これらの場所が狙われた経緯についての聞き込みを、こちらに居られる近衛隊の方々を除くホテル従業員や邸に勤める使用人達、エインズフェロー工業の社員などに対して行っていますが、有力な手掛かりは得られておりません。
ただ、事件前から長期で両現場周辺のホテルに逗留し、事故後行方を晦ませている人物が数名確認できております。宿泊時に登録されたIDが偽造だと判明したため、身元は特定できておりません。現在は防犯カメラ映像からそれら人物の身元特定を急いでいます」
「……わかった。最後に、実際に襲撃を受けた近衛隊から」
侯爵閣下の促しに、出席者が頭を下げる。
彼は重傷をおして車椅子でこの場に出席しているため起立できないのだ。
「着席のままで失礼する。近衛第三連隊長ビゲン大佐だ。
我らは――名をこの場では明かせないが、とある重要人物を警護していた。エインズフェロー邸を訪問していたのも、その一環だ。
宇宙船が大気圏を突入し、州都バルナス方面に向かっているという連絡を、侯爵閣下経由で聞いたが、備える余裕が余り無いまま、邸と、我らが駐屯していたホテル・ラングリットで、ほぼ同時に襲撃を受けた。
どちらの襲撃も手口は同じ。宇宙船で直接建物を壊し船体前部を建物内に入れる。そこから発火剤を散布し、ブラスターによる銃撃をさせないようにする。
そして船体前部のハッチを開け、人員を突入させて銃撃無しの白兵戦を行う」
手口を聞いて、父上や、先ほどの担当者の後ろで控えていた警備艦隊の上役など、年配の出席者の多くが驚きに目を見開いている。
「襲撃してきたのは、何者だったのですか」
警備艦隊の上役がその表情のまま立ち上がり、ビゲン大佐に質問する。
「……彼等自身は『クロップス宙賊団』を名乗った」
「なっ、何だと! あの悪魔が、また現れたと、いうのか……!」
大佐の言葉に、上役はわなわなと震えだす。
侯爵閣下も大佐に目を見開いて驚いている。
二十年以上前に帝国を荒らしまわった宙賊として名前は聞いているが、行方を晦ませて久しいと聞く。
それが何故今頃になって?
「過去に恐れられたクロップス宙賊団との共通点……。
暗褐色の船体。
当時ハンマーヘッドとの異名で恐れられた、船頭部を強化した宇宙船による吶喊戦術。
そして、各構成員それぞれが卓越した白兵戦能力を有すること」
大佐は、痛みに呻き声を上げながら、報告を続ける。
「ホテルと邸を襲撃した賊は、その卓越した白兵戦能力で近衛隊を蹂躙し……それぞれの地点で目標達成後、離脱。
邸では、我々が警護していた、とある重要人物を拉致された。
ホテルでは、我々が護送していた人物二名を拉致された。
――以後は、先ほどの報告の上がった通りだ」
我々は、言葉を失った。
近衛隊といえば、帝室の警護を主任務とする――今は、帝室との中立を宣言しているが――防備のエキスパート集団だと、認知されている。
その近衛隊をも白兵戦で一蹴して、難なく目標を達成するその戦闘力。
加えてその後、追跡を振り切って行方を晦ます、行動力と隠密性。
……生半可なことで、奴らに太刀打ちできないと、皆が思い知らされた。
「奴らが本当にクロップス宙賊団なのかは、現時点では何とも言えない。
かの賊の行方の捜索は、全力で当たって欲しい。
だが……奴らに直接手を出すことは、絶対に控えて頂きたい。
これは、私から皆さんへのお願いだ」
侯爵閣下が、言葉を切る。
「極めて高い戦闘能力を有する相手であることを知って頂くために、ビゲン大佐に恥を忍んで証言してもらった。
手を出せば、市民を巻き込んだ手痛い返り討ちに遭う可能性がある。
それに、奴らが近衛隊から拉致した人物は、『全貴族総会』にとって、極めて政治的に重要な意味を持つ。できれば、彼女を無事に奪還したい」
侯爵は、皆に頭を下げた。
それを見た出席者に、驚きが広がる。
「警備艦隊、防空隊、警察の皆さんにお願いしたいのは……奴らの行方に関する情報は全力で集め、私の所に寄せて欲しいこと。そして、手を出すのは控えて頂きたいこと。
奴らの居場所が分かった後、どう対処するかは……今は、検討中、としか言えない。
だが、当面はこの方針で、皆にお願いしたい。よろしく頼む」
侯爵が再度頭を下げる。
皆に戸惑いが見えるが……皆も、やがて頭を下げた。
「時間を取らせて申し訳ない。皆には、持ち場に戻って捜査に当たって欲しい。
――ビゲン大佐はもう少し残って頂きたい。バーナンキ、ファレルもだ」
私と一緒に会議室の隅に座っていた長兄バーナンキと共に頷いた。
バーナンキ兄上がここに居たのは父上の後継としてだろうけど、何故私がこの会議に呼ばれたのか分からなかった。
ひょっとして……この後の話に、共和国が関わるからなのか。
だとすると、この間の、あの女性の事も関係するのかもしれない。




