16-07 帝室と宙賊団の闇、側仕えたちの決断
引き続き、第四皇子視点
「四十年前の実行犯ではなく……。
私が言っているのは――天体衝突事故が起きた17年前。
その当時の宇宙軍の関係者から特定できないか、という事だ」
「ちょっと待ってください。
17年前ということは、既にガンマ採掘場は枯渇していて……」
ミルヌイが反対意見を述べる。
皆の顔を見渡す。
ミルヌイ、タンクレーディ、スツケヴァル、ペドラス、トマセオ。
誰も、私の意図が掴めていないようだ。
……ガレッティがこの場に居たら、理解してくれていた気がするが。
「横流し犯達はガンマ採掘場にマスドライバーを設置し、それを使ってリオライト鉱の横流しをしていた。それはリオライトが枯渇する時まで続いただろう。
それで枯渇した後、マスドライバーを彼等はどうしたと思う?」
私の質問に、皆は考えだす。
「惑星オイバロスは大気が薄かったから、コロニーから惑星を眺めれば地表まで確認できました。
だとしたら……用がなくなっても、破壊や取り壊しは出来なかったでしょうね。
3区コロニーの全員が関係者でない限り」
スツケヴァルの答えに、私は頷いた。
「恐らく、隠蔽し封印するのが精々だったはずだ。
だが隠蔽したとしても、マスドライバーが見つかれば自分達の横流し行為が明らかになる可能性がある。実行犯達は気が気では無いだろう。
見つからない様に付近を監視し、近づく者が居たら追い返さないといけない」
「……つまり当時のクーロイ駐留艦隊に、実行犯が?」
ミルヌイの問いに頷いた。
「しかも艦隊の中でも高い地位にいた可能性は高い。
少なくとも艦隊の一部を動かせなければ、監視体制など作れはしないからな」
四十年前の実行犯を追うより、十七年前の実行犯を追う方が調べやすい。
「まさか、駐留艦隊司令官とか……」
「当時の司令官含め、数える程度に絞られるだろう。あるいはその全員と言う可能性もあるな」
トマセオの呟きに答える。
「四十年前からリオライトが枯渇するまで二十年に渡る間に、この横流しは大きな規模になっていただろう。資源が尽きてしまったあと、ほとぼりが冷めるまで隠蔽を続けるためには長い時間がかかる。
だが彼等にとって幸か不幸か、あの3区の事故が起きた」
皆の表情には困惑が浮かんでいる。
彼等はまだ、私の言いたい事が分かっていないようだ。
「裏にいた『力を持った者』は、これ幸いと手を回し、3区コロニーを閉鎖させることにした。
3区が閉鎖されれば、マスドライバーが見つかる可能性はぐんと減る。
だが同時に、大きくなり過ぎた横流し組織の解体に頭を悩ませただろう。
全員をクーロイに縛り付ける必要はなくなったが、完全に野放しにもできない」
「……黒幕の目の届く所に置いている可能性が高いと?」
タンクレーディが、ようやくそれに気付いたようだ。
「既に処分されている者もいるかもしれない。
だが全員をそうするのは目立つ。何人かは存命だろう。
ならば当時の宇宙軍関係者の足取りを追えば、黒幕近くまでは辿り着ける可能性はある」
「辿り着いて、どうするのですか」
ミルヌイが、ぽつりと言った。
「……十中八九、黒幕は――陛下だろうな」
彼に答えず、私は呟いた。
「私は、監察官に任命され、第七突撃部隊を編成してクーロイに向かい……叛乱首謀者と聞かされていたカルロス侯爵とラズロー中将を捕らえ、クーロイを掌握しようとした――全て、陛下の命だ。
帝室に残れない私にクーロイ総督の地位と爵位を約束され、私は与えられた命を全うしようとした。
――裏の事情を、知らされないままにな」
一つ、溜息が零れた。
「黒幕に辿り着いて、どうするのか……聞いたな、ミルヌイ。
図らずも陛下の企みに加担してしまった私には……辿り着いたところで、どうもできん。
精々、陛下と一緒に責任を」
「待ってください」
スツケヴァルが、私の言葉を遮る。
「聞かせて欲しい事があります。
――我々側仕えを遠ざけたのは、どういう理由だったのですか」
「端的に言えば……陛下がグロスターを私に付けたからだ」
皆の顔に戸惑いが窺える。
「グロスターには、以前からどこか胡散臭いものを感じていた。
大学卒業あたりからあいつが私に接触してきて、今回監察官に私が任じられた時にグロスターが副官につけられた。
上手く説明できないが……私は、君達を奴に関わらせたくないと咄嗟に思ったのだ」
言葉を切り、皆の反応を見る。
しばらく待っていると、ミルヌイが口を開いた。
「今はこれ以上話すつもりはないという事ですか。まあいいでしょう。
もう一つ聞かせてください。
あの第二二三陸戦連隊という連中ですが、あれは一体、何者ですか」
第二二三陸戦連隊――。
「あれは、陛下がどこからかでスカウトした者達だとしか知らない。
白兵戦闘力は非常に高いが、扱いが難しいとも聞いている」
ミルヌイが、何か思いつめた顔で口を開いた。
「殿下。私は……。
実はあの連中の正体を――『クロップス宙賊団』と同じだと想定しているんです」
「な、何だと……!」
彼の言葉に、驚いて言葉が零れる。
彼以外の側仕え達も、驚いてミルヌイを見る。
「クロップス宙賊団がスパニダス星系を襲い崩壊させたのは、当時隆盛を誇っていたカーネイジ侯爵家の力を削ぐため。
その為にクーロイのデルタ採掘場からリオライト鉱を、黒幕は彼等に融通した。
それに、その後に宙賊団が襲った星系も全て、当時陛下の政敵であった貴族家の領地ばかり」
言葉が出ない私達を置いて、彼は言葉を続ける。
「宙賊団に星系を襲わせ、何十万何百万といった犠牲を出した、その理由。
――『政敵を追い落とすため』としか、私には思えませんでした。
何も、証拠はありません。
ですが想像通りだとしたら……私は、陛下の事が許せません」
そういう、彼の気持ちは……わかる。
ただそれだけの理由で、多大な帝国民の犠牲者を出したとしたら。
ミルヌイ家は、元々……カーネイジ侯爵家の家臣だった。
クロップス宙賊団がスパニダス星系を壊滅させた時。
彼の母親は妊娠中で、たまたま被害の少ない地方に里帰りしていた。
だが父親と兄は、宙賊団の襲撃で犠牲となった。
知らせを受けた母親は、ショックで子供を早産したのだ。
子供は無事に命を繋いだが、母親はそのまま亡くなった。
――その時の子供が、私の前にいるロヴロ・ミルヌイだ。
カーネイジ侯爵家は家臣団の多くを、家臣の家ごと失って、没落した。
その後、ミツォタキス侯爵が星系の復興を任されると、子爵家となったカーネイジ家と、少なくなった家臣団を侯爵は引き取った。
そして宙賊団によって家を無くした元カーネイジ家家臣団の係累が見つかれば、侯爵は彼等もまた引き取った。
ロヴロ・ミルヌイがミツォタキス侯爵に引き取られたのもこの頃だ。
そして彼は、侯爵家の優秀な家臣団の教育を受けて育った。
その後、ミルヌイ家復興の近道になるだろうと、侯爵の推薦で私の側仕えに送り出されたのだ。
だが、もし本当にあの連隊が宙賊団と同じもので、陛下の私兵だったなら……。
私は、彼にとって家族の仇の子供だ。
――彼が今こうして私を睨みつけるのも、道理だというものだ。
「その想像通りでなければいいと、私は願っている。
だが、現時点ではミルヌイの想像を否定できる材料が、何一つない。
……どの道、私はこれから帝都に戻り次第、謹慎となるだろう。
確かめる術も、私には無い」
何も言わない彼等に、私は続ける。
「未来の無い私から、未来を切り開ける君達を解放すべきだ。
私は、そう判断した。
――長らく側仕えを勤めてくれた事に感謝する。
私は君達が誇れる上司足り得なかった」
私は執務机の引き出しを開け、封筒を二つ取り出し、机の上に置く。
「これはそのせめてものお詫びだ。
この場にいないガレッティとジェマイリ含めた七人で分けてくれ」
私はそう言って――封がされた茶封筒を、すっと、彼等の方に押し出す。
「それ、は……」
「個人的に持っていた資金だが、違法なものではない。
大学卒業までの私の養育予算の中から、一部を貯蓄や投資に回していた分だ。
だが、私にはもう使い道がない。
こちらを君達への餞別としたい」
そしてその封筒の隣に、もう一つ……青い封筒を差し出す。
こちらは第四皇子としての印が、封蝋に押されているものだ。
「こちらは……クーロイ自治政府、クラークソン長官代行に宛てた書簡だ。
私はもう彼と会う機会は無いだろう。
君達から、彼に届けてくれると有難い」
しばらく、誰も何も言わず、沈黙が流れた。
「一晩、相談させてください」
しばらく皆で顔を見合わせた後、タンクレーディが言った。
「それは構わない。だが、封筒は持って行きたまえ」
「……わかり、ました」
タンクレーディが封筒を二つ受取り……そして、五人は執務室を出て行った。
翌日、五人揃って執務室を訪ねて来た。
五人は何故か……喧嘩でもしたのか、顔を腫らしていたり痣を作っていたりしている。
「我ら殿下の側仕えとして、様々な経験をさせて頂きました。
この度、側仕えの解任をうけ、我らはこれより独自に行動させて頂きます。
機会がありましたら、またお会い致しましょう。
有難うございました!」
タンクレーディの宣言と共に、五人は頭を下げた。
「わかった。今までの精勤に感謝する。苦労を掛けた。
貴兄らの活躍を祈っている」
私がそう声を掛けると、五人は頭を上げ……踵を返した。
――だが四人が出て行ったあと、ミルヌイが残って扉を閉めた。
彼は再びこちらを向き、執務机の側に来た。
「どうした、ミルヌイ。君は彼等と一緒に行かないのか」
「私は、これから独自に……自らの意思で、殿下の側に居させていただきます」
どういうことだ?
「殿下は誰かが傍にいなければ何をするかわからない、危なっかしい所がおありです。
それに身の回りのことなど、何一つお出来になりはしませんでしょう。
長らく側仕えを勤めた私がいれば、何かと殿下も心安らげるかと思いまして。
どうか以前のように、私をお使いください」
ミルヌイは私に頭を下げた。
「もしかして、ミツォタキス侯爵への義理立てか」
「それもあります。
こうして今私がいるのは、ミツォタキス侯爵のお陰ですから」
ミルヌイは頭を上げた。
「ですが、殿下の側で仕えた日々も私にとっては財産です。
こちらから見捨てるような不義理はしたくなかった。
ですから、殿下の側を離れるという四人と、昨晩は喧嘩しました」
私は目を丸くした。
「『機会があればまた会おう』そう言っていましたが、
彼等は、殿下を見限っていった。
誰か一人くらいは、残ってやってもいいでしょう」
ミルヌイはそう言うと、人差し指を口に当て……シー、と内緒話の合図をした。
もしや……グロスターの盗聴を警戒したのか?
という事は、何か裏の意図があるのか。
私は、胸の徽章の裏に隠されたスイッチを押した。
これは、半径2m程の空間の会話だけを盗聴から防ぐ、盗聴防止装置だ。
この装置の存在はグロスターも知らない、側仕え達との秘密だ。
「意図は何だ。本音で話せ」
ミルヌイは私に、昔のようなニヤッとした顔を見せた。
「グロスターが、この部屋も盗聴しているかもしれませんからな。
……四人は殿下を見限り、義理立てして残る私と喧嘩別れしたことにしました。
彼等はこれから真相を追います。今ならガンマに監視の目がありませんでしょう。
それと、封筒は二つとも持たせました」
彼等はガレッティ、ジェマイリと合流しに行ったか。
「ミルヌイは、どうして残ったのだ」
「侯爵閣下への義理立ては本当です。
一緒に出奔すれば大恩ある侯爵の顔に泥を塗ってしまう。
それに、殿下の側でないと調べられない事があるのも、理由の一つ。
特に宇宙軍関係者の足取りを調べるなら、殿下と共に帝都に行った方がいい」
なにか、含みがありそうだ。
他にも理由があるのか?
「後は、そうですな……。
事が成った時――もし全貴族総会が陛下を断罪することになった時。
殿下の側という特等席で、その断罪劇を見たいと思いまして」
「特等席とは限らんぞ。
その時は、私も一緒に断罪されるだろう」
ミルヌイは首を振った。
「色々思うところはありますが……そうはさせませんよ。
殿下は腹芸が下手です。
ですから陛下の企みを知らなかったのは本当だと、我々は思っています」
腹芸が下手だと、はっきり言われたな。
それではあの聴聞会での私は、さぞピエロに見えていたことだろう。
……余りの醜態に、皆は恥ずかしいと思って、あの時私を止めたのか?
「この所の殿下の振る舞いに腹を立てていたのは事実ですが。
貴方を完全に見限って出て行った訳ではありません」
見限られかけていたのは事実だろう。
出向させたガレッティ達も、私に思うところがある表情が何度か見えた。
既に見限られていたとしても、今更構わないが。
そのために、彼等にクラークソン長官代行への書簡を持たせたのだ。
だがここで、ミルヌイは居住まいを正して、真っ直ぐに私の目を見て言う。
「ですから、念を押させて頂きます。
くれぐれも……自裁など、なさいませんよう」
――見抜かれていたことに、私は言葉を失った。
ミルヌイが残った本当の理由は……それを、止めるためか。
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