16-06 ガンマ採掘場の影を辿る
第四皇子視点
私は、監察官の就任にあたり……重要な事、特に17年前の事は、何も知らされていなかった、
もう私は、何も知らない自分のままでは、いられない。
個人収集していた本は骨董品関連の物ばかりだったので、あの聴聞会で出た気になるワードを調べてまとめていく事にした。
『クロップス宙賊団』
二十数年前、旧カーネイジ侯爵領(現在ミツォタキス侯爵を暫定領主として再建中)にて突如発生した、貴族・市民無差別に襲った大規模宙賊団。
十~二十隻からなる私掠船団を組んで航行中の商船を襲うだけでなく、惑星上の街を襲って略奪や市民の虐殺を行うこともある、非常に残虐性が高い集団であった。
所属する宙賊個人個人の白兵戦能力が非常に高く、その高い戦闘力で時には宇宙軍の陸戦隊をも圧倒していた。
旧カーネイジ侯爵領、スパニダス星系は帝都ダイダロス星系に次いでテクノロジー研究が盛んであった。だが、宙賊団が出没してから、行き交う商船団は大きいものから狙われ、殲滅に向かった侯爵領守備艦隊も、宙賊団に乗り込まれ白兵戦に持ち込まれて壊滅。
その後、宙賊団は惑星上を襲い、大都市および大規模研究施設を破壊し、大量の物資を奪取して逃走した。
事態を重く見た宇宙軍統合本部は本格的な討伐艦隊を編成し、スパニダス星系へ派遣するも、宙賊団はハイパードライブ航法により逃走。
スパニダス星系は壊滅的被害を受け、二十年経った今でもテクノロジー研究の中心地という地位を取り戻せていない。この際に多くの研究資料が遺失し、帝国のテクノロジーの進歩は二十年遅れたとも言われている。
この星系を治めていたカーネイジ侯爵は、当時の当主が前皇帝妃の弟の長男、つまり現皇帝の従弟にあたるという名門貴族家であったが、この被害により一族や家臣団の多くを失った影響で爵位も二段階下がって子爵となり、伯爵以上の爵位が必要な星系領主としての地位を失った。
その後も、宙賊団は討伐艦隊から逃れながら、ガナック星系、クラターロ星系、ナジャック星系と帝国各地を蹂躙した。
特にクラターロ星系では、宙賊団を迎撃に向かったカルロス侯爵家の継嗣アリリオ以下、侯爵家の有力家臣が数多く、宙賊団の犠牲となった。
その後、各地の大都市が襲撃され、星系の年間GDPの実に五分の一が失われるほどの、スパニダス星系に次ぐ被害を受けた。
そして、ナジャック星系での討伐艦隊との戦闘で三分の一を失った宙賊団は逃走し、以後忽然と姿を消すこととなる。
この宙賊団は、初めから多数の艦船を保有していたこと、ハイパードライブを多用しておりリオライト触媒を多く保有していたであろうことから、自然発生的に作られた宙賊団ではなく、何者かの資金的な後ろ盾があったものと思われる。
そして宙賊団の影響で帝国は国力を落とし、国内が大きく混乱したことから、隣国クルガーン人民共和国の策謀によるものではないか、との推測が一時流れた。
なお、クルガーン人民共和国はクロップス宙賊団への関与を否定している。
『クーロイ3区コロニー 天体衝突事故』
クーロイ星系は帝国の中でも最辺境にあたる、資源採掘星系である。
この星系の第五惑星オイバロスは重力が小さく、軽量の触媒であるリオライトを多く埋蔵している事が発見されたため、宇宙軍によって資源採掘が行われた。
星系には人類の居住可能惑星はなく、軍の採掘部隊の人員が住むために大型船を曳航してコロニーに改造したのが、クーロイ星系コロニーの始まりである。
その後、ガンマ採掘場のリオライト採掘量が落ち、また長年にわたる採掘任務による部隊の疲弊を嫌った宇宙軍が帝室と協議し、一般市民も移住可能とするよう自治政府を設立させた。
自治政府を所管するクーロイ星系領主には、クラターロ星系を治めていたカルロス侯爵が兼務することとなった。クーロイ領主への就任と引き換えに帝室が多額の資金を提供し、その一部をクラターロ星系の復興に当てるため、と推測されている。
しかし自治政府設立から二年足らずの、帝国暦308年11月29日。
星系外から巨大な天体が接近し、不運にも3区コロニーに衝突。
コロニーに取り残されていた数百人が犠牲になった。
小規模コロニーとはいえ、数百人もの住民が取り残され、犠牲となった理由としては、大きく二つの理由が挙げられている。
一つは、この事故の20日ほど前に、星系の中心にある二重恒星の一つイーダースで大規模な恒星フレアが発生したこと。これにより星系の警備艦隊が大きな被害を受け、天体飛来に対する索敵能力がほぼ失われていたという。また最辺境であったクーロイへは、この被害に対する予算配分が十分になされず、艦隊の機能回復に至らなかったのも要因という。
また、宙賊団の影響から家臣団を多く失っていたカルロス侯爵が、クーロイ自治政府に満足な人員を配置することもできていなかったこと。このため、天体飛来前後は政府がまともに機能していなかったともいわれている。
「何か、わかりましたか」
調べた事を執務室で整理していると、タンクレーディから声を掛けられた。
気付けば、今いる側仕えの皆がいつの間にか入ってきている。
彼等を呼んでいた時刻になっていたのか。
私は何も言わず、皆に椅子に座るよう促す。
五人が着席したのを見届けて、私は提案する。
「聴聞会での、あの回収業者の女の証言。
証拠は無いが、アレが事実ならどういう事か、まずは整理してみたい」
皆は頷いた。彼等は私に続きを促す。
「3区から生存者達が逃亡した後、隕石型のコンテナを回収したのを覚えているか。
アレを打ち出した元は3区の下、ガンマ採掘場だろう。
打ち出した仕掛けはカルロス侯爵が用意した、と言うのが陛下の意見だったが……。
侯爵にはそもそも、あんな仕掛けを作る資金も有るはずがない」
「『クロップス宙賊団』によって、大きな被害を受けていましたからね」
ペドラスの発言に、私は頷いた。
「だとすれば、誰がガンマ採掘場に仕掛けを作ったかだが……冷静になってみれば、ラミレス共和国がそこまでの物資と技術を、しかも帝国に気付かれずに投入していたとは考えにくい。
回収会社の女が言っていた通り、自治政府設立前のクーロイ駐留宇宙軍が作ったのだろう」
聴聞会の時の私なら、侯爵側ないし共和国側が作った、と言っていただろう。
あの時は自らの立場を守るためにそう主張したはずだ。
「共和国は、それほど大きな国ではないということですか?」
「共和国は昔追放されたラミレス家一党の末裔だし、既存のどの国の版図にもない星域にあるってことは、クーロイよりさらに奥の未開の星域にあるはずだ。
居住可能惑星の探査から始めなければならなかった彼等が、たかだか二百年程度で星系国家になっているとは思えない」
スツケヴァルの疑問に対する、トマセオの予想は大きく外れてはいないだろう。
あの共和国は旧ラミレス家……ダイダロスが王国から帝国へと変わる中で臣従したラミレス王家の末裔だ。帝室は二百年以上前、ラミレス家を近しい一派とまとめて追放した。
その当時の記録は、帝室のライブラリで見た記憶がある。
「追放した人員が二百万、テラフォーミング技術もかなり旧式のものしか持たせなかったと当時の記録にあった。多く見積もっても、追放当時の人口を越えていることは無いだろう」
私もその予想を後押しする。
彼等に渡された旧式のテラフォーミング技術では、惑星の環境を整えるのに長い時間が掛かる。
そこから入植し、食糧になる植物が惑星に馴染み増えていくまでの何十年という期間、二百万の人員の食い扶持を確保するのは無理だ。
消費を減らすためには、最小限の人員を除いてコールドスリープで眠らせるしかない。
コールドスリープは長期にわたると、生還できる可能性が減っていく。
それが長期に渡れば、人口は大きく減っていっただろう。
「今は、聴聞会での証言通り、ガンマにマスドライバーを作ったのが宇宙軍だとしよう。
ではなぜ宇宙軍はマスドライバーを、しかもガンマにのみ作ったか……」
次の疑問点を皆に提示する。
「多分宇宙港から一番遠く、皆の目が届きにくかったからでしょう。
元々、今の0区コロニーの場所に宇宙港があったと聞きます」
タンクレーディが発言を続ける。
「そもそもクーロイの採掘場を今の場所に決めた理由が、『事前調査で第五惑星の赤道付近が一番リオライト埋蔵量が多い事』だったようです。
中でもアルファの地点が最も豊かな鉱脈です。ただ、他の採掘地点からの運搬も考え、最終的にはベータとの中間地点に宇宙港を作ることにしたようです。
ガンマで採掘した分は、一旦ベータに集積して宇宙港に運ぶ事になりましたが……結果的に、ガンマは宇宙港から惑星の反対側になって、目が届きにくくなりました」
そこの決定プロセスの時点で、横流し犯が紛れていてもおかしくは無いな……。
「そもそも、アルファとベータの間に宇宙港が作られた理由はわかるか?」
「恐らくベータの方が埋蔵量が多かったからでしょう。
とはいえ少ないと言っても、ガンマも推定埋蔵量はアルファの三分の二程度。
この三か所だけでも、当時の帝国内の需要から百年はもつだろうと、星系設立前の開拓調査団の記録にありました」
タンクレーディは、クーロイ星系を発見した調査団の記録まで探し当てたようだ。
ん? ちょっと待て。
「だが実際にはガンマではリオライトが枯渇し、それが閉鎖理由になったと」
私も思った疑問点をペドラスが確認する。
「それがそもそもおかしいのだ。
実際には運用開始前に試掘を行っていて、その時の埋蔵量推定を元に各採掘場の採掘量が決められた、と古い記録にある。
しかも定期的に採掘量の推定の見直しが必須なのだ。
にもかかわらず、ガンマだけが枯渇している」
タンクレーディが言う。
「実際にアルファもベータも、推定埋蔵量の修正は何年かに一度為されている。
ガンマは推定埋蔵量の修正は枯渇の二十年ほど前から途絶え、枯渇の半年前に改めて調査したところ枯渇寸前だった。
この空白の期間、密かにガンマの鉱脈が乱堀されたと思っている」
「それを横流しするために、宇宙軍がマスドライバーをガンマに作った?」
「そう考えるのが自然だろう。ガンマからの持ち出しに船を使うと目立つからな。
つまりは、アルファやベータ、および宙域の警備艦隊にも内緒で横流しをしていたと考えられる」
ミルヌイの聞き返しにも、彼は平然と答える。
タンクレーディの意見には、粗があるようには思えない。
「当時のガンマ採掘場関係者の、単独犯と思うか?」
「そうではないでしょう。
マスドライバーの設置も単独では無理でしょう。
それに受取先であるトラシュプロスも用意しないといけません。
力を持った者と結託しないと、こんな大それた事はできません」
私の質問に、タンクレーディは淀みなく答える。
「推定埋蔵量の修正が途絶えた頃から、ガンマでの乱掘が行われていたとする。
裏に居たであろう『力を持った者』については後で聞くとして。
その現場の実行犯は、特定できたのか?」
そう訊くと、タンクレーディは難しい顔をする。
「推定埋蔵量の修正が途絶え始めたのは今から四十年程前です。
当時の報告書から名前は分かっても、人事記録から経歴や所在を追うのは難しいでしょう。
そもそも、年代的に既に亡くなっている可能性も高いです」
私は、首を振った。
「四十年前の実行犯ではなく……。
私が言っているのは――天体衝突事故が起きた17年前。
その当時の宇宙軍の関係者から特定できないか、という事だ」
そう言うと、タンクレーディは目を丸くした。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマや評価、感想、いいねなどを頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




