16-05 一時帰宅の誘い、ひと時の休息
ケイト視点。
ちょっと短めです。
「使節団は外交案件でね。
特例でトッド侯爵が接触を認められているが、帝室と全貴族総会の政治的な衝突とは無関係ということになっている。
まして、近衛隊には外交使節と接触する権限も無いのだ。申し訳ない」
私達を保護しているビゲン近衛大佐が、私に頭を下げた。
「……権限が無いのでしたら仕方ありません。頭をお上げください」
私は、彼の謝意を受け取りました。
聴聞会でのトッド侯爵の話からすると、メグちゃん達は恐らく共和国に保護されているのでしょう。
使節団と一緒に、この星系に来ている可能性も高いと思っています。
折角近くに来ているのに、まだあの子に会えないのは……残念です。
「あと貴女達の身柄だが……近衛隊としてはまだ、保護下に置いておく必要があると思っている」
今日は解放の話だと思って大佐の面会を受けたのですが、どうやらまだ、近衛の保護下に居ないといけないようです。
「それは、どうしてなのでしょう」
「第四皇子は、事実上更迭されたようなものだ。
宇宙軍のクーロイ駐留は、一部を除いて数日以内に解除されるはずだ。
だが、3区の件……17年前の事故と宙賊団との関連の件は、証拠が挙がっていない今、帝室側は必死にもみ消しを図るだろう。
3区を脱出した彼等が姿を現さない限り、まず狙われるのは貴女と会長、そしてカートソン氏だ」
フォルミオン第四皇子の追及の手は逃れられても、今度は皇帝自らメグちゃんを狙うのか。
聴聞会で証言をしたマルヴィラもまた、狙われる一人になった。
「……わかりました。そういう事なら、引き続きお願いします。
ところで宇宙軍のクーロイ駐留が一部残ると先ほど聞こえましたが、一体どういうことでしょう?」
今度は私が、大佐に頭を下げます。
先ほどの大佐の発言で、気になったところを聞いてみる。
「軍が3区コロニーの外殻を破壊したから、自治政府の処理能力を超えた廃棄物の処理は、現在宇宙軍の一部が請け負っている。
その部隊だけでも残さないと、あそこはたちまち廃棄物で溢れかえってしまうよ」
大佐が薄ら笑いを浮かべて言う。
「そんな条件、部隊司令部がよく認めましたね」
「殿下に全責任を押し付けようとして失敗したらしい。
3区コロニーを破壊した分の目途が立つまで、廃棄物処理部隊と司令部がクーロイに留まるそうだ」
……何それ。
でもまあ、自治政府としては廃棄物処理の責任を宇宙軍に取ってもらう事ができて、落としどころとしては良いのではないかしら。
「自治政府のクラークソン長官代行の高笑いが聞こえそうですわ」
彼にとっては、良い結果を得られたのではないかと思う。
「実際、笑いが止まらなかったらしいですな」
「あら、まあ」
長官代行がその調子だったら、クーロイは一安心といったところかしら。
「帝室と全貴族総会の対立が続く以上、我々近衛の保護下に居てもらうのは変わらない。
舞台が帝都に移るだろう情勢では、貴女がたにも帝都へ来てもらわねばならん」
「それは、そうでしょうね」
大佐が話題を戻してきた。
それは仕方のない事と理解している。私は頷きました。
「出発の予定は第七突撃部隊の大半が帝都へ引き上げた後だ。
全貴族総会側は、それから数日間を空けて出発することになる。
つまりその間、一時的にだが脅威が減ると見込まれる。そこで」
ここで大佐が言葉を切る。
「折角クセナキス星系に来ているのだ。一度くらい、久しぶりに実家に帰ってはどうかな。
これはトッド侯爵からの提案でね」
そう大佐が私に提案する。
「本当ですか⁉ それは、許可頂ければ有難いです」
こうして保護下にある間は、せいぜい近衛の滞在するここ――近衛で借り切っている星系首都のホテルで会えるだけだろうと思っていました。
「警備上、向こうに泊まるのは許可できない。
だが、向こうでできるだけ家族の時間を取れるよう、侯爵閣下とも調整中だ。
無論、今回近衛で保護している関係者全員を連れて行ってもらって構わない」
クレアさんやマルヴィラも連れて実家に一時帰宅でも行けるなら、本当に嬉しい。
それに、3区の会を支援してくれている実家に、会長もお礼を言いたいと常々話していましたし、いい機会ね。
3区で会の事務処理を一手に引き受けているキャスパーを連れて行けないのは残念だけど。
「侯爵も、貴女の実家も前向きに考えてくれている。予定が決まったら連絡しよう」
「ええ、是非お願い致します」
大佐の執務室を辞去して、ホテルの廊下を歩く。
嬉しい知らせを聞いて足取りも軽い。
この話、マルヴィラ達にも早く知らせてあげないと。
……彼女達は、恐らくあそこかしら。
ホテルのエレベーターを上がり、上層ラウンジフロアで降りる。
多分、ここのトレーニングルームに……ああ、いたいた。
「マルヴィラ。トレーニングは順調? 大尉も一緒だったんですね」
「なんだか、私と一緒にトレーニングをすると励みになるんだって」
骨折が治り、リハビリ中のハイヴェ大尉と競い合ってウェートトレーニングをしている。
「大尉も皆さんも怪我が治ったばかりですから、無理してはいけませんよ」
二人と一緒にトレーニングしているのは、大尉とそう変わらない体格をしている女性達。
大尉の小隊にいる、ローダス准尉、クラバット曹長、ハインツ曹長ね。
「ああ、ありがとう。その辺は気をつけてトレーニングしているよ」
ハイヴェ大尉はそう言うけど、それなら横の隊員達の目線は?
「だったらカートソンさんに張り合わないでくださいよ、隊長。私等はついていけないです」
「お前たちは無理に付いてこなくてもいいんだぞ……あ。
いや、エインズフェローさん。本当に、私も無理はしてないから」
私も白い目で見ていた上に隊員達の指摘でばつが悪くなったのか、大尉は弁解する。
「皆さん心配してるんですから、本当に無理は禁物ですよ」
「……わかった。今日は私は、この辺にしておこう」
大尉は追及にいたたまれなくなったのか。
トレーニングを終えて、シャワールームに逃げて行った。
「で、ケイトはどうしたの?」
マルヴィラも一度手を止めた。
「あのね。今調整中なんだけど……帝都に行く前に一度実家に寄れそうなの。
会長も行きたいって前から言っていたし、全員で行かないかと思って」
「本当!? クーロイに行って久しく父さんに会ってないから、行くなら一緒に行きたいわ。
あとで母さんにも声掛けとく」
マルヴィラも嬉しそうでよかった。
「お願いね。あと、会長はどこかな……部屋に行ってみるか」
「あ、そうそう。ケイト?」
会長を探しに行こうとしたら、マルヴィラに呼び止められた。
「何かしら」
「退院してから部屋にずっと居る事が多いじゃない。ちゃんと身体動かしてる?」
うっ……運動、苦手なのよね……。
「ちなみにね、エルナンさんはあそこにいるわ。
寝た切りになりたくないからって、頑張って毎日身体を動かしてるわよ、あの人」
マルヴィラの指さす先には、トレーニングルームの隅に設置してあるトレッドミルに乗って歩行運動で汗を流す会長が居た。
「私みたいにウェートをしろとは言わないから、ケイトも運動で汗をかいてきなさい」
普段運動を避けている私に、マルヴィラが詰め寄ってくる。
「で、でも、トレーニングウェアなんて持ってな」
「ウェアなら、ケイトのサイズなら多分ラウンジで貸してくれるわ。だから逃げないの」
……はい。降参です。
ラウンジでトレーニングウェアを貸してくれたんだけど……ちょっと、胸と腰がきついかな。
ちなみに大尉達は部隊予算で自前のウェアを揃えていて、マルヴィラもサイズ的にレンタルが無いからホテルで頼んで買ってもらったらしい。
定期的にトレーニングを取り入れるなら、私も頼んで買ってもらおうかな。
マルヴィラに咎められるし……。
実家に一度戻る話を会長にしたら、
「事務局長にも、御実家にも色々お世話になっていますから、私も是非行かせてください」
そう頼まれました。
一緒に行く事になりそうね。
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