16-04 別人になってるのに、花束の誤算
主人公視点
「ミゲーラ・ランヘル随行員。通行を許可する」
「ありがとうございます」
船から降りた私達を調べていた帝国軍の検査担当に礼を言って、先に出ていた皆に合流する。
今の私はペドロ・アコスタ議長付きの政府職員、ミゲーラ・ランヘルという事になっている。
この職員は実在する人物。
ラミレス共和国側の来国者名簿が、全員分、クセナキス星系政府と宇宙軍に提出済なんだって。
その中には――私達3区からの脱出組や、そしてドクやクロは含まれていない。
だから、架空の人を随行員に仕立てあげる事は出来なかったそう。
私がこうして紛れる事ができてるのは、提出した名簿が顔写真なしだったことと、私が名前を借りてる人が今、外に出られない状態だかららしい。
議長付きの職員って、そこそこ重要な役割だよね。それが外に出られない状態って?
「謹慎中なんだ……理由は、詳しく詮索しないで」
打ち合わせの時にセルジオさんが顔を反らして言っていた。
なので、彼は事情を知ってそうだけど。
「全員検査通過できましたので、出発しましょう。
市場の視察ということですので、まずはクラデリア・マーケットまでご案内しましょう。
クラデリア・マーケットというのは、……」
私達共和国使節団の視察を案内するのは、トッド侯爵の次男だというファレル・トッド氏。
歓迎式典でセルジオさんと仲良くなったらしい彼は、トッド侯爵と跡継ぎの長男の補佐をしながら、公式行事以外でこうしてセルジオさんの世話を焼いているという。
ゆくゆくは、共和国とのパイプ役を担いたいと、はっきり自分の狙いを話していた。
それに対しセルジオさんも悪くない印象を持っている様子。
案内されたマーケットは数万の人が住む町の中にあり、町近郊に住む生産者たちが、町に住む人へ自ら生産した食料品や日用品などを販売する市場だという。
「この市場は町の人達の生活のための場です。
だから、サンプルとしての少量の購入はともかく、大量の買い付けは御遠慮ください。
もし量が必要なものがありましたら、私の方にお伝えいただければ別途手配します」
そう言って、ファレル氏はマーケットのある建物へ私達を連れて行く。
「寄ってらっしゃい! ウチの魚は今朝水揚げされた新鮮なものだよ!」
「今朝とれたての葉物野菜がそろってるよ!」
「自家焙煎のコーヒーはいかがですか!」
休みの日だという今日はマーケットにお客さんが多くてとても騒がしい。
そんな中で店の人が大声で通るお客さん達に目を引いてもらうために声を張り上げて呼びかけている。
「活気があるわねえ……それに、向こうじゃ見ないものも多いし」
私に付いてくれているアイちゃんが、ボソッと呟く。
共和国で行ったショッピングセンターも人が多かったけど、これだけ人が密集してはなかったかな。
私達使節団は十人で来たけど、通路がそんなに広くないマーケットでは一塊で行動してると邪魔になる。
私はマーケットの中ではセルジオさんとは別行動を取ることにする。
アイちゃんと、もう一人チャロさんという女性の護衛官と一緒だ。
ファレル氏とセルジオさんには、アイちゃんが断りを入れていた。
セルジオさんは残念そうな顔をしてたけど、私は別にファレル氏に顔を売りたいわけじゃない。
三人でマーケットを見て回る。
以前、共和国のショッピングセンターで生のお肉を売ってるのは見たことあるけど、ここではもっと生々しい、生きてる動物を売ってるところもある。
水の中に浮かんでいる小さな動物を売っているところも幾つかあったけど、カッカカッカと啼く二本脚の生き物を売ってる店も一軒だけあった。
「なんで生きてる動物を売ってるの?」
「捌いて食べるためよ。メグちゃんも魚とか肉を食べてたでしょ?」
アイちゃんに聞くとそんな答えが返って来た。へえ……。
もっと奥へ行くと、今度は加工食品を売る店のエリアになっていた。
ドライフルーツや瓶詰の漬物のようなもの、甘く煮詰められた果物のペーストといった保存食っぽいものや、いろんな種類のスパイス、お茶など、初めて見る色合いや形の食材が並んでいた。
もう少し奥からは砂糖を焼いたような甘い匂いが漂ってくる。
あっちは焼き菓子などが並んでいるようだ。
どの店の人も陽気で、「味見してって!」と声をかけてくる。
私は保存の利きそうなドライフルーツや瓶詰の漬物などを幾つか選んで買っていく。
アイちゃんとチャロさんは、小さなカップに入った何かをひと口味見してた。
味見してる二人の表情がまるで違う。
チャロさんは笑顔だけど、アイちゃんは眉間に皴が寄ってる。
「どんな味なの?」
「……甘い、けど、ちょっとスパイスが強いかな。好きな人はすごく好きそう」
結構、癖の強い味なのかな。
「それって、好きじゃない人は全然ダメなやつって意味でしょ?」
「まあ、そういうこと」
「私は無理だったわ」
三人で冗談交じりに言い合いながら、さらに奥の甘い香りを多々酔わせるエリアへと進んでいき、マドレーヌやクッキーなどを三人で幾つか買っていった。
決められた時間に集合場所に戻ると、セルジオさん達は野菜や果物を幾つか買っていた。
別行動をしていた他のグループは、どこで見つけたのかお酒の瓶が幾つか袋から頭を出していた。
小父さん達が飲み過ぎるといけないから、お酒をどこかで売ってた事は黙っておこう。
「次は、商店街の視察ですね。
このマーケットの外に、個人商店の集まるエリアがありますので行ってみましょう」
そう告げるファレル氏の先導で、私達は歩きはじめる。
少し歩くと、いろんな種類の店が道の両側に並ぶエリアにやってきた。
道に並ぶ店は喫茶店があったり、その隣には雑貨屋があり、その更に隣には一人用の乗り物を売る店があったりと、店同士の並びには全く規則性や関連性がない。
しばらくその通りを歩いていると、ふと、アイちゃんが歩みを緩めた。
彼女の視線の先には、やや古びた外観の小さな電機店がある。
周りの店と違ってそこだけ活気はなく、シャッターは半分だけ開いていて、中には誰かがいるのか、いないのか分からない。
「ここって……事前に聞いてた場所?」
小声で尋ねると、アイちゃんはうなずいた。
「そう。予定通り、入るのはメグちゃんだけ。
私とチャロさんは、入口を塞いで買い食いしながら待ってるから、異常があったらすぐ知らせて」
「わかった」
隣の店でチキンフライを売っていたので、買って電機店の前で三人で食べながら、アイちゃん達の身体に隠されているうちに電機店の入口をくぐる。
入ると、リーンと鈴が小さく鳴るような音がした。
店内は薄暗く、棚の上に並ぶ機器はどれも時代を感じさせるものばかり。
動力源が電気なのか何なのかも分からないような機械もある。
奥のカウンターにいた初老の男が、こちらを一瞥してから無言で頷いた。
「……『部品の調整』をお願いしたいんです」
合言葉を言うと男は再び頷き、無言のまま裏手の扉を開けた。
私は一礼してから中へ。
奥にあった狭い作業室には、雑多なパーツと書類が積まれていた。
中央には、薄い埃をかぶった装置が一つ。
球体のレンズのようなものと、操作パネルのついた台座が一体になっている。
これが、ドクが言っていた、宇宙軍の二代前の規格の通信記録装置なのかな。
私はそっとスイッチを入れる。
数秒の沈黙のあと、パネルがわずかに光り、球体の内部にちらつく波形が浮かび上がった。
「……とりあえず、生きてるみたいね」
この装置は一見普通の通信機なんだけど、旧世代の量子振動を使った暗号化回路が組み込まれている。
その回路の動作を確かめるべく、装置の録音スイッチを入れる。
「皇帝なんかぶっとばせ」
録音スイッチを切り、暗号化スイッチを押す。
画面上に「暗号化キーとなる合言葉を入れてください」と表示されるのを見て、用意していた音声レコーダーを懐から取り出す
『忠誠心なんか糞くらえだ』
レコーダーに録音されていたのは、ドクの音声。
『正常に暗号化されました』
5秒ほどで、そう画面に表示される。
メニューから、暗号化された音声の波形パターンを表示させる。
暗号化されているため波形はメチャメチャだが、音声レコーダーに保存された、来る前に船の装置で同じことをしたデータを読み込ませて比較すると、90%以上が一致していた。
復号化スイッチをONにし、暗号化キーとして先ほどのドクの音声を流す。
10秒程すると、『正常に復号化されました』と表示された。
暗号化/復号化回路もちゃんと生きてるし、船に搭載されたものと同じと見て言いと思う。
問題なさそうだと判断して、先ほど入れたデータを全て消去し、装置の電源を切って部屋の外に出る。
「配送をお願いします」
部屋の外にいた男に、問題なしを伝える合言葉を言う。
男が頷くのを見て、半開きのシャッターから店の外に出る。
ちなみに、「故障」と伝えれば同型の別の装置を探せとの意味、「交換」を申し出ていれば別の型の装置を探せと言う意味で伝わる、と事前にアイちゃんと打ち合わせていた。
入口では、アイちゃんとチャロさんがそのままの位置で、チキンフライを食べる振りをしていた。
中から、二人の脚をつつく。
「異常なし」
「良かったわ。……じゃあ、ぼちぼち行きましょうか」
しばらく歩き、マーケットの外れに着く。
そこには、小さな花屋があった。
素朴な木の看板に「カーザ・フローレス」とだけ書かれている。
店先には、赤や黄色、紫や白と、色とりどりの花が咲いている。
「……これが、実物の花なの」
私は、ぽつりと呟いた。
写真とか資料でしか、花を見たことが無かったから。
近くに寄ると、たくさんの花の香りが一気に広がった。
棚にぎっしりと並んだ鉢植えや切り花の中で、白い大きな花がなんとなく目を引いた。
「花がそんなに気に入った?」
横にセルジオさんが立っていた。
いつの間にか、彼もここに来ていたらしい。
「……ああ、そういうことか。野暮な声掛けはしない方が良さそうだ」
少し離れたところからファレル氏の声がする。
野暮な声掛けって、何。
「これ、受け取って」
彼の手には、小さな白い丸い花が一杯に咲いた束。
真っ赤になりながら、彼は私にその束を渡す。
花の香りが、ほんの少しだけ、心の緊張をほどいてくれた気がした。
「この花の名前、君と同じなんだ。知ってた?」
彼は、少しだけ冗談めかした調子で言った。
でも、その瞳はまっすぐだった。
「ちょっと、待ちなさい!」
「セルジオ君!」
アイちゃんとチャロさんが、慌てた様子でセルジオさんに詰め寄る。
「……あっ」
何かに気付いたセルジオさんが、途端に蒼褪める。
……あ。
この花って……もしかして。
――『マーガレット』って名前だったりするの⁉
「……私は、知らなかったことにしておく」
顔を背けながら、小声でファレル氏が呟く。
一緒に来ていたのが、ファレル氏だけでよかったけど……。
これ、完全に……。
私の正体が彼にバレてる気がする。
メグの心の中「なにやってるの、セルジオさんの馬鹿……」
でも、実はミスをしたのは彼だけではなかったり。
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