16-02 黙っていても、無関係ではいさせない
自治政府出向職員 フィリベルト・ガレッティ視点
「撤退そのものは歓迎します。ですが、懸念事項が幾つか」
ハランドリ星系にて滞在中の宇宙軍第七突撃部隊との、交渉の場。
我々自治政府は、公開聴聞会の後すぐに、第七突撃部隊司令部に交渉を求めた。
それが受け入れられたのは、申し入れの二時間後。
私はクラークソン長官代行の補佐官の肩書を一時的に貰ってハランドリ星系に来ているので、他の補佐官達と一緒にこの場に同席させて頂いている。
交渉相手は、突撃部隊司令官ヌジャーヒン准将、そして二人いた副司令官の一人で突撃部隊参謀長を兼ねていたラーケン中佐と、あと数名の参謀部幕僚。
交渉の場が始まったばかりなのに、彼等は一様に疲れた顔をしている。
ヌジャーヒン准将の前任は帝都にいる第一宇宙軍艦隊で、度々艦隊を訪問する帝室の方々への『もてなし』を長らく担当していた。
そんな彼が准将になっているのは、帝室をもてなす担当の職位が低いのは不味いという配慮によるものだけ。彼はお飾り司令官なのだ。
実質的に突撃部隊に指示をしていた第四皇子殿下は、『陛下から監察官を解任され、クーロイでの任を解かれた今、同席する理由がない』と、この交渉の場への参加を拒否しました。
副司令官だったもう一人、殿下の意を得て実働部隊の一部――あの第二二三陸戦連隊出身の連中を指揮していたマクベス大佐は既に別任務に着任しているらしく、彼もこの場にいない。
「懸念事項とは?」
横からラーケン中佐が突くもヌジャーヒン准将は一向に動かず、結局ラーケン中佐が我々に質問をする。
准将は本当に何もできない、名前だけのお飾りなのか。
「帝室が連れ去ったカルロス侯爵閣下の解放。
貴方がたが今もクーロイで拘束しているカークバーン行政長官以下政府高官の解放。
そして3区コロニーの破壊により支障を来たした廃棄物処理、そして損害補償」
長官代行が主な論点として四点を挙げると、またラーケン中佐が准将をせっつく。
この辺りは交渉の場に挙げられることを予想して、模範解答を准将に答えさせるつもりだったのだろう。
「形式は大事だが、我々はそれに時間を費やしたくない。分かる者が答えてくれ」
長官代行が言うと、中佐ははぁと溜息を吐く。
「……わかりました」
中佐が諦めたように答える。
「侯爵閣下については、帝室が身柄を預かっている以上、我々としてはどうしようもない。
ただ、行政長官以下政府高官の身柄は、数日中にお返しする」
「ステファノ・アイアロス前総務長官の身柄も含めて?」
すかさず長官代行が聞くと、中佐はうっと言葉を詰まらせる。
前総務長官は、殿下に寝返ってエインズフェロー女史の拘束に動いていた人物だ。
式典直前に解任され自治政府によって拘束されたが、宇宙軍――第二二三の連中によって半ば強引に身柄を引き取られていた。
以降、殿下の元でクーロイや自治政府についての情報提供をしていたはずだ。
「これ以上殿下を立てる必要はないのでは?」
「……ですが彼の身柄は今、殿下の元にあります。クセナキス滞在中に確認致しましょう」
暫定領主を解任された今、殿下が彼を引き続き抱える理由は無いはず。
早ければ明日にでも引き渡されるかも知れない。
「3区のコロニーの外殻を破壊し、廃棄物投棄が出来なくなったことについては遺憾の意を申し上げる。
だが、我々は元はと言えば帝室の命で編成された臨時部隊。補償については帝室と交渉して頂きたい」
中佐の回答に、長官代行は首を振る。
「そもそも、部隊がクーロイ星系の規模も考えず、準備しないままクーロイに進駐して来たことが問題でしょう。たった二万人足らずの人口で数千人の宇宙軍を養えるはずがないことは、初めから分かっていたのでは?」
だが今度は中佐が反論してきた。
「我々も申し入れていたのですが、殿下は聞き入れませんでしたな。
それは、そこの側仕えの者が良くご存じでしょう」
中佐は殿下の責任だと言い、私を詰問する。
私も殿下に申し入れていたのだが、殿下は今回のクーロイの件で私達側仕えに深入りさせず口を挟ませなかった。
だが、その責任を殿下や私達側仕えだけに求めるのは違うだろう!
「殿下を止められなかったのは申し訳ありませんでしたが、兵士達やクーロイ市民が飢えないよう、殿下に何を言われようと必要な措置を講じるのは司令部の責任でしょう。
出撃前に私から司令官にも副司令官にも何度申し入れたか。忘れたとは言わせません」
私がそう言うと、准将は俯き、中佐は苦い顔をする。
最初は殿下の側仕えとして、今は自治政府側の出向職員として、両方の立場でクーロイに関わった今ならはっきり言える。
今回のクーロイでの揉め事の半分は殿下と第二二三連隊出身者によって起きているが、残りは司令部が殿下に言われるままに事前準備を怠ったことによるものだ。
「准将や中佐といった官位や、司令官や副司令官といった職位は、貴方がたの下で動く下士官や兵士達の為に責任を取るためにあるのでしょう! その責を全うして頂きたい!」
殿下に責任が無いとは言わない。
だが、殿下に全部責任を負わせて『私達は関係ない』という態度を取る彼等司令部の無責任さに腹が立って、思わず声を荒げてしまった。
「こ、この若造が、言わせておけば……!」
私の発言に腹を立てたのか、ラーケン中佐が目を血走らせて睨みつけてくる。
が、ここで長官代行が割り込む。
「彼は自治政府の職員として出向中で、今は私の補佐の任にいる。
今の彼の発言は我々自治政府の総意と思って頂こう。
余りに無責任な発言を繰り返すなら、貴方がた突撃部隊司令部の発言をトッド侯爵を通じて宇宙軍統合本部に厳重に抗議させて頂く」
「な、何っ……!」
ラーケン中佐は蒼褪める。
トッド侯爵を通して、というのは、すなわち全貴族総会に諮ることになる。
クーロイでの彼らの横暴は帝室に責任を転嫁して済む問題ではない。この件を全貴族総会に諮れば、まず間違いなく総会による抗議となる。
帝都以外の各星系を治める有力貴族家が揃って名を連ねる今の全貴族総会を敵に回しては、宇宙軍は帝国内での活動に著しい制限がかかってしまう。統合本部は彼等を庇い立てはしないだろう。
また、第一宇宙軍艦隊出身の彼らが帝室と近い関係であったとしても、帝室は全貴族総会と対立状態にあり、近衛とも距離を置かれている。
そこに帝室の支持基盤でもある宇宙軍統合本部まで敵に回して帝室は立ち行かない。
おまけに責任を殿下に転嫁しようとする発言までしていては、帝室は彼等を切り捨てるに違いない。
そういった末路が想像できただろう。
ヌジャーヒン准将とラーケン中佐だけでなく、彼らの幕僚たちも一様に蒼褪める。
彼等の表情を読み、長官代行が発言する。
「現状認識が出来たようで何よりですな。我々が求めるのは三つ。
一つは、実際に突撃部隊によって直接危害を加えられた市民への補償。
これは、不当に拘束され拷問を受けた3区の会事務局への補償。
さらに我々が肩代わりした彼らの治療費も含みます」
「……まずは、その算定を頂きたい。具体的な補償額を見て判断させて頂く」
ラーケン中佐は、そう長官に回答した。
長官代行の事だから、そこに自治政府側の被害も織り込むだろう。
それでも、宇宙軍の実働部隊の予算は莫大だ。
3区の会事務局への補償を含めても、彼らが払えない金額にはならないだろう。
「次に、宇宙港と各コロニーのシャトル駅設備の明け渡し。
こちらは可及的速やかにお願いしたい。
クーロイ市民の生活インフラにもなっていますからね」
「撤退にあたって、設備の返還は必須だろう。了解した」
ラーケン中佐が頷いた。
「ヌジャーヒン准将。会議で一度も発言しておられませんが、宜しいのですか」
長官代行が司令官に話を振る。
「ま、まあ。ラーケン中佐以下、幕僚たちはしっかりしている。
彼が良しとするなら、私に異論はない」
お飾りだからと黙っていても、准将は司令官という責任者だ。
議論に無関係にはさせない。
言質を取り、その発言に責任を負ってもらう。
これで三つ目の要求が生きてくる。
「最後に、廃棄物処理について」
その長官代行の発言に、幕僚の一人が驚いた顔をする。
あれは、参謀部の中で突撃部隊内の事務処理を担当する幕僚だったはず。
確か……ロップス少佐といったか。
彼だけはすぐに気づいたか。
「3区コロニーが使えなくなったため、今は貴方がたの一部に廃棄物処理を行って頂いています。
ですが、彼等も一緒に撤収されてしまっては、たちまちクーロイが廃棄物まみれになってしまう。
廃棄物処理に関連した業務を遂行している部隊は、この問題が解決するまではクーロイにて引き続き留まって業務を遂行頂きたい。
無論、責任者もね」
ラーケン中佐だけでなく、ヌジャーヒン准将も蒼褪める。
クーロイの問題は帝室と全貴族総会の対立に発展し、既に政治の場にステージが移っている。
その対立が決着しないと、クーロイの問題も解決に向かわない。
それまでの間、とりあえず現状を継続する必要がある。
突撃部隊の中でも廃棄物処理に従事している部隊まで撤収してしまうとクーロイは破綻する。
現状では、彼等に代わって廃棄物処理を遂行できる人員もリソース――クーロイから隣のハランドリに廃棄物を運ぶ運搬船を含めて――も、今の自治政府には無いからだ。
クーロイの生活インフラを破壊し現状を招いた、突撃部隊側に責任を持ってもらうのだ。
「幾らなんでも、それは……」
「貴方がたにとっても、これは悪い話とは限らないと思いますがね」
ヌジャーヒン准将の抗弁に、長官代行が返す。
そう、彼等司令部にとっても、悪い話ばかりではないのだ。
どの道、全貴族総会からクーロイでの騒動の責任を統合本部が追及されるだろう。
このまま部隊を撤収させたとて、彼等司令部は間違いなく更迭され、今は突撃部隊の一部が担っている廃棄物処理を請け負う別の人員が手配される。
統合本部が責任を取ろうとすれば、そうならざるを得ない。
ここで、彼等突撃部隊側がこちらの提案通りに責任を取ればどうなるか。
実働部隊の大半は突撃部隊から外れ別の任に回されたとしても、形としては突撃部隊の一部がクーロイに残って残務処理に当たることになる。
部隊が残るのであれば、司令部も……一部だけでも、残さざるを得ない。
政治的対立が決着し、新たな廃棄物処理体制ができるまで、そうして任を全うすれば、突撃部隊で責任を全うしたとして、彼等司令部の首が繋がってもおかしくないのだ。
それでも降格などは免れないとは思う。
だが、このまま部隊を解散して統合本部から更迭されるよりは余程マシな未来となるだろう。
「それなら、せめて0区のシャトル駅は引き続き」
それを求めてくることは予想できた。
長官代行が皆まで言わせず返答する。
「撤収なので引き渡しは当然だと、先ほど司令官が仰いましたよね。
市民の交通インフラであるシャトル駅にいつまでも居座られたら困るんですよ。
代わりの宿舎や作業場所はこちらで用意します。
運搬船用のドックは、宇宙港の隅にある警備艦隊用のドックと併用でも大丈夫でしょう」
長官代行の返答に、中佐は固まる。
シャトル駅など使わせない。人数に見合った場所を用意する。
居残り司令部に安楽椅子を用意してあげる義理は無い。
そのために、先に司令官の言質を得たのだ。
「……わ、分かった……その方向で、検討する……」
彼等には、自分達の身を守れる、これ以上の案などないのだ。
それを悟ったラーケン中佐は、項垂れながらそう返答した。
「ガレッティ君。君の提案には本当に助けられたよ」
会議から帰る車の中で、長官代行から労いの言葉を頂いた。
向こうの司令部の人員の情報と、今日の話の進め方は、私から長官代行に提案したのだ。
「いえ、こちらこそ、会議中に口を挟んですいませんでした」
私が頭を下げると、長官代行は笑って私の肩を叩く。
「いや、あれは確かに不用意な発言だったが、君は自治政府の一員としてあの場にいた。
責任を取るのが私の役目だよ。
それにあの無責任さには、私も腹を立てていたんだ。
それをはっきり言葉にしてもらって、私達も胸のすく思いだったよ」
やはりあの時、長官代行は私を庇ってくれたのか。
……今、殿下の事を考えるのは止めよう。
「クーロイから廃棄物処理以外の人員を撤収させ、食糧負担と廃棄物も減らし、向こう持ちで廃棄物処理をしてもらう。
彼等は首の皮一枚繋がる。
これがWin-Winの関係というものかな」
無論、長官代行の発言は冗談だ。
Win-Winというよりむしろ、一方的に勝利した感じだ。
突撃部隊と衝突し続けた自治政府が、ようやく彼等に仕返し出来た高揚感が、この場を満たす。
長官代行や、他の補佐官達が高笑いをする。
私も、一緒になって笑った。
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