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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第16章

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16-01 常連の戻らない、クーロイのとあるバーの日常

0区在住の、あるクーロイ市民視点


大変お待たせしました。

「おいマイク、次はあれだ。もう一杯ビールくれ!いつものやつ!」


 兵士達の誰かがそう叫ぶ度に、カウンターの奥でグラスを磨いていたマスター——つまり私は、心の中で「それは私の名前じゃない」と独り言ちます。

 けれども訂正する気にもなれません。

 彼らにとって、このクーロイの住民の名前なんてどうでもいいのでしょう。


 壁に掛けられた大型テレビでは、帝国プロリーグのサッカーの試合が流れています。

 店の外観からは場違いなほど、店内には派手な実況とゴールの歓声が響きます。

 その雰囲気に、酒場の空気が膨れ上がっていました。


 以前はジャズ音楽をかけながら、静かにお酒の味を楽しんでいただく店だったのです。

 静かな雰囲気の中流れる音楽を楽しみながら、グラスを傾ける常連たちが集まっていたこの店。


 今は宇宙軍の兵士達が連日やってきて、店内で流されるテレビのスポーツ放送を見ながら一喜一憂して盛り上がっています。

 最早、夜の兵士たちの屯所と化しています。


 カウンターの向こうで騒いでいるのは、進駐して来た宇宙軍の連中です。

 10人ほどのグループで、どの顔も見慣れたものですが、私は誰の名前も知りません。

 礼儀知らずの連中ですが、彼らのリーダー格らしい男だけは、騒ぎすぎると皆を窘めるなど、他の兵士たちよりはマシなようです。


 彼等は皆、サッカーやラグビー、アメフトなどの激しいチームスポーツが好み。

 なので、今の店内はいちいち騒がしいのです。

 クーロイではそんなスポーツのプロチームも、大きな競技施設もありませんから、クーロイの放送局にはこうしたスポーツ中継チャンネルはありません。

 宇宙軍兵士が来るようになってから、彼等にお金を落としてもらうために、高い料金を払ってハランドリ星系から回線を買っているのです。


 ただ、偶に訪れる地元客のためにも飲食の提供価格を大きく上げるわけにもいかず。

 彼等は連日派手に飲み食いするのですが、酒の注文は安いものばかり。

 総じて売上は多少伸びたものの、高い酒が出にくいため、利益は以前と比べて落ちています。



 その日、クセナキス星系にてクーロイの暫定領主に対する聴聞会が開かれるとは聞いていました。

 今の長官代行も出席するためにクセナキス星系へ向かったそうです。

 向こうで何か動きがあるのでは、とニュースでは報道されていました。


 その聴聞会後にクラークソン長官代行の記者会見の様子が中継されるようですが、その時間は夜なので、また兵士達がスポーツ中継を点けろと煩いでしょう。

 家に帰ってから録画を見ましょうか。


 その当日も、いつも来るあの10人ほどのグループが連れ立ってやってきました。

 そしていつものスポーツ中継チャンネル――今日はラグビーの中継のようです――を点け、騒ぎながら観戦していました。


 そこに、画面の下半分に赤い帯が表示され、大きな文字で「速報」とテロップが表示されます。


「折角いい所だったのに!」

 そんな兵士達の声を他所に、その速報の内容が表示されます。


《クーロイ暫定領主フォルミオン第四皇子、事実上の更迭》

 店内の騒ぎが一瞬静まり返ります。


「おい、ってことは……俺達もやっとここから帰れるのか!」

「やったぜー!」

 さっきの静まりが嘘のように、スポーツ観戦の時以上に盛り上がります。


「マスター、ウィスキーお代わりだ!」

「俺も!」

「こっちにもくれ!」


 皆が飲んでいた酒を一気に煽ったのか、兵士達のあちこちからお代わりの注文が入ります。


「端末でご注文を」

「固い事言うな。後で払ってやるから、はやく作れ!」


 口でお代わりを求められても、今は事前決済してもらわないと提供しないルールにしているのですが、酔いが回り盛り上がった彼らは聞く耳を持ちません。

 すると、まとまった注文が決済された情報がこちらの端末に入ります。


「これでしばらく彼らに飲ませてやってくれ、マスター」


 彼らの後ろで飲んでいたリーダー格の男がまとめて注文してくれたようです。

 それも、全員にウィスキー三杯分。


「了解しました」


 高い酒が久々に出ました。なるべく愛想よく返事をします。 


「なるべく早くな!」


 こうしてまとめて注文いただけるのは嬉しいのですが。

 こちらは一人ですから、一々手ずから用意していられません。


 全員の空グラスを回収して食洗器に入れた後、別の装置に空グラスを人数分入れ端末を操作します。

 1分ほどして装置の蓋が開き、先ほどの空グラスにウィスキーの水割りが入った状態で出てきます。


 兵士達が来るようになって導入したこの給仕装置。

 同じお酒の注文が入った時に大量に処理するものです。

 そこそこ動作音が五月蠅いため、以前は店の雰囲気に合わないと思い導入していませんでした。

 ですが騒がしくなった今の店では、騒音を誰も気にしません。

 むしろ兵士達も早く飲めればいいので、機械で入れられたものでも気にしないのです。


 以前の店では、常連たちは私が入れる酒を楽しんで暮れていたんですがね……。

 そう思いながら、彼らにお代わりを提供します。

 その間に食洗器にかけていたグラスの洗浄が終わったので、次のお代わり用に給仕装置にセットしていると、声を掛けられます。


「マスター」


 兵士達の後ろにいたはずのリーダー格の男が、何故かカウンターの端から私を手招きします。


「あの中継と別の放送が視れる端末は無いか」


 彼の所に行くと、そんな事を聞かれました。


「小さいものならありますが」


 カウンターのこちら側に置いていた、最近使っていない小型のテレビ端末を出します。

 客のいない時間帯に私がテレビを見る為に置いているものです。


「ありがとう。少々借りる」


 そう言って彼は端末を受け取り、クーロイのニュースチャンネルを付けます。

 兵士達が次々にお代わりを手をつけていく間、彼はそのまま、酒も飲まずにじっとニュースを見ていました。

 他の兵士達が呑気にスポーツ中継で盛り上がる中、リーダーの男はぶつぶつと文句を呟いています。彼の雰囲気も暗くなっていきます。


「小隊長! 全然飲んでないようですが、俺が貰ってもいいですか!」

「……ああ、構わん」


 リーダー格の男に用意していたウィスキーのお代わりも、別の兵士達に貰われていきました。



 ブーン、ブーン、ブーン!

 どこからか通信端末の着信の振動が、カウンターに伝わります。

 誰だと思ったら、隅のリーダー格の男が懐から通信端末を取り出し、会話を始めます。

 

「クロイスバルトです。……はい、はい……。

 え!? ちょ、ちょっと待って下さい。以前と約束が違うではないですか!

 今から、本部に伺いますので詳しい話を……ちょ、ちょっと!

 ……くそっ、切りやがった」


 男は悪態をつきながら、通信端末をまたポケットに仕舞いました。

 すると、リーダー格の彼は店の注文端末を操作します。

 こちらの端末に、彼からの注文がまた入りました。

 ウィスキーのお代わりですが、ちょっと中途半端な数。


「小隊長! まだこっちに戻れないんですか?

 さっき部隊撤収って速報が出てましたし、残り少ない任期を楽しみましょうよ!」


 テレビで盛り上がっている者達から、リーダー格の男に声がかかります。


「すまんが、私はちょっと用事が出来た。

 あと三杯分注文しておいたから、お前らはもう少し楽しんで帰れ。

 ……どうせ、すぐに落胆することになるだろうがな」


 最後の一言が小声で、私にも聴き取れませんでしたが、彼はそのまま私に端末を返し、店を出て行きました。

 先ほどの中途半端な数の注文は、彼を除いた分だからのようです。


 その後、残った兵士達は飲み食いしながら引き続きスポーツ中継を二時間程楽しんで、先ほどの先払い分が無くなるとあっさり帰って行きました。

 そうして誰も居なくなったので閉店の札を外に掲げ、ニュースチャンネルを聞きながら片付けをします。

 どうやら自治政府と宇宙軍の間で撤退に伴う調整をハランドリで行っているようで――双方のトップが向こうにいるので、自然とそうなりますか――、基本的にはクーロイからの撤退の様ですが、今もなお拘束されている領主の扱いと、3区を宇宙軍が使えなくしたことに対する補償で揉めているらしい、という事です。

 


 翌日には、シャトル駅と宇宙港を占拠していた宇宙軍が慌ただしく動き始めたと報道され始めました。

既に宇宙軍の一部で撤退準備が始まっているようです。

 日中買い出しに出ると、街中をパトロールしていた宇宙軍兵士の数も心なしか減っているように感じます。


 いつも来る彼等が来なくなったら、以前の常連さん達は戻ってきてくれるでしょうか。

 そんなことを考えながら、今日も開店準備を進めます。


 そうして開店すると、大体いつも通りの時間に、あの兵士達が来店しました。

 ですが彼等はいつものように明るい表情をしていません。


「いつものチャンネルを点けてくれ。それと、全員にエールを」


 リーダーの男がそう言い、全員分のエールを前払いでオーダーします。

 そうしていつもの様にスポーツ観戦しながらの飲み食いが始まりましたが……。


「ええい、なにやってんだ、そこは反則覚悟でタックルいくところだろう!」

 ダン! 


「ノックオンだと、どんくさい奴だな!」

 ダンダン!


 放送されるプレーを見ながら、事あるごとに兵士達がカウンターを殴りつけます。


「すまん、マスター。暴れる様なら止めるが、少々荒いのは今日だけは勘弁してほしい」


 リーダーの男が、カウンターの隅で私に謝罪します。


「皆さんいつになく荒れてますが、一体どうしたのですか」

「いや、それがな……」


 彼も愚痴を言いたい気分だったのでしょう、事情を話してくれました。

 日々出てくる処理しきれない廃棄物をシャトル駅の貨物ヤードに集め、その廃棄物から再利用品を回収する業者達が漁っていくのを監督し、残ったごみを宇宙軍の運搬船に乗せる。

 彼等はクーロイに来てからずっと、そうしたクーロイ中から日々出てくる廃棄物関係の任務をしているそうです。


「やって当たり前、何かあれば文句ばかり言われる役目だ。貧乏くじを引かされた俺達の飲み代を上が補填してくれていたんだが……流れが変わりそうなんだよ」


 それが、今回の撤退騒ぎで状況が変わったようです。


「基本的にはクーロイ駐留部隊は撤退の方向だ。

 だが、俺達含めたゴミ処理関係の任務をしている部隊の扱いだけはなあ……」

「帰られるのですか?」


 そう訊くと、リーダーの男は首を横に振る。


「3区のコロニーが使えないから、自治政府としては俺達の部隊は残してほしいそうだ。

 今揉めているのは、俺達の滞在費用を誰が払うかってことらしい」


 彼等は居残りが決まったのですか。


「周りの方々が帰り支度をしているのに、自分達が帰れないからイライラされていると?」

「そうだ」


 私は、はあっ、と溜息を吐きました。


「物を壊さない限りは、大目に見ましょう。どうせ、他のお客様もいらっしゃいませんし」

「……すまない」


 リーダーの男は、珍しく頭を下げました。



 あっ、ということは。

 誰が彼らの飲み代を持ってくれるかによっては、彼等は残ってもこれまでの様に、毎日のように来るとは限らないってことですか?

 それは、私も困りましたね……。


 彼等があまり来なくなって、それでも常連さん達が戻らなければ、どうしましょう。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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話がどんだけデカくなってもずっと問題の中心に残り続けるゴミ問題w ぶっちゃけ銀河にこれだけ人類が行き渡るような文明レベルになったら 元素変換とかナノマシンとかそーゆー超テクノロジーでゼロエミッション…
マスターと小隊長が可哀そうすぎる・・・
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