15-10 公開聴聞会を終えて
途中で視点が変わります。
会場を係員に送り出され、ホテルの部屋まで戻って来た。
色々あり過ぎて疲れた。もう今日はこのまま眠ってしまいたい。
だが、部屋をノックする音がする。
「誰だ」
「グロスターです。少々お話が」
こういう時の奴のお話は、少々どころか外に出せない事が多い。
やれやれ、寝かせてはくれんか。
ドアを開けて奴を招き入れる。
「殿下、この度は……残念でした」
「過ぎたことだ。近衛隊のビゲン大佐と、クラークソン長官代行に上手く立ち回られた。側仕えを上手く使えなかった私の責任だ。グロスターを領主補佐に使う訳にもいかんからな」
生存者の行方を追うことや、あの女の身柄確保に掛かり切りになり過ぎ、領主の職務を疎かにしてしまったのが理由だ。
私がもっと、側仕えの皆を上手く使えなかったのが原因だろう。
それにグロスターには領主の職務の補佐など期待していない。
彼は諜報や荒事の方が専門だ。
「あの自治政府や3区の会の面々ですが、ペルサキス伯爵が座乗艦で連れて来た模様です」
「そうか……あの輸送船の所属は、ペルサキス伯の領地にある会社だったな。だがそれを事前に知っていても、あの星系にも伯爵の座乗艦にも手は出せなかっただろう。仕方ない」
ペルサキス伯の領地では、星系外の哨戒業務も宇宙軍に委託されておらず、自前の民間軍事会社が請け負っていたはず。宇宙軍の艦隊を連れて行けば、色々問題が起きていた筈だ。
それに……。
聴聞会までは、私はどこか焦っていたように思う。
結果を出さねば、父に認められなければ。
だが、私が陛下から聞いていた話と違う話が出てきて……私は元から、父にはそれ程期待されていなかったのではないか、と思った。
ああ、そうだ。その話を、グロスターともせねばならない。
「ところでグロスター。聴聞会の中で出ていた話についてだが」
「私も外で聞いていましたが……あの与太話についてですか?」
グロスターは平静に答える。
「お前がどこまでの事を与太話と言っているか分からんが、クロップス宙賊団や軍政時代の横流しなどは、私は聞いていないぞ」
「なにせ、与太話ですから。あの女が言っていた通り、別に証拠がある訳でもありません」
やはり、グロスターは話すつもりが無いようだ。
証拠がないから与太話だ、という論理を私に押し通すつもりのようだが……あの生存者達が握っている証拠があるから、隠滅して与太話という事にしてしまいたい、という風にも聞こえてしまう。
「そんな与太話はともかく。陛下からお話があるようです。
それに、殿下はまだ監察官の任を解かれた訳でも、第七突撃部隊の統帥権を取り上げられた訳でもありません。艦に戻りましょう」
「……わかった」
艦に戻り、FTL通信室にグロスターだけを伴って入る。
接続要求を出すと、しばらくして向こうが回線を開いた。
陛下が画面に映し出される。
「フォルミオン。クーロイの統治を続けられなくなったのは非常に残念だ。
側仕えの者達を上手く使えなかったお前の責任でもある」
そこは、私も自覚している。私は頭を下げた。
「まあ、過ぎた事を言っていても仕方ない。
カエサリアをそちらに派遣する。彼がそちらに到着次第、あの部隊の者達を引き渡せ。
その段取りは追ってグロスターに伝える」
「畏まりました」
グロスターが私の横で頭を下げる。
「後は、フォルミオンは監察官としての残務をこなせ。
具体的な事は書面で指示を出す。
フォルミオンは退出してよい。あとは、グロスターと少し話がある」
……やはり、陛下は、父は私にそれほど期待をしていないようだ。
ならば、突っ込んだ話をするには、今この機会を使わねばならない。
「私から幾つか聞きたい事があるのですが」
発言すると、陛下の眉間にしわが寄る。
「なんだ」
「一つは、聴聞会で証言の出た、クロップス宙賊団の件」
陛下は溜息を吐いた。
「……二十年程前だったか。クロップス宙賊団を名乗る大規模な宙賊団が、あちこちの星系を荒らしまわったのは事実だ。私の叔父だったルフェウス大公も亡くなり、カーネイジ侯爵領、カルロス侯爵領他、多数の貴族領が大きな被害を受けた。我々も討伐艦隊を差し向けたが、奴らは艦隊から逃れ姿を晦ませた。それ以来、宙賊団の行方は分かっていない」
そんな、タンクレーディ達に訊いてもわかる話を聞きたいのではない。
「では、クーロイの警備艦隊がリオライトの横流しをしていたというのは」
「お前自身が、証拠も無い与太話だと一蹴していただろう」
私の質問は陛下に一蹴された。
「あの場での私の立場を貫くには、一蹴するしかありませんでした。
でもあんな話、私は事前に聞かされていませんでした」
「証拠も無い与太話を、お前に聞かせる理由もなかろう」
陛下はあくまで、あれを与太話とするようだ。
「警備艦隊がミスによってあの3区の事故を起こした証拠が3区の管理エリアにあるなどという、私が事前に聞いていた話だって、証拠が無いでしょう」
なおも食い下がると、陛下は再び溜息を吐いた。
「事前にお前に伝えた内容が嘘であるわけではない。警
備艦隊の落ち度で十七年前の事故が防げなかったのは事実だ。
ただ当時の生き証人が生き残っていたというのは想定外だったから、あまり彼らに公の場で話されても困るし保護しようとしただけの話だ……話はそれだけか」
私は首を振り、話を続ける。
「もう一つ。
仮にあの女と生存者達を確保できていたら……それから先、どうされるつりだったのですか」
まだ、聞きたい事は残っている。食い下がって質問をする。
「カルロス侯爵が叛乱罪だった場合は、彼の治めていたクラターロ星系は私が責任をもって復興する。いずれ帝室を離れるべきお前にはクーロイ星系を統治させる。そのつもりだった事は以前話した通りだ。だがその予定が崩れた今、今後の事はまだ決まっていない」
こちらの聞きたい事を、微妙にはぐらかされる。
聞き方が悪かったか。
「そうではなく……。
捕らえたあの女と生存者達は、どうするおつもりだったのですか、と聞いているのですが」
はぐらかされない様、もっと直接的に聞いてみる。
「……どうと言われても、適切に扱うだけだ。
もういいだろう。フォルミオンは下がりなさい。グロスターと話をする」
はぐらかされたのは私でもわかった。だがこれ以上は、食い下がるのは無理か。
あとで、グロスターを問い詰めよう。
私が艦に戻ったことで、タンクレーディ達も艦に戻ってきていた。
彼等は艦内の執務室にて、聴聞会での決定事項を遂行すべく準備を始めていた。
「皆……不甲斐ない主で、済まなかった」
私は側仕えの皆に頭を下げた。
「どうしたのですか、殿下」
「今更謝っても取り返しはつかないが。
いずれ臣籍降下して身を立てていく上で、君達の協力が必要な事は分かっていたはずなのに……卒業以来、私は独りよがりになっていたようだ」
私は、頭を下げながら言葉を続けた。
「私はこのまま帝都に戻れば……謹慎の上、どこかに放りだされるだろう。
父上には元から期待されていなかったようだしな。
だが、今はまだ君達がいる。どうか、私に力を貸してくれないだろうか」
「どんな内容かに拠りますが」
タンクレーディが言う。
「聴聞会で3区の会側から出た、十七年前の事故の話。
あれは事前に私が聞かされた話とは異なる。
それにクロップス宙賊団の件は何も聞かされていなかった。
私が事前に聞いていた話と皆の知る情報をすり合わせたい。
そして……実際には何が起きていたのか、納得できる情報が欲しい」
「それを知って、殿下はどうする積りなのですか」
ミルヌイが私に問う。
「結果的に、父上が良からぬ事を考えているのなら……できれば、止めたい。
少なくとも、グロスターが裏で何をしているかも把握して、問い詰めたい」
頭を下げ続けながら言う。
しばらく沈黙が流れた後、タンクレーディが答える。
「……私達に考える時間をください。七人で話し合って回答します」
*****
(ジュゼッペ・タンクレーディ視点)
「あれ、どう思う?」
殿下が退出後、ペドラスが口にする。
あの殿下が私達に謝罪の言葉を口にしたり、頭を下げたりしたのはいつ振りだろうか。
「今までが今までだったからなあ……殿下も追い詰められているのは確かだろうけど」
スツケヴァルは、半信半疑のようだ。
「でもさ、やっと殿下が歩み寄ってきたんだ。
あの方の知っている情報を引き出すチャンスじゃないか?」
トマセオは、歩み寄るかどうかは別で、一度殿下と話をしても良いと言う。
「あのクロップス宙賊団の事自体を殿下は知らなさそうでしたが……今日の聴聞会で出た話では、あの十七年前の事故は無関係じゃない気がするんですよね。
だから私は、殿下が持っている情報を知っておきたい」
ミルヌイは、宙賊団に母親を殺されていて、ずっと宙賊団の行方を追っている。
だから今日の話を聞いて、殿下に話を聞いてみたいという気持ちが彼は強そうだ。
「ガレッティやジェマイリにも相談してみようか」
これは、あの二人にも話してみる必要がある。そう感じた私は、この場をそう締め括った。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマや評価、感想、いいねなどを頂けると執筆の励みになります。
よろしくお願いいたします。




