15-06 多難な護送作戦
チューリヒ近衛少佐視点
連隊長による説明後、私達はブリッジに向かいました。
「お客さんは全員乗ったかい?」
この輸送船の船長ジャックスが、声を掛けて来た。
「ああ、問題ない。出発しても大丈夫だ」
「じゃあ、早速出るとするか。総員、出航準備」
連隊長の返答に、早速ブリッジの中が慌ただしくなる。
今回の証人護送作戦は、最終目的地がクセナキス星系である。
危険な場所は二か所。
まずは、この船がクーロイを脱出してハイパードライブに入るまでの間。
前の囮作戦のように、星系内に潜む二二三部隊の連中が襲ってくるかもしれないが、今回は武装輸送船であり、今回殿下の護衛で派遣された第三連隊の総員が乗っているため、こちらの線は薄いと考えている。
ありそうなのは、今回殿下に駆り出された第七突撃部隊のうち、他星系を巡回していた宇宙艦隊がやってきてこの船を停止させ、臨検と称して乗り込んでくる可能性。
これは、最悪無理やり振り切るしかないと思っている。
もう一か所は、ハイパードライブを抜けてクセナキス星系に入るまで。
こちらは宙賊が襲ってくる可能性も、宇宙軍の帝室寄りの部隊に襲われる可能性もどちらもあり得る。むしろ、帝室寄りの宇宙艦隊に出くわす方が危ない。
クセナキス星系のような、人口の多くて人の行き来が活発な星系では、星系内でのドライブアウトを認めていない。
その場合星系外でドライブアウトし、星系内管制区域内へ入っていく必要があるが、管制区域外で襲われた場合に管制側で気づくのに時間が掛かる可能性がある。
その為に警備艦隊が居て、管制区域外の巡回をするわけだが、ここに帝室の息のかかった部隊が居ると、こちらが闇に葬られる可能性がある。
今回、直接クセナキス星系には向かわない。
クーロイ自治政府の要請を受けて、隣のハランドリ星系へケイ素やリン鉱石を輸送する。
宙賊が現れたため自治政府から民間軍事会社へ輸送を依頼したという形を取っている。
これは、我々のクセナキス星系への護送に合わせて、この船の持ち主である民間軍事会社スクトゥールが受注した正式な依頼だ。
護送任務を受けながら、同時に同じ方面へ向け物資輸送を請け負うのは、民間軍事会社の営業形態の一つである。
この船は、元は宇宙軍の老朽艦の払い下げだが、そうした営業形態に対応するために貨物スペースを追加しているので、外観が独特な形になっている。
しかも、今回は長官代行が同乗するため、クーロイ警備艦隊に護衛を依頼した。
クーロイ宇宙港へ航行プランを届け出ているのはハランドリまでだ。
ハランドリ星系へ向けて出発後。
しばらくして護衛となるクーロイ警備艦隊の哨戒艦一隻、戦闘艦二隻と合流する。
「こちら、クーロイ警備艦隊第二分隊、分隊長のラファール中佐。
これより、ハランドリ星系宇宙港までの護衛を行う」
「こちら民間軍事会社スクトゥール所属の輸送艦ヴァナータ。
護衛に感謝する。宜しくお願いする」
お互いに通信で挨拶を交わし、通常航行で星系外へ向かう。
第四惑星の公転軌道を越えた辺りで、ラファール中佐から通信が入る。
「こちら警備艦隊分隊長。哨戒艦からは宙賊の報告は無いが、後方より大型艦接近中。
貴艦の後で出発した第七突撃部隊の艦船と思われる。
高加速度で真っ直ぐこちらに向かっている。回避行動の用意を願う」
この通信内容に、船長や連隊長と顔を見合わせる。
「こちらクーロイ警備艦隊。接近中の大型艦、このままだと衝突する。回避願う!」
「こちら第七突撃部隊所属スフェノス。
機器故障によりハイパードライブへの突入が遅れている。
当艦も急速減速を行うが、そちらも回避願う」
奴ら、そういう口実でこちらを無理やり止める積りか!
「レーダー分析官、接近中の艦船を捉えられるか」
「当艦のレーダーではまだ感知でき……いえ、急速接近する大型艦を確認。
このままの加速度では二十秒後に右舷に交錯」
なんだと!
「ラファール中佐。当艦は左方向へ回避を行う。
総員、取舵一杯! 右舷緊急ブースター、急げ!」
この艦は左に向けて回頭を始める。
レーダーの様子が映しだされるが、後方から来る大型艦も微妙に軌道を左に寄せて来た!
このままだと衝突する!
「右舷緊急ブースター起動! 総員振動に備えよ!」
船長が叫ぶ。その途端、船が真横に動く。
予想しない動きに立っていられなくなり、しゃがんで手摺りに捕まる。
レーダーの方に目を向ければ、大型艦の進行ルートから左に逸れ……。
向こうも更に左に寄せてきた!
緊急ブースターの挙動により何とか当たらずに済んだ。
だが、ギリギリの交錯により衝撃波で船が大きく揺れる。
「衝突は回避したが、減速する。停止次第、被害確認」
「こちら警備艦隊ラファール中佐。こちらも衝突は回避したが、被害確認のため停止する」
船を停止して被害状況を確認中に、先ほどの大型艦から通信が入る。
「こちら第七突撃部隊所属スフェノス、艦長のチェルノフ大佐である。
機器故障により事故が起きるところであった、陳謝する。
お詫びに、基艦の修理のため、クーロイまたはハランドリ星系への曳航をさせて頂きたい。
修理費用もこちらで負担する」
こうした交錯事故の対応としては間違っていないが。
「当船の被害状況は」
船長は外部回線を一旦ミュートにし、この船の被害状況を確認する。
「右舷の緊急ブースター一基が、交錯の際の衝撃で損傷。
また右舷外壁にも損傷がありますが、内部までは到達せず。
応急補修によりハイパードライブ含めて航行に支障なしと思われます」
「乗員、乗客ともに怪我人なし」
……被害は軽微だったようだ。
船長は外部回線を再びONにする。
「こちら民間軍事会社スクトゥール所属輸送艦ヴァナータ。
回避行動中の進路変更から、意図的な航行妨害と認定。
貴艦の航行データ記録をもって、第七突撃部隊へ厳重に抗議する。
貴艦の助力は不要。修理費用は別途請求させて頂く」
「こちらクーロイ警備艦隊第二分隊長ラファール中佐。
当分隊も、貴艦および第七突撃部隊へ厳重抗議させて頂く。
我々も貴艦の航行データは記録済みである」
「……貴兄らの抗議の旨、了解した。
不慮の事故につき、再発防止策を検討する。お詫びとして、目的地までの曳航を……」
「断る」
大型艦からはお詫びとしてハランドリまでの曳航を再三にわたって申し入れられたが、船長は突っぱね、ハランドリ星系へハイパードライブで飛んだ。
ハランドリ星系の宇宙港に到着。
積み荷を降ろして代わりにクセナキス星系へ運ぶ食料品を積み込む。
同上している我々近衛隊は、船から降りずに船内で待機している。
モニターを眺めていると、大型艦が入港してくるのが見える。
クーロイ星系で交錯した大型艦ではないが……あれは、第四皇子殿下の座乗艦だ。
案の定、あの座乗艦の艦長名で『同じ部隊の艦船が迷惑をかけたお詫びにクセナキスまでの曳航をしようか』という連絡が来たが、船長はお断りしていた。
荷物を積み終え、次の目的地をクセナキス星系とした航行プランをハランドリ宇宙管制に提出し、我々はハランドリ宇宙港を後にした。
「では、本来の予定通りの航行を依頼する」
出航後に、連隊長は船長に依頼をした。
「ああ、当船はクセナキス星系への航行中に故障。
一時的に修理するためにカラマタ星系に戻るんだったな」
カラマタ星系にはこの民間軍事会社スクトゥールの本拠地がある。
この民間軍事会社を後ろ盾しているペルサキス伯爵家の統治する星系だ。
クセナキス星系よりは距離的に近く、修理の為に一時寄港してからクセナキスへ向かうという筋書きだ。
ハランドリ星系外でハイパードライブに入り、途中でドライブアウトして方向転換してから再度カラマタ星系に向かう。
カラマタ星系は、居住可能惑星が比較的小さい。
人口が少なく、貴重な資源が採掘できるわけでもない。
ただ、リン鉱石を産する小惑星帯があり、そこで採掘・精製されたリンから肥料を製造し、それを輸出したり、惑星上で盛んな農業に投入したりしている。
ただ、それだけでは星系が豊かにならないため、治めるペルサキス伯爵家が主導して民間軍事会社を設立し、運送業を兼ねて外貨を稼いでいるというのが実情だ。
宇宙軍の警備艦隊を抱えるとコストがかかるため、その代わりにこの民間軍事会社が星系の管制外区域の哨戒を担っている。
我々の乗るこの船が宇宙港に入港し、ドックに係留される。
「カラマタ星系までの護送任務に協力頂き、感謝する」
「金払いが良いからこっちも助かった。また何かあったら依頼してくれ」
連隊長と船長が握手を交わす。
「それでは、我々は下船準備を始めます」
「よろしく頼む。私はあちらに先に行って挨拶しておこう」
私は連隊長と別れ、近衛隊と護送している証人達、そして捕らえたまま護送している女性二人と共に船外へと出て、宇宙港内の別ドックへ向かう。
そこに係留されているのは、先ほどのずんぐりした武装輸送船ではなく、もっとすっきりしたデザインの、宇宙軍の巡洋艦に近いタイプの中型艦だ。
クーロイでぶつかって来た艦船や、第四皇子殿下の座乗艦のような大型戦艦タイプではないが、先ほどまで乗っていた武装輸送船よりは大きい。
「あの艦は?」
エインズフェローさんが尋ねてくる。
「あれはこのカラマタ星系の領主、ペルサキス伯爵家の艦です。
ここからは、伯爵が全貴族総会へ向かうあの艦に乗せてもらいます」
各星系を治める領主家は、それぞれ専用艦を保持している。
これら艦船の識別コードは帝国内の全宇宙港、そして宇宙軍と共有している。
そのため、特定の条件下――例えば、その領主家が犯罪に絡んでいる証拠があるなど――でなければ、帝国内では不審船として臨検を受けたりすることはないのだ。
搭乗口へ向かうと、そこには連隊長と、身なりの良い壮年男性、そして護衛達が待っていた。
「クーロイ自治政府の皆さん、3区の会の皆さん。
ようこそ、ペルサキス伯爵家専用艦カラマンティスへ。
あまり広い艦ではないが、クセナキス星系までは安全な航海をお約束しますよ」
壮年男性――現ペルサキス伯ジョナス氏が、わざわざ出迎えてくれたようだ。
「どうして閣下が我々をクセナキスへ?」
「全貴族総会の代表であるミツォタキス侯爵に頼まれましてね。それに譜代派閥といえども、今回の件では帝室には色々思うことがあるのですよ」
クラークソン長官代行の質問にも、伯爵はにこやかに答える。
近衛総監からミツォタキス侯爵へ証人の護送について相談したところ、侯爵が快く手を回してくれたと聞いている。
おかげで、こうして安全にクセナキス星系へ向かう事が出来る。
乗っていた輸送艦ヴァナータは先にクセナキス星系へと出発してもらい、ペルサキス伯と座乗艦はその一日遅れで到着するように調整した。
クセナキス星系に到着すると、惑星上に直接降下することになり、地表に設けられた臨時宇宙港へと着陸した。そこには、先にクセナキスに到着していた他の貴族達の座乗艦や、見慣れない形の大型艦も一隻停泊していた。
艦を降りると、近衛総監が私達を出迎えた。
「総監……こちらに来ていたのですか?」
「当たり前だろう。いよいよ暫定領主に対する聴聞会が開かれる。その時に我々近衛が、どちら側にいるかを明らかにせねばならんからな」
連隊長と総監が言葉を交わす。
「さて、証人の皆さん。我々近衛は総会の会場近くのホテルを一棟、駐屯地代わりに借りています。長旅でお疲れでしょうから、ひとまずそちらに案内させて頂きます。第三連隊諸君も、今日はゆっくり休み給え。警護は第二連隊が行う」
総監は第二連隊をこのクセナキスに連れて来たのか。
私達は宿泊するホテルに案内され、ようやく一息つく事が出来た。
後から聞いたが、先に星系に来たヴァナータは案の定、この星系に駐屯していた第七突撃部隊の連中の臨検を受けたそうだ。
私達がカラマタ星系で降りていた為、彼らが運んでいたのはハランドリ星系からの食糧だけ。
しかし連中は積み荷も全部ひっくり返して捜索し、それによって運んでいた食糧が傷んでしまったため、売主のハランドリ星系政府と買主のクセナキス星系政府の両方から厳重抗議を受けることになったそうだ。
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