15-05 クセナキス星系への船出
ケイト視点
個人口座と会社口座の凍結が解除されてから、まずやったのは自分の服を買いそろえる事。
先にマルヴィラに頼んで買ってもらってた分や、近衛第三小隊の皆様から借りていた分は色を付けてお金で返したあと、第三小隊の護衛付きで服の買い出しに。
それからハルバードさんに連絡して、マルヴィラやクレアさんの代わりに会社の仕事を回してくれる人を出してくれるよう手配したり。
ナタリーさんやキャスパーと3区の会の残務処理について打ち合わせたり。
それなりに忙しい日々を送っていました。
そうして数日過ごしていたある日、近衛の連隊長ビゲン大佐から面会要請が入りました。
私は近衛隊に保護してもらっている身ですから、断るわけにはいきません。
第三小隊の上官にあたるチューリヒ少佐の案内で、大佐の待つ応接に通されます。
「クセナキス星系で開かれている全貴族総会への、招喚要請が来た」
ビゲン大佐がそう切り出しました。
「これに伴い、我々近衛第三連隊はクーロイ星系を引き上げ、全隊でクセナキス星系へ向かうことになる。その際に、貴女を含めた今回の証人の護送も行う。
三日後の出発になるため、その準備をして頂きたい」
口座凍結の解除から、そうなる予感がしていたので、私は頷きました。
「一緒に行く証人は、誰になるのでしょうか」
「3区の会からは、代表のカルソール女史と貴女に同行頂く。
副事務局長のベルドナット氏の証言については、証言書で十分だと判断された。
それに3区の会はまだ事後処理で忙しいだろう」
キャスパーの後釜になる人はまだ育っていない。
彼を今の3区の会から引きはがすのは難しいと思っていたけれど、大佐も、恐らく自治政府側も同じ認識みたいね。
「それから回収会社エインズからはカートソン母娘の二人。
彼女達には、3区からの護送時のことも証言が必要……というのは建前だな。
それから自治政府側からもクラークソン代行の他、数名を一緒に護送する」
マルヴィラとクレアさんが一緒なのは心強いけど、建前ってどういうこと?
「正直なところ、護送中が一番危ないと思っている。
そこで万一の事を考えて、貴女の事を良く知っている護衛二人にも同道願う事にした。マルヴィラ嬢が貴女をナイトよろしく抱き上げて投降してきた話は、私も聞いている」
「ご配慮いただき有難うございます」
……3区の奥でのマルヴィラとの会話が、聞かれていたりしないわよね?
気恥ずかしいですが、ここは素直に頭を下げておきます。
「それともう二つ、貴女にお願いしたいことがある。これは保険のようなものだ」
その大佐のお願いについては、一つはすぐに了承しました。
が、もう一つの依頼は……簡単には、頷けるものではありませんでした。
「事が終われば必ず元に戻すと約束する。何なら、書面を書いても良い」
ビゲン大佐がそこまで言うくらい危機感を感じている、ということです。
輸送船が襲撃され、ハイヴェ大尉以下数名が重傷を負ったと聞きました。
それ以上の事が起きることも想定しているのでしょう。
「……わかりました。ただ、契約書面も記載してください」
ちゃんと元に戻して頂けることを含め、契約条件を書面にして記載してくださいました。
そうして、大佐からお願いされた二点を了承しました。
三日間で、出発のための手続きを終えました。
回収会社の方は、自走式ゴミ処理装置を持ち込んでいた、実家の会社の開発部から来ている責任者ロージェルさんに一時的に担って頂き、追ってハルバードさんが手配した方に引き継ぐことになりました。
それから、3区の会は当面キャスパーが運営してくれます。
彼は後任を現事務局メンバーの中から育てて引き継ぐつもりのようです。
準備を終えてから、ナタリーさんやマルヴィラ、クレアさんと共にリエンド少尉の率いる第三小隊の護衛で――隊長のハイヴェ大尉も同行しますが、まだ怪我が癒えないため指揮権を副隊長リエンド少尉に移管しているそうです――宇宙港に向かいます。
宇宙港の一番端のドックに向かいます。
そこに停泊している船が、今回乗船する船なのですが、しかしこの船……。
宇宙軍の艦船はもっとスマートな形だし、民間の輸送船や旅客船は楕円というか丸い形をしているものが多いけど、この船は、何というか……。
「なんだか、茄子を縦半分に切ったような形ね」
マルヴィラがそんな感想を口にする。
「近衛隊は宇宙船を所持していないので、この船はとある民間軍事会社から借り受けています。
民間軍事会社の船って、宇宙軍の払い下げを改造するか、民間の貨物船を改造するかなんですけど、これは前者でしょうね。あの腹みたいに膨らんでる部分、たぶん後から足してますよ」
リエンド少尉が言う。
船体の一部が不格好に膨らんでいるような形になっているけど、あれが無ければすっきりした形に見えるかもしれない。
船の前では、ビゲン大佐とチューリヒ少佐が待っていた。
「もう少しして自治政府側の面々が来たら出発する。先に乗っていてくれ」
そうビゲン大佐に指示されたので、リエンド少尉達の案内で船内に入る。
案内された先は、会議室のような部屋。前にスクリーンとスピーチ台があって、その前に長いテーブルと、両側に十脚づつ椅子が並んでいる。
私達四人は、その片側に座るよう促された。
しばらく待っていると、自治政府側の同行者達が入ってきて向かい側に座る。
クラークソン代行と、3区のゴミ回収の担当でよく顔を合わせていた清掃処理課のローモンド氏、3区の会事務局で参列者の受け入れで打ち合わせたことのある食糧課のバルドー氏はわかるのだけど、あとの若い二人は誰でしょう。
どこかで、お見かけしたことがある気がするのですが……。
「カルソールさんにエインズフェローさん、お久しぶりです。お元気そうで安心しました」
「お久しぶりです、長官代行」
お互いに頭を下げて挨拶を交わします。
「これからしばらくご一緒するので、折角ですから自己紹介しておきましょう。
お互い知らない顔も居ますし」
そう言って、クラークソン長官代行はお連れの方々を紹介しました。
若い二人は、ローモンド氏の部下のフィリベルト・ガレッティ氏と、バルドー氏の部下のプリム・ジェマイリ氏と名乗りましたが……。
「この二人は、あの第四皇子殿下の側仕えなのだ。
が、六か月限定の契約で、一か月前から自治政府に出向で来ている」
このお二人は恐らく、3区の会と自治政府の話し合いの場に、あの監察官と一緒に来ていたのでしょう。何となく見覚えがある気がしたのは、多分そのせいです。それにしても。
「出向って……正気ですか?」
思わずそう言ってしまい、二人は気まずい顔をします。
ですが、長官代行はニヤリと笑います。
「それは、どっちの意味ですか」
「両方……ですかね」
私の答えに、長官代行は笑い声を上げます。
「私の方は、上役を皆みんな向こうに連れて行かれてしまいましたからね。
働いてくれる人が増えるのは大歓迎です。
ましてあの殿下の側仕えを長年務めた者達だから、能力は折り紙付きだ。
願わくは、自治政府で末永く働いてほしいと思っていますよ」
長官代行の言葉に、ローモンド氏もバルドー氏も頷きます。
という事は、出向職員として二人は真面目に職務を熟しているのですね。
ガレッティ氏とジェマイリ氏は複雑な様子です。
ここは長官代行に頷いておきます。
私達も、回収会社の社員としてマルヴィラとクレアさんを紹介します。
一通り互いの紹介が終わったところで、ビゲン大佐とチューリヒ少佐、そして近衛隊の第三小隊……ハイヴェ大尉の隊の方々が入ってきます。
ハイヴェ大尉は、チューリヒ少佐が押す車椅子に座って入ってきました。
ビゲン大佐がスピーチ台に立ち、近衛隊の他の面々は部屋の壁際に控えます。
「ご存じの方もおられますが、私は近衛第三連隊・連隊長、ビゲン大佐です。
これから、クセナキス星系で開かれている全貴族総会にて、クーロイ星系を占拠し領主を自称する第四皇子殿下の公開聴聞が実施されます。皆さんは、その聴聞会における証人として出席いただくため、近衛隊がクセナキス星系へ護送致します」
私達と自治政府側、全員が頷きます。
「ただ、先日の3区での式典の際、3区の奥に残っていた生存者達が、侵攻してきた宇宙軍第七突撃部隊の追跡を振り切って逃亡しました。この関連で、生存者達と繋がりの深いエインズフェロー氏の身柄が脅かされていると認識しております」
自治政府側の全員が頷いたのを見て、私達も頷きます。
メグちゃん達が3区にいたことは、もうこの面々の中では共通認識になっているのですか。
「そこで、あなた方全員を安全にクセナキス星系へ護送するため、近衛隊はこのまま臨戦態勢に入ります。クーロイ星系を脱出するまでは、どうかこのままこの部屋で待機して、この場にいる近衛隊の指示に従ってください」
私達が了承すると、連隊長とチューリヒ少佐は部屋を出て行きました。
「エインズフェローさん。その……色々、申し訳ありませんでした」
そう言って、ガレッティ氏とジェマイリ氏が私に頭を下げてきます。
「それは、何に対してですか?」
「あの、殿下の事で色々と大変な目に遭わせてしまっています」
謝罪の理由が分からないので聞いてみたのですが、ぼやっとした答えが返ってきます。
「という事は、あなた方はあの監察官閣下の下で、積極的に加担していたのですか?」
「い、いえ! そんなことはありません」
食い気味に否定する二人ですから、積極的には加担していないというのは本当でしょう。
だとすれば……謝ってくる理由としては、周りに敵を作る性格らしいあの殿下の事を裏で謝罪して回る立ち位置だったのでしょうか。
「であれば、あなた方が私に謝罪する理由はございませんでしょう。側仕えとして面倒を見てこられた時の癖かもしれませんが、あなた方はあの閣下の保護者ではないのですから」
私にそう言われて、二人は目を見開く。
「保護者、ですか……」
「やんちゃな子供が悪さをしたときに、後で謝って回る母親のようでしたわ」
私の言葉に、クラークソン長官代行とナタリーさんがクスクス笑う。
「子供もとっくに成人しているから、親はそろそろ本人に責任を取ることを覚えさせないとな。子供が独り立ちしたいと言っているんだ。親も子離れをする時じゃないかな」
長官代行が二人に言います。
若い二人は顔を見合わせます。
二人の様子や長官代行の言葉からは、二人があの閣下の企みについて深く知らされていなかったことが窺えます。
そんな二人の出向を受け入れた長官代行と、ローモンド氏とバルドー氏も、二人を暖かく見守っている様子。
この環境なら……このお二人は、大丈夫そうね。
「ところで、私達がこうしてクセナキス星系に向かっているという事は、あの閣下を引き摺り下ろす算段が整ったということでしょうか?」
ナタリー代表が、長官代行にそう聞きました。
「ええ、それはもう。あの閣下が、こんな書類を出してくれましたからね」
そう言って、クラークソン代行が書類の写しを皆に回覧してくれます。
この書類は暫定自治領主フォルミオン殿下のサインの入った、私の個人口座と回収会社エインズの会社主口座の凍結解除を認めるというもの。
確かに……これは、暫定自治領主としては致命的ですね。
ただ、全員に回覧して、ガレッティ氏だけが頭を抱えていましたが、他の皆は首を傾げたり、わからないという表情をしたりしています。
これが致命的だという理由が理解できてそうなのは、長官代行と私、そしてガレッティ氏の三人だけみたいです。
「えっと、これがどうして致命的なのですか?」
「領主として殿下が対応したのは、口座凍結による回収会社エインズの活動差し止めだけです。ですが、ゴミ回収が滞り住民の生活に混乱を来たしたため、結局は口座凍結を解除して回収会社の活動再開を認めました。つまり殿下は占領以降、領主として何もしていない事になります」
ナタリーさんの質問には、ガレッティ氏が答えました。
「あとは皆さんが宇宙軍から受けた尋問や暴行の内容を公表して、我々自治政府側が宇宙軍から受けた理不尽な命令を公表すれば、宇宙軍の占拠自体の正当性を失う事になる」
その後を受けて、長官代行が述べます。
つまりは、領主としての実績の欠如により暫定領主としての正当性を失い、政府への対応から宇宙軍の駐留についての正当性を失う。
最終的にはそれを主導した監察官と帝室へ疑義を唱え、元の体制に戻す要求をするというところでしょう。
その時、急に大きな揺れが起きます。
「きゃあ!」
思わず叫びましたが、横に座っていたマルヴィラが私を抱えて長机の下に入ります。
他の面々も長机の下に避難し、壁際に並んで立っていた第三小隊の皆さんも慌ただしく動き始めます。
そのまま待機していましたが、その後は船が揺れる事もなく。
「皆さん、もう大丈夫です。クーロイ星域を抜け、ハイパードライブに入りました」
車椅子に座って通信をしていたハイヴェ大尉の宣言で、私達は机の下から出てきました。
それから私達はそれぞれ個室に案内され、二日間、船の中で過ごした後……。
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