15-04 中将と准将、横たわる秘密
ラズロー中将視点
(ラズロー中将視点)
3区の式典会場にて、乱入した宇宙軍部隊に拘束された。
私を取り押さえたのは、子供のころから世話になっていて、信頼していたハーパーベルト准将。
彼が私を取り押さえるのはどういうことだ。
そうして拘束された私を第四皇子が蔑みの目見下ろしてきた。
昔からこの男は私に対してやたらと絡んでくる。
私が彼に対して何かした訳でもないのに、やたらと執着されていて面倒この上ない。
ただどうやら、今回この部隊が襲撃した主目的は、生存者達を捕らえ亡き者にする事の様だ。
エインズフェロー事務局長を捕らえようとした事然り。
多数の宇宙軍兵士をコロニー奥へ向かわせた事然り。
帝室がそこまで生存者に拘るからには、このクーロイでの過去の事故には大きな秘密があるようだ。
生存者達を逃がすためにモートン大尉達を遣わせたのは正しかった。
周りの兵士達の会話から、彼らは無事コロニーを脱出できたようだ。
ただ彼らが脱出後、エインズフェロー事務局長は彼女の護衛兼会社従業員の女性と共に宇宙軍に投降したらしい。
予定されていたとはいえ、彼女達の身が心配だが、拘束されていては何もできない。
拘束され兵士達に取り囲まれたまま、シャトルで0区に戻り、自治政府近くのビルへ私は連行された。
そこでハーパーベルト准将の部下達に引き渡され、ビル内の一室に連れてこられた。
それ以来、この部屋に監禁されているのだが……。
監禁されて一週間ほどして、拘束されてから初めて、ハーパーベルト准将が部屋にやって来た。
私は思わず准将に声を上げた。
「……一体、これはどういうことだ」
あの第四皇子の差し金だ。
てっきり牢屋のような、何もない部屋に入れられ、一般の罪人の様に扱われるものだと思っていた。
だが連れてこられた部屋には柔らかい絨毯が敷かれ、貴族の邸宅にあるような応接セットが設えてある。更に、部屋の奥には扉があり、贅沢な寝室がその向こうに用意されていた。
しかも、日に一回ではあるが、見覚えのある准将の部下達が部屋にやってきて、応接で尋問じみた面談をしている間に部屋の掃除やシーツの交換などをしていく。
尋問といっても、生存者達のことや向こうに送り込んだ人員、一緒に連れて行ってもらった女性の事について質問されるが、答えなくても暴力を振るわれることも無い。
ちゃんとした食事も毎日三食提供され、飲み物は水やジュースが部屋に用意され定期的に補充される。要望すればコーヒーや紅茶なども出される。
電話やネット等の、こちらから情報発信する手段はさすがに用意されていなかったが、部屋にはテレビやラジオといった一般的な情報を入手する手段まである。
部屋を出られず誰とも連絡を取れないが、部屋の中にいる分にはほとんど不自由しない。
「何か御不便とかご要望がおありですか」
「そういう事ではない。今のこの待遇が、あの第四皇子の意向とは思えないが」
私の視線に、准将は首を振る。
「確かに、あの殿下からの命は平民の罪人が入るような牢屋に入れろという事でした。
今の閣下の待遇は私の独断ですが、あの殿下がこんな現場に来ることはありません。万が一殿下がこちらに来ても、地下にあるカモフラージュ用の牢屋に案内するだけです」
准将はそう言って、私に頭を下げる。
「それは有難いのだが、准将は殿下やその上から私に何かを言わせるよう、あるいは、私を亡き者とせんと命令されているのではないのか。君の立場が危うくならないか」
「有体に言えば命令はその通りです」
私の推測を、准将は頷いて肯定する。
「ですが、今受けている命令自体は本来、私がやる役割ではありません。
何より閣下は私にとって、生きる意味を与えて下さった大きな恩義のあるお方。
無体な真似はしたくありません」
生きる意味? 大きな恩義?
「恩義とはなんだ? 私の方が准将に助けてもらってばかりだったのだが」
「何の事を言っているのか分からないとは思います。
その内容をお話することはできませんが、極めて個人的な事情とだけ申し上げておきます」
個人的な事情……十五年前に家族が殺害された彼が、軍内部にいると思われる犯人を追い続けているのもまた、彼の個人的事情だ。その事とも何か関係があるのか?
「私の立場についてお気遣い頂きましたが、何の心配もありません。
グロスターも私には手出しできませんし」
ん? ちょっと待て。
なぜここで、准将の口からグロスター宮廷伯の名前が出るのだ。
「君は、グロスターの奴と何か繋がりがあるのか?」
私が問うと、准将はしまったとばかりの表情をする。
「……私としたことが、余計な事を言いました」
彼の反応から、准将とグロスターの間には何かありそうだ。
「軍内部の査察に携わって以来、准将には大分助けてもらった。
だが今回のクーロイの任務に就いて以来、君や、君の元々の部下達の動きがおかしいと感じていた。何か、グロスターの奴に脅されていたのか?」
グロスターは人の粗とか弱点を探しては、そこを突いてくる奴だしな。
「グロスターに弱みを握られているといったことではありません。それ以上の事は言えません」
だが、准将はそう言って首を振った。
「弱みを握られたのでなければ、今回の任務で明らかに准将たちの働きが鈍かったり、監察官側に情報を流したりしたのは何故だ。シェザン中尉を使って3区の会の情報を監察官側に漏らしていたのも君だろう」
私の言葉に、准将は溜息を吐いた。
「シェザンは諜報の経験が足りなかったのか、閣下とあの事務局長に手玉に取られましたし、カービー准尉はモートン大尉に取り込まれましたか。数少ない閣下の腹心達は皆優秀ですな」
「質問に答えてもらおう、准将」
彼のはぐらかしに惑わされないよう、准将に再度問いかける。
だが、彼は口を開こうとはしない。
「今回の案件だけは、まるで人が変わったように積極的に動かなくなった理由は何だ。グロスターに脅されていたのではないとしたら、殿下の更に上から脅されたか?」
准将は、『人が変わったように動かなくなった』のところで、何故か驚きの目で私を見る。
「……グロスターにせよ殿下にせよ皇帝陛下にせよ、今回の件では誰からも脅迫など受けていません。一つだけ言えるのは、ある極めて個人的な事情によるものです」
また……個人的事情、か。
「准将。軍に入るずっと前、子供時代の私の家庭教師だった頃と、軍内部の査察に任じられてから会った頃の准将。どちらの時も清廉で、使命感に溢れているな印象しかなかった。だが、今回のクーロイの件では、グロスターとの繋がりを明かしたり、私への裏切りもしたり、今までの印象がまるで覆されている」
今回のクーロイの任務における准将と情報部出身の部下達の振る舞いが、段々おかしくなっていった。
彼の口から、グロスターとの繋がりまで仄めかされた。
清廉な印象だった学者出身の准将と、裏で色々蠢動しながら宮廷政治を泳ぐ印象のグロスター。
以前から二人の接点があったとすれば、かなり違和感がある。
「長らくグロスターと接点があったとは思えない。脅されていないならば、何が君をそうさせた」
「……はっはっはっはっ。清廉、ですか。閣下の目にもそう見えましたか」
私の疑問に、准将は肩を震わせたかと思えば、笑い声をあげた。
「グロスターとは以前から繋がりはありましたが、あいつの関心事に直接関わっていなかっただけですよ。今回の任務がクーロイでなければ、閣下とはまだまだ一緒に仕事ができたかも知れません」
クーロイでなければ?
つまり、クーロイの秘密……生存者達が関わる秘密には、帝室が関わっているだけでなくて。
この准将も、その秘密に関わっている?
だが准将が軍に入ったのは、3区の事故よりも何年か後だ。
それに彼の経歴を見る限り、クーロイや隣のハランドリにも来たことも無ければ、こちらに親類縁者や3区の事故関係者などが居る訳でもない。
それに、今この目の前に居る准将は……私の知る准将とイメージが大分異なる。
「准将。君は、一体……何者なのだ」
あまりにも違う印象を受けた私は、思わずそう呟いた。
「何者……ですか」
そう言った准将は私から目を逸らし……遠い目をした。
「閣下の元で査察任務を共にしたのも、今閣下の目の前に居るのも、同じ私ですよ。閣下は、今まで見たことも無い私の一面を見ているに過ぎません……閣下を相手にすれば、私はどうも話し過ぎてしまうようですな。そろそろ退散しましょう」
そう言って、准将は私に背を向けた。
「閣下に大きな恩義があるのは本当です。ですから、当面はここでゆるりとお過ごしください。
私にできるのは、この位ですから」
もっと色々聞き出したかったが、准将の秘密にまでは踏み込めなかったか。
「……そうか。ちなみに、カルロス侯爵はどう過ごしておられる」
「侯爵には、閣下と同程度には快適に過ごして頂いております。あちらについては、殿下も法を守るつもりではいるようです。それでは」
その言葉を最後に、准将は部屋を去っていった。
それから、一か月以上。
私はその部屋に閉じ込められていた不自由さを除けば、危害を加えられることも無く過ごせた。
ある日、准将の部下が私の部屋を訪れ、来客の予定を告げた。
その翌日、その来客が私の所にやって来た。
「お久しぶりです、ヘンドリック・ラズロー殿下」
そう言って私の前で頭を下げたのは……カエサリア宮廷伯。
旧家名であるイデアを私の呼称に入れなかった彼には、第二帝室である私への敬意は無い。
グロスターの奴と共に陛下のいる宮中を守る役のはずの彼が、ここに来たという事は。
クーロイでの軟禁生活が、終わった、という事か。
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