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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第15章

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15-03  近衛隊の仕掛け

チューリヒ近衛少佐視点

 エインズフェロー女史の個人口座、そして彼女の経営する回収会社エインズの主口座の凍結は、速やかに解除された。

 連隊長が第四皇子殿下からもぎ取って来た書類の効力がすぐに発揮された形だ。


 これを女史に伝えてから、彼女は度々外出するようになった。

 押収されていた私物も戻ってきたが、衣服類は全て破棄するよう彼女からお願いしてきた。

 不思議に思って第三小隊の面々にも聞いてみたところ、リエンド少尉からはこんな答えが返ってきた。


「女性の下着類まで押収していく奴らですから、気持ち悪かったんでしょうね……」

 それはさすがに気持ち悪かった。

「御理解のある上官で良かったです」

 彼女の回答を聞いた私も、余程酷いしかめっ面をしていたようだ。


 女史の外出の際には第三小隊のメンバーを彼女の護衛に当てているが、第四皇子達の方に女史を奪還しようとする動きは無い。

 どうやら、進駐してきている宇宙軍部隊を完全に掌握している訳ではない様子。

 正式な部隊長ヌジャーヒン准将の指揮下の部隊は殿下が関与できない様子だ。

 殿下が掌握しているのはあの輸送船を襲ってきた連中が主のようだ。


 あの部隊と思しき連中も、今は殿下と周辺を警護している者達や、カルロス侯爵とラズロー中将を収監している建物の警備の者達だけのようで、他に回すほどの手勢が居ない模様。


 ただ気になるのは、殿下と彼の側仕え達が慌ただしく動いている事。

 そうした動きを、連隊長に報告した。


「そうか……そろそろか」

「そろそろ、とは……全貴族総会ですか?」


 私の推測に、連隊長は頷いた。


「先日の口座凍結解除の書類の写しを、あちらに送ってある。

 だとすれば、貴族総会側も暫定領主としての殿下を糾弾する材料が整っただろう。

 そろそろ、招喚の通知を出す頃ではないかな」

「では、我々もクセナキス星系に移動する準備を致しませんと」


 だが、連隊長は首を傾げた。


「エインズフェロー女史や他の証人たちの護送だけなら良いが、問題は捕まえた連中のことだ」


 輸送船を襲ってきた五十人の連中だけではない。

 その前に、エインズフェロー女史を病院から拉致した者達も含まれる。

 彼ら総勢六十三名については、今はこの近衛が駐屯しているビルにバラバラに収監している。


 だが、複数人が武装して同席しないと暴れて手がつけられず――リーダーへの初回の尋問時に、暴れて三人が負傷した――、彼らの収監や尋問には非常に気を使う。

 

 自治政府と契約している輸送業者の所有船が被害を被ったという事実から、自治政府に収監を依頼したが、政府側から断られた。

 彼等の警備隊では、賊共が結託して騒動を起こしても止められるほどの力はないそうだ。


 それにグロスターの配下と思われる二人の女性。

 彼女達も何らかの訓練を受けているのか、尋問をしても口を割ることなく、黙秘を続けている。

 民間軍事会社スクトゥールから借り受けている武装輸送船一隻では、我々と女史達証人の移動だけなら問題は無いが、捕らえた者達の移送も行うとすれば積載量も不足している。

 そもそもあの賊共を一か所に集めること自体が不味い。


「奴らを一緒に移送するのは、正直難しいですね」

「全貴族総会側とは協議をしているが、扱いが難しくてな。

 私達に対する正式な招喚通知が来ていないのは、その辺りの理由もある。

 だが、殿下の側に招喚通知が届いたとすれば、何らかの手を打たなければならん」


 連隊長の表情を見る限り、まだ何も案が無いようだ。


「一緒に移送できない以上、どこかに移管するしかないでしょう。

 帝都から応援を募れないのですか?」

「そもそも、そのための船を手配するのも今は難しい」


 運ぶ船の手配か……。

 そもそも、六十何人もいる奴らを武装輸送船で移送することに無理があると思う。

 それなら宇宙軍に移管するしかないが、かといって殿下と共にやってきた第七突撃部隊に移管するというのは論外だ。みすみす殿下の元に手札を返す訳にはいかない。

 となると……。


「輸送船を襲った宙賊として、元々のクーロイ警備艦隊へ移管してはどうでしょう。

 あそこなら、殿下の直接の指揮範囲ではないはずです」

「警備艦隊か……だが、女史を拷問していた連中はどうする? 奴らを移管する名分が無いぞ」


 連隊長の疑問は尤もだが、そこは何とかなると思う。


「本来なら自治政府に移管するのですが……式典前の件で警備隊に引き渡されたはずの奴らは、殿下の横槍であの突撃部隊に引き取られましたからね。奴らを無罪放免で野放しにしたあの部隊は信用ならないから、という理由でも付ければ、引き渡しできるのではないでしょうか」

「……時間稼ぎにしかならんかも知れんが、その方向で交渉してみるか」


 殿下は最悪、皇帝陛下から手を回してもらって奴らを釈放するかもしれない。

 だが、直接殿下に引き渡すくらいなら、まだマシだ。

 それに横槍が入った際に、引き渡しの記録をちゃんと取ってもらえば、あとで帝室を追求する材料にもなるだろう。


「罪人用IDは、彼らは身に着けているな。

 それと、彼等全員に居場所を特定するための追跡チップも」


 連隊長の問いに私は頷いた。

 彼らは帝国人であれば誰もが身に着けているIDを付けておらず――宙賊や逃亡した者など、そうしたIDを身に着けない者は犯罪者が大半だ――、今は罪人として識別するための仮のIDを首に付けている。外そうとするとスタン電流が発生し本人を気絶させる仕組みだ。

 それと別に、追跡チップも埋め込んでいる。

 食事に睡眠薬を混ぜて食べさせ、眠ったところに処置を施した。


「両方とも実施済ですが、御存じの通り追跡チップはそんなに遠くから探知できない代物ですよ。星系外に逃げられたら、それこそどうしようも無いかと」

「それは構わん」


 連隊長は机の引き出しから、袋に入ったチップを取り出して見せた。


「第三小隊の持っていた開発リストから、使えそうなものを見繕って試作品申請を出させたものの一つだ。つい昨日試作品が届いた。

 こいつを、バラク・カイエンと……あと、クラム・ハリソンヤーレンに埋め込んでくれ」


 そう言って連隊長は私にその袋を渡した。

 バラク・カイエンは、輸送船を襲ってきた連中のリーダーだ。

 クラム・ハリソンヤーレンは……エインズフェロー女史を病院から拉致して拷問し、あまつさえ暴行をしようとしていた連中のリーダー格。


「このチップは一体?」

「新型の追跡チップだ。既存のものと比べて自分で電波を発信しない分見つかりにくいが、ある条件下であれば通常の追跡チップよりずっと遠くからでも探知可能だ。専用の探知装置が必要になるがな」


 全員に埋め込むだけの数が無いから、まずはそれぞれのリーダー格を対象にするのか。


「連中が引き取られてどこに移送されるか、追跡できればと思う。

 殿下があの者達を勝手に釈放して匿ったところで、こちらが追跡データを突きつければどうなるかな」


 平時ならともかく、今は全貴族総会と帝室は対立関係だ。

 そこに、こんな情報が飛び込んできたら……勝手に犯罪者を逃がしたとして、全貴族総会側が全力で帝室を追求できる。


「意図は了解しました。では、これを二人に埋め込む処置をします。

 あとは、先日捕らえた女性二人はどうしますか」


 エインズフェロー女史とナタリー・エルナン(カルソール)女史を女子洗面所で捕まえようとした二人は、IDを身に着けてはいた。

 だがそのIDが指す身元は帝都在住の、既に病死しているはずの姉妹だった。

 近衛本隊で調べたところ、病歴や遺体の埋葬先まで確認できている。

 彼女達による身元や経歴についての証言は、実際は既に死亡している事を除けばIDの示す内容と一致しており、生きていた理由については『記録の間違いでしょう』と言い張っている。

 女史達二人を拉致しようとしたことについては、一切の証言を拒否している。


「女性達がグロスターの手の者達だとしたら、一度解放してしまうと闇に潜ってしまって二度と表に出てこないだろう。あの二人だけは一緒に移送する」


 あの二人だけなら問題ないか。そう思って私は連隊長に頷いた。


 その後、あのバラク・カイエンとクラム・ハリソンヤーレンに試作追跡チップを埋め込んだ後、六十三名を拘束したまま眠らせ、罪人IDの一覧と追跡チップのデータと共にクーロイ警備艦隊に引き渡した。

 警備艦隊側も、あの輸送船の襲撃事件については防げなかったことを陳謝した上で、罪人を引き受けてくれた。


 警備艦隊の出航を見送り、宇宙港から戻ろうとしたところで、殿下に捕まってしまった。


「どうしてあの宙賊を我々に引き渡さなかった。こちらに渡すよう申し渡していただろう!」


 そう目の前で喚く第四皇子殿下に礼をする。


「元々、宙域に出没する犯罪者の取り締まりはクーロイ警備艦隊の役目です。殿下の役割でもなければ、コロニー内の治安維持を何故か行っている第七突撃部隊の役割でもありますまい」

「クーロイ星域の領主として、私の管轄する範囲だ」


 殿下はそう私に抗弁する。


「宙賊の処罰などという些事に関わるなど、領主としてはお暇なのでしょうか」

「なんだと!」


 暗に領主として大したことをしていないと揶揄すると、殿下は眦を上げる。


「いずれにせよ本来の管轄に犯罪者を引き渡し済です。

 どうしてもと仰るなら警備艦隊側と交渉ください。それでは、失礼します」


 そう言って殿下に頭を軽く下げ退出する。


いつもお読み頂きありがとうございます。


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