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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第15章

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15-01 使節団の日常

セルジオ視点です。

 僕は父さんや使節団の人達と共に、クセナキス星系の大地に降り立った。


 この星系の居住惑星であるユーダイモニア――幸福とか繁栄といった意味らしい――の衛星軌道上に宇宙港があり、通常は宇宙港に着岸して軌道エレベーターで地表に降りるらしい。

 でも使節団の船は大きくて、宇宙港の一般船用の着岸ドックには入る事ができなかった。

 大型宇宙船が停泊できる軍用の着岸ドックはあるけど、諸事情からそちらを使う訳にもいかないので、直接宇宙船を地表に下ろし、そこから星系政府の方に移動することになった。

 宇宙船が大気圏を突入する前に窓から惑星ユーダイモニアを眺めたけど、僕達の居た星よりもだいぶ大きい印象を受けた。

 そもそも、僕は星の上に降りるのも初めてだけど。

 降りてみて……空が高いなって思った。コロニーに居た時は、実際の空っぽく見せた画面だったしね。


 地表に降りた後、使節団の一行と一緒に車に乗って星系政府へ向かう。


「セルジオ。向こうに着いたら歓待式典だそうだ。分かっていると思うが……」

「何かを約束したりとかはしない様に、だね」


 僕には、政府間の交渉とかで何かを決める権限なんてない。

 カルロス王家の血を引いているだけで、僕自体は一般の市民と変わりない。

 下手に言質を与えたりはしない様にしないとね。



 歓迎式典では、前に立っての挨拶とかは全部父さんに任せた。

 式典後のパーティの最初に、トッド侯爵が挨拶にいらっしゃったので、そこだけは父と一緒にちゃんと挨拶する。

 それが終わったら、僕は隅の方で静かにしていた。


 でも、カルロス王家時代の家臣の家からいくつかの家が式典に出席していたみたい。

 そういった人たちは僕の所に挨拶に来る。


「カルロス王家の血を引く高貴な方に、御目通りさせて頂きます。私は帝国で子爵位を持つダニエル・クラウシェビッツと申します。こちらは娘のカテリーナです」

「カテリーナと申します。御尊顔を拝謁できまして光栄でございます」


 それも大体が、僕と同じくらいか少し下の女性を伴っている。

 ほとんどは娘さんだそうだけど、中には妹や従妹とかを連れてきている人もいた。

 でも、誰々伯爵だの何々子爵だのと言われてもわからない。


 そんな教育は受け……ていたな。あのモンタルバンさんから、不本意ながら。

 だけど課題を課せられていた当時は必要性が分からなくて、そんな知識はとうに頭から抜けている。

女性を伴っているのも、王家の血を引く僕と縁づいて取り込もうとしているんだろう。

 モンタルバンさんが僕に近づけて来た女性と同じ目を、同じ空気感を纏っている。


「有難うございます。御存じの通り、共和国の評議会議長で、今回の使節団を率いておりますペドロの長男、セルジオ・アコスタと申します」


 ただ普通に、父さんから教わった通りの礼儀で対応していると、私に挨拶してくる方々、特に連れの女性の方が驚き、呆れた目をして僕の前を辞去していく。

 何か礼を失したのだろうか?


「おや、そこに居るのは」


 不意に、後ろから声を掛けられる。

 振り返ると見覚えのある、僕より数歳年上と思われる青年。


「ファレル様でしたか」

 先ほどトッド侯爵と挨拶した時に侯爵の横にいた、侯爵の次男ファレル様だ。


「こんな隅にいても、挨拶に来る人が多いな」

「本当にそうですね。ただ、私が挨拶を返すとみんな変な空気になって帰っていくのですが」


 ファレル様はクスクス笑いだす。


「近くで聞いていたけど、まあそうなるだろうな。でもセルジオ君の対応としては正解だろう」

「どういうことですか?」


 僕の疑問に、ファレル様は先ほど去っていった親娘の方に視線を向けた。


「向こうは君に、王家の一員としての挨拶を期待していたのだよ。

 そうすればラミレス王家と懇意になったって周りに吹聴できるからね。

 でもセルジオ君は、あくまでペドロ議長の息子だっていう挨拶をした。他国からの使節としての礼儀には則っているが、王家からの挨拶を期待していた向こうからしたら、拍子抜けしたのだよ」


 そう言って彼はまた、クスクス笑いだす。


「私に勝手な期待をして、勝手に落胆しているだけではないですか」

「その通りだから、あんな奴らは気にしなくて良い。今回の件で発言力のある家でもないからね」


 今回の外交交渉に影響がないなら、まあいいか。


「それではファレル様は何故、私に話しかけて下さるのです?」

「君はいずれペドロ議長の後を継ぐ可能性も高いだろうし、今の内から君と友誼を交わしておきたいと思ってね。私は父の後を継ぐ訳ではないけれど、共和国との友好が続くなら、交渉役は見知った顔の方が良いだろう?」


 そう言って彼はくすっと笑い、手を差し出してくる。

 色々と彼なりの損得勘定があるだろうけど、先ほどから挨拶してくる帝国貴族達に比べれば、僕の事を一方的に利用してやろうという感じは無い。

 彼とは、関わりを持っていても問題ないだろう。


「私達の国は血筋で職が決まるわけではないから、後を継ぐかどうかは分からないけど、何らかの形で政府には関わるでしょう。そういう前提で良ければ」


 そう言って僕も手を差し出し、ファレル様と握手を交わす。


「君の事を紹介したい者達がいるんだ。付いてきてくれるかい」


 そう言って、ファレル様は僕を連れて会場の中ほどへ向けて歩きだす。

 そこでは彼と同年代くらいの男女数名が輪になって話をしていた。彼らは僕達に気が付いて、輪を解いてこちらを向いた。


「あら、ファレル様」


 彼らの中にいた女性の一人がファレル様に声を掛ける。


「マデリーン、こちらはセルジオ・アコスタ君だ。

 今回の使節団の一員であり、ペドロ議長のご子息でもある」


 ファレル様がそう紹介すると、女性――マデリーンと呼ばれた彼女は、にこやかに微笑みながら一歩近づいてきた。


「初めまして、セルジオ様。私はファレル様の婚約者、マデリーン・ラドフォードと申します。私の家はクセナキス領の隣にあるハンプルトン星系の領主を代々担っており、ファレル様達とはこうしてたびたび社交の場でよくご一緒しております」


 彼女の声は柔らかく、控えめでありながらもどこか気品を感じさせるものだった。

 マデリーン様の後ろに控えていた数名の男女も次々に自己紹介を始めた。彼らの名前や所属が耳に入る。このクセナキス星系の領主トッド家の従属爵位や、マデリーン様のような近隣星系を治める貴族やそのまた従属爵位の子息や令嬢のようだった。


「セルジオ様は、使節団の中でどういったお役目を?」

「ラミレス王家の血を引く者として請われて参りましたが、実態としては使節団の末席を汚す一市民にすぎません。何か特別な期待をされるような立場ではありませんよ」


 僕がそう答えると、マデリーン様が首を傾げた。


「控えめで謙虚な方なのですね。けれど、セルジオ様。

 ご自分が特別な立場にあることを否定されても、ラミレス王家の血を受け継いでいるという事実は変わりませんから、どうしたって帝国貴族の方々の関心を引くものになりますわ」


 彼女の言葉は穏やかだったが、その中に込められた意味が僕の胸に少し重く響いた。

 かつての王家の血を引いているという事実は、自分たちのコロニーの中ではそれほど重要な意味ではない。でも、帝国ではそうではない。

 こうした外国との交渉の場では、自分達と相手側で関心事や着眼点が違うんだな。


「セルジオ君、君が先ほど挨拶していた連中とは違う。

 ここにいるのは、そうだな、君の言葉でいえば君の事を利用する気満々の者たちではないよ」


 ファレル様が軽く笑いながら言う。

 まだ短く会話を交わしただけでも、彼らが僕にラミレス王家としての応対を期待している訳ではない事は感じ取れた。


「先ほどまで私にご挨拶に来られていた方々と違って、もう少し肩肘張らずにお話できそうです」


 僕がそう答えると、マデリーン様達も笑顔を見せ、その場の空気が少し和らぐ。


 これまで僕は自分の立場に疑問を抱きつつも。

 まだ大人じゃないんだからと、ただ流されるままに過ごしてきた。

 けれど、僕自身にも相手が関心をもって接してきている以上……僕にも、何かできる事があるかもしれない。

 

 暫くファレル様達と話していると、背後から父さんの声が聞こえた。


「セルジオ、ここにいたのか。今から交渉の準備に入る。一緒に来なさい」


 彼等との話は楽しかったけど、そろそろ行かないといけないか。


「皆様。もう行かねばならないようです。それでは失礼します」

「こちらこそお引止めしておりました。またお会いしましょう」


 僕はファレル様とマデリーン様、そして周りの方々に軽く礼をし、父さんの元へ向かった。



 式典の場を去り、侯爵に用意してもらった宿舎へ向かう車中で、父さんが僕に声をかけた。


「さっき話していた若者たちは?」

「ファレル様の婚約者の方や、彼等と普段から親しいという帝国の貴族の子弟たちです。彼らは他の方々と違って何というか……割と気楽に話ができる方たちでした」


 気楽に、という言葉の所で、父さんは少し眉根を寄せた。


「彼らとはどんな話を?」

「共和国との友好が続くようなら、同年代同士で顔繫ぎをしておきたいっていう事でした。まずはご挨拶と、今回この交渉の場での役割とかをお互いに話しただけです」


 そう言うと、父さんは頷いた。


「そうか。曲がりなりにもここは外交交渉の場だから、あまり共和国内の事を外部に話されても困るなと思っていたが……」

「王家としての応対を期待されなかったから、ちょっと楽になっただけだよ。

 彼等にも目的があって、表面上は穏やかだけど、彼らなりにこちらの事を探ろうとしていたし」


 さすがに軍学校の数少ない友達と話すような気楽さは無かった。

 父さんは少しだけ目を細めて頷いた。


「お前と同じくらいの年齢だろうが、彼ら貴族には統治者としての責任が伴うからな」


 責任……か。


「僕はラミレス王家の血を引くから是非って呼ばれた立場だけど、父さんは僕に、この使節団の中でどんな役割を期待してるの?」

「正直な所、最初の顔見せだけ済ませれば、セルジオには船に戻ってもらうつもりでいたが……セルジオはどうしたい?」


 ここで父さんの提案に乗って船に戻ってしまったら、それはなんだか、僕が自分自身を子供のままでいたいんだって認めてしまう事になる気がする。

 なんだか、そんなの嫌だ。

 マーガレットさんの歌を聴いて……僕は、もっと大人になりたいって思った。


「僕はまだ、色々経験不足だとわかっているけど。

 それでも、この使節団に加わっている以上、僕も何か役に立ちたい」


 僕の言葉に、父さんは目を見開き……そして、笑顔を見せた。


「そうか。それなら……まずは、色々な会議の場で議事録を取ってくれ。

 発言をする必要はないが、そうして議事録を作成する中で、一体何が行われているかを徐々に学び取ってほしい」


 僕はモンタルバンさんから理不尽に囲い込まれそうになったが、あれにしても、モンタルバンさんは僕に何かの役割――モンタルバンさんの傀儡にさせるためのもの。

 でも父さんの提案は、僕に経験が無い事を理解した上で、その足りない経験を積ませてくれるためのものだと理解した。


「わかった。有難う、父さん」

「あと、会議の場では私を父さんと呼ばず、団長とか議長と呼ぶようにな。そういった場では使節団長と団員という公的な立場となる。そこに親子関係という私的な立場を持ち込むのは、立場を弁えない愚か者と見なされるからな」


 僕は、父さんの言葉に頷いた。


 父さんの言葉を胸に刻みながら、僕はこれから始まる交渉の場面を思い描いた。

 異星の地で繰り広げられる政治的な駆け引き。

 僕は血筋を理由に連れてこられただけだけど、その中で、僕はどのような役割が果たせるのだろうか。



いつもお読み頂きありがとうございます。


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