2-07 謎のAM波、古い音楽番組
今話は俯瞰視点です。
本日はこの章の人物紹介との同時投稿です。
ラウロ・クロッカンは自宅の勉強部屋で、2年前に父親に買ってもらった受信機をチューニングしていた。
ラウロの父親は、カルロス侯爵領の主星系ニコラオスで領政府に勤める下級官僚である。2年前に上司命令でクーロイ星系自治政府へ出向する際、妻と一人っ子のラウロと共に赴任した。
ラウロは0区コロニー内の小学校に通う4年生。父親の任期は5年で、それが伸びなければ3年後に再びニコラオス星系に戻って中学校に進学する予定だ。
居住できるのはコロニーのみで人口が少なく娯楽が少ないクーロイ星系は、領政府に勤める官僚達の中でも出向先として不人気であり、クーロイへの出向に家族を伴うケースは多くない。しかし夫の出向の話を聞かされた妻は、夫に一人で生活させることが不安を感じ、子供を連れて家族で一緒に行くことに決めた。
ラウロ自身は一緒に行く事は内心あまり嫌では無かったが、一般的には不人気の星系への家族での引っ越しに伴い、父親から何かプレゼントをくれるというので、嫌々行くふりをして父親に少々高価なアンプ付きの受信機を強請った。
この受信機は様々な帯域の電波を受信することができ、更に映像や音声の情報が電波に乗っていれば解析して再生することができる。周波数を合わせれば極超短波放送からAM/FMラジオ、テレビなどを視聴することができる機能が、コンパクトに収まっているという優れモノである。
星系外に人類とコンタクトを取ろうとしている宇宙人がいるかもしれない、という子供らしい妄想を持っているラウロは、この受信機で宇宙人からの交信を受信することを夢見たのだ。アンプ付きのタイプを強請ったのは、受信した電波が微弱な場合にも増幅して処理できるためだ。
ラウロは学校から帰った後、友達と遊びに行く事もあるが、大型の0区コロニーでさえ子供が遊べる場所は少なく、ボルダリングかスカッシュ、バスケットボールくらいしかない。ラウロ自身はそういうスポーツで汗を流す活発なタイプではなく、大抵は学校から帰ると自室で宿題を済ませ、こうして受信機をチューニングして受信できる電波を探しながら、夕食まで過ごすことが多い。
その日も受信機をチューニングしていると、同級生の同じ趣味仲間ロイから携帯端末の通信アプリにチャットが入った。
ロイ: <<1027MHzに、何か電波入ってきた>>
ロイの持っている受信機はラウロの受信機よりアンプが弱い。
ロイが『何か』という時は大抵電波が弱くて、こっちで増幅してほしい時だ。
ラウロは受信機の周波数をロイの言う値に合わせた。確かに微かに音が鳴るが、よく聞こえないのでアンプで増幅して音声変換する。
『……只今お送りしたオープニングチューンは……』
すると音声がはっきり聞こえだしたので、ラウロは即座に録音ボタンを押して音声を録音する。
『……今年デビューしたハーパー・ブランシェットのデビューナンバー、《アイ・ワナ・ビー・ウィズ・ユー》でした!
それでは、私ミッキー・バートンがこれから3時間お送りする、291年11月10日のポップ・クルージング・AM3。スタートです!
この番組では、皆様からのリクエストを受け付けています。リクエストは、クーロイ共通ネットにありますAM3区ラジオのページから、リクエストチャットでメッセージを添えてお願いいたします。
それでは、次は先週ダイダロス・ホット100で1位を獲得した今1番アツいナンバー、5人組バンド・バングルスの《ヘヴンリー》です、どうぞ!』
MCの曲紹介の後、ロック調のハードな音楽が流れだす。
ラウロはあまりこの手のロック音楽は好きではないので、スピーカーの音量を下げてロイとのチャットを音声通話に切り替える。
ラウロ: 音楽番組みたいだけど、クーロイってAMラジオ放送あったっけ?
ロイ: 無い無い。FMが2局あるだけ。
ラウロ: でもさ、クーロイネットのAM3区ラジオのページからリクエストできるとかMCが言ってたけどな。
ロイ: クーロイって0と1と2しか無いじゃん。3区って何だよ?
ラウロ: わかんない。ネット検索してもAM3区ラジオって出てこないし。
ちなみにクーロイ共通ネットと言うのはクーロイ星系内で使えるネット環境で、携帯端末や部屋の端末は全てこのネットに繋がっている。
帝国内で各星系単位でこうしたネット環境が整備されている。端末やアプリの規格は帝国内で統一されているので、星系間の移動によってアプリの入れ替えの必要は無い。
しかし同一星系内はリアルタイム通信出来る一方、星系間の通信は恐ろしく時間がかかる。例えば、ラウロが引っ越し前のニコラオス星系にいる友達にメッセージを送っても、相手がラウロのメッセージを見ることができるのは2日後だったりする。
星系間通信は時間がかかる上に一定量以上の通信は有料となるため、別星系のネット情報を検索したりダウンロードしたりする事は端末の設定でブロックされている。
ふと気づくと、先ほどまで受信機から流れていたロック調の音楽は止まっている。それどころか、音楽番組も流れておらず、ただ無音の状態になっていた。どうも先ほどの電波は止まっている様だった。
録音を停止して、ロイとの音声通話を続けながら1027MHzの周辺の電波を探す。
ラウロ: あれ、電波が入らなくなった。
ロイ: 波長がずれたか?
ラウロ: いや、それにしては1027の周辺で届いている電波は無いな。
ロイ: そういや、さっきの番組の音データある?
ラウロ: ちょっとまって、無音部分を切って送る。
ラウロは録音データを編集ソフトで開き、後ろの無音部分を削除して再保存。通話アプリでロイにデータを送る。
ロイ: 来た来た、サンクス。
それから他愛もない話を少ししてからロイとの通話を切って、ラウロはあちこちの周波数帯をチューニングするも、はっきり聞こえる様な電波はそれ以降は入ってこなかった。
後で録音したあのラジオを聞いてみると、日付が291年とかなり古い事と、『AM3区ラジオ』という存在しないラジオ局の事が気になったので、父親が帰宅後、家族での夕食の時にラウロは今日のラジオの話をしてみた。
「ねえ、父さん。AM3区ラジオって知ってる?」
「ん? 何だそれ?」
「今日受信機で電波を探してたら、たまたまそんな事を言ってるラジオ番組っぽいのを拾ったんだよ。
その時に、リクエストはネットのAM3区ラジオのページから受け付けてるってMCが話してたけど、ここってAMラジオ放送なんて無いでしょ?だから気になってさ。」
ラウロの父親は首を傾げる。
「3区っていえば、もう20年近く前に廃棄されて人が住んでないはずなんだけどな。その頃はAMラジオがあったのかな?
なあラウロ、そのラジオってまだ流れてるのか?」
「いや、たまたま拾えただけで、5分もせずに電波が切れちゃったんだ。アンプでかなり増幅しないと聞こえないくらい弱い電波だっだしね。
日付も291年とか言ってたし、古い放送の電波がどこかで跳ね返ってきたのかな?」
「AMラジオ電波って結構遠くまで届くらしいからね。
どこか遠くの星で電波が反射されて届いたのかも知れないな。
話は変わるけどラウロ、今度の日曜日に……。」
家族の話題は変わり、その日はラジオの話はそれっきりとなった。
翌日ラウロは学校で、ロイからラジオの録音データの話を聞いた。
「おはようラウロ。昨日はデータありがとう。
あれからさ、あのラジオの事知ってる人がいないかネット検索してたら、このルームが見つかったんだよ。」
そういってロイが見せてくれた携帯端末をラウロはのぞき込む。
そこには、雑多な話題で話し合うチャットルームサイトが開かれていて、ロイが見せたページはラジオ愛好家たちの集うルームだった。
「ここはラジオの事に詳しい人たちが一杯居そうだなと思って、AM3区の事を聞いてみたんだよ。
そしたら、20年近く前の事故で廃棄された3区コロニーに、昔あったAMラジオ局らしいんだ。」
「3区の話は昨日父さんに聞いたよ。やっぱり昔、AM局があったんだね。」
「0区が出来る前は1区、2区にもAM局があったんだけど、0区が出来るときに政府の方針でAMを止めてFMに切り替えたらしいよ。」
「へえー。」
ここでロイがラウロに身を乗り出して言う。
「でさ、ここに昨日のデータをアップしたら、もうちょっと詳しい事聞けるかと思ったんだけど、どう?」
「うん、面白そうだね。」
ラウロはその場でチャットボードを検索して、スレッドを作って昨日の録音データを自分の端末からアップした。
受信した時の日時、周波数、5分くらいで電波が拾えなくなったこと、そしてかなりアンプで増幅してやっと聞けたことを追記する。
「どんな反応が来るか……あっ、先生来た!」
午前中の授業が終わって昼にチャットボードを確認すると、そこは俄かに盛り上がりを見せていた。
「おおお、だいぶ盛り上がってる!」
「へえ、本当にあった番組だったんだね。」
ボードの書き込みによると、録音データで流れていた番組名は番組で話していた日付の当時本当にAM3区ラジオであった番組らしく、また音楽はその当時本当に流行っていた曲だったらしい。
これで、あのラジオは過去の3区のラジオ放送で間違いないようだった。
そしてクーロイの住人であるボードの住人たちの中で、ラウロの持っている電波受信機と同じ型番を持っている人がいる様で、また受信できるか検証してみようという話になっていた。
あとはもしまたラジオが聞けたら、この電波はどこで反射されて帰って来たのか推測しよう、というのが現時点の話題になっていた。
「じゃあ今日も、あの周波数で電波が来るか待ってみようか。」
「良いけど、ロイもアンプ増設した方が良いんじゃない?」
「家のじゃ聞こえなかったな。今日お前の家に遊びに行っていいか?」
「いいよ。一緒に帰ろう!」
「あ~あ、どっかに安いアンプ売ってないかな。」
「今度の休みに、お父さんに2区のジャンク屋に連れてってもらったら?」
迷子を防止するため、15歳未満の子供だけでコロニー間を移動する事は制限されている。
ラウロやロイは、コロニー間の移動にはまだ親の同伴が必要な年齢なのだ。
いつもお読み頂きありがとうございます。




