14-09 明日に出会うために
メグ視点。
セルジオさんが相談しに来た次の日は、私はいつもの通りに過ごしてた。
日課の点検を済ませた後で会議室に戻ってくると、小父さん達が三人で会議室の隅に集まって何かを話していた。
何してるんだろう?
「ねえ、小父さん達。何の相談?」
「!」
私が声を掛けると、三人ともビクッとした。
「い、いやなに。今後の相談をちょっとね」
「そうそう」
小父さん達は私に内緒の相談事なんだろう。
何となく、私にあまり聞いてほしくなさそうな雰囲気を三人に感じる。
「……お酒とかつまみ食いの相談?」
聞いてみると、三人とも首をブンブン振る。
小父さん達も嘘がつけない性格してるし、今の仕草も嘘を感じない。
じゃあ何だろうって思うけど。
「小父さん達、点検終わった?」
「ああ。そっちは終わらせた」
「外も点検した。といっても宇宙船の中だから、大した損傷はなかったけどな」
「電子機器も、いつも通りだったよ」
いつもの作業も、小父さん達はちゃんと終わらせてる。
ラジオの時みたいに、何かを私に隠して作業してる感じでもない。
この分だと聞いても答えてくれない気がする。
「……まあ、いいか。あまり無茶なことしないでね」
「ああ、わかってるよ」
小父さん達は頷いた。
あ、あと一つ小父さんに頼んでおかないと。
「あのさ。明日、無重力ルーム使わせて。色々、整理したいし」
「整理……ああ、いいぞ。今日のトレーニング終わったら、器具を外に出しておく」
ライト小父さんは、セルジオさんの相談が終わってからまた器具を中に持ち込んでいたみたい。
どうやら最近は、重力を掛けて負荷トレーニングをしてるのね。
ちなみに身体を動かすのを億劫がるグンター小父さんやセイン小父さんだけど、それでもライト小父さんに言われて一日30分はトレーニングしてる。
私は……まだ、筋力トレーニングは早いって言われてる。
頼み事を終えて、小父さん達の密談の場を離れた。
筋力トレーニングはしないけど、じっと船の中にいると運動不足になるから、運動しないとね。
最近は、一人スカッシュをすることが多い。ナナさんがいれば一緒にやるんだけど、今日はナナさんがランドルさんと料理番。
ランドルさんがある程度料理が作れることがわかって、ナナさんは手伝いながら教わっている。
でもトレーニングを終わってみたら、さっきの会議室の隅で小父さん達が、何故かナナさんにお説教されてた。
でも私が訊いても、ナナさんも小父さん達も、大した話じゃないからって教えてくれなかった。
一体、何だったんだろう?
翌日、朝食を食べて日課の点検を済ませた後、無重力トレーニングルームに入る。
部屋の中には何も置かれてない。
ライト小父さん、器具の撤去だけじゃなくてちゃんと掃除までしてくれてる。
壁全面に宇宙空間を投影する。
セルジオさんの相談の時は、元々データが用意されてた宇宙空間の画像だったけど。
今回部屋に映し出しているのは、私にとって馴染みだった景色――3区の宇宙での作業でよく見ていた光景。
下の方に映っているのは3区コロニーの外殻。
そしてその更に下の方には、惑星オイバロスの地表が遠く。
そして、宇宙空間を見上げれば……。
上の方には、クーロイ星系の中心にある二重恒星――イーダースの青が掛かった強い光と、その側で赤く光るリュンケウスが見える。
今まで、色々あったな。
あの病気の前までは、お父さんやお母さん、マンサ小母さん達もいた。
でも、お母さんを亡くしてから――私は、時間が止まったままだった。
小父さん達はお父さんの代わりになって、そんな私の事を育ててくれた。
ケイトお姉さん、マルヴィラお姉さん達に出会って。
私はこのままじゃいけないって思って……。
『もっと大人になりたい』って思いが芽生えた。
その思いは、今でも変わらない。
グンター小父さん、セイン小父さん、ライト小父さん。
ケイトお姉さん、マルヴィラお姉さん。
みんな、あれからずっと、私の事を見守ってくれている。
それから、ランドルさんやナナさんが、マルヴィラお姉さんと一緒に来てくれて。
お姉さんから一杯料理を教わって。
ランドルさんやナナさんも、一杯私達を導いてくれて。
そして、帝国の兵士達が迫ってくる中……ケイトお姉さんが、脚を撃たれ怪我をしながらも、私達を逃がしてくれて。
アイちゃんやクレトさん、ついでにセルジオさん達が、帝国から匿ってくれて。
それから、記憶が戻ったドクからも、いろんな手掛かりを聞いて。
私って、一杯……いろんな人のお世話になりながら、ここまで来たんだ。
確かに私は、お世話になってるばかり。
お姉さん達も、ランドルさんやナナさんだって、『気にしなくていい』って言ってくれるけど。
『メグはよくやってる』って、小父さん達は褒めてくれるけど。
私はお世話になるばかりじゃなくて。
もっと、大人になっていきたい。
でも……最近、分からなくなってきた。
私はどんな気持ちで、大人になればいいんだろう。
そもそも――私の思う『大人になる』って、どんなことなんだろう。
私を逃がすために3区に残った、お姉さん達を助けなきゃ。
そして、お世話になったアイちゃんやクレトさん、ラミレス共和国の皆さんの為にも、カルロス侯爵って人を助けないといけない。
その為に、これから帝国の皇帝っていう、とんでもない相手と戦う事になって。
いろんな人の手を借りないといけないんだって、分かってるんだけど。
私は――どんな気持ちで、立ち向かえばいいんだろう。
出発してからずっとモヤモヤしてた。
この気持ちをはっきりさせなきゃ、って思ってた。
セルジオさんの悩みを聞いて。
お母さんに教えられて、体験したことを思い出して。
やってみたら、セルジオさんがいい顔になってて。
『お母さんと同じ様にできた』って、小父さん達に褒めてもらって。
改めて思う――お母さんって、凄い人だったんだ。
『だから、そう言ってたじゃないか』
向こうでお父さんが、そう言いながら、笑ってそうだけど。
『大したことはしてないわ。ただ手伝っただけ』
なんて、お母さんは向こうで、はにかんでいそうだけど。
そんなお父さんお母さんの事を、私が信じられるように。
言葉にできなくて、凄くもどかしいこの気持ちも。
お母さんが言ってた通り――自分を信じて、委ねてみよう。
自分の、『理性』に。
自分の、『感性』に。
そして――自分の、『意識』に。
目を閉じ。
息を吐ききって。
そして力を抜く。
そうして静かに深い呼吸を重ねる。
ズンッと、何か強い想いが。
私の中から、湧き上がってくる。
前のような、暗く冷たい、重い感じはしない。
むしろ、熱を帯びて、
そして黄色く、輝いて――。
そしてなんだか、懐かしい感じがする。
まだ私の中で、
言葉になり切れていない、
左胸に感じるその強い想いを――
目を閉じて、ただあるがままに感じる。
そうして、ただ感じたまま……。
その輝くものから、感じるまま。
――動きたいままに、身を任せる。
肩を揺らす。
腰を回す。
腕を振る。
足を踏み出す。
こうしようと、意思で動くのではなく。
ただ、中に感じるまま。
内なるものに、求められるがままに。
動かすのではなく、体が動く。
声を出す。
低く。
やがて、高く……。
唸り。
叫び。
張り上げ……。
ただ中に感じるまま。
言葉ではなく、ただ声を発する。
中に感じるそれは、やがてーー。
形を。
色を。
眩しさを。
香りを。
感触を。
そして、感じる場所を変えて。
変わるごとに、
身体が求める動きは変わり。
動きはどんどん大きく、
不規則に変わっていく。
それでもただ……。
身体の欲するまま。
全身で――その波に乗る。
どれくらい、そうしていただろうか。
中に感じるそれは、
鳩尾あたりに収まっていて。
波は、段々と、緩やかになり。
私の声は、動きは。
波の勢いに合わせて、
徐々に、緩やかになっていき……。
やがて――凪いでいく。
中に感じるそれは波は穏やかだけど……。
しっかりと、そこに感じられる。
その心地よさを十分に味わいながら。
感じるまま、それを歌として紡ぎだす――――
あなたが差し出した手
私が受け止めた手
確かなその温もり
それは生きてる証
指し示された標
遥か遠いその道行き
伝わる熱を信じ
手探りで一歩を踏む
その行く先は霞んで
どっち向いても闇の中
依はただ、足裏の感触と
引く手から感じられる、その優しさ
明日に向かうために
明日に出会うために
一歩み、二歩み
手を引かれながら前へ進む
歩めど道は細く
進めど先は見えず
私を導く手は
数珠のように繋がれてく
進めと先を示す
胸張れと私を励ます
挫けそうになった時
温かく背中を押す
立ちふさぐ壁が現れても
どっち向いても道無くても
いつも、ただひたすら私を励まし
後押しするその手に、私の灯はともる
明日を手繰り寄せるために
明日を抱きしめるために
繋がれたあなたの手に
そっと温もりを返す
いつの日か、隣を歩めるように
――――中からあふれ出る歌を、
何度も何度も、繰り返して。
溢れる思いに――私の身体の中が、染み渡っていって。
やがて……もう、満たされた。
そう感じた時。
私の心に、ふっ、と湧き上がった言葉。
私は、もっと……。
――――――――、――――――――。
そんな、大人になりたい。
私の、ずっと奥にあった願いを――
ズバッと引きずり出したような、その言葉に。
そして、奥底からこみ上げ、
溢れ出る思いに。
打ち震えながら。
満たされながら。
床に大の字に寝転がって。
そのまま私は、余韻に浸りながら。
徐々に、意識が薄れて……。
やがて、眠っていった。
いつもお読み頂きありがとうございます。




