14-08 父さんとの和解
セルジオ視点
マーガレットさんに、悩み相談を持ち掛けて良かった。
最初は悩みを聞いてもらって、何か簡単なアドバイスでもっていう、そんな気持ちだったけど。
予想してなかったあのひと時を経て……僕はまるで違う世界を体感した。
こんなに頭の中がスッキリするなんて、思ってもみなかった。
お父さんとの関係はまだ何も解決してないけど、あの溜まりに溜まった鬱憤はどこかへ消えて、代わりに一つの指針が出ていた。
僕は……父さんと、色々言い合える関係になりたいんだ。
また、父さんに話し合う時間を取ってもらえるよう、アポを取った。
「どうせ何も話せないなら、時間の無駄ですよ」
前回は何も話せなかったから、取り次ぐ若い女性職員には嫌な顔をされた。
「決めるのは父さんです。家族の問題に平気で口を出す貴女は、いつから僕の家族になったんですか。なる予定があるんですか。後で父さんに確認しますよ」
そう言い返すと、その職員は蒼い顔をして黙り込んだ。
父さんが時間を取ってくれたのは、その日の夜遅く。
船内の僕の部屋に、父さんが来てくれるそうだ。
先ほど応対した女性職員が船内通信で連絡をくれた。
「あの……」
用件を話し終えた彼女が何かを言い淀んでいた。
多分、さっきの件だろう。
父さんには黙っていてくれと頼むつもりか。
「連絡ありがとう」
僕はそのまま通信を切った。
父さんが夜遅くに僕の部屋を訪ねてきた。
入ってきた父さんは、暗い表情だ。
ソファーを勧めると何も言わずそこに座る。
僕は、父さんの向かいのソファーに腰を下ろした。
確か、力を抜く、深呼吸……あと何だっけ。
あ、いや。その前に相手の事を感じる、受け止める、だったか。
あれこれ父さんの状態を考える前に、父さんの事を感じる。
焦点を父さんに合わせてじっと見るのではなく、ぼんやり見る。
息を吐ききってから力を抜けば、息をたっぷり入ってくる。
あ、僕の肩に力が入ってる。深呼吸をすれば、肩の力が少し抜けてきた。
あれ、父さんも、肩に力が入ってる?
なんか……緊張してるのかな?
「父さん。一体、僕にどうして欲しかったの?」
体の力を抜けば、するっと父さんへの質問が出てきた。
「どうって……?」
ぼそぼそっと、父さんは答えた。
僕の質問の意図が、伝わってなさそう。
確かマーガレットさんは、『理性優位だと、口先だけでぼそぼそッとした声になる』って言ってた。つまり父さんは今、理性優位……つまり、ガチガチに体に力が入ってるの?
「えっと……僕にどうなってほしいと思って、モンタルバンさんに僕を預けたのかなって」
僕が意図を伝えると、父さんは少し考えた後、口を開いた。
「そうだな……母さんが亡くなって、忙しくなって。考える余裕が無かったのだろう……。
友人だと思っていたあいつに預ければ大丈夫と、なんとなく思っていた」
父さんは、ポツリと話し始めた。
えっとそれって。
「つまり、余り考えてなかったってこと?」
「……そう、なるな。
それで、お前をあんな酷い目にあわせてしまった。済まなかった」
父さんは僕に、深く頭を下げた。
「お前が嫌いになったわけじゃない。
ただ……母さんが亡くなって、私は……私は……」
うまく言葉にならないみたいだけど、そんな父さんをぼんやり眺めていて、感じた。
父さんは、僕を嫌いになった訳じゃなくて……。
「父さんも、母さんを亡くして寂しかったの?」
「……そう、だな。
お前に会って話すと、どうしても母さんの事が思い出される。
余計に寂しさだけが募って……仕事に、逃げてしまったんだ」
そうか……父さんは、僕が嫌いになったわけじゃなかったんだ。
「だが、お前をあんな目に遭わせて……お前に嫌われても仕方が無いと思っている。
お前の気のすむように、怒鳴りたければ怒鳴ってくれ」
尚も言う父さんに、僕は首を振った。
「昨日までの僕だったら……そうしたかもしれない」
僕の答えに、父さんは目を見開いた。
「昨日、マーガレットさんに相談してみてわかったんだ。
父さんに怒りをぶつけたって、僕が一連の仕打ちで溜まった鬱憤は解決しない。
むしろ、僕が本当に望んでいることから遠ざかってしまう」
「……本当に、望んでいる事?」
父さんが、僕の話をちゃんと聞いてくれている。
それだけでも、僕の中に温かいものが生まれてくる。
僕は頷いた。
「僕は、父さんが嫌いになった訳じゃない。
むしろこの機会に、父さんとは何でも本音を言い合える関係になりたいんだ」
「セルジオ……」
父さんがつぶやく。
さっきよりは、父さんの緊張が解れたのか……。
呼吸も落ち着いてきているみたい。
「父さんには、友達と思っていたモンタルバンさんや、アルビオルさん、評議会の皆さん、政庁の皆さん……仕事上の仲間が一杯いて、寂しさを忘れられたかもしれない」
父さんは、ゆっくり頷いた。
「でも僕には……友達は何人かいたけど……全部、モンタルバンさんが僕から遠ざけてしまった。あの人や、あの人が僕に近づけて来る人達は下心ばかりで、心が休まらなかった。
僕には、父さんしかいなかったんだ。
でも、父さんは……僕から、離れて行った。そう思ってしまった」
「……お前の気持ちを、考えてやれなかった。
私が、悪かった」
父さんが、頭を下げて僕に謝った。
「でもさ、僕もちゃんと、諦めずに父さんにコンタクトを取ればよかったんだ。
僕も早々に諦めてしまった。
でも、本当に諦めていれば、あんなに鬱憤も溜まっていなかったはず。
どこかに父さんへの期待があったんだと思う」
僕は父さんに首を振って言った。
「昨日の僕は、父さんに色々ぶつけたかった。
でも、真正面から怒りをぶつけて、父さんとの関係が拗れそうで怖くて、黙ってしまった。
マーガレットさんに相談してよかった。こうして、父さんに本音……僕が本当に望んでいた事が話せることで、僕は今とても落ち着いてる」
本当に、昨日までの僕が嘘みたいだ。
マーガレットさんとの昨日のあれが無かったら、僕は昨日を繰り返していた気がする。
「だからさ、父さん。今までの事は水に流したい。
毎日じゃなくてもいい。
二、三日に一回でも、こうして父さんと二人でなんでも話せる時間が欲しい」
こう話して、僕はスッキリした気持ちを感じた。
僕が本当に望んでいるのは、これなんだ。
「……わかった。それは何とかしよう。
私も、これ以上……セルジオに嫌われたくない」
そう言って、父さんは頷いた。
「しかし、落ち着いてみれば……。
昨日のセルジオとはずいぶん様子が違うなと思っていた。
マーガレットさんとの話は、それほど有意義だったのか」
彼女とは、別に話し合ったわけじゃないけど。
こうして父さんと和解できたんだ。
あれは……自分と全力で向き合ったあの時間は、この上なく有意義だったと言える。
「彼女に相談に行かなかったら、今頃また昨日の事を繰り返したと思う。
彼女には……この恩を返さなきゃ」
昨日の彼女とのことを思い出しながら話す。
「父さん。一つ、相談に乗ってほしいんだけど。
……女の人にお礼とか贈り物をしたい時って、どんなものがいいんだろう?」
父さんに尋ねながら、不意に彼女のあの笑顔を思い出して――鼓動が一つ、跳ねた。
何故か父さんは、僕の顔を見て目を見開いた。
「そうか……セルジオも、もうそんな年頃か……」
ぼそっと父さんがつぶやいた言葉は、よく聞こえなかった。
「え? なに?」
「ああ、いや」
聞き返すと、慌てたように父さんは首を振った。
「そうだな。女性には花を贈るっていうのが、よく言われることではある。
私も、母さんにプロポーズするときは花束を用意したし」
「ちょ、ちょっと、そんなのじゃないってば! 話が飛びすぎだよ!」
プロポーズって!
慌てて父さんを止める。
「……なんだ、まだ自分で気づいてないのか」
父さんがまた何かつぶやいた。
「とはいっても、船内に花なんか無いしな……。
そうだ、あれがあった。
ちょっと待ってなさい。すぐ戻る」
父さんは僕に待っているように言い、部屋を出ていく。
しばらくすると、父さんは手に何か、小さな箱を持って戻ってきた。
「昔、私が母さんから貰ったものだ。これを贈り物にすればいい」
そう言って父さんが僕に渡したものは、小さい箱。
横に小さなハンドルがついていて、回せるようになっている。
これって……もしかして、オルゴール?
「母さんから貰ったんだったら、父さんにとっても大事なものじゃないの?」
そう言うと、父さんは笑った。
「大事に持っていたが、これは正確には私への贈り物じゃないんだ。
そういう年頃になったら、これをセルジオに渡してくれって、母さんに言われていたんだよ」
え、母さんが?
どういうこと?
「そういう年頃って何?」
「お前が女の子にプレゼントをあげたいって思う年頃だよ。
まさに今がそうじゃないか」
父さんの指摘に、顔がなんだか熱くなってくる。
「こうしてセルジオとちゃんと話ができるようになったんだ。
私にとっても彼女は恩人だ。
私からもお礼を言うが、セルジオからも私がお礼を言っていたと伝えてくれ」
「……うん、わかった」




