14-06 内からあふれる波に乗る
セルジオ視点。
場面としては前回の続きです。
さっきまで、父さんは話し合う時間を取ってくれた。
でも、いざ父さんが目の前に来ると……。
父さんが、モンタルバンさんに僕の世話を任せたこと。
モンタルバンさんが自分の配下を使って、僕をいろんな人から遠ざけたこと。
食事から何から、全部指示されて、僕の自由を奪われたこと。
彼が下心だらけの自分の親族だけを僕に近づけたこと。
いろんな事がぐっちゃぐちゃになって、何から言えば分からなくて。
父さんが僕のことをどう思ってるのか、わからなくて。
何を話していいか、分からないまま……二人とも黙ったまま、時間だけが過ぎてしまった。
そして、時間が来たからって……やんわりと、父さんの側近に、部屋を追い出された。
どうしたら、良かったんだろう。
ふと、彼女の事を、思い出した。
クーロイという星系の廃コロニーを脱出し、この国に保護された――マーガレットさん。
僕より四つ下だという彼女だけど。
父さんと同じくらいの、あるいはそれ以上の年齢の大人の人と――それに、父さんとも、普通に話せる彼女に。
どうしたら、父さんと普通に話が出来るのか、聞いてみたくなった。
でも、自由の無かった時……食べ物を分けてくれた彼女。
迷惑を、掛けた。叱られた。
それなのに……また行って、迷惑じゃないだろうか。
でも……気づいたら、自分は彼女の居る船の外にいて、コールチャイムを鳴らしていた。
部屋の全面――前後左右だけでなく、天井も床にも、宇宙の画像が映し出された部屋に、彼女のアンドロイドが僕を案内してきた、
マーガレットさんが、その部屋の中央で、床に座って待っていた。
「まあ、地べただけど、座って」
ニシュという名の、僕を案内したアンドロイドも、部屋から出して。
彼女は僕に、彼女の前に座るよう言った。
「で、相談って、何?」
ぶっきらぼうに、彼女は言う。
彼女に、正確にはどう話したか、覚えてない。
でも……どうやったら、父さんとちゃんと話せるのか。
そんな相談を、言えたと思う。
僕の相談を聞いた彼女は――しばらくの間、目を閉じて。
じっと、考えて……という感じも無く、静かに、そのまま動かなかった。
どれくらい待っただろう。
この暗い部屋で、目を閉じて、寝てしまったんだろうか。
そう思って、僕が焦れてきた頃。
「セルジオさん。目を、閉じて」
彼女から、声が掛かった。
何か、彼女が考えてくれたのかもしれない。
僕は、素直に彼女に従って……その場で、目を閉じた。
「目を閉じたまま、ゆっくり、息を吐いて。
――吐ききったら、深く息を吸って」
彼女の言う通り、息を吐き、吐ききったと思ったら、息を吸って。
「繰り返し、吐ききって、吐ききったら、吸って。
それを、しばらく繰り返して」
言われるまま、深呼吸を繰り返していくと、段々と息が深く吸えるようになっていく。
「目の前に私が居るのを、感じられる?」
しばらく繰り返していると、マーガレットさんが私に訊く。
声、息遣い、気配……彼女が、そこにいる、と感じる。
僕は、頷いた。
でも今は、彼女も目を閉じていたことを思い出し、声に出した。
「……うん」
「セルジオさんは、お父さんと、どうなりたいの?」
問われて……。
自分の中が、まだ、ぐっちゃぐちゃになってて。
「……わからない」
どう答えていいのか。言葉にならない。
答えた言葉も、自分の気持ちを正しく表している気がしない。
でも、そんな言葉しか出なかった。
「じゃあ、お父さんの事を考えたとき……体に、どう感じる?」
次の質問には、正直……戸惑った。
体に、感じる?
とりあえず、さっきの話し合いの時間を思い出し、お父さんの事を考える。
……なんだか、モヤッとする。
「ん……なんか、モヤモヤする」
感じたことを口にしてみる。
「それは、体のどこで感じたの?」
体の、どこだろう……ん……ここ?
「左胸、かな」
「そう。それじゃあ、そこに手を当てて。
そのモヤモヤする感じを、もう少し感じてみて」
彼女に言われるままに、その感じる場所に手を当てる。
当てると、さっきよりも……強く、感じられる。
「――形、色、大きさ、感触……なんでもいいの。
自分の中のそれを、どう感じたか、教えて」
形? 色?
何となく、その、感じるもののイメージを、思い浮かべる。
そうやっていると、段々……そのイメージが、はっきりしてくる。
「うーん……赤くて、トゲトゲ、チクチクしてて。
それから……僕の拳よりも、一回り大きいような……これって、なんだろう」
感じたイメージを、そのまま、言葉にしてみる。
これ、何だろう?
「それが何なのかは、今は考えなくていいの。
今はただ、それを感じて」
浮かんだ思いを読み取ったのか、彼女が言う。
ひとまず、彼女に従って、手を通して感じるものを……そのまま、感じ続ける。
しばらくすると、そのものは、感じ方が変わって来た。
「何か、変化はあった?」
感じ方が変わったのを彼女も分かったのか、聞いてくる。
「さっきは、トゲトゲしてたのが……ギューって固い感じに変わって。
黒く重くなってきた……なんでだろう」
「私の解釈で良ければ、後で話すわ。今はただ、感じて」
やたらと『感じる』ことを、彼女は強調する。
それが、大事なことだからなんだろう。
……さっきは左胸だったのが、段々――お腹の方に感じるようになってきた。
手を当てる場所を、それに合わせてお腹に変える。
なんか、体が勝手に……ゆらゆら、と揺れ出した。
「それじゃあ、その手を当てて感じているものから、声を出して」
「えっ?」
どういうこと?
「……混乱させてごめんなさい。イメージの話なの。
体の中で感じているところから声が出るイメージで、ただ声を出して」
どういうことだろう。
分からないけど……言われたように、やってみよう。
体の中に感じる、その場所から……声が出てるイメージで。
その声が、僕の体を使って声を出してる……そんなイメージで。
口を開けて……その声を外に出す。
「誰も見てないし、変な声でも誰も笑ったりしないわ。
だから、安心して。
顎の力を抜いて。
適当に、あー、でいいから、その感じたところから、声を出してみて」
彼女の声に導かれながらやってるうちに……だんだん、分かって来た。
意識を、体の中に感じる場所に、集中して。
そこから声が自然に出てくる。そんなイメージで。
「誰もあなたを制限しないわ。
もっと、あなたの中に感じているものが出したいように、声を出させてあげて」
導かれるまま、自分が出したいように声を出す。
自然に……だんだん、大きな声が出てくる。
なんだか……座ってるから、足が動かせなくて、もどかしい。
「立ちたくなったら、立っていいよ。動きたいように、動いて」
なんだ、立っていいんだ。
動きたいように動いていいんだ。
僕は、もどかしさから解放されたくて、立ち上がる。
もっと、解放されたくて。
「声を出しながら、中に感じているものが動きたいように。
そうして、動きたいように動きながら、声を出して」
彼女の声に、導かれながら。
振って、揺らして……自分の体が求めていることを感じて、体が動く。
体の中を感じるために当てている手だけが、動かせない。
それがなんだか……。
「手を当てなくても感じられるなら、当てている手も外して使ってもいい。
中で感じているものが、動きたいように動いて。出したいように声を出して」
あ、この手も動かしていいんだ。
手を外しても、まだ僕の中から、何かを感じる。
その何かの感じるままに、外した手も動いていく。
声も、単なる『あー』という声を出す、というレールから外れていく。
うなり声のようになり、だみ声のようになり。
出す音も大きくなっていく。
中から感じるものも、どんどん大きくなっていく。
うねりのような強烈なその勢いに、一瞬戸惑う。
「大きな波がきても怖がらないで。波に乗って」
彼女の声に安心感を感じて、中から感じる大きなうねりに……思い切って、委ねる。
途端に体の動きも、声の上げ方も激しくなる。
この大きな中から押し寄せる波に乗りながら……これが何なのか、感じた。
いつの間にか、涙が流れてもいた。
「そう、そのまま。波に乗って。
その勢いに全身で。声も、体も、全部使うの」
心地よい導きの声の通りに、自分の体、声を、中なら押し寄せるものの勢いに載せる。
声は、叫び声のようになり。
体は大きく揺れ、腕は大きく振れ、足はバラバラの方に歩み。
そして涙が、とめどなく流れて。
どれくらい、その流れに乗っていただろうか。
気づけばその流れは、うねりは……徐々に小さくなり。
小さくなるにつれ、体の振れ、揺れ、声は段々と動きが小さくなっていき。
「そう、そのまま、穏やかになっても乗り続けて」
うねりがまた小さくなって。
体はそれに合わせて徐々に動かなくなり。
声も小さくなり、やがて……音を発しない、深呼吸のようになり。
「そのまま、もう少し、自分を味わって」
うねりはもう……ほとんど無い。
穏やかな……静かな、この感じ、どこかで。
……ああ……遠い昔の、母さんに抱かれて、ゆらゆら……。
そんな感じに……なんだか、似てるな……。
緩やかな、密かな……それで、落ち着く……。
「今なら……お父さんと、どうなりたいのか、言える?」
穏やかな、彼女の声が聞こえた。
もう、僕の中から言葉を探そうとしなくても、いい。
だって、それはもう、体で感じてる。
「父さんのことは、尊敬してる。でも……。
モンタルバンさんのような人に預けられて、苦しかった時。
何も僕の事を見てくれなかったことが、辛かった。
掻きむしられるように、苦しかった……」
父さんとの話し合いの時、何を言えばいいか分からなくて、言葉が詰まっていたのに。
今はするすると、僕の中から言葉が零れてくる。
頬に、何かが落ちていく感触が、また。
「それから?」
「……僕が、その時どんな気持ちだったのか、お父さんにぶつけたい」
彼女の声に導かれて、僕の深い所から言葉が零れていく。
「それから?」
「……父さんが、僕のことをどう思ってるのか……教えてくれって、言いたい」
また、より深い所から。
「それから?」
「……父さんと……なんでも、……言えるように……なりたい……」
もっと、ずっと深い所から。
「それから?」
……ずっと奥まで感じたけど、これ以上は、出てこなかった。
「……もうない、かな」
全部、言えた。
そう感じた瞬間、僕の奥が、じんわりと温かくなっていく。
「それじゃあ、目を閉じながら、もう少しだけ。
今の自分の中にあるものを、味わって」
奥からあふれてくる、心地よい温かさに身を任せる。
温かさが、だんだん自分の中を巡っていき。
「もう……十分味わった、と感じたら……。目を、開けて」
その温かさに全身が、満たされた、と感じて。
段々と、目が開く。
ここに来た時の僕の状態が、噓のように。
心は落ち着き、呼吸は穏やかに。
この時間は、一体、なんだったんだろう。
だけど、もう。
かき乱されていた僕の心は。
あれがまるで無かった事のように……落ち着いていた。
一体これは何なのか。
きっと、一読しただけでは、よくわからないだろうと思います。
ただ、まずはセルジオ君の中でどういう事が起きたのかを
何となくでも感じ取ってもらえたなら
それだけで、作者としては嬉しく思います。
※ 当話については(株)エドウィンコパード・ジャパン様の
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