2-06 突きつけられた現実
今回は長文です。ご注意下さい。
私はマルヴィラ・カートソン。ケイトとは小さい時からの友達で、今はケイトの営む回収業者の従業員、その実ケイトの護衛をしている。
父さんは金属加工用の電炉を扱う職人で、今はケイトの御父様の会社で働いてる。母さんはケイトの実家の使用人として働いている。弟は私の5歳下で今は大学生だ。
私達の家族は元々、別の星系に住んでいた。
母さんはかなり人目を惹く容姿……つまりかなりの美人なので、結婚して私が産まれてからもナンパされることが多かったが、見かけによらず腕っぷしの強い人あったので、あまりしつこい男は殴り飛ばしていたらしい。
私が4歳の時、ある若い男性が母さんに妾になるよう迫ってきたことがあった。最初母さんは適当にあしらっていたが、あまりにしつこいので殴り飛ばしてしまった。
ところがその男性が、その地の領主である子爵の嫡男だったことが判明したため、報復を逃れるため全財産を現金化して一家で逃亡した。
ちなみに逃亡を主導したのも母さんだ。
その子爵令息が執拗に追ってきたため、1年近くあちこちの星系を転々としたが、気弱な父さんが逃亡中に宇宙船内で心労で発作を起こした時、助けてくれたのが当時の旦那様……ケイトの御父様だ。
旦那様は商用で首都星系に行った帰りに宇宙旅客船内で私達を見かけ、彼に同行していた主治医の先生に父さんを診察させただけでなく、また事情を私達から聞いてクセナキス星系の自宅で追手から匿ってくれ、更に領主のトッド侯爵を通じて追手の子爵令息から私達を助けてくれた。
そして父さんを会社で技術者として、母さんを使用人兼家族の護衛として雇ってくれたので、私達一家は旦那様に多大な恩義を感じている。
母が半住み込みの使用人として雇われ、私も旦那様の屋敷にお世話になるうちに、旦那様の子供達に可愛がられた。そこで出会ったのが旦那様の8番目の子供にして末っ子のケイトだった。
ケイトは私と同い年でサバサバした性格をしていて、私はすぐに彼女とすぐに打ち解けた。ケイトは同い年だから対等に呼んでほしいと言い、旦那様も鷹揚に認めたので、以来ケイトとは対等な付き合いをしている。
ケイトはあっさりした性格と愛嬌のある容姿で、御父様である旦那様はそれなりに大きな規模の会社を経営する裕福な家だったので、学生時代から男性に言い寄られる事も多かった。
しかしケイトはこう見えて人を見る目はあり、邪な連中には引っ掛からない。
一方で懐に入れた相手に対しては少々お人好しな面があり、それが原因でトラブルになったことがしばしばある。
例えば、人柄も良く純朴な友人ができたが、経済力の差から何度となく食事をケイトが奢っている内にケイトがお金を払う事が当たり前になり、割り勘にしようとしたら友人が怒り出す、といった事はまだ軽いほうだ。
そういったトラブルが起きたとき、解決しなければならなくなった場合は私が手助けしてきた。腕力で彼女のトラブルを解決したのも2度や3度どころではない。
高校まではケイトと同じ学校に通ったが、ケイトとは頭の出来が違う私は一緒の大学へ進めず、母似の腕っぷしを買ってくれた警察学校に入った後、2年で卒業して警察官になった。
今までのトラブル経験からの学びと、私や母さんが教えた護身術のお陰か、ケイトは大学在学中には大きなトラブルには遭わなかった(代わりに小さなトラブルは多かった)が、卒業後に旦那様の会社に入る余地がないと思ったケイトは大学卒業後、ビジネスチャンスを求めて資源採掘星系クーロイへ行ってしまった。
私は警察官の仕事が嫌いではなかったが、ケイトが行ってしまった後に所属の警察署にやって来た貴族家出身の新任署長から度重なるセクハラに遭い、腹を立ててその署長を殴り飛ばし、全治2か月の怪我を負わせたので退職させられた。
署長からは賠償を求められたが、私から事情を聞いた旦那様が、またもや署長の出身家(子爵家だったらしい)に抗議し、署長側に賠償請求を取り下げさせたどころか逆に慰謝料を支払わせた。
警察からは復職を要請されたが、あんな人間が居るところに戻りたくもないので断った。
一転して無職になった私は、旦那様に呼び出された。
警察を馘になった事は気にするなと笑ってくれたが、ケイトがまたトラブルに巻き込まれているみたいなので、助けてくれないかと頼まれた。
クーロイは居住可能な惑星が無く、資源採掘を中心としたコロニー星系だ。
20年ほど前に大きな事故で3基あるコロニーの1つが失われた後で大型コロニーが追加建設された。
しかし旦那様によると、増え続けるゴミの処理に追い付かず、かといって処理能力を上げるだけの投資余力もない現地自治政府は、困った末に未処理のゴミを廃コロニーに投棄するという先送り策を立てたとの事。
ケイトは、その未処理ゴミから再利用可能品を回収するところにビジネスチャンスを感じて、現地で単身回収業者を営んでいるそうだ。
しかも実際どうやってか知らないが、細々としか回収できない既存の業者達を出し抜いてそれなりの成果を挙げ始めている。
しかしそれが既存の業者達から妬まれ、嫌がらせを受け始めているらしい。
旦那様への恩義とケイトへの心配から、二つ返事でクーロイへ行く事を決めた。
この時はまだ、ケイトがいつも巻き込まれるトラブルの延長だと、私も旦那様も考えていた。
旦那様は念のため私ともう一人、腹心の初老の男性ハルバートさんをクーロイに帯同させた。立場は私がケイトに雇われた部下、ハルバートさんは本社からの監査役ということにした。
ハルバートさんはケイトのオフィスに寝泊まりし、私はケイトの私室に居候しながら常にケイトと帯同することにしたが、3区へのゴミ捨てシャトルへの同乗には費用が掛かるため、当面は3区へのシャトルの帯同は見送った。
しかし、私は単にケイトの護衛をすればいいと思っていたけど、何度か回収する前後の行動を観察しているうち、ケイトの行動にもおかしい点があるのに気がついた。
シャトルの送迎の際に、他の業者達の会話に聞き耳を立ててみたが、やはりゴミからの回収に資材の回収量にムラがあるようだ。
捨てられるゴミは毎回決まったゴミが捨てられるわけではないので当たり前の話なのだが、ケイトの場合は割と安定的に周りの業者以上の量を回収している様子。
それに回収品を売り捌いた後、取引先に頼まれたと言って、機械の修理資材や食料品、酒等の他、女の子向けの洋服や下着なんかも買っているが、それを誰かに渡している気配が無い。
ケイト自身は携帯型の探知機で資材を探して回収していると言うが、何か隠していることがありそうだ。
ハルバートさんと相談して、私が一度ケイトに帯同して回収現場に赴くことにし、ケイトに詰め寄った。ケイトは費用を盾に渋ったが、費用はハルバートさんが旦那様から持たされた資金で賄うと言うと、諦めたように了承した。
そして2人でシャトルに乗り込み、3区へと向かった。
シャトル内部では諍いを起こさないよう政府側の警備がついているが、周りの業者からの敵意の視線が強い。案の定、同じシャトルで持ってきたゴミコンテナからの回収現場を追い出された。
過去に持ち込まれたゴミコンテナには、恐らく資材はあまり残ってないと思われるが、ケイトは意に介した様子もなく、コンテナの積まれた奥へ向かう。
「ケイト、大丈夫なの?」
「心配いらないわ、マルヴィラ。ただ、ちょっとこの奥で回収してくるけど、誰か来ないよう見張っててくれない?」
ただ回収するだけなら、私をここに置いていく理由は無い。
だから私はケイトに少しカマを掛けることにした。
「後でちゃんと紹介して頂戴。」
「……やっぱりお見通しか。交渉してOKが出たら呼ぶわ。」
ハルバートさんと予想を立ててたけど、思った通り、誰かと奥で資材の取引をしてたみたいね。
ケイトは奥のコンテナの扉を開けて中に入って行き、しばらくすると再び扉を開けて私を手招きする。
招かれたコンテナに入ると、奥に居たのは14~5歳くらいの、ケイトよりも更に頭一つ背の低い女の子と、使用人服を着た女性型アンドロイド。
あの型のアンドロイドは警察で見たことがある。昔は軍用だった型で、警察では暴徒鎮圧用だった様な……背中に嫌な汗が流れた。
女の子はメグと名乗り、ここでケイトを相手に物々交換でジャンク品を売っていると言う。後ろはニシュと言う名の侍女アンドロイドと言うが、護衛のようなもの、と付け加える。
ケイトはニシュが私への牽制だと気付いた様子は無いが、多少武術を齧っていたところで、私はアレに到底勝てる気はしない。
アンドロイドを連れているということは、貴族の女の子かとも思ったが、言動や立ち居振る舞いからはそんな風に感じない。何のためにここにいて、ケイトと取引をしているのか探ろうと思ったら、メグちゃんは自分から話してくれた。
17年前の3区コロニーを襲った天体衝突事故の生き残りが居て、メグはその後に産まれたIDの無い子供だと聞き、私はケイトの行動の理由を理解した……こんな事聞かされたら、性格上ケイトはこの子を無下には出来ないはず。
ケイトの持ち込んだトラブルは、当初想定していたより遥かに厄介なものだった。
それにメグちゃんは私とケイトの会話が気安いのを聞いて、確信犯的に私を巻き込んできた上に、最後に宇宙船の発見と3区を脱出する構想、その手助けのお願いという特大の爆弾を落としてきた。
彼女、悪い人ではないと思うけど、かなり強かな性格をしてそうね。
彼女の話が本当であれば、ここで全てを無下に断るとメグちゃん達の生存も危ぶまれる事は理解したので、資材の取引については了承した。
しかし軍用の資材や宇宙船の推進触媒の調達は無理だと断った。
そして、この話は一度持ち帰らせて欲しいと頼んだ。
0区や1区で購入した物品は、やはりメグちゃんへの対価として購入したものだった様だ。
取引を終えてメグちゃんと別れ、シャトルに戻る前にケイトに釘を刺した。
「ケイト……後でハルバートさんと話し合いよ。
隠しきれると思った? 叱られるのは覚悟しときなさいよ。」
「……わかってるわ。」
2区のケイトのオフィスに戻って、中から鍵をかけブラインドを落とし、ハルバートさんを交えて話し合いをする。
ケイトはハルバートさんが苦手なのは知ってるけど、それでも事の顛末をケイトからハルバートさんに報告させ、彼女が上手く話せなかった部分は私が補足をする。
案の定、顛末を聞いたハルバートさんは頭を抱える。
「全部手を引いてここを引き上げろと言いたい所ですが……その子に情の移ったケイトお嬢様には、納得できないだろうとは思います。
とりあえず民需資材の取引だけで線を引いたのは及第点ですが、その子の話に対する裏取りが必要です。それが無いと旦那様に話ができる段階ではありません。」
「御父様に話を通すために、明確な証拠が要るのですね。とはいえ、それにはどうすれば……。」
ケイトは思案するが、思いつかない様子。私も思いつかない。
「旦那様が領主様から聞いた事があるそうなのですが……各自が肌身離さず持つ義務があるIDカードには、本人が亡くなった時の日時や場所、死因などを記録する機能があるらしいのです。
事故後に産まれたというその女の子にはIDが無いでしょうが、事故を生き残った後に3区で亡くなった方々がいるはずです。その方々のIDを、しばらくの間借りられませんか?
旦那様か、あるいは侯爵様であれば、IDからそれらの情報を取得できる伝手をお持ちの筈です。それによって彼女の言い分を裏付けできるか判断できるでしょう。」
「借りて調べて、信用できるとなったら、その後どうなるのですか?」
うん、そこは私も疑問に思った。
「彼女達の言い分は信用できたとしても、まだ足りません。
そのメグさん達の求める物を提供するには、それこそ高位貴族達を動かす必要があります。動くに値するメリットが無ければ、貴族達は動きません。」
「メリット……。」
ここでハルバートさんが私の方を向く。
「マルヴィラさん。
貴女の御父様を旦那様が助けた時、領主のトッド侯爵が動いてくれたのは何故だと思いますか?
貴女が署長を殴って警察を馘になった時、トッド侯爵が動いてくれたのは何故だと思いますか?」
私が警察を馘になったと聞き、ケイトが私を見て目を丸くしてるけど、今は無視する。
ここは、迂闊に『わからない』と答えてはいけない気がしたので、考えて口に出す。
「……父さんの時は、明らかに相手の子爵令息に非があったから、賠償請求と、汚名を広めることができた。私の時も、同じく相手の署長に非があったから。」
「マルヴィラさんは貴族の事情を知らない中で、考えて答えただけ良しとしましょう。
帝国は表向き、妻を複数人持つことを認めていませんが、隠れて愛人を囲っている貴族は少なくありません。
ですが貴女の御父様の場合も貴女の場合も、相手の貴族には婚約者や正妻がいたにも関わらず、公然と他の女性に手を出した、もしくは出そうとした事実がありました。その事実を公表することで、相手に恥を与え損害賠償を請求する権利を得る、というメリットがあったからです。
有体に言えば、貴族と言うのは、貴族同士足を引っ張りあう生き物ですから、足を引っ張る機会を与える事はメリットになるのです。」
金銭的報酬そのものより、名誉に関わる事、とか?
「そして、旦那様にもメリットがありました。
貴女の御父様は、私達の会社にとっては欲しい技術を持つ職人で、しかも他人を陥れる様な性格はしていません。恩を売っておけば会社に入って能力を発揮してくれるという期待があったのです。
貴女も、ケイトお嬢様を裏切らない人柄だと知っていましたので、助けておけばますますケイトお嬢様の為に働いてくれるだろうという期待がありました。
……旦那様の事を幻滅しましたか?」
「いえ、父さんや私が箸にも棒にもかからない人だったら、助けてくれなかっただろうという事は理解しています。
それを聞いても、助けて頂いた旦那様に恩義を感じる気持ちは変わりません。」
それを聞いたハルバートさんはにっこり笑って頷きます。
「貴女がそういう人だから、旦那様や私も貴女を信頼しているのです。
……前置きはここまでにしましょう。
ケイトお嬢様。
そのメグさんを助けるために、貴族を動かすためのメリットとは、何だと思いますか?」
「……このクーロイ星系を治める貴族に関する、醜聞とか、不正の証拠とか、ですか?」
「及第点ですね。
お嬢様が貴族の事についてあまり知らない事はよく分かりましたが、当たらずとも遠からずです。
この星系クーロイを管轄しているのはカルロス侯爵です。
彼は今上皇帝の母親、皇大后の従弟にあたり、爵位も勢いもある大貴族です。
ですが、この星系はリオライトという戦略物資の採掘星系です。普通であれば皇族の直轄領になるところが、今は侯爵がこの星系の管轄権を持っています。
ですから、ここの管轄権をもぎ取る為、かなり強引な手を使ったという噂があります。
そして侯爵がここの管轄権をもぎ取った後も、権勢を維持するためにあちこちに金をばらまいているようです。侯爵の俸禄だけではとても足りない金額をね。
さて、そんな資金はどこにあるのでしょうね。」
「……つまり、侯爵が何らかの不正、つまり横領などの犯罪に手を染めている可能性がある。その明確な証拠をつかめば、侯爵に敵対する貴族が動く可能性が高い。
そう言う事でしょうか。」
ケイトの回答に、ハルバートさんは頷きます。
「そういう、貴族が動けるような明確な証拠が提示できれば、彼女を助けるためにトッド侯爵を始め、貴族を動かすことができるでしょう。
因みにトッド侯爵は、カルロス侯爵とは仲はよろしくないですな。」
ここでハルバートさんはお茶を飲み、再びケイトに話します。
「そこで、ケイトお嬢様にお聞きします。
その過程で、貴女と、貴女に味方する人たちが狙われる可能性があります。
命の危険だってあるかもしれません。
……それでも、メグさん達を助ける覚悟はありますか?」
ひゅっとケイトが息をのむ。
「貴族の力を借りるという事は、別の貴族と敵対する可能性があります。
そして貴族と敵対するという事は、そういう事なのです。
まして、手を借りる貴族のテリトリーに居なければ、自分と仲間の命を危険に晒すという事です。
お嬢様にその覚悟はありますか?
……今は、その答えを聞きません。
よく考えておいて下さい。後日、答えを聞かせて頂きます。」
ハルバートさんはそう言って、オフィスのブラインドを開け、鍵を開けて私達を家へ帰らせた。
その日家に帰るまで、ケイトと私は無言だった。
いつもお読み頂きありがとうございます。




