03 第三小隊ってこういうところ
前話と同じく、近衛隊第三小隊 サーラ・リエンド少尉視点
連隊長の話は以上だった。
少佐からの単独の話は無いと聞いてたし、ここから連隊長と少佐はオブザーバーに徹してもらいましょう。
「さて、ここからは先日の作戦の振り返りです。
個別の検討をする前に、まずは隊長から総評をお願いできますか。
座ったままでいいです」
私から隊長に、先日の作戦の評価についての発言を促す。
隊長って、自分が隊長だからって無理して皆を引っ張ろうとすることがある。
今回もそれで車椅子から立ち上がりかねないから、最初に釘を刺しておく。
無理しなくていいですから。
「有難う。医者からは安静にしてろって言われてるからな。面倒臭いが」
隊長の言葉に皆が笑う。
怪我だろうと何だろうと、隊長が傍にいて私達に話すだけで、いっぺんに隊の雰囲気が変わる。
「ワッツ曹長の件は残念だったが、先日は総じてみんな良くやった。
あの賊の一撃は事故みたいなものだ。
何もできなかった、逃げてしまった、心が折れてしまった。
そんな反省なんか止めてしまえ」
あんな一撃は、正直想定なんてできなかった。
「次にあんな敵が来た時、どんな対処をしたら対抗できるか。どんな罠が簡単で有効か。
そんな前向きな妄想こそが第三小隊らしい」
隊長の言葉に皆で笑う。
私達の内部ミーティングの雰囲気に未だに慣れないのか、お堅いチューリヒ大佐は微妙な表情。
でもこの明るさが第三の良さだともわかっているから、少佐は何も言わない。
初めて参加する連隊長は目を丸くしてるけど、どこか楽しそう。
寛容な人みたいでよかった。
そこからは、皆でわいのわいのと賑やかしく振り返る。
いけない部分は隊長や私達分隊長が指摘して反省するんだけど、他の隊みたいに、理詰めで仮説検証や反省会なんてしない。
どうやったら同じことを起こさないか、考えなくても出来るような方法をみんなで妄想する。
合意事項も、キッチリカッチリ杓子定規の文章なんか作らない。
その場の話の雰囲気で、ふわっとまるっと皆の中で共通認識が出来上がる。
後で報告書を作るときに言語化するのが大変だけどね、ってファネス少尉がよく零すけど、それでも彼女自身、今の進め方が良いと言う。
だって小隊の皆の意思統一が、その方が早いんだもの。
「リエンド分隊長に質問。
宇宙船の中で荷物に一生懸命ブルーシートを掛けてたけど、一緒に作業してた私達も理由がわかりませんでした。あれって何だったんですか?」
私の分隊のマエバタ曹長が質問を上げた。
ああ……これは誰かに訊かれると思ってた。
まだみんなに話してない作戦の全容を話さないといけないけど、いいのかな?
隊長を見ると、私の意図をまるっと分かってくれた上で頷いた。
はあ、仕方ない。
「色々と混みいった話になることは、先に言っておくね」
長くなることを理解して、皆は頷いた。
「トラックの中でエインズフェローさんとカルソールさんに、荷物箱の中に入ってもらったよね。
それで、他の荷物と一緒にシャトルの貨物車両に積み込んで、港で貨物船に積み替えたから、二人は最後まで貨物船にいた。
そう思っている人は手を挙げて」
まだこの辺りは説明してないから、ほとんどの人が手を挙げた。
箱に入ってもらった後、エインズフェローさん達に再会したのは、私達が帰った翌日だったし。
「実際はね、シャトルの貨物車両の中で、エインズフェローさん達は第二小隊と入れ替わったの。
でもこの時点では、私達の中に内通者がいるかもしれないって状態だったから、荷物箱に入った第二小隊の人達には薬を飲んで眠ってもらった。
船に積み替えるときに箱の中で動かれると、なんか変だ、って私達にバレちゃうからね」
理屈は分かるから、みんなは頷いた。
でも引き攣った顔をしてる何人かは、気付いたみたい。
「薬で眠ってもらったけど、自然に目が覚めるのを待ってたら作戦時間に間に合わないかもしれない。
だから箱の中に、彼らに目を覚ます薬を投与する仕掛けもあった。
だけど残念ながら、この薬はちゃんと目が覚めるまで三十分くらいかかる代物だったの」
最初はこの薬も、服用したらすぐ目が覚めるものを作戦上使おうとした。
ただその場はいいけど、後でまた眠くなるといった副作用もある。
それに別の理由もあって、作戦会議で私は強硬に反対した。
「その仕掛けは、誰が動かしたの? タイマー起動?」
ファネス少尉が質問する。
「外から起動できるリモコンスイッチがあって、最初は隊長が持つことになってた。
でも、とある理由で隊長を説得して、私が持ってたの。
理由は後から説明する」
「わかった。それで?」
このリモコンスイッチも私の発案。
どうしても、第二小隊の皆が目覚めるタイミングをコントロールしたかったんだ。
作戦会議で他の小隊の人達は皆納得してなかったけど、隊長だけは私を支持してくれた。
隊長が説得してくれて、当事者の第二小隊長が受け入れてくれたから、実現したんだ。
「隊長は裏で貨物船の船長と連絡を取り合ってたから、賊の船が大体いつ頃やってくるか分かってた。
逆算して賊が突入してくる時に第二小隊がすぐに動けるよう、隊長はタイミングを計って私に宇宙服を出す指示を出したんだけど」
「けど?」
理由に気付いた仲間もいるっぽいけど、まだ気づいてない仲間が続きを促す。
あんまり男の人がいる前で言いたくなかったけど……もう、いいや。
「作戦上、あそこで宇宙服に着替えるしかなかった。
でも……眠ってるって頭でわかってても、あんな近くに男の人がたくさんいるんだよ。
なんか見られてそうで気分的に嫌じゃん!」
私がいきなり叫びはじめて、少佐と連隊長が目を丸くしてるけど、もう気にしない。
「ホントだったら、あのタイミングでリモコンスイッチを入れて第二小隊を起こし始める事になってた。
でもそれが生理的にイヤだったから、宇宙服に着替える前に全部にブルーシート掛けて、見えなくしたかったの!」
理屈じゃない。
嫌なものは嫌だったのだ。
「箱にわざわざ掛けずに、部屋をシートで仕切ればよかったんじゃ」
「着替え前にそんなことしたら、ブルーシートの向こう側に誰かいるって丸わかりじゃん!
みんなそんな場所で着替えられる⁉」
「うっ……言われてみれば、確かに」
そうとわかったら、皆は着替えに躊躇した気がする。
作戦上仕方ないと割り切っても、後でしこりが残ったと思う。
箱全体にブルーシートを掛けるのが、作戦行動と感情の折り合いをつける妥協点だった。
「だから、みんなが着替えを終わってからリモコンスイッチを押したかったの。
そのせいで第二が起きるのが遅れて、第一と第四第五が合流しても苦戦してて、結果的に第二が合流するまで大変だった。それもこれも、スイッチを押すタイミングを遅らせた私のせいなの。
みんな、ゴメン!」
私はみんなに思いっきり頭を下げた。
「あー、まあ、そういう事ならしょうがないよね」
「いいよ、いいよ。むしろ配慮してくれて有難うだよ」
「そうと知ってたら、私だってイヤだもん」
みんなは笑って許してくれた。
これが男性中心の部隊だったらだいぶ怒られてたところだろう。
『私情で作戦時間を狂わせるとは何事だ!』とかなんとか言われてね。
そうして作戦の都合次第で、今回みたいな状況でも我慢してその場で着替えさせられるんだろう。
隊長とかハインツ曹長とかは長らく男性の部隊の紅一点だったから、『任務だから仕方ない』って、ある程度は割り切れる人。
でもそれって、周りの大多数の男性に合わさざるを得なかっただけだと思う。
この辺りの機微はやっぱり少佐や連隊長には分からないのか、二人は目を丸くしたり、首を傾げたり。
でも第三の皆が許してくれて、隊長も笑って許してくれたから、私たちはそれでいいのだ。
最後に、私が代表して隊長に言う。
「隊長。それにローダス准尉、クラバット曹長、ハインツ曹長。
あの一撃から、皆を守ってくれてありがとう。
今までも、盾役頑張ってくれて感謝してる。
でも……私達も、そういうハードな役回りばっかりを四人に押し付けたくはないの」
四人は驚いてるけど、帰って来た日に、四人を除いたみんなで話し合ったことなの。
「だから私達は、四人が受けてくれる間に周りから攻撃するっていうウチのパターンを、そろそろ見直すべきだと思う。
頼りにならないって言ってるわけじゃない。
みんなが怪我をしないように、出来ることをみんなで考えたいの。
だから……焦らなくていいから、ゆっくり怪我を治してね」
ローダス准尉、クラバット曹長、ハインツ曹長の三人の目に、温かいものが浮かぶ。
他のみんなも、私もそう。
隊長は意地っ張りだから、泣かないように我慢してるんだけど、隊長の目も赤いよ。
「有難う。みんなの気持ちが嬉しい」
隊長がそう言うと、皆の気持ちがもう止まらない。
皆で抱き合って泣いて。
そうやって、今回の内部ミーティングは終了した。
こんな個性の強い皆の事を、しっかり受け止めてくれる隊長の事が、皆大好きだ。
ファネス大尉は隊長の事を『精神的支柱』って言ってた。
難しい言葉よく知ってるなあって思うけど、言われてみればそんな感じ。
いつかは、隊長も隊長じゃなくなる。
でも……でも、まだ当分は、私達の隊長でいてほしい。
怪我であっけなく離脱なんてことにならない様、皆で隊長を助けるんだ。
だから、隊長。
怪我を治して、元気に復帰する日を待ってるね。
ワッツ曹長の脅迫の裏事情、あるいはリエンド少尉の謎行動といった
13章の中でも本筋に関わらない部分のネタバレを書こうとしたら、
本編と毛色の違うこんな話になりました。
14章については、8月中旬くらいの投稿開始になる見込みです。




