13-12 やっぱり政争だったじゃん
前話に引き続きメグ視点
議長さんの詰問に、防衛大臣モンタルバンさんが答える。
「旧王家の系譜たるセルジオ様に不用意に接触する相手は監視の対象です。
まして、彼らはこの国にとって部外者だ」
部外者なのは確かだけど。
「僕はそんなこと頼んでない。旧王家の生き残りだ末裔だと持ち上げながら、モンタルバンさんは僕から自由を奪い友達を奪い、裸の王様にでもするつもりなのか」
ここでセルジオさんが声を上げた。
モンタルバンさんの表情が歪む。
「母さんが亡くなって、忙しい父さんが僕の世話係として貴方を紹介した。
でもそれ以来、貴方の手配で護衛が付いてからは僕に自由はない。
学校では護衛が付き纏って周りの学友から私を遠ざけている。授業が終われば僕を連れ出し、その日の宿題だという山のような課題を渡してくる。食事も全部護衛達が用意している。
それは一体何のためだ」
聞いてはいたけど、セルジオ君の普段の生活は何も自由が無い。
護衛達が意図的にセルジオ君を周りから孤立させているように聞こえる。
その異様なセルジオ君の扱いに、この会議室の皆が顔を引きつらせる。
「ちょっと待て。確かに私が忙しいから息子の世話の手配を任せていたが、モンタルバン。
一体どういうことか説明しろ!」
議長さんが声を荒げる。
「どうも何も……旧王家の唯一の系譜として相応しい教養を身に着けて頂くための教材を提供して頂いただけですが。
友人が居られないと仰いますが、相応しい方々については私からご紹介いたしましたけれども?」
「貴方の親族ばかりではないか。
いくら友人が居ないからって、下心丸出しのあんな奴らなら願い下げだ」
セルジオ君が防衛大臣に反論する。
それって、もしかして。
「私が口を挟むことではないが……もしかして防衛大臣、セルジオ君を傀儡にしてクーデターでも起こし、政府の実権でも握ろうとしているのかね」
バートマン中佐も同じことを思ったらしい。
「ば、ば、馬鹿なことを言うな!」
中佐の指摘に、防衛大臣の顔色が変わる。
「だが、現時点ではそう取られても仕方がないことをしているぞ。
セルジオ君が使節団と一緒に行く事だけは猛反対していたしな。
まあ、息子を彼に任せっきりにしていた議長が一番悪いが」
バートマン中佐の指摘に、外務大臣アルビオルさん、他の共和国側の出席者たちの多数が頷く。
議長さん達の後ろで頷く人の一部は、顔色が悪いけど。
議長さんの顔色が悪いのは、親の自分が一番悪いって気づいてるからかな。
「それで、そんな風にセルジオ君を扱ってどうしようとしたのかね。
ちゃんとした説明をしたまえ、モンタルバン」
外務大臣も、防衛大臣に詰め寄る。
「ど、どうしようとなど……」
彼は目をそらし、答えをはっきり言わない。
「それは僕も聞きたいな。自分の親族だけを僕に近づけ、他の人を遠ざけて会う人も制限して、食事も決まったものしか出さない。山ほど出してくる課題は古い歴史ばっかりで今のこの国の事については何も教材を出さない。そこに、貴方のどんな意図があるのですか」
「……」
セルジオ君も詰め寄るけど、防衛大臣は渋い顔をするだけで何も言わない。
「それに最近、貴方の姪だという女がやたらとすり寄ってくる。
なぜあの頭の悪い女だけ護衛は通すんだ。
香水臭くて気分が悪いし、自分の主張ばかりでこっちの話は通じないし。
名前を覚える気もないのであの女と呼ぶが、あれを俺に近づける理由は?」
「……ちっ、ミーシャの奴め」
防衛大臣がボソッと何かを呟いた。
「議長……私は、君が使節団でここを離れた後を彼に任せるのは反対だ。不安要素しかない。
すぐさま彼を解任するには弱いが、何かあってからでは遅い」
外務大臣アルビオルさんが、議長に言う。
「アルビオル。まさか、お前が残ると?」
外務大臣が頷いた。
「評議会の副議長でもあるからな。今のモンタルバンを議長代理に任命するくらいなら、私が残って彼を監視し周辺を調査した方が良いだろう。
今まで帝国や他国と接触していなかった我が国では、外務大臣といっても名前だけだしな」
「そうか……分かった、よろしく頼む」
議長はアルビオルさんに頷いた。
「それからモンタルバン。今まで息子の世話を有難う。
その実態を知ったからには、もうお前には頼まない。お前の手の者の護衛も不要だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、アコスタ!」
議長の言葉に、モンタルバンさんが慌てている。
「息子の事をほったらかしにしていた私が一番悪いが、お前を信じた私が馬鹿だった」
「……ふん、そうですか、わかりました。
じゃあ、そろそろ私は職務に戻らせて頂きます」
そう言ってモンタルバンさんは鼻息荒く立ち上がり、つかつかとこの会議室を出ていく。
「さて、使節団の話の続きをする前に、一つ済ませなければならない事が出来た。
客人がたには申し訳ないが、もう少しだけ待ってくれ」
外務大臣アルビオルさんが私達に言う。
私達やバートマン中佐も頷く。
「この場にモンタルバン以外の評議会議員が揃っているし、ここはその議場だ。
ここで、副議長の私から緊急動議だ。提案議題は二つ。
現防衛大臣モンタルバンの解任、そして評議会議員としてのモンタルバンの罷免だ」
そう外務大臣……じゃなくて、この場は副議長のアルビオルさんが宣言する。
でも、『今すぐ解任するには弱い』って言ってなかったっけ。
「現防衛大臣が、旧王家の血筋であるセルジオ君を取り込み傀儡にしようとしたという、確たる証拠は現時点では無い。だが彼が職権を濫用しセルジオ君の自由を奪っていたのは確かだ。
そして、使節団の事を決めるべきこの場を去り、政府の一員としての職務を放棄した。
防衛大臣の解任動議の理由は、この職権濫用と、職務放棄が理由である」
あちら側の人は皆頷いた。
なるほど。ここを出て行ったことを、職務放棄と見做したわけね。
「評議会議員としての彼の罷免提案の理由だが、同じくこの場を離れた職務放棄ともう一つ。
旧王家の血筋としてのセルジオ君を過剰に尊重し、他から隔離しようとしたこと。
血筋はともかくセルジオ君も一人の国民である。血筋に関わらず権利は皆平等であるという共和国の設立理念に反する彼は、評議会議員として不適格であることによる」
アルビオルさんのこちらの提案にも、皆は頷いた。
「第一動議、第二動議ともモンタルバン議員は当事者であり、また不在の為彼の議決権は認めないものとする。その上で、この場で決を採りたい。異議は無いか」
議長さんが言う。誰も反対の声を上げない。
「それでは採決を行う。副議長の第一動議に賛成の者は挙手を」
奥側に座る十人ほど、それに議長さんにアルビオルさんも挙手。
「第二動議に賛成の者は挙手を」
やはり、同じだけの手が挙がる。
「議決権保持者全員の賛同により、副議長の緊急動議は可決された。
リオハス君。至急、議決を文書化し、政庁内に通達してくれ。それからアイーシャ・オイバレス少尉、クレト・オイバレス少尉。文書が出来次第、解任された前防衛大臣を政庁から追い出してくれ」
議長さんが宣言し、名前を呼ばれた男の人とアイちゃん達が会議室から出ていく。
「ほら見ろ、やっぱり政争だったじゃねえか」
後ろでライト小父さんが呟いた。
ほんと、それ。
そこからやっと使節団の詳細について話し合いが出来た。
結論からいうと、私達のあの船は使節団の船に載せていくってことになった。
というのも、使節団が乗る船はアイちゃん達と乗ってここに来た時の船、ペルチャ・グランデと同じくらいの大型宇宙船で、私達の船を載せることくらいは問題ないみたい。
ただ、万一帝国の人に船の中を見せることがあった時に、あの船を見られて、私達が同乗しているって公になっても困るから、メインの格納庫ではない別の予備格納庫にあの船を載せることになった。
向こうに着いてからの事は、クセナキス星系に着いてトッド侯爵達との話し合いで決めるそうだけど、それまでは基本的に、私達はあの船の中で過ごしていて構わないって。
それから、ドク――バートマン中佐とクロミシュも、一緒に私達の船に来たいって言った。
クロミシュが一通りの医療行為を記憶していて、中佐の病状に何かあっても応急処置はクロミシュが出来るんだって。
議長さん達にとっても、私達が一緒にいてくれる方が警備上有難いみたい。
私達としても、いろいろバートマン中佐に確認したいこともあるから、一緒に船に来てくれるのは有難い。
それから使節団出発までの数日間、私達は準備に追われた。
あのモンタルバンさんが解任されて監視がなくなったから、ライト小父さんは船の外側の点検と改修で忙しかった。
グンター小父さんはいつも通り、船の内部設備の点検。
ライト小父さんは整備道具の修理と、この国で手に入る道具や補修材の調達。
ランドルさんは三人を、主にライト小父さんを手伝っていた。
そして私は、みんなの宇宙服の補修や駄目になった部分の交換――さすがに長い事使ってて、あちこち交換しなきゃいけない部分が出てきてた――、それに船内服の補修とか、新しい船内服の調達とか。それに、当面の食料品や調味料、普段着の買い出し。
これらはナナさんとアイちゃんも手伝ってくれた。
クレトさんやセルジオさんは、使節団の準備で忙しくて来れないらしい。
アイちゃんも忙しい筈なんだけど、彼女は私達の準備の手伝いを命じられたそう。
コロニーで色々買うのに、どうしてもアイちゃんかクレトさんの手が必要だったから、有難かった。
そこにセルジオさんが挙がらないのは……また食べ物強請られそうで、なんだかね。
それも解決しててくれると嬉しいんだけど。
そこら辺は、お父さんとよく話し合ってほしい。
モンタルバンさんがどうなったかは、聞いてないし聞きたくもない。
私達には関係ないしね。
出発の前日、私達の逃げて来た船は。
私達が乗ったまま、使節団の船――アミステード号って名前らしい――の予備格納庫に積載された。
そしてアミステード号と私達の船の間に通信回線が繋がれた。
時々向こう側の状況を伝えてくれるみたい。
中佐とクロミシュは、使節団の出発する日、私達の船に乗って来た。
そして、私達の船ごと、アミステード号はクセナキス星系へ出発した。
目的地クセナキス星系まで、五日間のハイパードライブによる旅路。
ケイトお姉さん、マルヴィラお姉さん。
それに、おばあ様。
みんな大丈夫かな。元気かな。
私は、元気だよ。
あの時よりも、大人になった私で、会いたいな。




