13-11 帝国に帰る目前の揉め事
久々のメグ視点です。
セルジオさんが訪ねてきた翌日、アイちゃんとクレトさんがセルジオさんを連れてやってきた。
「セルジオ君が勝手にこっちにやってきて、食べ物を集ったみたいね。本当にごめんなさい」
そう言ってアイちゃんが頭を下げながら、セルジオ君の頭を押さえて下げさせる。
「多少は同情できる部分はあるから食べ物は譲った。
だが、そこは怒っているポイントじゃない」
ライト小父さんはそうアイちゃんに返した。
「護衛達から、勝手に飲み食いすることを咎められたそうじゃないか。
セルジオ君にはまるで自由が無さそうだし、毒殺の危険性でもあるのか?
こっちが監視されてるのは想定内だが、そっちの国内の政争に俺達が巻き込まれるのは堪ったもんじゃない。政争じゃなくても、家庭内の問題ならなおさら俺達を巻き込むな。
そんなことで頼られても困る」
続くライト小父さんの言葉に、アイちゃんとクレトさんは目を見開いた。
「この辺をはっきりさせるため、申し訳ないが議長とやらと話をする機会を設けてほしい」
ライト小父さんが言うと、アイちゃん達は頷いた。
「今日こっちに来た理由は、帝国へ戻る件について議長を交えて打ち合わせをしようってことでお願いに来たの。議長は明日の午後に時間を取ってくれたわ。セルジオ君の件もその時にする」
「わかった。時間を取ってくれるなら、それでいい」
ライト小父さんは了承した。
「えっと、ドクの方はどうなの?」
ドクの体調が急に悪くなって一昨日は面会が終わったけど。
今度はいつ頃、続きが話せそうなのかな。
「意識は戻ったわ。私達には変わらずドクって呼んでくれって言ってるけど、あの面会で自己暗示が解けてバートマン中佐の記憶もちゃんと戻ってるみたい。
体調は決して良いとは言えないけど、議長との話の際には彼も同席するわ」
よかった。あの言葉で記憶の封印が解けたみたい。
彼の記憶に、音声記録のロックを解除するヒントがあればいいんだけど。
翌日、アイちゃんとクレトさんの二人がバスで迎えに来た。
議長やドクとの会議は、全員で出てほしいということらしい。
アイちゃん達と一緒に私達の応対役だったセルジオさんがいないのは、先日の件が解決するまではこちらに連れてこないことにしたそう。
バスに乗って、最初の日に行った建物――政庁って呼ばれているそう――に全員で行く。
最初の日の通り、議長さん達と会ったあの会議室に入る。
あの時話したのは議長さんくらいだったけど、多分あの時もいた見覚えのある人が何人か。
それに、ドクとクロ……バートマン中佐とクロミシュもいる。この間会ったドクと何かが違うと思ったら……眉間に深い皴が寄っている。
この間会った時の明るいドクから、暗い雰囲気のバートマン中佐に変わっているのだ。
あと、隅っこにはセルジオさんもいた。
アイちゃん達は私達を用意された席に案内する。
私達は人数も多いからか、前に三人、後ろに四人座るような形で席が設けられている。
小父さん達とランドルさんで相談した結果、ランドルさんと私、グンター小父さんが前に、セイン小父さんとライト小父さん、ナナさんとニシュが後ろになった。
アイちゃん達は、入って来た扉の横にある、会議卓とは離れた椅子に座った。
「我が国は帝国の内情を継続的に調査しているが、現在帝国は、クーロイ星系の騒動の影響から、帝室と全貴族総会……貴族達が対立している。第四皇子と彼の率いる宇宙軍部隊によるクーロイ星系の占拠が不当であると、貴族側が帝室を弾劾しているのだ」
セルジオさんのお父さんだという、議長さん――ペドロ・アコスタ評議会議長が、今の帝国の事情を説明する。
ケイトお姉さんに頼まれて出発前にラジオで訴えたことは、無駄じゃなかったのかな。
「我が国としても、クーロイからの資源調達が困難になった事から今後の資源調達の道筋を探るため、帝国の全貴族総会側に接触した。向こうと協議を重ねた結果、今回我が国から使節団を全貴族総会へ派遣することになった。貴方達を今回お呼びしたのもその件についてだ」
議長の説明する今回の会議の内容はわかった。
頷いて続きを話してもらう。
「国家間の外交使節なので、本来は帝都に向かうべきなのだろうが……国の成立の経緯もあるし、恩人であるカルロス侯爵を不当な理由で拘束している今の帝室を、私達は信頼できない。
そこで、全貴族総会を現在取りまとめているトッド侯爵の領地、クセナキス星系へ向かう事になった」
クセナキス星系……確か、ケイトお姉さんやマルヴィラお姉さんの出身地ね。
「最初は私が行く想定はしていなかったが、諸事情から私が使節代表として行くことになった。
他にも政府高官は外務大臣アルビオル、産業大臣コロナドが同道する」
会議に並ぶ面々から、二人が私達に会釈する。
「それから、私や彼等の職務に関連する政府職員、そして使節団の護衛や宇宙船の運航を担う軍の者達が同道することになる。貴方達に来てもらったのは、貴方達もその使節団に同行頂きたいからだ」
議長さんは、私達、そしてドクの方も見て言った。
つまり、議長さんはドクも連れて行くつもりってこと?
「今の帝室を失墜させる可能性のある情報を持っていると聞いている。
貴方達がここにいる事は貴族側に伝えていないが、『もし3区から逃げて来た人達がいれば一緒に連れてきてほしい』との非公式依頼もある。
帝室に一泡吹かせられるのなら、貴方達にもぜひ同道を願いたい」
私はランドルさんの方を向く。
「私やカービー准尉は、貴女がたを安全に脱出させる役目だ。
どうするかは貴女がたで答えてくれ。私達は意思を尊重する」
ランドルさんはそう言った。後ろでナナさんも頷いている。
「儂らの答えは決まっている。メグのしたい様にすればいい」
グンター小父さん達はそう言う。
であれば、答えは一つだ。
「私達も連れて行ってください。ここへ逃がしてくれた人たちに、恩を返さないといけない」
私は議長さんにそう宣言した。
「彼等が行くというなら、私は彼等と共に行く。
私も命が尽きる前に、帝室に一泡吹かせなければならない事情があるのでね」
ドク――バートマン中佐もそう宣言する。
「いや、ドクター。病の重いあなたがわざわざ行く必要は……」
議長の横に座る外務大臣アルビオルさんの更に隣に座る、紹介されていない男性が声を上げる。
彼はドクの背景情報を聞かされていないのだろう。
当然、ドクは首を振る。
「私は先日、この国へ来る以前の記憶――帝室の陰謀に巻き込まれてクーロイから脱出してきた帝国軍の士官である記憶を取り戻した。これは彼等の事情にも大きく関係することだ。
彼等の解き明かしていない、私の記憶の中にしかない事実もある。私は行かねばならんのだよ」
バートマン中佐はその男性に反論する。
「モンタルバン、帝室をひっくり返し、我々の恩人であるカルロス侯爵を救い出すためにも、彼等の持つ情報は必要なのだ。その情報は部外者である私達には使いこなせない」
「……そう、ですか。であれば、仕方ありませんな」
議長さんが、その男性に言い聞かせる。男性は渋々ながら、納得したようだ。
「ああ、彼はモンタルバン。この国の防衛大臣としてコロニーの防衛を担っている、軍のトップの一人だ。我々が使節団として離れている間の事を任せようと思っている」
議長さんがその声を上げた男性の事を紹介し、男性が私達に会釈する。
「貴方達の事は、帝室に差し出すことは無い。
全貴族総会側と、貴方達にどの様に協力して頂くかを協議する。
すべてはそれからだが、同道に了承頂き感謝する」
アコスタ議長は、私達に頭を下げた。
「それから、評議会の皆には話していなかったが、セルジオにも同道してもらう」
「「えっ⁉」」
本人が驚くのは分かるんだけど、なんで一緒に行かないモンタルバンさんが驚くの?
「私は反対ですぞ。何故わざわざセルジオ様を帝国に連れて行くのです。
帝室は昔から、旧王家を目の敵にしていたではないですか」
セルジオ……様? 旧王家?
なんだそれ?
「防衛大臣の言っている事が、恐らく理解できていないのだろう。
これは、私が使節団代表として行く事にした経緯も関連する」
私達が、不思議そうに首を傾げたのを見かねて、議長さんが説明を始めた。
「共和国として合議制で運営をしているというこちらの政治形態について、貴族側には御理解頂いた。だが、向こうの要望で『元のラミレス王家の血筋の方が御存命ならお目にかかりたい』という事だった。私はその血筋には当たらないのだが……」
あ、何となく話の筋が分かった。
「亡くなった私の妻が、その旧王家の数少ない本家筋の女性だったのだ。
私と妻が結婚後、色々あってその旧王家の他の血筋が途絶え……今現在、旧王家の系譜で唯一残っているのが息子セルジオとなる。
向こうの要望でセルジオを連れて行く以上、親である私が行かざるを得まい」
セルジオさんが旧王家の血筋の最後の一人だから、その血筋を守るために護衛がいっぱい付いてたり、自由を制限されたりしてたってこと?
「私は絶対反対ですぞ。その帝国貴族共も、セルジオ様を取り込んで何をしようとしているのやら分かったものじゃありません」
一人、モンタルバンさんが猛反対する。
「だから親の私が一緒に行く事にしたのだ、モンタルバン。悪いがこれは決定事項だ」
「……そうですか」
この場は、モンタルバンさんが渋々引き下がった。
セルジオ君の事は置いておいて、疑問点は残っているので私は挙手をする。
「ん? 何だろうか」
「使節団と同道と仰いましたが、私達はどのように同道すれば良いのでしょう。
私達の乗って来た船で一緒について行けばいいのですか?」
視界の端で、モンタルバンさんの顔が引き攣る。
議長さんは笑った。
「いやいや。貴方達には、使節団の船に同乗して貰おうかと思っていたが」
でも私は首を振った。
「あの船にこそ、帝室を失墜させる程の証拠……17年前の3区コロニーの事故の、裏にある事情を解き明かす証拠が残されています。
帝国に戻るとしたら、あの船ごと戻る事が必要です。
それにあの船は私達が長く暮らした、家そのものです」
当時の音声情報に掛けられていた、持ち出し防止用のロックは解除してある。
でも情報をどうやって持ち出せるかはまだ分かっていない。
それなら船ごと持って行く方がいい。
バートマン中佐は口の端に笑みを浮かべて、私の意見を肯定するように頷く。
記憶の戻った彼は情報の持ち出し方を知っていると思う。それでも何も言わないってことは、彼も船ごと帝国に行く方が良いって考えてるんじゃないかな。
「防衛大臣さんも、今までの船の監視の仕事がなくなって楽になるでしょうし」
「チッ」
私の言葉にモンパルナスさんの表情が歪み舌打ちをした。
なんとなく、私達を監視していたのは防衛大臣じゃないかと思った。
なぜか、私達の船を持って行くって話した時に表情が変わってたし。
「何⁉ 防衛大臣、なぜ彼等の監視をしていたのだ」
議長さんがモンタルバンさんに詰問する。




