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ジャンク屋メグの紡ぎ歌  作者: 六人部彰彦
第13章

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13-09 シャトル駅での攻防

前半はケイト視点、後半は別視点。

 私とエルナンさんはシャトル貨物スペース下の隠し場所で、シャトルの動きが止まってからもしばらく待っていた。

 簡易宇宙服は動きにくいし、そもそもここは天井が低い。

 あまり動かず横になっているしかない。

 

 そうして待っていたら、入って来た貨物室からの入口が開く。


「こちらは近衛隊第六小隊長、ランサム大尉です。

 カルソールさんに、エインズフェローさん。御無事ですか」


 ダナッツ大尉が言っていた部隊名と隊長名だ。

 ランサム大尉は入口から顔だけを出して声を掛けてきた。


「こちらは大丈夫です。もう出ても良いでしょうか」

「はい。あ、そういえば簡易宇宙服を着ておいででしたね。脱いだらそちらに置いておいてください。準備が出来ましたらお声がけください」


 そう言って、ランサム大尉は顔をひっこめた。

 私達はその場で簡易宇宙服を脱ぎ、中に来ていた隊服を整える。


「準備できました」

「了解です。ではこちらへ。宇宙服は車両基地で回収するので、そのままで」


 天井の低いこの場所を、屈みながら入口へ戻る。

 タラップを上がると、ダナッツ大尉と入れ替わった時と違って貨物室には空になっていて、近衛隊の隊服の者達が軽く掃除していた。


「どうして掃除を?」

「ここに留まる口実ですよ」


 そう言ってランサム大尉が笑う。


「掃除用具はまとめて下のスペースに放り込んで、さっそく行きますか」


 大尉の言葉で、隊員たちが使っていた掃除用具を片付け始める。


「あの、申し上げにくいのですが……その、御手洗いに……」


 装甲車、トラック、荷物箱の中、貨物室――退院してから結構な時間が経っているけど、御手洗いに行く時間が全く無かった。

 ランサム大尉がしまったという顔をし、左手を額に当てる。


「すいません、気が付かず。

 ただこのシャトルはこれから返却するので、シャトル内の洗面所は使えないのです。

 駅の一般客用の洗面所は警備上も距離的にも宜しくないので、この近くにある職員用の洗面所までご案内します」


 隊員達は先ほど私達のいた床下スペースに片付けた掃除用具を置いて出てくる。

 病院を退院する時の様に、私達の周囲を隊員達が囲む形でシャトルを出る。

 貨物用ホームから作業者用の入口に入り、通路を進んでいくと洗面所があった。


「我々は扉の側で警護しております。

 あと、洗面所の奥に小窓があります。

 人が入れる大きさではありませんが、その外側にも人を回します。

 万が一何かあったら、大声でお呼び頂くか、A1の対応をお願いします」


 A1の対応とは、私がダナッツ大尉からレクチャーを受けた想定ケースの一つだ。

 つまりあのレクチャーの内容は、作戦全容を知らされている彼等小隊長で共有されているという事。

 私は頷いて、エルナンさんと洗面所に入る。


 用を済ませ手洗いした後、洗面台で少し髪を整えようと頭に手を伸ばす。

 エルナンさんも私の横の洗面台で髪を整えている。


 そこで、私の背後に何か黒い物が天井から落ちるのが鏡で見えた。

 何かと思って振り返る前に、その落ちたもの……黒ずくめの人物が、右手で頭に伸ばしかけた右手を押さえつつ、左腕を首に回して背後から私を抱き留める。

 流れるような動作で、押さえた私の右手を後ろに捻って動きを封じ、首に回した左手を外したと思うと私の鼻と口に布を押し当てる。

 薬品の香りがすると思った途端、意識が朦朧とし始めた。

 ま、不味いわ……。


「大人しく、攫われてもらうよ」


 声は女性だ。ひょっとして、監察官の手の者⁉


「あ、あ、……」


 エルナンさんは私と背後の女性を見て、口をアワアワさせている。

 急に起きたことでパニックになり、咄嗟の行動ができない状態だ。

 そこにエルナンさんの真上の天井が開き、もう一人の黒づくめが下りてくる。

 そちらも女性の様で、エルナンさんを羽交い絞めにし、私と同じように口に布を当てる。


 何とか、しないと。

 でも布で口が塞がれて、声が出せないし……だんだん、意識が朦朧と......。

 何か、異変を知らせ、ないと……、外の第六小隊はここに入って......。


 何かあったような……そうだ、A1対応!

 私は左足を少し振り上げ、左踵を床に叩きつける。


 ビー!! ビー!! ビー!!

 靴に仕込まれたアラームが大音量で鳴る。


「どうしました!」


 洗面所の外から、警護に当たっていた第六小隊のランサム大尉達が突入してくる。

 捕らえられた私達を見て、隊員達が叫ぶ。


「彼女達を離せ!」


 だけど、背後の女性は笑う。


「こいつらの命が惜しかったら、洗面所から出な。

 この女性トイレに押し込む変態ども」


 鼻と口を覆う布は外れたけど、代わりに後ろの女は私の首にナイフを翳す。

 エルナンさんの後ろの女も同じだ。


「……くっ」


 彼ら第六小隊は、洗面所の入口から入ってきたところで立ち止まる。


「ほら、さっさと出ていきな!」


 それでも後ろの女が私の首にナイフを当てようとするのを見て、渋々ながら入口の方に下がる。


「い、一体私達を、どうするつもり」


 私は後ろの女に質問を投げかける。


「もう少ししたら、仲間がここに来るはずさ。その仲間と一緒に来てもらう」


 後ろの女が言う。


 布が外され、薬を吸わされなくなって、だんだん意識がはっきりしてきた。

 これはつまり、仲間が来るまでの時間稼ぎね。

 式典前に事務所で襲ってきたような屈強な者達が来て、近衛を蹴散らして攫うつもりか。


 ランサム大尉が、口パクで私に何かを伝えようとしている。

 

 彼の指示に従って、まずは自由な左手で、腰ベルトの裏側に隠されたボタンを押す。

 それから、左手を前に持って行き……隊服の前合わせボタンに偽装された、E4対応用のスイッチを押す。


 ババン!


 私の背中に衝撃と大きな音がした。

 音は同時に別の所からもしたようで、洗面所内に轟音が響き渡った。

 そして私とエルナンさんを拘束していた黒づくめの女性達の反応が止まる。

 やがて、彼女達は崩れ落ちた。


「確保!」


 ランサム大尉の号令で隊員達がなだれ込み、私達を保護し、黒づくめの女性達を拘束する。

 女性たちは気を失っている様子。


「ダナッツ大尉のレクチャーが役に立ったようで、良かったです。

 指示に気づいてくれて助かりました」


 ランサム大尉は礼を言ってきた。


 ダナッツ大尉から受けたレクチャーによると。

 腰のベルトの裏に隠されたボタンを押すことで、エルナンさんの服との間にリンク、つまり連動させるための通信経路を作った。

 これで、どちらか一人が機能の起動ボタンを押せば、私とエルナンさんの両方で機能が動作する。


 そして前合わせボタンに隠されたE4対応スイッチ――これは襲撃者に背中から抱え込まれた場合に、その相手に対し密着した背中からスタン電流を流す機能。

 E4を作動させた情報は、通信経路を通してエルナンさんの服に伝えられ、受信した信号をトリガーに向こうでもE4を作動させた。

 背後から私達を捕らえていた彼女達は、密着していた私達の背中から流れたスタン電流を二人同時にまともに浴びて気絶した。


「不審な集団がB通路を通ってこちらに向かってきています」


 洗面所を外側で警護していたらしい隊員が駆け込んできて報告した。


「分かった。車へ急ぎましょう。

 お二方、失礼します」


「ひゃあ!」


 ランサム大尉が指示し、私とエルナンさんを別の隊員が横抱きに抱える。

 急いでいるので仕方ないけれど。

 マルヴィラに抱えられた時と同じ体勢でも、男性に抱えられるのは恥ずかしい。

 ふと見ると、E4で気絶した黒ずくめ達の女性達は、ワイヤーで拘束された上で別の隊員の肩に担がれていた。


「職員用D通路からE通路を通って貨物ヤードへ向かう。急げ!」


 私達を軽々抱え上げたまま、第六小隊は駅の通路を走り抜ける。

 こちらに向かってくるという集団に出くわさないまま、私達は貨物バースに到着し、そこに停車していた装甲車に乗り込んだ。


 装甲車は猛スピードで0区の市中を駆け抜け、近衛隊の駐屯地であるビルに入る。

 ビルの駐車場では、もう一個の小隊と……上官らしき人が待っていた。


「私はこの駐屯地の責任者、近衛第三連隊長サーム・ビゲン大佐です。

 退院以降あちこち引きずり回して、危険な目にも遭わせてしまい、御迷惑をお掛けしました」


 そう言って、その上官らしい人――大佐が私に頭を下げる。

 大佐で連隊長とは、この方はかなりの高級士官なのにかなり腰が低い。


「何か必要があってそうしたのだと思います。

 二重三重に、私達の安全に気を配って頂いたことを感謝します。

 貨物船で宇宙へ出られた方は大丈夫だったでしょうか」


「お気遣い感謝します。

 あちらは現在まだ作戦中ですが、帰ったら貴女がたが心配していたと伝えます」


 私達は守って頂いたことの感謝を、大佐は私達の配慮に対する感謝を述べ、互いに頭を下げる。


「さて、お二方には当面この駐屯地にて滞在ください。

 作戦中の部隊が帰ってくれば、隣のビルへのお出かけくらいは許可できます。

 なるべく御不便の無いように致しますよ」


 隣のビル……3区の会事務局に行くのは大丈夫なのね。


「あ、そうそう。エインズフェローさんの銀行個人口座、そして回収会社エインズの主口座については、あの殿下から凍結解除の許可を捥ぎ取りました。

 ついでに、貴女の自宅から押収された私物も返却許可を貰っています。

 そちらもじきに戻されてくるでしょう」


「本当ですか!」


 それは嬉しい。

 服とかが返されてくるなら、借り物の服だけで過ごす心苦しさから解放される。


 ただ、押収された下着はもう着たくない。

 どうして捜査で下着まで押収されるのか、訳が分からないし気持ち悪い。

 一度そう感じてしまったら、もう無理だわ。

 だからそっちは全部処分して買い直しましょう。

 ハイヴェ大尉が戻ってきたら、買い物に行って良いか頼んでみようかな。

 それか、マルヴィラやクレアさんと会っていいなら、彼女達にお願いするほうがいいかしら。


「あの殿下が良くそれを許可しましたね」

「ええ、まあ。回収会社の口座については自治政府からも相談されていましたから、何とか交渉しました。貴女の口座も、凍結されていては色々不便でしょうから一緒にね」


 会社の方も、凍結され続けていては社員の給与とか派遣社員の契約費用、運転資金の借入金返済なんかも支払できなくて、不渡りを出しかねない。

 そうなったら、ごみ処理が滞り、クーロイ全体が困ったことになっていたはず。

 きっと殿下にその辺りを突いたのでしょう。


 改めて感謝をし、大佐に頭を下げた。


「しばらくは滞在頂くとはいえ、近いうちに我々と一緒にこの星系を離れて頂く事になります。

 その際には、お友達も御一緒にお招きすることになります」


 つまり、一緒に全貴族総会から招喚される面々という事かしら。


「マルヴィラやクレアさん達も?」

「もちろんです。あとは3区の会のベルドナット氏もですね。

 その際には、貴女方とお招きする方々を別々に隔離するような事は致しません。

 お招きの際にはどうぞ交流を深めてください」


 会社の方で忙しいマルヴィラやクレアさん達とはなかなか会えていなかったし。

 招喚された時に一緒に行けるのは嬉しいわ。




 しかし……私達が退院からあれだけ引っ張り回された理由は、何だったのかしら?

 大佐に訊いたけど、はぐらかされた。



 * * * * *


(グロスター伯爵視点)


「連絡を受けて現場へ向かったのですが、姿はありませんでした。

 急いで貨物ヤードへ向かったものの、そこも既に近衛隊の装甲車はありませんでした。

 標的は近衛と共に、既に駐屯地へ向かっているものと思われます」


「な、何だと……」


 標的の奪還に向かった実動部隊からの連絡を受け、愕然とした。


 最後の手札を使って、()()()()()()()()()()で標的二人を捕らえ、眠らせる。

 眠らせればそのまま天井を伝って攫っていく。

 失敗すれば近くに待機させた連隊の実動部隊達に連絡し、彼らに標的を連行させる。

 そのような手筈で進めたのだが……。


「彼女達に連絡は取れないのか⁉」


「信号は、猛スピードで近衛隊駐屯地へ向かっています。

 標的を護衛する近衛隊に捕らえられ、一緒に連行されている可能性が高いです。

 コールを掛けているのですが応答がありません」


 まさか、最後の手札……彼女達まで捕らえられたのか⁉


「……わかった。お前たちも、気を付けて戻れ」


 実動部隊の連中に、戻る様指示した。

 奴等は明確に犯罪行為を働いたわけでも()()ないから、拘束はされないと思うが。 



 とはいえ、実動部隊の者達はまだ捕らえられても何とかなるのだ。

 あそこの連中は鉄の結束を誇っている。そう簡単に尋問に落ちる連中ではない。

 それにそもそも、重要な情報はあの連中には渡していない。


 だが彼女達はそうもいかないのだ。

 替えが効く者達でもない。


 3区から逃げた生存者達に対する人質に使うため、あのエインズフェローという女の身柄の確保は陛下の命であった。

 そのため、やむを得ず彼女達を使ったが……荒事の経験は多少あるが、それ専門の者達ではない。

 だから近衛に捕らえられそうなら、標的に構わず逃げろと厳命していた。

 彼女達もそれを分かっている。


 標的の女達に、そんな荒事に対処できるような経歴は無かったのも確認済だ。標的に直接対処されたとも思えない。

 だが……私に何か見落としがあったのだろうか。


 もし本当に近衛に捕らえられたのなら、非常に不味い。

 対尋問の訓練は受けているから、口を割らないことを期待するしかない。



 マクベスが居れば頼りになったのだが。

 だが貨物船の対応に向かった奴は、成功しようと失敗しようと――失敗なら、あの連隊の連中を切り捨てて――そのまま帝都に戻る手筈だった。


 この状況では最早、あの標的の女を奪還する術はない。

 捕まったであろう彼女達を奪還する見通しも立たない。



 まさかこの私が――近衛の連中に手玉に取られた形だ。

 第三連隊にそれほどの奴が居るとは。


 陛下に連絡を入れよう。

 この期に及んでは、素直に奪還失敗を報告するしかあるまい。

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